"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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言葉

 

────2日後。

 

正午前:ミレニアム本校/イベントホール

 

 

ミレニアム校内でも一際大きなホールには、三校の制服をきっちりと着こなした大勢の生徒が集っていた。

 

ミレニアムの生徒を挟む形で三列に別れたゲヘナとトリニティの生徒たちは、不安や疑念交じりにどよめきながらも、皆一様にどこか覚悟を決めたような表情で、開幕を待っている。

 

「……ゲヘナと合同って……いくら何でも……」

 

「トリニティの連中と組むって冗談だよな?ハハ……」

 

ざわめきにそんな言葉が混じる中、しばらくして────正午のチャイムが鳴り響いた。

 


 

 

────舞台の端より堂々と現れた面々に、どよめきは消え去る。

 

 

粛々と歩む早瀬ユウカを先頭に、優雅に歩む桐藤ナギサ。

外套を翻し、不敵な笑みと共に勇壮に進む羽沼マコト。

 

並び立つ事のない二校の代表者が並ぶ姿に、場が緊張で満ちる。

 

ナギサとマコトは用意された椅子に着席し、ユウカは演説台に置かれたマイクを手に取った。

 

「皆さん、お集まりくださりありがとうございます。ミレニアム生徒会、セミナー代表代理の早瀬ユウカです」

 

「本作戦への参加に際して、各校の代表から概ねの事情は伺っていると思いますので……経緯の説明は後に回し、先に各校代表の演説を行います」

 

「では……桐藤ナギサ代表、お願いします」

 

ユウカはそう言って小さく頭を下げ、ナギサにマイク差し出した。

ナギサはこくりと頷いてマイクを受け取り、流麗な所作で立ち上がって、演説台へと歩いていく。

 

堂々としたその歩みに陰りは無く、ナギサは演説台に上り……集まった者たちを一瞥する。

 

敵意、尊敬、懐疑、羨望。

 

向けられる何百もの視線、感情に臆する事なく────ナギサは小さく息を吸った。

 

 

「────始めまして。ご紹介に預かりました、トリニティ学園ティーパーティ代表の桐藤ナギサです」

 

 

そう名乗って、ナギサはマイクを握ったまま、演説台からゆっくりと降りる。

 

「……まずは、本作戦に参加を表明してくれた皆さんに、トリニティを代表し、心からの感謝を述べさせてください」

 

「ありがとうございます」

 

台の上からではなく、地に足を付けて真摯にそう伝えたナギサは深く腰を折り、集まった者達へと頭を下げた。

 

「魔王……天城ルイの裏切りを事前に察知できず、今日に至るまでの蛮行を許してしまった事は、我々トリニティの責任です」

 

「……事態は刻一刻と悪化しています。これ以上の被害を生まないためにも……どうか、我々に力をお貸しください」

 

"高慢な権力主義者" "高潔な指導者" 桐藤ナギサに……トリニティに対し、そういったイメージを持っていた者達は、ナギサの言葉に僅かながらもその認識を改める事となる。

 

自らの言葉に、会場が神妙な雰囲気に包まれた事を肌で感じ取ったナギサは、ゆっくりと頭を上げ、続けた。

 

 

「……今回私は、トリニティ砲術科の顧問兼、戦術立案者の一人として、本作戦に参加させて頂きます」

 

「各校代表より事前説明のあった通り、本作戦は通信および誘導兵器の使用不可。更に、大型車両の使用不可という極めて困難、かつ特殊な状況での戦闘が予想されます」

 

「……これは現代での戦闘に於いて、致命的な不利を背負う事と同義です」

「まともに争っては、我々は彼の敵に傷一つ付ける事能わず、倒れるでしょう」

 

「────しかし!我々はその中に勝利の光明を見出したからこそ、今この場に結集しているのです」

 

「ただし、勝利を手にするためにはここに集った皆さんの力が、結束が何よりも重要です」

 

「……ここに立つ皆の力なくして、我々に勝利は無いのです」

 

乞い願うような声色でそう伝えたナギサは、ゆっくりと、聴衆一人一人と目を合わせるように会場を見回す。

 

「……皆さん。今この場に、各校において"最強"と謳われる者達が不在であることに、お気付きだと思います」

 

「トリニティの剣先ツルギであったり、ゲヘナ校の空崎ヒナであったり……」

 

「このように重要な作戦に際して、彼女達のように個人で戦況を覆せる程の実力を持つ者達の不在に、疑問と、不安を抱いている事でしょう」

 

「───代表者全員に代わり、私がその疑問にお答えします」

 

「結論から申しましょう。彼女達は此度の作戦に不適格と判断し……協議の末、代表全員の総意を以て、作戦から外す事としたのです」

 

「この作戦は、個の力では遂行不可能。"個の力の過ぎたるは統制を欠き、致命的な事態を招く"という判断です」

 

粛々とそう告げて、ナギサは静かに、深く息を吸い込む。

そして……マイクを介さずとも聞こえるように、胸を震わせるように力強く、透き通った声で語る。

 

「誰しも一度は、強者への劣等感に、歯噛みした事があるでしょう」

 

「地に伏し、自らの限界に絶望した日もあるでしょう!」

 

「しかし、我々は劣等感に溺れ、研鑽を怠る事を是とせず、"それでも"とここまで歩んで来たのです!!」

 

そう宣言して、ナギサは背の翼を大きく広げ、"すぅ"と息を吸う。

聴衆はそれにつられるように無意識に息を呑み、ナギサの言葉を待つ。

 

高まる感情に応えるように、ナギサは堂々と叫んだ。

 

「────戦場に於いて、最も強力と成り得るものは何か!!」

 

「圧倒的な暴力、 不倒の身体……いなッ!! 」

 

「他者を信じ、想い、力を束ねる────信頼と結束こそが、このキヴォトスにおいて、個の力を遥かに凌ぐ、最も強力な力であると、私は断言します!!」

 

「今この瞬間、ここに集った我々こそが、彼の敵を唯一討ち下せる、真の強者なのです!」

 

「────反撃の時は来ました!!今こそ、かの魔王に、誰を敵に回したのかを知らしめる時!!」

「皆の力を、知恵を!意思を結集し!!ただ一つの剣と成りて、悪徒に鉄槌を下すのです!!」

 

その翼を大きく広げ、剣を掲げるように拳を突き上げて宣言したナギサに、会場は大きく沸き立つ。

彼女の演説によって、不和の滲む雰囲気は消え去り、交わるはずのない者達の中に確かな一体感が生まれていた。

 

「いいぞーっ!!」 「ナギサ様ーっ!!」 

 

湧きたつ聴衆に向け、ナギサは深く腰を折り、最敬礼を示した。

 

「────ご清聴、ありがとうございました」

 

そう締めくくり、ナギサは歩いてマコトの座る席に向かう。

 

愉快そうな笑みを浮かべるマコトに流麗な敬礼を示し、ナギサはマイクを手渡す。

 

「────フン、存外にやるではないか。桐藤ナギサ」

 

小声で伝えたマコトは不敵な笑みを浮かべ、ナギサからマイクを受け取って、がたりと勢いよく立ち上がった。

 

「キキッ……だが足らん。良く見ておけ、この私の力をな」

 

すれ違いざまそう伝えたマコトは、帽子の鍔を片手に、マントを翻しながら演説台へと堂々と歩む。

 

"カツン、カツン" と響くヒールの音すら、彼女の威光が滲むかのように力強い。

 

彼女が演説台へと辿り着くまでの数秒、誰もが呼吸を忘れていた中……マコトは、手にしたマイクを軽く、背後へと投げ捨てた。

 

"ガタン!!"と響いた大きな音と共に、会場に恐怖にも似た緊張が走る。

しかし演説台に立つマコトは、不敵な笑みを崩さずに叫んだ。

 

「皆よ、聞け!!……私がゲヘナ学園最高機関:パンデモニウム・ソサエティーの議長、羽沼マコトだ!!」

 

投げ捨てたマイクなど不要、と言わんばかりの声量で、マコトは緊張した場を支配する。

 

「先の桐藤ナギサの言にあった通り……我々は今回、団結し、同じ志を持つ同志、戦友として彼奴の討滅に臨む事となった」

 

壇上を歩き回りながらそう言って、マコトは深く息を吸い込む。

 

「────ゲヘナよ!!我らが誇り高き万魔殿機動部隊よ!!吼えるがいい!!!」

 

ホールにマコトの圧倒的な声が響き渡り、びり、と空気が痺れた────それと同時に。

 

「「「「うおおおおおおっ!!!」」」」」

 

集まっていたゲヘナ学園の者達が咆哮を上げる。

突然の事に理解の追い付かない他校の者を呑み込むように、マコトは叫ぶ。

 

「良いぞォッ!!!!トリニティよ、ミレニアムよ!!聞けぇッ!!」

 

「────我らは"戦車"だ!!」

 

拳を振り上げ、言葉で心臓を殴りつけるようにマコトは続ける。

 

「トリニティよ!────砲手は任せた!!」

 

「ミレニアムよ!────意思は委ねた!!」

 

「如何に過酷な道なれど、貴様らの道は我等、万魔殿が拓こう!!」

 

「如何なる苦境に陥ろうとも、万魔殿は活路を拓き、征路を作り出して見せよう!!」

 

どんどんと声量を上げ、鼓膜から脳を揺らすような声でマコトは宣言した。

 

「この羽沼マコトの名に誓おう!!我等の力を以てすれば、敗北など有り得ないと!!」

 

「愚かにも我らに牙を向いた愚者を轢き潰し、全ての代償を支払わせるのだ!!」

 

 

「「「うおおおおおッッ!!」」」

 

「「「「「マーコートッ!!マーコートッ!!」」」」」

 

ゲヘナ学園の生徒が叫ぶコールがミレニアムに伝播し、トリニティの生徒にまで波及していく。

 

拳を高らかに振り上げたマコトは、その名を叫ぶコールの中を威風堂々と去り、椅子に深々と座る。

 

「……素晴らしい演説でした、マコト議長」

 

「キキキキッ……!!!演説とはこうするのだ、桐藤ナギサ……」

 

二人は視線を交わす事無く、小声で言を交わす。

その言葉に裏は無く、確かな本心が宿っていた。

 

「えっ、ええっと……」

 

熱狂にも似た一体感が支配する部隊に一人残されたユウカは、おろおろとマコトの投げ捨てたマイクを拾った。

 

(……あれの後に演説するなんて、無理よ……!!)

 

桐藤ナギサと羽沼マコト。圧倒的なカリスマを持つ二人の生み出した熱狂は、本来この立場になく、未熟ともいえるユウカを委縮させ……その心をいとも容易くへし折った。

 

緊張に心臓が縛られ、ずきずきと痛む。

震える手でなんとかマイクを握ろうとしても、力が上手く入らない。

 

────しかしこの熱狂を、一体感に水を差す訳にはいかない。

 

使命感に満ち、なんとか立ち上がろうとした足がすくみ、力が抜け……ついにマイクを取り落した瞬間。……誰かが、そのマイクを受け止めた。

 

「おっと……危なかった……はい、部長」

 

「ええ、危機一髪でしたね、エイミ」

 

聞こえた声にユウカがはっと顔を上げると……そこには、本来表には出ないはずの特異現象捜査部の二人が居た。

 

「……ヒマリ部長……!!」

 

「ふふ、心配は無用です。本来この役を務めるべき者に代わり、全知たるこの私がその役を引き継ぎましょう」

 

へたり込んだユウカに囁くように伝え、にこりと笑みを浮かべたヒマリは、ゆっくりと車椅子を移動させ、演説台へと上った。

 

「────初めまして、皆さん」

 

「まずはこの場にお集まりの皆様……そして、三校全ての生徒に対して、心より感謝致します」

 

そう言って、ヒマリは深くお辞儀をする。

 

「申し遅れました……お初にお目にかかりましょう。私は特異現象捜査部の部長にして、ミレニアムにおける最高学位"全知"を冠する、明星ヒマリです」

 

「本来、私は表に出る事が憚られる立場にあるのですが……セミナーの代表である調月リオが不在の為、この私が代理でご挨拶を申し上げます」

 

ぺこりと小さく頭を下げ、ヒマリは続ける。

 

「……さて、私から皆さんへ表明できる誠意として、ミレニアムが現在把握している事を全て共有いたしましょう」

 

ヒマリが手元のデバイスを操作すると、背後のモニターに様々な資料と写真が表示された。

 

「御覧の通り、特異現象捜査部は調月リオの要請を受け、かねてより現在デカグラマトンと呼称されている存在を追跡してきました」

 

「その幾度にも渡る調査の結果……現在、デカグラマトンはおよそ10の機体が存在すると推測され、各地に散らばっている可能性が示唆されています。」

 

「……これはあくまでその命名規則から推測された物であり、実際にはそれより多くの機体が存在する可能性も否定できません」

 

そう言って、ヒマリは次のスライドを表示する。

そこにはヒマリの傍に控えたピンク髪の……エイミが頭に包帯を巻き、ベッドに横たわる写真が映し出されていた。

 

「……先日、ミレニアム禁足地内を調査中の部隊がデカグラマトンの機体に襲撃されるという事件が起きました」

 

「間一髪、救援が間に合い、激闘の末撃退したものの……かの敵には、明確な殺意があったと報告を受けています」

 

「デカグラマトン……それは明確に我らと敵対する存在である事に、疑う余地はありません」

 

生々しい写真が伝えた緊迫感が、ナギサとマコトに託された熱狂を束ね、危機感、使命感へと研ぎ澄ましていく。

 

「……何より、かの"魔王"との関連も疑われています」

 

「事態は当初我々が想定していたより、遥かに深刻です……最早、静観している場合ではないでしょう」

 

「皆さん。どうか、私に、キヴォトスに力をお貸しください」

 

「……この戦いは、蔓延る悪徒よりキヴォトスを救う戦いなのです」

 

ヒマリはそう宣言して、一礼の後、演説台より降りた。

 

三校の代表者による演説は成功したと見るべきか、ホールには確かな意思が満ちていた。

 

「では続きまして……先生に演説をお願いしましょう」

 

ヒマリがそう言うと同時に、モニターに映し出されていた資料がぷつりと切り替わり……見知った顔を映し出す。

 

 

"こんにちは、皆。今日は集まってくれてありがとう"

 

"電話での参加になってごめんね。でも、こっちからみんなの顔はしっかり見えてるよ"

 

そう言って、先生はカメラに手を振りつつ、にこりと微笑む。

 

"さて、ナギサやマコトの説明にもあったけど……今回の作戦はかなり大規模なものになる"

 

"皆に負けないよう、私も先生としてできる事は全部やるつもりだよ"

 

"でも何より……作戦の成功には、この場に居るひとりひとりの協力が必要不可欠だ"

 

先生は少し眉を下げ、声のトーンを僅かに低くして続ける。

 

"でも、急に協力して……なんて言われた所で、不和やしがらみ、嫌悪感や敵対心が消える訳じゃない"

"それを忘れて……なんて無責任な事は言わないよ。……だけど今だけは、お互いに歩み寄って欲しい"

 

そう言ってカメラに向けて頭を下げて、先生は続ける。

 

"……ヒマリの言った通り、この作戦は、キヴォトスを危機から救うためのものだ"

 

"危険な作戦だって事もわかってるし、裏目に出る可能性だってある"

"先生として、大切な生徒をそんな作戦に赴かせるなんて、本当は止めたい気持ちもある"

 

"でも、私はこの作戦の実行を認めたんだ。シャーレの責任者として、先生として"

 

"皆が協力すれば、この作戦は誰も欠けることなく成功する。……そう確信する程の作戦だったからね!"

 

そう笑って優和な雰囲気を纏い、"さて"と先生は続ける。

 

"少し話はずれるけど……皆はよく、私の指揮を高く評価してくれるよね?"

 

"……本音を言うと、私としてはそんなに大したことはしていないつもりなんだ"

 

"連携と協力を確保して、最低リスクで最大のリターンを得る。これの繰り返し。これが私の考える指揮だよ"

 

"電話だったり、ドローンだったり……とにかく現場の子たちを繋ぐように連携を確保して、情報を共有して、現場を俯瞰で見る"

"そうすれば、有利な射線だったり、相手の視野から外れた移動ルートが見えてくる"

 

"私はただそこを確保するように指示したり、畳みかけるタイミングや支援のタイミングを決めて、せーのでやってもらってるだけなんだ"

 

先生はあははと笑って頬を掻き、すぅと息を吸った。

 

"さて、この話をした理由なんだけど……今説明したような事は、別に私が居なくてもできるんだ"

 

"お互いの位置と視野を理解して情報を共有できれば、俯瞰視点が無くても大体の事は掴めるし、安全に移動だってできる"

 

"畳みかけるタイミングを決める事も、連携と信頼関係がしっかりしていれば、最善のタイミングが見えてくる"

 

"さっきナギサが [信頼と結束こそがキヴォトスで最も強力な力]って言ってたけど、私もそう思うよ"

 

そう言って、先生はゆっくりと視線をカメラに向け、しっかりとした視線を送る。

 

"……みんな、大変な訓練になるだろうけど……どうか、お互いを信じて"

 

"無理に仲良くしなくていい。友達にならなくたっていい。ただ、仲間として、信じるんだ"

 

"そうすれば、作戦は絶対に成功する……もちろん、私も皆を信じてるよ!"

 

そう言って親指を立てた先生は、後ろに向けて手招きした。

 

"そうそう、それと訓練にあたって、SRTの子たちに教官として参加してもらう事になったから、ここで顔合わせしておくね"

 

先生の言葉と同時に、よいしょと先生が椅子を立つと、スクリーンには二人の生徒が映る。

 

[……初めまして、SRT特殊学園:RABBIT小隊の月雪ミヤコです]

 

[同じくRABBIT小隊の空井サキだ。先生及び三校連合代表者の要請を受け、教官を務める事になった]

 

[我々は明日より訓練に参加する。よって今日は参加できないが……皆と訓練できる事を楽しみにしている]

 

先の言葉と共に二人はぺこりとお辞儀をして、ミヤコがぽつりと続ける。

 

[……SRTは失われてしまいましたが、その教えまでもが失われた訳ではありません]

[正義の為、キヴォトスの為ならば、我々SRTは喜んでその教えを教示しましょう]

 

[では、また明日お会いしましょう。失礼します]

 

どこか想うような言葉を最後に、二人がカメラから外れると、再び画面に先生が現れた。

 

"あはは、二人とも準備で忙しいみたいだ。SRTの……彼女達の技術は私が保証するよ。少し大変かもしれないけど、よろしくね"

 

"じゃあ、私からはこれくらいかな。あんまり長く話すのも良くないしね"

 

そう言って、先生はゆっくりと手を振った。

 

"またね、みんな。信じてるよ!"

 

その言葉を最後に、先生の通信は終了した。

 

張り詰めた緊張感が先生の言葉で和らいだことを肌で察し、ヒマリはそっとマイクを手に取る。

 

 

「……さて、続いては日程の説明を致しましょう」

 

その言葉と同時に、モニターの表示が切り替わる。

 

映し出されたそれには、施設名や設備、その他の情報がびっしりと記されており、どうやらミレニアム内の地図の様だった。

 

「知っての通り、皆さんには今日から二週間の間、ミレニアムで内で合同訓練を行って頂きます」

 

「短くはない期間滞在して頂くことになりますので……今日は、皆さんにミレニアムに慣れて頂くためにも、午後はお休み、自由行動という事にいたしましょう」

 

「このマップに書かれているように、トレーニング設備はもちろん、運動場やレース場、VRシミュレーション等の大型の設備も充実していますので、ぜひご活用ください」

 

「ちなみに、訓練の内容は進行度や持ち場に応じて変わりますので、前日の夜に告知という形を取らせて頂きます」

 

「宿泊場所を含むその他の詳細は終了後に配布するパンフレットに記載してありますので、忘れずご確認くださいね?」

 

ヒマリは物腰柔らかに説明し、くるりと背後に座る各校の代表者たちに向き直る。

 

「ナギサ代表、マコト議長、他に何かお話ありますか?」

 

「……フッ、語るべき事は全て語ったさ」

 

ヒマリの問いを一笑に付したマコトに続き、ナギサも"同じく、ありません"と答える。

 

「では……解散といたしましょう」

 

「最後に……訓練と言うと堅苦しい印象になってしまいますが、そう気負わずに、ぜひミレニアムを楽しんでいってくださいね」

 

「……ちなみに、私おすすめのスポットはパンフレット記載の公式ページにコラムとして寄稿していますので、ご参考にして下さい、ふふふっ!」

 

ヒマリは朗らかに笑い、宣言する。

 

「では……解散!ようこそ、ミレニアムへ!」

 

 


 

 

夕方:ミレニアム本校/特異現象捜査部 旧部室

 

 

「ふう……ここに来るのも久しぶりですね……」

 

「そうだね……よいしょっと」

 

エイミは現:特異現象捜査部のビルから持ってきた荷物を下ろし、少しだけ埃を被った扇風機と空調のパネルを操作する。

 

「おや……エイミ、埃が立つので少し我慢してくれませんか?この私の喉には些か堪えますので……」

 

「やだ。暑いと掃除する気も起きないし……それに、それだけマスクしてるんだから大丈夫でしょ」

 

ヒマリの頼みをにべもなく却下したエイミは、じっとりとした目をヒマリに向ける。

目線の先でやれやれと言いたげに首を振ったヒマリは、ゴーグルとマスクを着用しており "完全防備"といった様子だ。

 

「わかっていませんね……マスクは完全に防御できるわけではありませんよ。たとえわずかな量でも……待ってください、寒いですよエイミ。何℃に設定したんですか!?」

 

気付けばごうごうと冷気を吐き出し始めたエアコンと共に、扇風機が空気を循環させ、急速に部屋は冷えていく。

 

「16℃」

 

「……16℃!?人が暮らす環境じゃありませんよエイミ!!今すぐ28℃に上げてください!」

 

「28℃こそ人の暮らす環境じゃないね……掃除するのは私だし、寒いのが嫌なら少し出てたら?」

「ナギサさんとかマコトさんとかと、もっと話して来なよ。代表者面して表に出ちゃったんだし」

 

「……むう……それはそうですが……しかしあれは仕方なく……」

 

「言い訳しない。ほら、行った行った」

 

そう言ってエイミはヒマリの車椅子を回し、出口の扉へと向ける。

 

「……はあ……わかりました。では、少し出てきます。俺手間を掛けますが……お願いしますね、エイミ」

 

「任せて。じゃ、行ってらっしゃーい」

 

半ば追い出されるような形で部屋を出たヒマリは、比較的暖かな廊下の温度に安堵しつつも、ナギサの滞在する部屋へと向かうのだった。

 

 


 

 

15分後:トリニティ代表者の部屋

 

「……初めまして……百合園セイアさん」

 

「……やあ……初めまして、明星ヒマリ……さん」

 

「ふふ、セイアさんが緊張するなんて珍しいですね……」

 

ソファに座り対面した相手に、ヒマリとセイアはどこかぎくしゃくとした挨拶を交わす。

その様子をニコニコとした様子で見つめるナギサは、ほほえましい物を見ているような笑みを浮かべている。

 

(……セイアさん、来ていたんですね……?!)

 

(……ヒマリ……!!どうして来てしまったんだ……!!)

 

二人は内心で冷や汗を掻きつつ、初対面のような会話を取り繕う。

 

「……ええっと……確かセイアさんは現ホスト、でしたよね?」

 

「……ああ、肩書としては一応そういう事になっているね」

「私は余り体が丈夫ではないし、有事に倒れる訳にはいかないゆえ……ナギサに代理を務めて貰っているがね」

 

「なるほど……それなら来ると仰っていただければ、それなりの用意をしましたのに……」

 

そう言ってヒマリの向けた視線に、セイアはばつが悪そうに首を振った。

 

「いや……トリニティ内でも色々あってね……殆どお忍びのような形で来たんだ」

 

「……申し訳ありませんヒマリさん、連絡不足であった事はお詫びしますが……セイアさんの動向はあまり表に出せないのです。ご理解ください」

 

補足するようなナギサの言葉に、ヒマリは「なるほど」と納得を返す。

 

「ああそうだ、ナギサ……持ってきた資料を取ってくれないかい?折角来てくれたのだから、このタイミングで共有するべきだろう」

 

「そうですね。少しお待ちを……」

 

そう言って、ナギサは部屋の隅に置いてあった荷物を漁り始める。

 

ナギサの目が逸れた事を確認したセイアは、ぱっとポケットから携帯を取り出し、画面をヒマリに向けた。

 

"後で話そう。タイミングはこちらから連絡する"

 

向けられた画面にはそう書かれており、ヒマリが頷きを返すと、セイアはさっと携帯をしまった。

 

「あった……これがセイアさんが纏めた、デカグラマトンや関連すると思われる伝承を纏めた書類です」

 

「ありがとうございます……これは部屋に戻って、じっくり読ませて頂きますね」

 

「ああ、少し量があるから……ゆっくり読んでくれ」

 

受け取った書類を車椅子のポケットに収納し、ヒマリはにこりと微笑みを返す。

その様子を見たナギサは、おずおずと尋ねる。

 

「……その、失礼と受け取られてしまうと恐縮なのですが……ヒマリさんは、脚を悪くされているんですか?」

 

ナギサの問いに、ぱちりと瞬きし、ヒマリは答える。

 

「ああ、これですか……ふふっ、そうですね……生来体が弱い物で……上手く歩けないんです」

 

「……そうですか……不躾な事を聞いてしまい、申し訳ありません」

 

「いえいえ……この車椅子が気になってしまうのは仕方のない事でしょう、お気になさらないでください」

 

そう返して、ヒマリは"ああ"と思い出したように続ける。

 

「ナギサさん、先ほどの演説、素晴らしかったですよ」

「正直、トリニティとゲヘナを交えて……となると、不安もありましたが……全くの杞憂でした」

 

「……光栄です。……本音を言うと、私もどうなる事やらと思っていましたが……マコト議長もあのように素晴らしい演説を行ってくれましたし、あまり心配しなくても良いでしょう」

 

「確かに……マコトのあの演説には目を見張る物があった、流石、ゲヘナを束ねるだけはある、と言った所だね」

 

「当然ではあるが……トリニティでは彼女のいい話を聞かないものだから、隅で聞いていた私も度肝を抜かれたよ」

 

「ふふっ、全くです……」

 

 

────そんな雑談をしているうち、気付けば20分ほどが過ぎていた。

 

 

「もうこんな時間でしたか……お互いに忙しいでしょうし、今日はこれでお暇しましょう」

 

「おや、もう行ってしまうのかい?名残惜しいが……仕方ないね」

 

「ふふっ、2週間もあるのですから、名残惜しむ必要はありませんよ」

 

「そうですね……では、ごきげんよう、ヒマリさん」

 

「では、またお会いしましょう……紅茶、ご馳走様でした……では、また明日」

 

そう言ってヒマリはゆっくりと手を振り、ナギサ達の部屋を後にした。

 

ぱたりと扉が閉じられ、部屋に残された二人は、ゆっくりと息を吐く。

 

「……急にユウカさんから代表者が変わるものですから、何事かと思いましたが……まともな方で安心しました」

 

「……そうだね。だが立案者である彼女と直接話せるならそれに越した事も無いだろうし、それこそがミレニアムがどれだけ今回の件に本気で臨んでいるかの証左でもある」

 

「それもそうですね……ふふっ、セイアさんと相性が良さそうな方で良かったです」

 

「ふむ……君にはそう見えたかい?」

 

「ええ。どこか楽し気に話していましたから」

 

「……そうか……ふふ、この機会に友を作るのも、悪くないかもしれないね」

 

そう言ってセイアは"ふう"と息を吐き、ソファに寄り掛かる。

 

「さて、ナギサ……悪いが、私は少し横になるよ」

「君は夕食の挨拶があるんだろう?私に構わず、行ってくれ……」

 

「……体調が悪いんですか?」

 

「いや……移動で少し疲れた……休むだけさ」

 

「わかりました。……何かあったら、連絡してくださいね」

 

「わかっているよ……じゃあ、おやすみ」

 

そう言ってセイアはゆっくりと立ち上がり、寝室へと消えた。

 

ひとり残されたナギサは、"おやすみなさい"と見送って、机から立ち上がり……部屋を後にした。

 

 





あとがき

6thPV良すぎてテンション爆上がり!
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