"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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意思

 

昼:特異現象捜査部/サーバールーム

 

 

「────はい、はい……確認できましたか?ふふふっ……安心しました。」

 

「ええ、無事に完了したようで何よりです……」

 

「いえいえ……では、失礼します……。」

 

「……ふう。」

 

ヒマリはアビドスとの通信を終え、端末をテーブルに置く。

 

そして、くるりと車椅子を転回させ……こちらの方を向いた。

 

「……無事に済んだようで何よりだ。」

 

ヒマリは私の言葉を"ええ"と首肯し、"ふふん"と得意げに笑った。

 

「こちらは問題なく終わりました……さて、後は貴方の交渉次第ですよ。」

 

「わかっている。……それで、何時を予定している?」

 

私の問いに、ヒマリはちらりと時計を見た。

 

「今からおよそ4時間後、アビドスの皆さんが土地が戻ったお祝いに集まるそうなので……その時を予定しています」

 

「了解した。祝い事を邪魔するようで申し訳ないが……より大きな利益を齎すためだ、目を瞑って貰おう」

 

そう言って手元のペットボトルを口に運ぶと……ヒマリは懸念を表情に浮かべ、尋ねた。

 

「……それで、どう交渉するつもりなんですか?」

 

こくりと水を嚥下して、ペットボトルを置く。

 

「……別に特別な事をするつもりはない。素直に利害を説明するつもりだ。」

 

「先日言ったように、アビドス側に"無償での借金完済"という特大のメリット。あちらから見ても、私やデカグラマトンに"カイザー勢力をアビドス砂漠からの完全な排斥"というメリットがある。」

 

「その上で、こちらの"アビドス校の借金を消し、対等な治安維持を行わせる事で長期的にカイザーを牽制したい"という裏の意図もある程度透かすつもりだ。……アビドス側から見れば、十二分に納得のいく取引だろう。」

 

私の説明を聞いたヒマリは、複雑そうな表情を浮かべる。

 

「……アビドスの現況を考えるのなら、確かに受けない理由が無い取引ですが……それは、あくまで合理で考えた話でしょう。」

 

「貴方は蛇蝎の如く嫌悪されています。……その事実を軽視するべきではないでしょう」

 

神妙に告げられたヒマリの忠告に、小さく首を振る。

 

「大丈夫だ。例えば、"魔王より資金提供を受ける"事で発生しかねない対外的な問題を視野に入れたとしよう」

 

「これに文句を言う人間は多かれ少なかれ居るだろう。だが……それは浅慮な考えだ。」

 

「私と明確に敵対している"先生"や三校連合の意思決定者がこの話を聞いたとしても、"その話を受けろ"と言うだろう。それ程に、全体的に見ても受けない理由が無い取引に調整してある。」

 

「どの勢力も、私から金を巻き上げる方が結果的に利になるだと考えるだろう……それに、金の流れから推察も捗るだろうしな。」

 

そう言って、補足するように続ける。

 

「……何より、少なくともアビドス・トリニティ・ミレニアムの三校はカイザーを警戒している……恐らく、対策委員会と共に行動した事のある先生も。」

 

「それならば、カイザー、魔王とデカグラマトンの双方に被害を与え、心強い味方と成り得るアビドスが力を増す。たとえ私が憎悪されているとしても、答えは一つしかないはずだ。」

 

私の言葉に、ヒマリは納得したように頷いた。

 

「……確かに、ここまでお膳立てをすればアビドスの皆さんも断る気は起きないでしょう。」

 

そう言って、ヒマリは軽く伸びをした。

 

「んぅ……はぁ。……さて、あとは時を待つだけですし、大人しく構えておきましょうか」

 

「……そうだな。ではそれまでに少し話そう、用意して欲しい事がある」

 

「ええ……わかりました」

 

そうして、私達はアビドスに連絡する時まで、機材の調整を進めるのだった。

 

 


 

 

 

夕方:アビドス校/部室

 

 

「……じゃあ、アビドス砂漠の土地奪還を祝って……」

 

「「「「かんぱーい!!」」」」

 

部室に集まった対策委員会の面々は、各々ジュースの入ったコップを掲げ、"乾杯"と叫んだ。

 

「……まさか、本当に戻ってくるなんて……!」

 

「はい……!一部とはいえ、ついに土地を取り戻しました……!これは、大きな一歩です!」

 

「ん。」

 

歓談するセリカ・シロコ・アヤネの三人は、嬉しそうに笑い合っている。

 

「……と言っても、私達は殆ど何もしてないけどねぇ……」

 

その様子を見ていたホシノは、皆の喜色に障らないよう、部室の隅で小さく呟く。

 

「まあまあ、いいじゃないですか~、一歩は一歩ですから」

 

ホシノの小さな言葉を拾い、"はい"とノノミがコップを差し出すと……シロコがゆっくりと近付き、ホシノに頷きを送る。

 

「ん、これからどんどん取り返す。」

 

二人の暖かい言葉に、ホシノは"うん"と小さく頷いた。

 

「……そうだね……じゃ、これからもっと頑張ろうか~……!」

 

ホシノは立ち上がり、"ぐっ"と伸びをする。

 

「誰かの力じゃなくて、私達だけでアビドスを護れるようにならなくちゃね……!」

 

「はい!」

「ええ!」

「ん。」

「頑張りましょう~!」

 

ホシノの言葉に、アビドスの面々は決意を新たにした。

 

 

────その瞬間、"ブツ"と誰かの携帯が大きな音を立てる。

 

 

何事かと止まった一瞬の静寂の中に……声が聞こえだす。

 

"あー……あー……聞こえているかな。"

"こんばんは。祝賀中にすまないが……少しだけ、話がしたい"

 

「……ッ」

 

浮かれたムードは一瞬にして消え去り、音の出処……机に置かれたホシノの携帯へと全員が目を向けた。

 

「……誰かな?今取り込み中なんだけど」

 

物々しく発せられたホシノの言葉に、声の主は答える。

 

"魔王。"

 

「……!!」

 

その名を聞いた瞬間、ホシノはホルスターから銃を抜き、自らの携帯に向け────。

 

"無駄だ。やめておけ"

 

ノイズ交じりに聞こえた声は頭上。チャイムを知らせるスピーカーから鳴っていた。

 

「「「「「……!!」」」」」

 

全員が呆気に取られ、沈黙する。

……どうやら、私達に逃げ場はないらしい。

 

"何か勘違いしているようだが、今回私は善意で連絡している。敵意は一切無い。"

"話が終われば、その結果に関わらず私は退散しよう。"

 

「……急に何のつもり!?あんたと話す事なんか────」

 

「……まあまあ、セリカちゃん。」

 

憤るセリカを抑え、ホシノは自分の携帯に視線を戻す。

 

……冷静に考えるのなら、ここで通話を切るには惜しい。

 

ビナー討滅作戦を控え、カイザーを退かせた今……魔王がこうして連絡して来たのには確実に何か意図がある。

それを見極めておかなければ……まずい事になるかもしれない。

 

みんなとの時間を邪魔されたのは心から腹立たしいが……ここで、情報を引き出すべきだ。

 

……と、思い至ったところで、同じ結論に落ち着いたのか、アヤネとノノミはホシノの肩を小さく叩いて、真剣な表情でこくりと頷いた。

 

「……ごめんねぇ、そこまで言うのなら一応聞いてあげるよ……それで、何の用?」

 

"……安心しろ、そう悪い話ではない"

 

ホシノの放った威圧的な言葉に対してそう前置きして、魔王は続ける。

 

"さて、アビドス校のカイザーに対する借金……それを全て私が肩代わりしよう。今回は、それを申し出に来た。"

 

「……は?」

 

「……へっ?」

 

何人かの喉から気の抜けた声が漏れ出る。

 

皆一様に"ぽかん"とした表情を浮かべ、困惑している。

 

……呆気に取られたが、あくまで冷静に対応しなければ。

そう考えて、ホシノは返答する。

 

「……それで、対価は?」

 

そう甘い話はない。

確実に何かしらの対価を要求してくるはず。ならばそれを────

 

"不要だ。"

 

「「「「「……!?」」」」」

 

……意味が分からない。

思考を正そうとしている内に、背に嫌な汗が流れる。

 

状況を理解するため、脳をフル回転させている内に……沈黙を見かねたのか、魔王は続けた。

 

"……対価は不要。そうは言ったが、私にメリットが無い訳ではない。"

 

"カイザーグループ。アビドスで勢力を増すあれらは目障りだ、可能なら排除しておきたい。"

 

"……そこで、貴様等アビドス校の人間というわけだ。"

 

"アビドスには連中の軍事拠点であったり、不法な工場が数多く存在する"

 

"挙句の果てに、砂漠で妙な真似をしているという報告も耳にしている。"

 

"いずれ対処せねばならないと思っていたが……どうやら、今が好機のようだ"

 

"好機"。彼女の語った、その言葉が意味する事は一つ。

 

「……へぇ、じゃあいま私達がなんで集まってるのか知ってる、って事?」

 

"当然だ。アビドス砂漠がお前達の手に戻った今、カイザーは大きな隙を見せている"

 

(……!!)

 

ホシノの問いに魔王は事も無さげに答え、そのまま続ける。

 

"……連中の事だ、どうせ借金を盾に取り戻せるとでも思っているんだろう。"

 

"しかし……今この状況でお前達と対等な立場に戻り、砂漠の回収が厳しくなればカイザーは大きな痛手を食う"

"この話を持ち掛けたのは、そういった打算あっての事だ。"

 

そう言って、"説明は果たした"、と言わんばかりに魔王は黙した。

 

────魔王はアビドスに権利が戻った事を知っている。

その事実は、アビドスの面々の背にぞくりとしたものを感じさせた。

 

しかし何より、魔王が提示した"支援"が、アビドスの面々を深い思考の海に沈めていた、

 

「…………」

 

沈黙に支配された部室の中、周りを見回すと……皆、思案に揺れている。

 

当然だ。相手の意図はどうあれ……事実上、無償で借金問題が解決する。

 

……罠だ。あまりにも都合が良すぎる。

 

感情はそう告げているが、しかし……魔王が話した"カイザーを排斥したい"という説明に、筋は通っている。

現状でアビドスに介入する理由なんて、デカグラマトンに与している魔王からすればそれ一つしかない。

 

そもそもキヴォトス中、あらゆる視点から見て……アビドスを助ける理由が、メリットが薄い事は自分たちが一番理解している。

今の今まで殆どまともな支援も得られず、自分達だけでなんとか首の皮を繋ぐ日々を送ってきた故にだ。

 

……しかし、この魔王は合理的な利害を提示し、意図を明かした上で対価も求めないと来た。

 

一見して罠にしか思えないそれは……自分が立場上警戒されている事を理解している故に、このように不利な提案を持ち掛けたと考えれば、辻褄は会う。

 

ならば……魔王は本気で、アビドスの借金問題を解決する気かもしれない。

 

それを利用しない手は……無いのではないか。

 

渦巻く感情と合理が激突し……ホシノを一層混乱させていた。

 

「……そんな事を言って、私達に恩を売ってどうする気なんですか?」

 

「そうよ……!!悪いけど、私達はあんたなんかに助けてもらう程落ちぶれてないわ!」

 

見極めるようなアヤネの言葉が沈黙を破り、それに乗ってセリカが怒気をぶつける。

 

……しかし、二人の言葉に対して魔王は一切動じずに答えた。

 

"そう感情的になるな。繰り返すが、対価は求めていない。故に、恩も感じなくていい。"

 

"むしろ、今回の支援は私からの謝礼、あるいは賠償だと思ってくれていい。"

 

"特に、お前達が数十年もの間その地を護ってきたおかげで、アビドスは辛うじてカイザーのような連中に占拠される事なく、今この現状に繋がった。"

 

"長きに渡る苦境の中、災厄に耐え、多方の圧力を跳ね除けた……それは称賛に値する。"

 

"賠償は……以前アビドスに拠点を不法に作っていただろう。その件での賠償だとでも思ってくれればいい。"

 

"故に、気兼ねなく受け取ってくて構わない。"

 

「…………」

 

沈黙を重ねる私達に、魔王は続ける。

 

"さて……先ほど"私に助けてもらう程落ちぶれていない"、と言ったか?"

 

"言葉を返すようだが……事実としてアビドスは落ちぶれている。"

 

「……!!」

 

皆の表情が強張るが、それが見えようはずもない魔王は淡々と続ける。

 

"……お前達がどう認識していようと構わないが、アビドスの借金問題は、お前達だけでは解決不可能だ。"

 

"そのような状況で、手段を選ぼうなどと考えるべきではない。受けられる支援は受けるべきだ。"

 

"……私以外に、この問題に介入し、根本的な解決を図れる者が居るというのならその者を頼るのも悪くないだろう。だが……そのような者は私の知る限り、居ない。"

 

"そちらに在籍しているセイント・ネフティスの令嬢は身銭を切る気は無いようだし、三大校ですら今は他校の支援に多額の資金を割く余裕は無い。連邦は今や腑抜けており、当てにならない。"

 

"そんな状況で、お前達を助けられるのは私だけだ。"

 

"冷静に考えろ。……お前達がこの提案を断る理由はないはずだ。"

 

そう言って、魔王は沈黙し、回答を促す。

 

「…………」

 

ホシノは迷い、答えを求めるように皆の顔を見る。

 

一目でわかるほど、みな一様に目を伏せ、動揺している。

 

……"私達だけでは不可能"。という魔王の言葉を否定しきれないと理解しているからだ。

 

最近はようやく利子を返せるようになってきたが、元金は殆ど減っていない。

返済計画も、立っているとは言えない状況だ。

 

魔王の言う通り……アビドスは、助けを必要としているのかもしれない。

 

────それが魔王によるものだとしても。

 

……連邦や他校を始めに、今まで誰も……本気で私達を助けてはくれなかった。

同情してはくれても、直接的な手段で助けてくれたのは先生だけ。

 

しかし……今こうして語られた魔王の言葉が真実なら……負の螺旋の中足掻き続けたこのアビドスという学校が苦しみ続けた借金問題に、ついに決着が付く。

 

 

(────いや……駄目だ。)

 

甘い夢に揺れる心に、ぴしゃりと喝を入れる。

 

忘れるな……相手は魔王。まごう事なき悪徒であり、先生を手に掛けようとしている者。

そんな奴の思い通りに行動なんかしてたまるものか。

 

そう自身を律して、"すう"と深呼吸をした。

 

「……悪いけど、そのお金はトリニティに渡してあげなよ。」

 

「貴方のせいで、あそこは大変な事になってるそうじゃない?」

「私達を助ける前に……そのお金で、傷付いた子たちに謝ってくるべきだと思うなぁ」

 

「その後なら……私達は喜んで支援を受け入れるよ。」

 

嫌味たっぷりに拒絶すると、魔王は呆れたように"はあ"とため息を吐いた。

 

"この現況に於いても他者を優先するその高潔な精神は称賛しよう。だが……その点は心配には及ばない"

 

"トリニティ校は自治区内に存在した私の口座を全て凍結、接収している。"

 

"……その口座には、今回お前達に供する額より遥かに多い額の金が入っていた"

 

"そして、その金は全てトリニティの復興、負傷者の治療、賠償に充てられているはずだ。"

 

"故に……その点でお前達が気兼ねする必要はない。安心しろ。"

 

嫌味と理解しているだろうに、わざわざ真面目に返答した魔王は、私達の言い訳を一つ奪った。

 

……そして、魔王は小さく"ふう"と息を吐く。

 

"支援を拒否するのは結構だが……ひとつ言わせてくれ"

 

"現実を見ろ。甘ったれた事を言うな。"

 

「はあ!?いったい何様のつもり!?」

 

「……!」

 

魔王の言葉にセリカの怒りは最高潮に達し、呼応したシロコが銃を取る。

 

"────黙れ。"

 

「……ッ!!」

 

スピーカーの音量が引き上げられ、大音量で魔王の言葉を伝える。

 

音の波に飲まれ、気圧された面々はゆっくりと銃を下ろす。

 

"……人の話に割り込むな。"

 

音量が戻り、そう告げた魔王ははっきりと、力強く続けた。

 

"私はただ、トリニティとゲヘナに敵対しているだけだ。"

"お前達が私をどう思っていようと、私は現状、アビドスに敵対する気はない"

 

"……いいか、本当に、私は9割の善意でお前達にこの提案をしている。"

 

"アビドスという地と、そこに在籍する生徒は遊ばせておくにはあまりに惜しい"

"それがカイザーのような理性の無い組織に首を抑えられ、家畜化されるなど……認めがたい損失だ。"

 

"残り1割の打算にしても、カイザーがアビドスで跋扈し、不法行為が罷り通っている現状を打開したいだけだ"

 

"……冷静に考え、合理的に判断しろ。この取引はお前達に一切のリスクが無い、そのように組んだ物だからだ。"

 

「「「「「……………………」」」」」

 

長い、長い沈黙。

 

セリカは黙して歯を食いしばり、シロコは無言で目を伏せる。

アヤネは瞑目して思考に耽り、ノノミは目を逸らし、やるせない表情を浮かべている。

 

「…………」

 

ホシノは一度固く瞬きして……拳を握った。

 

「……本当に、善意だったとしたら……ありがとう。」

 

「でも、やっぱりこんな方法で私達の問題を解決するべきじゃないと思うんだ。」

 

「だから……今回は断るよ。」

 

ホシノの言葉に、皆一斉に顔を上げた。

決意が伝播し、言葉となって表出する。

 

「……そうよ。私達の問題は私達で解決するわ!」

 

「……はい。やっと、解決の兆しが見えて来たんです。」

 

「ん。余計なお世話。貴方の助けは必要ない。」

 

ホシノは皆の言葉を背に受け、力強く告げた。

 

「……そういう訳だから、今回は諦めて。」

 

"………………愚かな選択だ。"

 

みんなの言葉を聞いた魔王は、通信越しでも伝わるほどに狼狽している。

 

"理解できん。ああ……いや……いい。わかった。最終手段だ"

"私としては避けたかったが……仕方ない。悪いがもう少しだけ時間をくれ"

 

"……最後の判断材料を用意する。"

 

最後にそう言って、魔王は沈黙した。

"判断材料"。その不穏な言葉に、嫌な予感が脳裏に沸き立つ。

 

「……なによ、やっぱり脅す気なんじゃない……!!」

 

「……何があっても私達の意思は変わりませんよ~!」

 

表出する怒りの中、何が起きるかと構えていれば……十数秒ほどして、ホシノの携帯から着信音が鳴る。

 

画面に書かれた着信通知は……"先生"。

 

「……ッ!!何のつもり!?」

 

叫ぶようにして問う。

 

"……良いから取れ。悪いようにはしない。"

 

魔王は面倒くさそうな態度でそう答える。

 

(……くそ、くそっ!!)

 

怒りに震える指で、応答ボタンを押し、携帯を耳に当てる。すると────

 

"もしもし、ホシノ?"

 

"着信があったけど……どうかした?"

 

「……先生、無事なの!?」

 

事も無さげに尋ねて来た先生に、声が震える。

 

"私は無事だけど……ホシノこそ大丈夫?何かあった?"

 

「え!?、う、うん……こっちは大丈夫だけど……」

 

"唐突な連絡、失礼する。小鳥遊ホシノに代わり、私から事情を説明しよう、先生。"

 

そう言って、どんな手段を使ったのかわからないが、魔王は私と先生の会話に割り込んできた。

 

"えっ、君は……ええっと……声からして、アビドスの子……じゃないよね?"

 

携帯のスピーカー越しに先生の声が教室に響くと、同じく魔王の声もそのまま流れ出す。

 

"天城ルイだ。"

 

"……!"

 

息を呑んだ先生を意にも介さず、魔王は続けた。

 

"さて……あまり時間を取らせるのも気が引ける、端的に説明しよう。"

 

"アビドスの借金問題を私が肩代わりする。その申し出をするために現在対策委員会と交渉していたが……断られてしまった。"

 

"先生、お前の力を借りるのは本当に癪に障るが……この件では、お前の説得が必要だ。"

 

"……アビドスの借金を肩代わりする?"

 

先生が聞き返すと、魔王は"ああ"と答える。

 

"そうだ。対価は不要、返済も不要。"

 

"十数億の現金を用意してある。対策委員会が了承するのなら、即座に供与するつもりだ。"

 

"この件に私は一切の見返りを求めていない。ただアビドスの問題を解決する、それだけの為に連絡した。"

 

"しかし……アビドスの生徒は申し出を断った、とはいえ、私の立場を鑑みれば警戒するのは理解できる"

 

"そこで、対策委員会の人間に信頼されているお前に仲立ちして貰おうという訳だ、先生。"

 

"……繰り返すが、この件は本当に善意で申し出ている。対価、返済不要、という点について不安ならば一筆書こう、血判を押してもいい。"

 

"先生。お前は生徒を導く大人なのだろう?……ならば、今こそ苦境に身を置く生徒を導き、救う時だ。"

 

"今この瞬間、アビドスの問題を解決できるのはお前だけだ、先生。……理解したか?"

 

捲し立てるように語った魔王に、先生は"ううん"と唸って、口を開く。

 

"まず……頼ってくれてありがとう、ルイ"

 

"……チッ"

 

先生の言葉に、魔王は舌打ちを返す。

魔王が目に見えて苛立っている様子に、雰囲気が"ぴり"と張り詰めた。

 

"いくつか質問していいかな?"

 

"……ああ。この件に関して、私は説明責任を果たそう"

 

魔王がそう答えると、先生は続けた。

 

"……じゃあ、本当の意図を教えて"

 

先生の単刀直入な言葉に、魔王は涼し気に返答する。

 

"いいだろう。隠す事でもない。"

 

"アビドス校を対等な立場へ押し上げる事によるカイザーへの牽制、あるいはアビドス自治区からの排斥だ。"

 

"アビドスに蔓延る連中の手勢は目に余る。最近は砂漠で余計な真似をしているようだしな。"

 

"……私は強い。されどこの身は一つだ。あらゆる問題に介入できるわけではない。"

 

そう言って、魔王は"さて"と話を区切った

 

"アビドス校最大の問題は何より、借金返済のために生徒の時間が徒に浪費されている事にある。"

 

"在籍している生徒はみな精鋭揃いだと聞く。ならば最大の問題である借金問題さえ外部の助力で解決してしまえば、後はカイザーへの対処も含め、自分達でどうにかできると考えている。"

 

"故に、今回の支援を申し出た。"

 

"……しかし、今回の件はそれらの打算を差し引いても、善意で申し出ている。それは忘れてくれるなよ"

 

"……うん、ルイの言い分はわかった。"

 

私達は黙したまま、二人の会話を聴いている。

 

"一応聞いておくけど……供出するお金の出どころは?"

 

"……それはこの件に関係ないが、誠意の表明の為に一つ明かすのなら……不法な手段で稼いだ金ではない。それは約束しよう"

 

"不法行為に資金を用いた事は数多くあるが、私の資金源自体は真っ当なものだ。ただし、それを明かす事はできん。故に、信じろ。という言葉以外に証明する物はない。"

 

魔王の説明に、先生は数秒の思考を経て、答える。

 

"……わかった、とりあえずは信じるよ"

 

"それでいい。"

 

魔王の言葉を鵜呑みにしていく先生に、少しだけ焦りを感じる。

しかし先生はあくまでいつもの態度を崩さずに、話し続けた。

 

"じゃあ最後に……アビドスの皆に、言いたい事は?"

 

"なに……?"

 

"……やっぱり、自分の言葉で語るべきだと思うんだ。だから、素直に一度伝えてみて"

 

"意図が理解できん。意思も目的も利害も伝えた、これ以上に私に語る事は無い。"

 

"そういう事じゃないよ、君の気持ちを、感情を伝えて欲しい"

 

"……今回の支援表明に於いて、アビドスに対して言いたい事を言え、という事か?"

 

"うん"

 

"…………"

 

魔王は数秒思案する。

そして……"すぅ"と息を吸って、力強く告げた。

 

"誰もがお前達を軽視し、見放そうと……私はアビドスという地が払ってきた代償と、お前達の努力を識っている。"

 

"……これまでよく耐えた、お前達は救済に足るだけの努力を行った。"

 

"長きに渡る苦難は、一片なれどこの私が預かろう。"

 

"今こそ反攻の時だ。この地に蔓延る悪徒を打ち払い、母なる地を取り戻すがいい。"

 

 

"…………"

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

魔王の言葉は……神託のような、美しく、力強い語調で伝えられた。

 

……元とはいえ、トリニティの人間らしい実に傲慢な言葉。

それが、ひどくホシノの逆鱗に障って……ざりざりと神経を逆撫でた。

 

「……お前が、何を知っているんだ……!!」

 

ぐらぐらと煮えるような感情がホシノの中に溢れだす。

 

当事者でもない人間が、唐突に現れて神気取りか。

 

……ふざけるな。ふざけるな!!!!

 

 

「……お前がアビドスの何を知っているんだ!私は!!私達は!!!先輩は……!!!!」

 

「……!?」

 

「……止めて!!」

 

アビドスの面々は、豹変し怒り狂うホシノを抑え込もうとする。

 

しかし、ホシノはその間をするりと抜け……魔王の声が鳴るアヤネの携帯を奪い取り、マイクに向けて叫んだ。

 

"……落ち着け、気に障ったのなら謝罪しよう。"

 

「黙れ、黙れ!!!知ったような口を聞くな!!!!」

 

携帯の置いてあった机が倒れ、"ガシャン"と大きな音を立てる。

 

"ッ……ホシノ、落ち着いて!!"

 

「ホシノ先輩……!!!」

 

ホシノはノノミとシロコに抑え込まれ、地に伏せる。

 

「……ふーっ……!!ふーっ……!!舐めるなよ……!!魔王……!!」

 

"……失敗だったようだな、先生。"

 

息荒く、腹の奥から引き摺り出したような低い声で威嚇するホシノを横目に、魔王は呟いた。

 

"…………ごめん、ホシノ"

 

"はあ……煽り立てるような気は一切なかった、これは私の落ち度だ。すまない。"

 

淡々と告げられた謝罪に、ホシノの怒りはいっそう鋭くなるが……先生の声を聴いて、何とか意識を整える。

 

"ごめんね……ルイも悪気は無かったみたいだし……一旦落ち着いて欲しい。"

 

「…………ッッッ!!」

 

ホシノはぎりぎりと怒りを噛み潰しながら、アヤネの携帯を睨み続ける。

満ちた力は段々と抜けていき……最後には握られた拳のみが怒りを湛えていた。

 

"……先生、話を戻していいか?"

 

"……もう少し待ってあげて"

 

"……いいだろう"

 

 


 

 

それから数分程、休止を挟んで……私達は再び、話し始めた。

 

"……先ほどはすまなかった、重ねて詫びよう"

 

「……二度と知ったような口を利くな。」

 

唸るような声で告げたホシノに、ルイは重ねて詫びる。

 

"……悪かった。……さて、話を戻そう。"

 

"先生、今回の申し出に対して……お前からの言葉を聞きたい。"

 

魔王がそう問うと、先生は"わかった"と頷いた。

 

"ただ……その前に一つ、質問してもいいかな?……アビドスの皆は、どう思ってるの?"

"ひとりずつ、考えを話して欲しい。こういうことは皆で相談して、納得するべきだから。"

 

先生の言葉に、皆顔を上げる。

 

数秒、沈黙が流れる。

 

「…………私は、受けるべきかと思います。」

「借金問題を解決した後も、私達にはやらなければならないことが山積みですから。」

 

最初に、アヤネがぽつりと呟く。

 

「……私は嫌よ。このクズからの支援なんか受ける気はないわ」

 

セリカが力強く宣言する。

 

「ん、私も嫌。」

 

「……アビドスの今後を考えるなら、受けるべきかもしれません。」

 

シロコとノノミが続き……残るは、ホシノ一人。

 

「…………」

 

残されたホシノは黙って思考を続ける。

 

……アビドスに対する思いは彼女が一際大きい故、誰もそれを咎めない。

 

 

(魔王の言葉が本当なら……今こそ、アビドスを存続させてきた今までの苦労が実を結ぶ瞬間かもしれない。)

 

アヤネちゃんの言う通り、借金問題が解決したとして……学校を立て直すには、まだまだやる事が山積みだ。

現状最大の問題である借金を解決できるのなら、魔王の申し出を受けるべきなのかもしれない。

 

……しかし、こんな方法でいいのか。

セリカちゃんの言ったように、テロリストの……それも最低最悪のクズからの支援を受けて、立て直したとして誇れるのか。

 

魔王は確かに善意で言っているのだろう。それこそが苛立たしいのだが、言葉の節々からそれは感じ取れる。

 

────ホシノは揺れる。

 

固く握りしめた拳は鬱血して赤白に二分され、彼女の苦悩を周囲に伝えている。

 

(……ユメ先輩。)

 

思い浮かぶのは、今はもう会う事が叶わない一人の先輩。

 

(……こんな方法でアビドスを立て直して……私はユメ先輩に誇れるのか。)

 

────否。断じて、否だ。

 

閉じた瞼を開き、机の上に乗った携帯を見つめた。

 

「……私は、こんな事でアビドスを立て直しても意味は無いと思ってる。」

 

"…………"

 

魔王は無言を貫いているようだが、遠くで小さくため息が聞こえた気がした。

 

……どうせ、呆れているのだろう。

 

私達を救済対象とでも思って、愚かな選択だとでも、神様気取りで。

 

……気に食わない。その偉そうな鼻っ面を蹴りつけ、地に伏せた所を踏みつけてやりたい気分だ。

 

"……うん、わかった。"

 

私の言葉に、先生は優しくそう言って……ゆっくりと続ける。

 

"────なら、私に言う事は無いよ"

 

"……は?"

 

魔王の喉から抜けたような声が響く。

 

"……ルイ、悪いけど今回の件は諦めてあげて欲しい"

 

"……待て、何を言っている。"

 

"お前は、今、自分が何を言ったか理解しているのか?"

 

魔王の声が震えている。

 

数秒ほどの沈黙を経て、"ひゅう"と息を吸い込む声がした直後────怒鳴り声が響く。

 

"……お前は生徒を導く"先生"、"大人"だろう!!何故そのような事が言える!?"

 

つんざく怒声が衝撃となって、私達の耳を"きいん"と痺れさせる。

 

"アビドスの借金問題を解消しなければ、アビドスの生徒はこれからも借金に追われ続け、徒に時間を捨てる!!"

 

"数十年前の砂嵐から、今の今まで苦難に喘ぎ……時を経て、今や土地は比較にならん程に縮小し、借金に雁字搦めだ!……今この場に居るアビドスの生徒が何をしたというんだ!?真に責を負うべきはその選択をした過去の人間であり、今を生きる者がその責を押し付けられる謂れはない!!"

 

"それを理解しているのか!?理解してなお、お前はそれを許容するというのか!?"

 

"浅薄だ、愚鈍だ、無責任だ!!貴様は今、明確に、生徒を導く者として……先生としての職責に背いた!!"

 

憤怒し、怒鳴り、捲し立てた魔王に、先生は小さく "そうかもね" と返し、続ける。

 

"でもね……生徒が望んでいないことを、押し付ける事は出来ないよ。"

 

"それが間違っていたら、私はもちろん止める。先生としてね。だけど……私はホシノたちの選択を、間違いだとは思わない。"

 

先生の言葉の途中、所々魔王の荒い息が入る。

 

……あそこまで偉そうな態度を取っていた魔王が涼し気な仮面を外し、怒り狂う様を見るのは、実に小気味が良い。

 

"……なら、お前はどう考える。お前ならどうする。大人としての知見を以てして、どのような判断を下す。"

 

怒りに震える声で、魔王は問う。

 

"うーん……まあ、私一人なら受け入れちゃうかな。"

 

魔王の問いに、先生は飄々と返す。

 

"ふ、はっ……!!聞いただろう、対策委員会の諸君!!"

 

"……合理的に考えてくれ!"

 

"私は、お前達が迷いなく了承できるように、条件も限りなく譲歩し、対価も求めず、目的も全て明かした。"

 

"対外的な理由だって問題ないように調整した!!……これ以上に……何が必要だというんだ……!!"

 

"……考え直すべきだ、この支援を受け入れる事はキヴォトスの公益に資する上、何よりアビドス復興への大きな一歩になる!!"

 

"冷静になっ────"

 

「もういいよ。何も理解していないみたいだし。」

 

ホシノが言葉を遮ると、続くようにして先生が口を開く。

 

"……ルイ、アビドスの皆は自分の意思でそれを選択した。"

 

"その決定を覆すことは、君にはできない。……それがどれだけ正しくて、合理的だろうとね。"

 

"ふざっけるな……!支援を拒否したのは私が魔王だからか!?"

 

魔王は尚も足掻き続ける。

明らかに怒りに支配され、冷静さを失っている。

 

"……それなら、げほっ、っぐ……今すぐに先生とも手を切れ……!!"

 

"災厄の狐、美食研究会……はあっ、アリウススクワッド、温泉開発部……それら全て……っ、先生と関わりがある……!"

 

"あまつさえ、支援をしたという話もある!わたしとこいつはっ、同じ穴の狢だ……!!"

 

"アビドスで暴れている……はあっ……覆面水着団ですら……!ごほっ、共犯である疑いが────"

 

「────見苦しいよ。私達の決断は変わらない。」

 

怒り狂う魔王にホシノが一喝すると……途端に、魔王の声が途切れ、消えた。

 

"…………切れちゃったかな?"

 

「……みたい、ですね……」

 

教室に、皆の安堵の息が響く。

 

"……ごめんね、みんな"

 

少しして、先生はそう呟いた。

 

「ん~?どうして謝るの?」

 

"……ルイの言う通り、私は無責任な事を言ったのかもしれない。"

 

"……今更言うべきじゃないけど、彼女の言う事はある意味では正しい。"

 

"正しさ、とか合理的……って話なら、私がした選択は非難されてしかるべきだ。"

 

"ルイが提示した支援は、確かに皆を今の苦しい状況から救い出すには十分だった。"

 

"今、アビドスの皆が過去の責任を押し付けられているのはおかしい、って思うのも、本当にその通りだと思う。"

 

"カイザーの件を差し引いたとしても……ルイは本当に、皆を助けたかったからこそ、あそこまで自分に不利な条件を提示して、意図も教えて、頼りたくない私を頼ってまで支援を受け入れさせようとした。"

 

"それなのに……私が支援を受け入れるべき、って言わなかったせいで、アビドスの皆が苦境に取り残された……って捉えたからこそ、ルイはあそこまで怒ったんだと思う。"

 

"……だから……ルイを嫌わないであげて欲しい"

 

ぽつぽつと寂しそうに話した先生の言葉は、悲しみを湛えていた。

 

「……ううん。先生が私達の選択を信じてくれて、嬉しかった。」

 

魔王を許す事は出来ないが……先生がそこまで言うのなら、今後の行動次第で考えてもいいだろう。

 

「……ありがとね、先生。」

 

ホシノは先生に優しく感謝を伝えて、くるりと振り返る。

 

「それと……ごめんね、ノノミちゃん、アヤネちゃん。」

 

先ほどの多数決で、"支援を受ける"という意見を表明した二人にホシノは深く頭を下げる。

 

「あんな風に、外から急に助けられても……私達は胸を張れない。」

 

「やっぱり自分たちで解決してこそ、って思うんだ────」

 

ホシノの言葉に、アビドスの面々は頷きを返した。

 

 


 

 

同時刻:特異現象捜査部/サーバールーム

 

 

「はーっ……はあっ……りかい、しがたい……げほっ……」

 

「……落ち着いてください。貴方は確かに間違っていませんでしたよ……」

 

机に伏し、咳混じりにぶつぶつとぼやいているルイの背を、ヒマリはよしよしと優しく撫でていた。

その背は汗ばんで熱を持ち、荒い呼吸によって上下している。

 

(……やはり、こうなりましたか)

 

残念ながら、交渉は失敗。

 

三大校のようなマンモス校の事ばかり相手して来たのだから、合理を追求する姿勢を取ってしまう事も仕方のない事。

 

しかし……アビドスはたった5人しかいない、言葉を選ばずに言えば、廃校寸前の学校だ。

 

その大きさから個の意思が薄れるマンモス校と違って、たった5人しかいないのならば……当然、個の意思が、感情こそが群体としての意思決定に大きな力を持つ。

 

誰しも、唐突に現れた人間に上から合理と正論で殴りつけられれば、当然反発したくなるもの。

……ましてやそれが"敵"ならば考えるまでもないだろう。

 

それを軽視し、理を詰めすぎたルイの失敗だ。

 

……ルイはリオと同じく、人に合理を求めすぎるあまり、感情を軽視する悪癖がある。

 

腕を失った時に、"対価を渡しさえすれば私が義手の制作に協力するだろう"なんて考えるような人間だ。

相手がどう思うか、という事に気が回っていなかった、あるいは回す必要はないと考えたのだろう。

 

 

良くも悪くも、リオよりは頭が固くないが……今回は、中途半端なそれこそが祟った。

 

"────これまでよく耐えた、お前達は救済に足るだけの努力を行った。"

 

あの仰々しい口調で思いを告げた意図に察しは付くが……あまりに浅慮だった。

 

ルイにとって最も心強い口調を用いて、アビドスの努力を心から褒めた上で……"もう安心していいよ"とでも伝えたかったんだろう。

 

……それが、アビドスの感情を、誇りを無意識に踏み躙った。

 

その結果、致命的な反感を買い、"正しい"判断を下すと信じていた先生にまで裏切られたような形になり……この始末。

 

「……はーっ……はあ……くそ……っ」

 

「大丈夫ですよ……ほら、お水です……」

 

呻くルイの背を撫で、ペットボトルを差し出す。

 

……あそこまで取り乱し、怒っているルイは初めて見た。

それだけ、先生の選択がショックだったのだろう。

 

……なんだかんだで、ルイは先生の事を評価している。

 

……しかし、その先生はアビドスの"愚かな"決断を支持した。

 

先生に対して、"生徒を導く大人"としての一面のみを期待するルイにとって、あの選択は本当に許容し難いものだったのだろう。

 

烈火のごとく怒り狂う彼女を見て、これ以上はまずいと通話を切断したが……正解だった。

 

ルイは怒りで相当に血圧が上がったのか……通話が切れた事を伝えると、息を荒くして机に伏せてしまった。

 

……怪我も治りきっていないのに、無理をするからだ。

 

私より一回り大きな背を小さく丸め、机に伏せながら咳に震えるその姿はひどく哀れで……どこか庇護欲を刺激される。

 

(……いけませんね。)

 

湧き出る邪な感情を振り払う。

 

……落ち着いた後、ルイには少しだけお説教をしよう。

 

そう考えつつ、ヒマリは呻くルイの背を撫で続けるのだった。

 

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