夜:ミレニアム本校/旧特異現象捜査部
[連邦生徒会は今回使用される兵器について、強い懸念を抱いていまして────]
[捜査に活用するため、魔王が駐在していた際の行動記録や、関わったプロジェクトのデータを────]
[今まで我々は二の足を踏み続けてきましたが……これからは防衛室の権限を使って捜査を────]
[現在把握しているデカグラマトンのデータの共有を────]
"カチッ"
マウスを叩き、ボイスレコーダーを止める。
「…………」
ルイ・ヒマリ・セイアの三人は顔を見合わせた。
互いの瞳から伝わる感情は、"呆れ"。
言葉もなく意思疎通を済ませた三人は、同時に大きくため息を吐いた。
「……ずいぶん露骨だね、カイザーに余程尻を叩かれたようだ」
「ウタハさんを指定してきたのも、相手がセミナーや私ではなくエンジニアなら……とでも思っていたようですが……舐められたものですね」
「ふん。"防衛室長"という立場の人間がこの体たらくとはな……」
口々に失望と怒りを吐き出し、ルイはソファの背もたれに深く身を預けた。
「とはいえ、まだ確定したわけではありませんし……連邦の室長クラスの罪を追求するとなると、証拠を集めて完璧に退路を奪う必要がありますね……」
「外部機関に証拠が有力であると判断させるまでの時間も必要ですし、今すぐに……とは行かないでしょう」
「……それなら、証拠を集めつつ一旦は泳がせておく……というのも選択肢ではないかい?今回の作戦が終わるまでは我々も大きくは動けないだろうしね」
二人の言葉を受け、ルイは思案し……首を振った。
「いや。こうして性急に情報を探り出そうとしてきた事を鑑みるに連中は何か企んでいる。それをみすみす見逃す事はできん……それに、手指を潰せば連中の動きも鈍ろう」
「だが……今は時間が惜しい。正規の手段を踏むよりも、"直接的な方法"でその体に尋ねる方が最も話が早いだろう」
ルイの判断に対し、二人は困ったように唸る。
「ううむ……そのような手段を用いる事は賛同しかねるが……"時間が惜しい"というのは同意見だね」
「……ええ。暴力に訴える、というのは好みませんが……万が一、ビナーとの戦闘中にカイザーによる妨害が起きれば人命に関わります。"致し方なし"……と判断するのも、また我々の責任でしょう」
「その通りだ……それに、私は"魔王"。その責任や罪を含め、この身に受ける覚悟はある」
ルイの言葉に、ヒマリは重く頷いた。
「……わかりました。では、決行はいつにしましょうか」
「……私の考えだが、これは可及的速やかに対処するべき事案だろう。早い方がいい」
「ふむ……では、今この場で彼女の身辺を少し洗ってみましょうか」
そう言って、ヒマリが車椅子のパネルを操作すると、真っ白な壁をスクリーンにキヴォトスの地図が表示された。
彼女がカタカタとボードを叩けば、幾多ものタブが開いては閉じ、十数秒ほどして……連邦生徒会防衛室長の写真が表示された。
「ふむ……連邦の緊急時連絡先リストによると……ああ、ここですね」
再度画面が切り替わり、ぱっと表示されたのはD.U区画にある高層マンション。
ヒマリが指先一つ動かすだけで、監視カメラの映像がぱちぱちと切り替わっていく。
「ここの……907号室ですか。カメラは……ああ、居ました、47分前に帰宅しているようです」
監視カメラの履歴に映っていたのは、連邦の制服を着たピンク髪の少女。
その風貌はターゲットに間違いなく、住居の特定が完了した事を示していた。
「連絡先リストに偽装は無し、と……重役級にしては、ずいぶん杜撰な情報管理ですね?」
嘲るように"ふふん"と笑って、ヒマリは続ける。
「さて、このマンションの電気系統は掌握しました。その気になれば彼女を実質的な監禁状態に置く事も可能ですが、どうしましょう?」
どこか得意げに語ったヒマリに、セイアは僅かに耳を下げ、じっとりとした目線を送る。
「……ヒマリ。君は……恐ろしいね。キヴォトスで最も敵に回すべきではないのは誰か、わかった気がするよ」
「はは……全くだ。自らを護る要塞をそのまま牢獄に変えられるとは何とも恐ろしい。君も彼女の不興を買わないよう気を付けるんだぞ」
「おや?そんな事を言っていいんでしょうか……ふふふっ」
「ははは……悪かったよ。……さて、話を戻そうか」
「決行日だが、可能なら明日に夜襲を掛けたい。どう思う?」
ルイの提案に、セイアは驚いたように目を開いた。
「……明日かい?傷の事もある。そう焦る事もないと思うが……」
心配そうに伝えたセイアの言葉に、ルイは小さく首を振った。
「いや、夜襲が前提となれば、動けるのは今日か明日だけだ」
「スーパーノヴァの訓練は明後日の深夜からを予定している、その時間を削る事は避けたい」
「加えて言うと、夜襲なら戦闘は避けられる上、現地への移動にジップラインは不必要だ。体への負荷は無いと言っていいだろう」
ルイの説明に補足するように、ヒマリが続ける。
「ええ。この私のサポートがあれば移動中に見つかる事はありませんしね」
「万が一見つかったとしても捜査や追跡を妨害する事は容易です。心配は不要でしょう」
ヒマリがそう断言すると、セイアは渋々と言った様子で頷いた。
「……ふむ……わかった。君達がそう判断するなら、私はそれを信じよう」
「……では明日の夜、ターゲットが帰宅した後を狙う。異存ないか?」
ルイの尋ねに二人は"わかった"と頷き……明日の作戦決行が決まった。
──2時間後。
深夜:ミレニアム本校/旧特異現象捜査部
「こんばんは、朝ぶりだね」
「ああ、こんばんは。忙しい中呼び出してしまってすまないな」
「あはは、気にしなくていいよ。なんだかんだで、こうして忙しくしているのが一番楽しいからね」
そう言って笑ったウタハはどうやら本心で言っているようで、ルイの罪悪感にいくばくかの慰めを与える。
「……そう言ってくれて嬉しいよ。私は君達に寄りかかってばかりだからな」
「ふふ、でもいつか恩は返してもらうつもりだよ?全てが終わったら、私達の夢を君にも手伝ってもらうつもりだからね」
「……ああ、宇宙戦艦か。そのプロジェクトに加われるならこちらから頼みたいくらいだ。楽しみにしておくよ」
「あはは、君ならそう言ってくれると思っていたよ。さて……そのためにも、君の目的を手伝わなきゃね」
そう言ってウタハは少し前傾し、ルイと目を合わせた。
本題に入れ、という事だろう。
「……では本題に入ろう。朝に伝えた通り、私の装備についての相談だ────」
それから、新装備についての議論は長引く。
「射程は7、8メートルあればいい」
「わかった。……荷重は……100くらいあればいいかな?」
「想定状況を鑑みるに100は過剰だ。80程度で構わない」
「おっけー、じゃあ形はどうしようか」
「肉体を損傷する可能性が低く、解除も容易なオープンゲート型を希望するが……タッチでの解除が難しいなら、最悪機構自体をパージして構わない」
「うーん、信頼性は実際に使用するワイヤーの直径にもよるけど。確実性を担保するなら両方実装するべきかな」
「それでいこう。次は────」
「────それなら────」
議論は白熱し、気付けば時計の長針が二度も回っていた。
「────よし、一旦こんな所かな。いい時間だしね……んぅ……!!」
大きく伸びをしたウタハに対し、私も軽く体を伸ばす。
「……そうだな……!!はぁ。君と話していると時間を忘れてしまうな……」
「ふふ、それは光栄だね……とりあえず、装備の件は一旦持ち帰ってもいいかな?コトリとヒビキにも意見を聞いてみるよ」
「助かる、ありがとう。深夜まで付き合ってもらって言う事ではないが……あまり根を詰めないようにな」
「こちらでも空いた時間で設計を練っておく。明後日……ああ、もう明日か。明日の訓練の時にでも擦り合わせよう」
「わかった。……じゃあ、私はそろそろお暇しようかな。ふふ、あまり邪魔しては悪いしね?」
「……?」
思わせぶりなウタハの言葉に振り返ると、そこにはセイアが立っていた。
「やあ。長引いているようだから軽食を……と思ったんだが……終わるところだったようだね」
彼女の手にはトレー、その上にはサンドイッチとマグカップ。
それをテーブルに置いて、セイアは私の隣に座った。
「うん、丁度切り上げようと思った所だよ……それで、実際に会うのは初めてだね、セイアさん?」
「そうだね。君の話はルイからよく聞いていたよ」
「ふふ。随分楽しそうに話すものだから、少し妬いていたくらいさ……」
そう言って、セイアはラップに包まれたサンドイッチを差し出した。
「ほら。語るまでもないだろうが……頭脳労働というものは想像以上にエネルギーを消耗するものだ。帰り道にでも食べてくれ。私の手作りではあるが、味は中々評判が良くてね」
「ふふ……ありがとう。丁度小腹が空いたところさ」
ウタハは微笑みと共にセイアからサンドイッチを受け取り、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、これは帰ってからゆっくり頂くよ。またね!セイアさん」
「ああ、また明日」
「またね……」
手を振るウタハに手を振り返し、ルイとセイアは部屋に残された。
"ふう"と息を吐いて、ルイはセイアに目を向ける。
「……ヒマリはどうしたんだ?」
「ああ、ヒマリなら先に寝たよ。明日は忙しくなるから……とね」
「……なるほど」
そう言ってマグカップを口元に運ぶと、セイアがじっとりとした目線を向ける。
「……それは私達にも言える事だ。君も早く寝るべきだと思うよ」
「そうだな……その通りだ。これを食べたら私も寝るよ」
ルイはそう返事しつつ、サンドイッチのラップをはがして一口頬張る。
"しゃく"と気持ちいい食感のレタスにトマトの酸味、ベーコンの塩気と甘酸っぱいオーロラソースが見事に調和して、刺激に飢えた味蕾を伝わり……脳髄を甘く痺れさせた。
「……美味い。以前作ってくれた物よりも美味しく感じるよ」
そう伝えると、セイアは目を細め、嬉しそうにぱたりと尻尾を揺らした。
「……ふふ。そうだろう?片手に満たない種類の具材でも、配置や調味料の分量で大きく変わるものさ」
……その言葉からは、彼女の弛まぬ研鑽が伝わってくる。
"私の為に"。驕りかもしれないが……それは確かに、私の心を揺さぶった。
「……ありがとう、骨身に沁みる味だ」
「ふふ……大げさだね。ヒマリから移ったのかい?」
「はは、大げさなどではないさ、言葉通りに受け取ってくれ」
談笑しつつ、私達はこの幸福なひとときを共有するのだった。