昼:アビドス近郊/ルイのセーフハウス
私──百合園セイアは、拉致された。
友人の手によって夜襲を掛けられ……今や、トリニティから遠く離れたアビドスの地下に監禁されている。
……しかし、ここは地下室と言われて想像されるような殺風景な内装ではなく、窓がない以外は随分と綺麗で、基礎的な設備が全て揃った普通の部屋。
食料と医療品は大量に備蓄されており、聞けば、自由に使っていいと言う。
……それどころか、「なにかあった時は連絡しろ」と、ルイ直通の電話まで用意されている。
────私の体調を心配しているのだろうが……それにしても、過剰なまでの設備だ。
これほどの設備とインフラが整っている所を見るに、この計画には相応の時間が費やされていることが察せられる。
少なくとも、ひと月そこらで準備できる量ではない。
ルイはこの計画に多大な労力を費やし、トリニティから離反してまで実行する価値を感じている。
……あるいは……彼女は元々、トリニティに対して敵意があったか。
脳裏に浮かぶ悪い可能性を振り切るように、ぱちりと瞬きをした。
……いいや。正直、このような目に遭わされてなお、私は彼女のことを敵だとは思えない。
あの"天城ルイ"という人間がこのようなことをしたのなら……きっとなにか理由がある。
それも……これだけの代償を支払うに見合った、なにかが。
(……とにかく、目的がわからないことにはなにもできない。先ずはそれを考えるべきか……)
想起する。
……監禁部屋に入れられる直前。
ちらりと目に入ったのは、並べられた無数の兵器にみっちりと情報の描き込まれたゲヘナとトリニティの地形図。
問いただした時の反応を見るに、彼女の目的にトリニティとゲヘナが関わっていることは察しは付くが……それにしても、意図が読めない。
私を拉致、監禁した理由は本人の言う通り、"予知夢による妨害を警戒したから"と見ていいだろう。
……だが、現ティーパーティーである私を拉致すれば、トリニティ全体が敵に回るのは火を見るよりも明らかだ。
しかしルイの反応を見るに、そんなことは織り込み済みのようだった。
……そこまでして達成したい目的とは何だ?────曰く、"聞かない方がいい"。
思うに……"聞かない方がいい"とは言葉通りの意味で、私にとって"知らない方がいいこと"だろう。
……知るだけで問題のある事情────何かに巻き込まれている?
────違う。
もしそうなら、トリニティだけでなくゲヘナを相手取る理由や、ここまで念入りな準備が出来ている説明が付かない。
その上、"後悔していない"と彼女は言っていた。その言葉に嘘はないはずだ。
────この件は彼女が単独で計画、実行していると見ていいだろう。
"トリニティ、ゲヘナ"……"聞かない方がいい"……"無数の兵器"────。
二校間の戦争を起こそうとしている?
……いいや、それならもっと簡単で、より確実で、直接的な方法があるはずだ。
その可能性は、除外していい。
しかし、トリニティとゲヘナの間にあるものなど、確執くらいしか────。
────いや、まさか……。
……もし、万が一。
そうだとしたらあまりに無謀で……何より、独善的すぎる。
もしもこの推測が合っているなら────友人として、彼女を止めなければならない。
……それでも。それでも彼女が進むと決めたのなら……せめて、私だけでも……。
(……もう一度、話す機会があることを願うしかないか)
独善や自己犠牲のために全てを捨てる選択の最後には、後悔と苦痛しか残らない。
幾多の奇跡の末に、全てを失わずに済んだ"私たち"は知っているはずだ。
────その後悔を、苦痛を。
ナギサ、ミカ……許してくれ。
私も、トリニティを裏切ることになるかもしれない。