"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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感触

 

夕:特異現象捜査部/サーバールーム

 

 

「────さて、リオから報告された経緯の説明は以上ですが……ご質問があれば、どうぞ」

 

現在行われているのは、アビドスとミレニアムの代表を交えた報告会。

カイザーとの交渉内容を一通り説明し終えたヒマリは、一つ息を吐いて、車椅子にもたれかかった。

 

"その……ヒマリさん……本当に、土地が戻ってくるんですか……?"

 

アビドス代表の一人として参加していた奥空アヤネが、困惑交じりに問う。

 

……絶対に取り戻せないとまで思っていたアビドス砂漠の土地が、条件付きではあるが戻ってきた。

それも、たった一日で。

 

当事者であるアビドス校の与り知らぬ所で一瞬にして決着した問題に対して、アビドスの生徒達が半信半疑になるのは当然だった。

 

その問いに、ヒマリは安心させるように優しい声色で答える。

 

「……"ビッグシスター"。調月リオは度を越えた秘密主義ですから……交渉に於いてどのような手を用いたかは正直、我々にも判然としません」

 

「しかし……リオがそう言ったのであれば、"カイザーが土地を返還する"……という事は疑いようのない事実です……彼女の実力は、この私が保証いたしましょう。」

 

「先にも述べた通り、カイザーは明日に返還の手続きを済ませるとの事ですので……その時にでも、ご確認ください。」

 

"……すみません、疑う訳ではなかったんですが……ありがとうございます"

 

ヒマリの説明に、アヤネは申し訳なさそうに答えた。

 

"……ごめんねぇ。でも私達もまさか昨日の今日で返ってくるなんて思ってなくてさぁ……"

 

"条件付きとはいえ、あのカイザーがすんなり返したとも思えないし……どんな手を使ったんだろう、ってね"

"ま、助けてもらった身でこんな事聞くのは良くないか……ありがとね。"

 

「……いえいえ、お礼には及びませんよ……ふふふっ。私が答えるのは、変ですがね。」

 

ホシノの感謝にそう答え、ヒマリは続ける。

 

「さて……事後手続きは私が引き継いでいますので、何かあれば私宛に連絡してください」

 

「一応、説明はこれで終わりですが……皆さん、何か質問はありますか?」

 

ヒマリがそう尋ねると、気持ちが逸ったのか……今まで黙して話を聞いていたユウカが口を開いた。

 

"……その、ヒマリ先輩……本当に、リオ会長が……あっ、いえ、すみません。"

 

少し慌てた様子で訂正したユウカに、ヒマリは優しく"ええ"と答える。

 

「……リオが姿を隠してもう暫くになりますが……あれはあれで、ミレニアムの事を心配しているようです」

 

「……唐突に連絡してきて、"話は付けたから"……と言う物ですから、驚きました。」

 

「まあ、そう心配しなくていいでしょう。元気にはしているようですしね」

 

"……そう、ですか……!"

 

ユウカは声に喜色を滲ませ、噛み締めるように言った。

 

"すみません、あまり関係ない話をしてしまって……"

 

「いえ、いいんですよ……さて、アビドスの皆さんは、何かありますか?」

 

"……私からはもう特には……ホシノ先輩は何かありますか?"

 

"う~ん……私からも特にないかなぁ……"

 

ホシノがそう言って、アヤネが続ける。

 

"……えっと、では一応、明日の土地移転手続きが完了した事を確認後、もう一度連絡させてください"

 

「勿論です。いつでもお待ちしていますよ」

 

"……では、これで失礼します。……皆さん、今回は本当にありがとうございました"

 

"アビドスの皆さんも、ありがとうございました"

 

「ええ、こちらこそありがとうございました……」

 

────そうして、アビドスとの通話が終了した。

 

「……ふう」

 

ヒマリが小さく息を吐く。

 

"……ヒマリ先輩"

 

すると、まだ通話に残ったままであったユウカがぽつりとヒマリの名を呼んだ。

 

「どうかしましたか?」

 

"……リオ会長と、話せたりしませんか?"

 

ユウカは小さく尋ねた。

その問いに……ヒマリは僅かに沈黙する。

 

「…………いえ。」

 

"……そう、ですか。"

 

「……すみません、ユウカさん。」

 

僅かな応酬だけで、彼女の落胆が伝わり……ヒマリの胸を刺す。

 

(……まったく、酷い話ですね。)

 

────調月リオはつくづく罪深い人間だ。

 

彼女が"放り出した者達"は────否。この表現は適切ではない。

 

彼女が真に放り出したのは自分自身だ。

愚かにも、"自分は居ない方が良い"……とでも思ったのだろう。

 

……そのくせ、物影から心配そうにちらちらと皆を見ているのだ。

 

しかし……見えない場所から支えるだけでは、感情は、想いは伝わらない。

ましてや、"理解されなくてもいい"……だなんて、傲慢が過ぎる。

 

自らに比肩する程の頭脳を持ちながら、そんな事すら理解できない彼女に……苛立ちを覚えた。

 

「さて……ユウカさん、私もそろそろ失礼しようと思います。」

 

「……また、何かあればそちらにも連絡しますので……もちろん、リオの事も。」

 

"わかりました。では……私もこれで"

 

それを最後に、ユウカとの通話が切れる。

 

「…………はあ……」

 

ヒマリは一人、行き場のない苛立ちを溜め息に乗せ、吐き出した。

 

 


 

同時刻:特異現象捜査部/作業室

 

 

"こっちは問題なく済んだよ、今から帰るね"

 

「わかった。気をつけて帰って来てくれ」

 

"おっけー、じゃあまた後で"

 

「ああ、また後で。」

 

ブラックマーケットの銀行に資金を引き出しに行ってくれていたエイミは、無事に目的を達成したようだ。

 

「…………」

 

軽く脱力し、椅子にもたれかかる。

 

(エイミが戻ってくるまで、暫く暇だな……)

 

現在時刻から考えて、帰ってくるのは恐らく19時は過ぎる。

 

なら、今日は私が食事を用意しよう。

とはいえ、それにもまだ少し早いか……。

 

そう考えつつ、ぬるい紅茶を口に運ぶ。

 

「……ふう。」

 

ひとつ息を吐き出して、現状に思いを馳せる。

 

────順調だ。実に順調。

 

ヒマリからの連絡はまだないが……それこそが成功を示している。

 

(……利害関係という物は御しやすくて助かるな。)

 

このように簡単に事が進むと、トリニティとゲヘナの和解がいかに面倒か痛感する。

何がどうなったらここまで拗れるのか。もはや本能的な物を感じる程に仲が悪い二校にため息が漏れる。

 

古書館の文献やらなにやらを調べても、決定的な物は特にない。

否。あったのかもしれないが……連綿と続く歴史を追った先、その果ての果ての果てにでも封じられているのだろう。

 

私が知る限り、現存する記録では"仲が悪いので、仲が悪い。"という身も蓋も無い結論に行きつくばかり。

 

呆れを息に乗せて吐き出し、手元の書類に目を落とす。

 

(……こうしていると、トリニティに居た頃を思い出すな。)

 

一人椅子に腰かけ、紅茶を傾けつつ書類や報告書と向き合う。

かつては、そんな日々を送っていた事もあった。

 

どこか懐かしい気分に浸りながら、私はリオより預かった無人機の仕様書を読み込むのであった。

 

 


 

夜:特異現象捜査部/キッチン

 

 

────あれから暫くして。

 

仕様書を読んでいる間に良い時間になったので、私はエイミの代わりに夕食を作っていた。

 

「……よし、美味い。」

 

作った料理の味見をしつつ、皿の用意をする。

 

エイミは先ほど帰ってきたが、砂落としの為、先にお風呂に入っている事だし……席に着くまでにはもう少しかかるだろう。

 

なら、スープもう少し煮込みつつ待つとしよう。

 

(……それまでの間、ヒマリとお茶でもして待っておくか)

 

そう考えて、緑茶の茶葉を取り出した。

 

 

 

────数分後。

 

 

「……ふぅ」

 

ヒマリは湯呑みを片手に、暖かな息を吐き出した。

 

「今日は色々と心労が重なりましたので……こうして暖かいお茶をすすると、落ち着きますね……」

 

「そうだな……」

 

彼女に追従するように湯呑みを口を運び、緑茶の深みのある渋みにぼうっと精神を預けていると……唐突に部屋の扉が開いた。

 

「ただいま……二人して何してるの?」

 

「おかえりなさい……」

 

「おかえり……スープを煮込んでる間、お茶でも飲もうかと思ってな……」

 

「……エイミも飲むか?まだ暖かいが……」

 

「ん、じゃあ貰おうかな、氷入れたら丁度良くなりそうだし」

 

「わかった。ほら……」

 

取り出した湯呑みにとぽぽと緑茶を注ぎ、手渡す。

 

「ありがと……」

 

湯呑みを受けとったエイミは冷凍庫からいくつかの氷を取り出して、お茶に沈めた。

 

「ん……ふぅ、美味しい。」

 

「そうか……良かった。」

 

そうして、私達はしばらくゆったりとした時間を過ごすのだった。

 

 


 

────しばらくして。

 

夕食を食べ終えた私達は、各々の疲労を鑑みて早めに床に就く事にした。

 

「……では、おやすみ。」

 

「うん、部長もおやすみ」

 

「ええ、おやすみなさい……」

 

廊下でエイミと別れ、もはや私の部屋にもなりつつあるヒマリの部屋へと共に向かう。

 

談笑しつつ歩いているとすぐに部屋の前に着いた。

 

「……ふあぁ……」

 

外套を脱ぎ、寝間着に着替えたヒマリはどうにも眠そうなあくびをした。

 

「ふふ……情けない所を見られてしまいましたね……」

 

「……そんな事はないさ。だが今日は疲れただろう……いつもながら、負担を掛けてすまない」

 

「ふふ……謝らなくて結構ですよ。ですが……態度で示していただく、というのも悪くないでしょう」

 

そう言って、"はい"とヒマリは両腕を広げ、私に差し出した。

 

「……そうだな。それも悪くない。」

 

差し出された腕を掴み、ヒマリを車椅子からそっと抱え上げる。

 

両の腕で肩と膝裏を支え、いわゆる"お姫様抱っこ"、と呼称される運搬方法でヒマリをベッドまで運び……ゆっくりと横たえた。

 

「……よい、しょ。」

 

固定具を緩めて義手を外し、自身もベッドに身を預けると、ヒマリはころりと寝返りを打ってこちらを向いた。

 

「……最近、冷えてきたと思いませんか?」

 

「……そうだな」

 

彼女の唐突な言葉に、"とはいえ、この部屋は空調で十分に暖かいだろう"とそう言いかけて……彼女の視線に気付き、飲み込んだ。

 

「こう気温が下がってくると、手先や足先が冷えて仕方ありませんね……」

 

「ところで……有翼の方たちの羽毛は非常に暖かいと伺ったのですが……」

 

ヒマリはにこにこと白々しい表情を浮かべ、私の翼に視線を送る。

 

(……なるほど、それが目的か。)

 

「……私の羽を毟る気か?」

 

「……おや、意図が伝わりにくかったでしょうか?」

 

徐々に落ちていく照明の中で、ヒマリは私にそっと身を寄せた。

 

「冗談だ。……触れたいのなら触れても構わない」

 

「しかし……以前のようにあまり強くは握らないでくれ。神経が集っている箇所だし……あまり頑丈な物でもないのでな。」

 

ばさ、と翼を払い、左翼を前に差し出す。

 

「……では……」

 

すると、ヒマリはゆっくりと私の翼に指先を沈め、羽軸に優しく触れた。

 

「おお……これは……良いものですね……」

 

そんな事を呟きながら、彼女はさわさわと羽をなぞる。

 

(……くすぐったい。)

 

漏れそうになる声を抑え、息と共に小さく吐き消す。

ヒマリに気付かれたら、また調子に乗って悪戯するであろうことが目に浮かぶからだ。

 

ヒマリの手に翼を委ね、むず痒さに耐えていると……きゅっ、と羽軸の内側を握られた。

ずくん、と走った感覚に喉が震え……小さな声が漏れ出てしまう。

 

「……う、っ」

 

「……おや。」

 

つい漏らした声に、ヒマリは意地悪な声を上げる。

 

(しまった……)

 

「……神経が通っていると言っただろう……敏感なんだ、根元の方は障らないでくれ」

 

「ふふ……すみません……」

 

そう言いつつも、ヒマリは指先ですりすりと私の羽軸をなぞり続ける。

 

「……謝るのなら、一度……っ!」

 

言葉に声が混じるたびに、ヒマリは嬉しそうに口角を上げ、嗜虐の笑みを浮かべる。

 

「ヒマ、リっ……手を、離してくれ……!」

 

私が切実に"離して"と言うと、ヒマリはすぐに手を離した。

 

「ふふふっ……少し、意地悪したくなってしまいました」

 

そう言ってこちらを見るヒマリは、とても愉快そうに微笑んでいた。

 

「はあ……もう触らせないぞ。」

 

未だ彼女の手の感覚が残り、ずくずくと疼く左翼を撫で……逆立った羽を整えなおす。

 

「おや、それは困りますね……」

「とても温かく心地いい感触でしたので、これからも眠る前には貴方の翼で手を温めようかと思ったのですが。」

 

「……勘弁してくれ、毎晩こんな目に遭わされたら堪らない」

 

「でしたら……この私に好きなように触れて構いませんよ……これでどうでしょう。」

「ふふ……この明星ヒマリに自由に触れられるなど、至極の名誉です。よかったですね?」

 

そんな事を言いながら、ヒマリは腕を広げる。

 

「…………」

 

右手を伸ばし、ヒマリの頬を掴む。

「ぉや……ほほひょうなほほろひふへはいほはそのような所に触れたいとは……なかなかはひあっくな中々マニアックな……」

 

「……はあ」

 

手を離し、ヒマリと目を合わせる。

 

「私の翼に触れたいのなら、もう少し丁寧に扱ってくれ。いいな?」

 

「はいはい……先ほどのような悪戯は自重しますよ、失礼しました……」

 

いつもの飄々とした態度を崩さず、ヒマリはにこやかに答えた。

 

「……もう少し態度に出して欲しいものだ。」

 

「ふふっ……貴方が本気で嫌がる事はしませんよ、安心してください」

 

「はあ……いい加減寝よう、明日は忙しい。」

 

「そんな事を言って、毎日忙しいではないですか……多少睦みあうぐらい、いいでしょう?」

 

「……駄目とは言ってないが……今日はもう十分だろう。ほら、寝るぞ」

 

そう言いつつ、足元に畳まれた毛布を首元まで引き上げ、ふわふわとした布に包まる。

 

「……おやすみなさい、ルイ」

 

毛布を被った私の耳元にそっと口を寄せ、ヒマリは小さく囁く。

 

「……ああ、おやすみ。」

 

ぞわりと走った感覚を誤魔化すようにそう返して、私は目を閉じた。

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