"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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まえがき

今回は「俺と解釈バトルで勝負だ!くらえーっ!」って感じの話なので、どうか今までの事もこれからの事も全部許してください!
対戦よろしくお願いします!
誓ってアンチじゃないしヘイトのつもりもないんです!
ドデカ予防線張らせてください!すんません!





襲撃

 

 

────21時間後。

 

夜:D.U区画/パーキング

 

室内戦用の装備をいくつも身に着け、私は出撃準備を進めていた。

 

「……よし」

 

最終確認を済ませ、義手隠蔽用のコートを羽織る。

 

「……待たせたな、出撃準備は整った。ターゲットはどうしている?」

 

[……今は入浴中のようです。浴室の電気と水道のメーターが動いています]

 

「ふむ……了解した。では、これより侵入するが……用意はいいか?」

 

[ええ、問題ありませんよ。手筈通りに行きましょう]

 

「よし。では……作戦開始だ」

 

そう宣言して無線機を胸のホルダーに装着し、私は装甲車のバックドアから飛び降りた。

 

「周囲に人気なし。通報される心配はないだろう」

 

[ふふ、通報されたとしても妨害するので問題ありませんよ]

 

「……君は本当に、心強いな」

 

[おや、今更ですか?]

 

そんな会話をしつつ。深夜の住宅街を堂々と歩み……自動ドアを潜ってエントランスへ侵入する。

 

「エントランスに入った。進んで問題なさそうか?」

 

[はい。ロックは解除しましたので、安心して進んでください]

 

「了解」

 

本来なら侵入者を阻むはずの扉は簡単にその口を開き、私を中へと招き入れる。

 

「……エレベーターホールに到着。人が来る様子は?」

 

[ありませんね……そのまま到着を待ってください]

 

「わかった」

 

そう答え、橙色の光の中監視カメラへ視線を向ける。

ヒマリが掌握しているのは理解しているが、立場上どうも落ち着かない。

 

そんなことを考えているうち、階数表示パネルは11、10、9……と順調にカウントダウンを進めており……十数秒ほどで、私の元へと到着した。

 

「エレベーター到着、搭乗する」

 

乗り込み、目的階のボタンを押下する。

扉が閉じ、ゆっくりと上昇し始めたエレベーターに揺られながら……私は銃に手を掛けた。

 


 

 

夜:D.U区画/高層マンション

 

 

「~♪」

 

鼻歌を口ずさみながら、湯船に疲れを溶かしていく。

エメラルドグリーンのお湯から香る爽やかな香りに身を沈め、そのぬくもりに身を任せていた。

 

「……ふぅ……」

 

吐息と共に、思案に耽る。

 

想起するのは、昨日の記憶。

 

"ごめんね……守秘があるから、回答は一旦差し控えるね"

"悪いけど、私個人の裁量じゃ決められないかな"

"うーん。それは他の責任者と相談するから、今日は話せないな……"

 

のらりくらり、と言うにはあまりにも露骨に躱しにきた。この私を弄ぶように。

相手がエンジニアならば簡単に情報を引き出せると思っていたのに……当ては大きく外れてしまった。

 

"……フン……まあいい。明日にでもまた行ってこい。とにかく、連中から情報を取ってくるんだ"

 

……昨日の監査が実質的な失敗に終わったことを伝えると、何やら焦っている様子のプレジデントはまるで私を無能かのように扱ってきた。

 

……対等な関係と約束したはずなのに、これでは私が下みたいじゃないか。

 

「…………まったく。無能に囲まれると疲れますね……」

 

苛立ちを吐き出し、ざぱ、と湯舟から上がる。

 

……今日はさっさと眠ってしまおう。

お風呂場を出て、バスタオルで軽く体を拭く。

 

ぽたぽたと髪から滴る水を払うようにドライヤーをかけていると……

"バツン!"「きゃあっ!?」

 

瞬間、脱衣所が暗闇に包まれた。

カヤは驚愕に足を滑らせ、しりもちを衝く。

 

「いたた……て、停電ですか……?」

 

鈍痛滲むおしりを撫でながらゆっくりと立ち上がり、壁に手を付いて闇の出口を捜す。

 

(……これは洗濯機ですか……。なら隣に……あった)

"ガチャ!"

手探りでなんとか見つけ出したドアノブを捻り、廊下に飛び出す。

 

(……うう、寒いですね……よりにも、よって……っ……?)

 

────ふと、違和感に気付く。

廊下の奥、リビングの窓に映る夜景は……月に勝るような、きらきらとした暖色の光を湛えている。

 

(……停電、ではない……?)

 

……ブレーカー?いや違う。ドライヤーごときでブレーカーが落ちるような物件ではない。

一瞬の逡巡を遮るように、"ひゅう"と吹き込む寒風が、濡れた素肌を撫でた。

 

「さむっ……!?」

 

────おかしい。

季節は冬。窓なんか開けていないし……当然、サーキュレーターなど動かしていない。

 

つう、と背に冷たい雫が伝う。

 

ぽた、ぽたと髪から落ちる水滴の音が、いやにうるさく聞こえだす。

 

「……はあっ……はっ……!!」

 

カヤは自分の呼吸が乱れていることに気付いた。

焦燥を自覚した瞬間、意識が急速に冷えていく。

 

「っ……!!」

 

カヤはリビングへ駆け出し、テーブルの上に置いてあった携帯を縋るように握りしめる。

 

「ふーっ……!!」

 

しゃがみこみ、震える指を抑えて、ぱたぱたと電話番号をタップする。

救いを求め、祈るように通話開始ボタンを押すと……数秒でコール音は途絶えた。

 

(……繋がった!!)

 

「……ユッ、ユキノですか!?私です!!助けてっ!!今すぐ私の部屋に来てください!!」

 

恐怖に侵され、混乱しきったカヤの涙交じりの叫びは、確かに届いた。

 

────背後で彼女を見下ろす、黒く大きな影に。

 

通話先からの応答はなく……ひた、と肩に冷たい、ものが触れる。

 

「きゃあっ!?」

 

びくん、と体が跳ね、カヤは逃避するように床に転がった。

 

────顔を上げる。

 

「……ひっ……!!」

 

背に触れたモノの正体。窓から差し込む光に照らされたそれは……キヴォトスで最も忌まれる存在。"魔王"であった。

 

……冷たい視線が、カヤの瞳を射貫く。

"逃げなければ"。そう叫ぶ脳に体が追い付かず、後ずさることしかできない。

 

「……なっ、何が目的なんです!?わた、私が一体何をっ……!!」

 

魔王はカヤの言葉などまるで聞こえていないかのように、ゆっくりと歩み、近付いてくる。

 

「……やっ、やめて……やめてください……!!」

 

────"ごんっ"。後ずさる手が、壁にぶつかった。

力が抜け、仰向けに崩れ落ちる。

 

「っひ……いやっ、嫌あああッ……!!」

 

泣き叫ぶカヤに魔王はゆっくりとその手を伸ばす。

伸ばされた魔王の手はカヤの首元へと届き……凄まじい力で引っ張り上げた。

 

「……ッあ゛あああ……ッ!!」

 

呼吸を乱され、地面に組み伏せられる。

耳に響くべりべりと裂くような音から、カヤは自分の運命を悟った。

 

 

────腕を縛られ、足を括られ……視界はテープで塞がれた。

唯一動かせる口にも、何かが詰め込まれた。

 

 

「……う゛ぅ……!!」

 

全身を拘束されたカヤは地面に投げ出されたのか、"べちん"と全身に響く鈍い音を味わった。

 

────痛い。苦しい。どうしてこんな事に。

 

絶望に支配されたカヤに、低く、恐ろしい声が響く。

 

「……不知火カヤ。随分私の事を嗅ぎまわっていたらしいな」

 

「ふう゛ぅーーーっ!!」

 

「……はあ」

 

恐怖の叫びは魔王の溜め息にかき消される。

カヤは再び持ち上げられ、ぼすん、とソファのように柔らかな感触の場所に投げ込まれた。

 

「う゛っ……う゛っ……!!???」

 

涙に詰まった鼻で無理に呼吸しようとするカヤの首に、ホース程度の太さをした、冷たいものが巻き付けられる。

 

「……機動用ワイヤーだ。私の質問に答えないのであれば……わかるな?」

 

「ひゅ゛……!?」

 

"べちんっ!!"

 

カヤがその言葉を認識した瞬間、首に巻かれたワイヤーがぐい、と引かれ、ソファから落とされた。

 

「う゛ぅ゛……!!」

 

叩き付けられ、走る鈍痛。

 

床に奪われていく体温と死への恐怖でがたがたと体を震わせる。

冷え切ったビル風の吹き荒れる室内に唯一感じる熱は、自らが流した涙と鼻水。

 

その熱すらも凍り付くような風に冷やされて、すぐに拠り所は奪われる。

 

(殺される。殺される。殺される……!!)

 

絶望が満ちた瞬間、"ずぽ"と校内に詰められていたものが引き抜かれた。

 

「……たすけッ────ぐぅ!!」

 

咄嗟の叫びは握りつぶされ、くぐもった声が上がる。

 

「……私の時間を無駄にするな。黙って質問に答えろ」

 

カヤは口を抑えられながらもこくこくこくと激しく頷き、自らの従順性を魔王に示した。

 

「……ふん」

 

魔王は抑え込む手を解き、再び尋ねる。

 

「不知火カヤ。不自然に私を嗅ぎまわっていたそうだな。理由は?」

 

「っ……ひっ……ずずっ……!!かいざーに……めいれいされました……!!」

 

涙交じりの返答に、魔王は問い続ける。

 

「カイザーの誰に命令された?」

 

「ぷ、ぷれじでんと、と……なのっていました……!!」

 

「命令の内容は?」

 

「ひっ!!ま、まおうのミレニアムでの行動記録を調べろ、とっ……!!」

 

「それだけではないだろう。一言一句、包み隠さずに話せ」

 

「……ひっ、で、デカグラマトンの情報、魔王の研究、使用される兵器の情報を全て探ってこいと、命令されましたぁ……っ!!」

 

「本当に、それだけか?」

 

「それだけですっ!!」

 

「ふむ……記録に相違ない。一旦は信用してやろう」

 

「……もう、ゆるし────ぇっ」

 

カヤが言い終わる前に、再びワイヤーが引き込まれる。

 

「っげほっ!!げほげほっ!!……っあ゛あっ……はあっ……!!」

 

「私は質問に答えろとだけ言った。それ以外の発言は認めていない」

 

息も絶え絶えと言った様子のカヤに淡々と告げて、魔王は質問を続ける。

 

「不知火カヤ。お前は何の目的があってカイザーと内通していた?」

「正直に答えろ、どのような内容であれ、齟齬や矛盾があればそれなりの対処をする」

 

「はっ、はいっ……私がっ……連邦生徒会長になって────」

 

────それから、カヤは魔王の前に全てをあらいざらい話した。

 

目的、理想、防衛室の過去、ヴァルキューレ汚職事件の真相。FOX小隊。リンと先生を失脚させるための計画。

 

話せることは全て話した。

これは本来の不知火カヤならば、絶対に語る事のないものだったが……死への恐怖が、彼女にそうさせた。

 

「…………」

 

全てを吐き出した彼女に……魔王は沈黙を返す。

 

そして……小さな足音が聞こえたかと思うと、"べり"、とカヤの目を覆うように張られたテープが剝がされた。

 

「痛っ……!!」

 

永遠にも感じられた暗闇から解き放たれ、久方ぶりに飛び込んできた光に目を細める。

気付けば首に巻かれたワイヤーは解かれ、カヤはゆっくりとソファへと横たえられた。

 

「……私の目的は果たされた。もう好きに喋っていいぞ」

 

そう言って、魔王はそっと水筒を開けてカップに注ぎ、カヤの口に当てた。

 

「低体温症と脱水症状の初期徴候が出ている。まずは飲め」

 

差し出されたカップから立ち上る湯気が涙に凍えた目元を温め、カヤは再び涙を垂らす。

 

「……そう怯えるな、毒は入っていない。ただの経口補水液だ。心配なら私が先に飲もう」

 

そう言って、魔王はぐいとコップを呷る。

 

ふうと白い息を吐き出した魔王はそれを再びコップに注いで、"飲め"とカヤの元へと差し出した。

 

「っ……!!」

 

カヤはコップに口をつけ、啜るようにしてそれを飲み干した。

 

口から喉。喉から胸へと流れた熱が、じわりじわりと全身へと広がっていく。

 

「うっ……うああ……っ!!」

 

すると、恐怖が決壊したのか、カヤは再び泣き出してしまった。

 

「…………少し待っていろ」

 

そう言って魔王は外套を脱ぎ、カヤに被せる。

ずっしりと重く、生暖かいそれは……カヤにどこか歪んだ安心を与えた。

 

「……落ち着いたら拘束を解く。今は息を整えろ」

 

それだけ告げて、魔王はリビングを去った。

 

「ぐす……っ、うう……っ」

 

泣き続けて数十秒、魔王はカヤの元へと戻ってきた。

 

「……今から拘束を解く。暴れるなよ」

 

そう告げて、魔王はカヤが抱えた外套を奪い取り、手足の拘束を解いた。

 

「……服だ。早く着ろ」

 

「…………」

 

態度の急変した魔王に混乱しつつも……カヤは渡された 服に腕を通した。

 

 


 

 

「……」

 

橙光を放つストーブの横で、毛布を羽織りながら白湯を口に運ぶ。

魔王は変わらず、我が物顔でソファに座っている。

 

「……落ち着いたか?」

 

その問いに、カヤは目を伏せたままこくりと頷いた。

 

「……手荒な真似をしたことは詫びよう。……少しだけ、お前と話がしたくなった」

 

「……」

 

カヤは無言で魔王の言葉を待つ。

恐怖という猛毒は全身に回り、彼女はただ震えるのみ。

 

「……はあ。そう怯えるな……と言う権利は、私には無いか」

 

魔王は溜め息を吐き、独り言のように呟いた。

 

「まあいい、聞け。……カヤ。お前の目的や懸念は理解した。それを否定することはしないし、邪魔する気も無い」

 

「……だが、カイザーと手を組んだのは失敗だったな」

「あれらはお前が思っているより遥かにしたたかで、欲に塗れた鉄屑の集まりだ」

 

「お前は連中を利用する気だったか、あるいは対等のつもりだったようだが……連中にすれば我々生徒こそ、私腹を肥やし、力を増すための道具にすぎん」

 

「何かがあった場合は、連中は迷わずお前を切り捨て、必要ならば口封じに動いていただろう」

 

魔王の言葉にカヤは言葉を返さず、ただ目を伏せている。

 

「……状況から推察するに、カイザーはデカグラマトンの技術を奪おうとしている。そのためにミレニアムと、私の過去や研究の情報を欲しがった」

 

「より具体的に言うのなら……ミレニアムの作戦を妨害し、デカグラマトンの技術を奪取、独占して武力、あるいは経済力でキヴォトスを支配する……それが連中の目的だろう」

 

「カイザーがデカグラマトンの技術を手に入れてしまえば、我々生徒は奴らを抑えることができなくなる。そうなればキヴォトスは終わりだ」

 

「お前は理想の為に連中を利用するどころか……逆に利用され、あまつさえ理想の真逆への決定打を生み出すところだった」

 

懇々と語る魔王に……カヤの中で、ぐらぐらと煮える怒りが恐怖に打ち克った。

 

「……偉そうに!!貴方に何がわかるんですか!?貴方達みたいな人のせいで私は────!!」

 

カヤは魔王の襟首に掴みかかるようにして飛びかかり、鼻が当たるほどの距離で彼女を睨む。

 

「────っ!!す、すいません!!」

 

しかし、重なった魔王の視線が恐怖を思い起こさせ、カヤはすぐに手を放し……後ずさってへたり込む。

振るわれる暴力から逃げるため、カヤは頭を覆い、その場に伏せた。

 

「……謝らなくていい。ほら」

 

しかし、暴力の代わりに伸ばされた手が、カヤの視界に映る。

 

「先に言った通り、私は目的を果たした。これ以上お前を尋問するつもりはない」

「先程の振る舞いは謝罪しよう。……今はお前と話がしたい。対等にな」

 

「…………本当、ですか?」

 

「ああ、約束する」

 

そう答えた魔王は、カヤがおずおずと伸ばした手を掴み、引き上げた。

 

「さて……お前の言うことは尤もだ。私がお前にどうこう言う権利はない」

「しかし、私には私の、お前にはお前の事情や視野があるはずだ。お前がカイザーの手を取らざるを得なかったようにな」

 

魔王はそっとカヤをソファに座らせ、相対するように視線を合わせる。

 

「カヤ。本来、私はお前を排除するつもりで動いていた。だが……気が変わった」

 

「現状に懸念を抱き、よりよい未来を望むお前の理想には共感できる」

 

「お前は選択を誤っただけだ。その事情を把握した今、排除には値しないと私は判断した」

「カヤ、お前はまだやり直せる。理想を未だ信じ、未来を願うのなら……現実を直視すべきだ」

 

「……何が言いたいんですか」

 

「"理想を追うのなら、それときちんと向き合い、目を背けるな"……という話だ」

 

「…………」

 

カヤは目を伏せたまま、黙って魔王の言葉を待つ。

 

「周囲の評判や記録を調べた限り、第一にお前は性格が悪いし、高すぎる理想に能力が伴っていない。挙句、その劣等感から逃避するために偽りの全能感に溺れている」

 

「その結果として他者を侮視し、"自分だけが"……という愚かな視野狭窄に陥っている」

 

「……知ったような口を」

 

「いいや知っている。お前が語った事情と、私が知っている情報……お前が置かれている状況は、お前以上に理解できているはずだ」

 

そう言って、魔王は声色低く、諭すように告げた。

 

「カヤ。お前は私と同じ過ちを犯そうとしている。傲慢だろうが、私はそれを止めたい」

 

「……私は目的に能力が伴っていないことに気付けず、他者を軽視した結果……腕を失い、命を落としかけた」

 

「お前は他者を軽視し、自身の能力不足を補うためにカイザーと組み、利用され……キヴォトスを危機に陥れかけた。……このままでは、お前は文字通りに身を滅ぼすだろう」

 

「…………」

 

魔王の言葉に、カヤは答えない。

 

「……防衛室という部局自体の体質がそうであったことは先程聞いた。故に、お前がカイザーと内通していたことを今更責めはしない。……視野狭窄に陥ってしまえば、極端な手段を用いることが最も有効だと考えてしまうのは無理のないことだ」

 

そう言って、魔王は俯くカヤの隣に歩み寄って、そっと肩を叩いた。

 

「カヤ。何度も言うようだが……お前はまだやり直せる」

「先ほどお前が語った理想は、偽りない本心なんだろう?」

 

「……ならば、キヴォトスの為、お前の理想の為に……今、お前にしかできないことが一つ存在するはずだ」

 

「…………自首しろ、ということですか」

 

「……そうだ。我々はカイザーの目論見を白日に晒し、それを打ち砕かなければならない」

「だが、連邦やヴァルキューレ内の汚職や内通を含めて、この状況を確実に終わらせられるのは……当事者であるお前だけだ」

 

魔王の言葉に深く沈思したカヤは、数分ほどしてゆっくりと顔を上げる。

 

「………………わかりました」

 

魔王を見据えるその瞳には、確かな覚悟が宿っていた。

 

「……ありがとう。君のその選択に、心からの敬意と感謝を表する」

 

魔王はそう言ってカヤの目の前に跪き、視線を合わせた。

 

「では……お前の今後について話しておこう。カイザーを確実に叩き潰すためには、慎重に動く必要があるからな」

 

「……聞かせてください」

 

カヤの言葉に頷き、魔王は話し始めた。

 

「まず……自首すると言っても、無策に出頭するのは避けろ」

「お前が自首したという情報が流れた瞬間、カイザーは報復、あるいは口封じを画策するだろう。命を惜しむのなら、シャーレに保護を求めるべきだ」

 

「……シャーレ、ですか」

 

「ああ。先生に事情を説明し、シャーレを介して証人保護プログラムの適用を申請すれば……シャーレは、先生は絶対に保護してくれる。例え過去の行いがどうであろうとな」

 

そう断言した魔王に対し……カヤはばつが悪そうに目を伏せた。

そんなカヤに対し、魔王はそっと声を掛ける。

 

「……お前があれを嫌っていることは聞いたし、私もあれは好かん」

 

「だが、カイザーの介入や報復を警戒する場合、最も安全かつ効果的に動けるのは他機関からの干渉を受けないシャーレだ。そこは認めざるを得ない」

 

そう伝えて、魔王はゆっくりと、噛んで含めるように続ける。

 

「いいか……お前が室長を解任されるか、防衛室そのものが解体されるかまではわからないが……少なくとも、お前は今のような立場には居られなくなる」

 

「内通者であったお前の味方をする者は少ない。裏切り者として四方から糾弾を受け、後ろ指を指されることになるだろう」

 

「……だからと言って、悲嘆に暮れることはない」

 

「目標へ向け真摯に進み続ければ、お前を理解し、味方になってくれる者は必ず居る」

「先生は、その最初の一人となってくれるはずだ」

 

「…………」

 

「……カヤ。自己の欠損を受け入れて、他者を認め、頼ることを覚えろ」

 

「一人で何もかもを出来る人間はいない。お前はかの超人ではないし、その彼女ですら連邦生徒会という組織を必要としていた。その意味が理解できない程、お前は愚かではないはずだ」

 

「…………そう、ですね」

 

カヤは頷き、魔王もまた頷きを返す。

 

「……ならまずは、お前が軽視してきた者達に真摯に謝罪し、改めて目標を掲げることだ」

 

そう言って、魔王は腰のホルダーから携帯を取り出した。

 

「……シャーレに連絡する。構わないか?」

 

「……お願いします」

 

カヤはぐったりと脱力し、項垂れるように答える。

その時に"ぽた"、と落ちた雫から、魔王は目を逸らした。

 

その涙に目を向けるのは、あまりに無粋で、残酷であると理解している故に。

 

「……まだ動転しているだろうし……事情の説明は私がしよう」

「君は聞いているだけでいい。シャーレに着いたら、彼に詳細な説明をしてくれ」

 

カヤの顔を見ないよう、優しくそう告げて……魔王は携帯を耳に当てた。

 

 


 

 

同時刻:シャーレ/先生のオフィス

 

 

「……ヒナちゃ~ん、ひま~……」

 

「だめ。まだ仕事中なんだから、大人しくしていて」

 

「じゃあ仕事分けてよ~~~~!!ひま~~~~!!!」

 

「はあ……何度も言っているけれど、これはゲヘナの書類だから……」

 

じゃれつくミカを困ったようにあしらうヒナを見つつ、先生は微笑む。

 

"ヒナ、今日はこの辺りにしておこう。もういい時間だしね"

 

先生はそう言って、書類の束をとんとんと纏め引き出しにしまった。

 

「……やったー!!お仕事終わり~っ!」

 

「終わってないわ。あくまで私達の仕事は……」

 

「わかってるよ……先生の護衛でしょ?」

 

「ええ、そうよ……夜番の子が来るまでは仕事中、気を抜かないで」

 

「はいはい、わかってるよー☆お堅いなぁヒナちゃんは……」

 

"……あはは……そう気を張らなくてもいいよ"

 

先生の言葉に、ヒナは小さくため息を吐いた。

 

「先生。何度も言っているけれど、貴方が一番気を付け────」

 

"ヴーッ、ヴーッ…………"

 

ヒナの言葉を遮るように、先生のスマホが震えだした。

 

"……ごめん、ちょっと出るね……っ!?"

 

先生は携帯を手に取ると……驚いたように声を乱した。

 

「……誰から?」「大丈夫!?」

 

先生の反応を認識した瞬間、二人はほぼ同時に机に掛けてあった銃を手に取り、臨戦態勢に入った。

 

"いや……非通知。でも多分……とりあえず、スピーカーで話すね"

 

先生はことりと机に携帯を置いて、応答ボタンに触れた。

それと同時に、聞き覚えのある声が響く。

 

[────こんばんは、先生]

 

「「ッ……!!」」

 

ミカは目を見開き、ヒナはその表情を険しくする。

その声の主を、理解してしまった故に。

 

 

"……こんばんは、ルイ。この間ぶりだね"

 

[……ああ。先日は世話になった。だが、今回の件はそれとは無関係だ]

 

[夜分遅くに悪いが、お前に少し話しておくべきことがあってな]

[結論から言うと、一人保護して欲しい生徒がいる。今、周りに誰かいるか?]

 

"……"

 

その問いに、無言で先生は周囲を見渡して……ヒナとミカは無言で頷きを返した。

 

"……いない。私一人だよ"

 

[……はははっ。嘘を吐くな、お前が一人でいる訳が無いだろう]

 

"……ごめん。今いる二人なら大丈夫だと思って"

 

先生の言葉に、ルイは呆れたようにため息を吐いた。

 

[はあ……今日の昼番は空崎ヒナと……ミカだったか?……ヒナはともかく、ミカに聞かせるべき話ではない。外部に漏らすには、あまりに危険な────]

 

瞬間。"バァン!!"とルイの言葉を遮るように大きな音が響く。

ヒナと先生が音の発生源に目を遣ると、いかにも堪忍袋の緒が切れたのであろうミカが、サブマシンガンの銃床を地面に叩き付けていた。

 

「……ねえ、急に何のつもり?ヒナちゃんが良くて、私が駄目ってどういうこと?」

「そもそも、先生を殺すとか言った癖に先生を頼るって、自分が矛盾してるってわかってる?」

 

ミカは怒髪頂天、といった様子でルイを挑発する。

そんなミカに、ルイは再び溜め息を返した。

 

[……相変わらずやかましいな。利用できる者は利用する。それだけの話だ]

 

[それに、お前に聞かれたくないのは互いのためだ。不用意に事が動けばどうなるかわからん]

[お前は口が堅い方だと認識しているが、頭に血が上ると自棄を起こしたり、浅慮になる悪癖がある。このような話を聞いていい者ではない]

 

「……へえ。喧嘩を売るなら正々堂々来なよ。今度こそ────」

 

「……ミカ、今は黙っていた方が良いわ。私達が口を出した所で、邪魔になるだけよ」

 

ヒナはヒートアップしていくミカの肩を叩き、優しくたしなめる。

ミカはヒナへちらりと視線を送り……"ぎり"と歯を食い縛って渋々沈黙した。

 

"……ごめんね、二人とも。ルイは私と話したいみたいだし……外してもらえる?"

 

「駄目よ。……魔王、私なら聞いてもいいのよね?」

 

先生の言葉を即座に却下して、ヒナは机に置かれた携帯に言葉を掛ける。

 

[……ああ、お前ならこの話を聞いても構わない。ミカには退室願うがな]

 

その言葉に、先生は諦めたように頷いて、ミカを見遣った。

 

"……ごめん、ミカ。悪いけど……"

 

「……ううん。気にしないで!何かあったら呼んでね、すぐに助けに来るから!」

 

見るからに空元気といった様子で、ミカは部屋を出て行った。

 

[…………ミカは出て行ったか。後で謝っていたと伝えてくれ]

[私は今回、喧嘩を売るために連絡したわけではないからな]

 

"……わかった、伝えておくね。"

"それで、保護して欲しい生徒がいる……ってどういうこと?"

 

[ああ。保護を頼みたいのは連邦生徒会の不知火カヤだ]

 

瞬間、オフィスがぴり、と張り詰める。

 

"……カヤを?……何があったの?"

 

先生は明確に声色を低くし、彼が纏う優和な雰囲気は霧散した。

 

[正しく状況を理解してもらうため、まずは経緯の説明から始めよう]

 

そう前置きして、ルイは続ける。

 

[カヤは……いや、防衛室はかねてよりカイザーグループと内通していた。私はそれを察知し、カヤの自宅へ侵入、拘束し……全てを吐かせた]

 

"……カヤに何をしたの"

 

[一般的な尋問だ。その件については本人に謝罪もしたし、最終的に話し合いで解決もした]

[逸る気持ちは理解するが、本件は事情が込み入っている。今は黙って最後まで話を聞け]

 

"……わかった、邪魔してごめんね"

 

[……では、続けよう]

 

[カヤから得た情報と、私の知る状況から推察するに……カイザーはミレニアムの作戦を土壇場で妨害し、デカグラマトンの技術を奪取する気のようだ]

 

[デカグラマトンの技術がカイザーに渡れば、連中はそれを使ってキヴォトスの支配を目論むだろう。それは絶対に阻止せねばならない]

 

[……本来、私は内通者であるカヤを排除するつもりだったが……事情を聞く限り、私の認識としてカヤは利用されただけであり、排除の必要性は薄い。それよりも証人として彼女を保護する方が有益だと結論付けた]

 

つらつらと語られたルイの説明は、妄想や虚偽とするには余りに現実味を帯びていた。

アビドス砂漠を簡単に手放したことを含め、ここ最近のカイザーの動向は明らかに怪しかったし……カヤが内通していたことも、ヴァルキューレ汚職事件の真相としては合点がいく。

 

"…………つまり、カヤを保護して欲しいというのは……"

 

[そうだ。カヤをカイザーから守ってほしい]

[話し合いの結果、彼女は自首し、証人となってカイザーの企みを白日に晒す意思を固めている]

 

[だが、ヴァルキューレと矯正局は安全とは言えない。先日の事件を鑑みても、個人単位での汚職や内通は残るだろう。実質的に、カイザーの影響圏内と言っても良い]

[そんな場所にカヤを引き渡す訳にはいかない。よって、カヤはお前に託すのが最善だと判断した]

 

[……お前のことは好かんが、お前が生徒を第一に考えていることは認めている。カヤをシャーレで保護してやってくれ]

 

魔王の説明を一通り聞いたあと、ヒナは先生に向けて小さく首を振った。

 

「……先生。この件の真偽は置いて、受け入れるべきではないわ」

「共謀して寝首を掻こうと企んでいるかもしれない。カヤには悪いけれど、ここはヴァルキューレに出頭して貰って────」

 

"いいよ。カヤを受け入れる。私はどうすればいいかな?"

 

「……はあ」

 

先生の言葉にヒナは目を丸くしたが……とはいえ彼のことだ。

生徒の為となれば、彼がこうするであろうことは想像がついていた。

 

いざとなれば自分が護ればいい、とそう判断して、ヒナは言葉を飲み込んだ。

 

[……即断か、まあいい。カヤの住所をモモトークに送った。信用できる者を迎えに寄越してくれ]

 

"……わかった。ヒナをそっちに送るね"

 

「えっ」

 

[……良い人選だ、感謝する]

 

流れるように決定された人選にヒナは再び驚愕したが、考えてみれば自分が最適であることに疑いようが無かったため、多少の残業は仕方ないかと諦観交じりに飲み込んだ。

 

そんな中、敵対しているはずの二人は素早く認識と計画をすり合わせを進める。

 

[……さて、流石に理解しているだろうが、カヤの保護に私が関与したことは内密にしろ]

[無為にリスクを引き上げることに繋がるし、カヤの今後を考えるのなら伏せておくべきだ。わかるな?]

 

"もちろん。約束する"

 

[それでいい。カヤの今後や、カイザーへの追及はお前に託した]

[徹底的に逃げ場を奪い、カイザーを叩き潰せ。いいな?]

 

"うん。カヤは私が絶対に護る。カイザーの件は……約束はしてあげられないけど、努力はするよ"

 

[……お前の言う"努力"が私の考える物と同一の概念であることを祈ろう。……話は終わりだ。ではな]

 

"待って、いくつか質問がある"

 

[……なんだ]

 

"……ルイ、君がそこまでしてカヤを助けるのは、カイザーを潰すため?"

 

["助ける"、という表現には些か齟齬があるが……"カイザーを潰すため"、ということについては肯定しよう]

 

[カイザーグループはこのキヴォトスに対する多面的侵略者であり、そのような存在を勝者とすることを、私は許容しない]

 

"……じゃあ、デカグラマトンは君から見て、侵略者じゃないの?"

 

核心を突くその問いは、ルイを数秒の沈黙に追いやり……彼女はゆっくりと、吐き出すように答えた。

 

[…………私は現在、大抵の事象を知ることができる視座にある。だがそれは決して全知などではなく、あらゆる答えを持っている訳ではないことに留意しろ]

 

[その上で答えよう。お前の問いに対して私は一定の答えを持っているが、それはあくまで私の視座から視た一側面でしかない。そも判断基準は個々様々であり、現状に対する私個人の認識を態々お前達に伝えることはしない]

 

"……そっか。なら……あんまり危ないことはしないでね"

 

迂遠に語られた言塊の中身は薄く、露骨に回答を避けていた。

先生もそれを察したのか、それ以上の追及は避けたようだ。

 

[……その言葉はそのままお前に返そう。カイザーに寝首を掻かれぬよう、用心することだ]

 

"……わかった、気を付けるね"

 

[ああ……それではな]

 

"ごめん、最後にひとつだけ"

 

[いい加減にしろ。私の時間を無駄に────]

 

"カヤを助けてくれて、ありがとう"

 

先生のその言葉に、ルイは言葉を止め……"ふう"と長い息を吐き出した。

 

[…………いいや。今回の件で礼を言われる筋合いはない。手に余る責任を押し付けただけだ]

 

[……元々、私はカヤを排除する予定だった。そのつもりで暴力を用いて情報を吐かせた]

[今は落ち着いているが、メンタル面での傷は残るだろう。慮ってやってくれ]

 

"……わかった"

 

先生がそう答えた時には、既に通話は終了していた。

 

"……切れちゃったか"

 

そう呟いた先生に、ヒナが詰め寄る。

 

「……先生。流石に無警戒が過ぎる」

 

「……彼女の言葉に一定のリアリティがあったことは認めるわ。でも、急に連絡してきて"生徒を保護して"……なんて、怪しすぎる」

 

ヒナの言葉に首を振り、先生はぽつりと答える。

 

"心配してくれてありがとう。でも、生徒が助けを求めているって言うのなら……私は絶対に助けるよ"

 

"例え嘘かもしれなくても、私には先生としてそれを確認する義務がある。結果としてそれが嘘だったとしても、苦しんでいる生徒が居なかったなら……それより安心できることはないからね"

 

"……それに……怪しすぎるからこそ、真実味があると思わない?"

 

そう言って笑った先生に、ヒナは大きくため息を吐いた。

 

「まあ……貴方がそう言うのなら……いいわ。カヤを迎えに行ってくる」

 

"ありがとう。夜遅くなのにごめんね"

 

「気にしないで。私はその為に居るから……遠慮なく頼ってちょうだい、じゃあ、行ってくるわ」

 

ヒナは椅子に掛けてあった外套を羽織り、マシンガンを抱え……オフィスを出て行った。

 

 

 

(…………おかしい)

 

先生は一人思案する。

今回、ルイは多くのことを語っていた。

 

カイザーを明確な侵略者と断言し、カイザーによる侵略は"絶対に阻止しなければならない"という強い言葉を用いていた。

 

更には、こちらに情報が渡るリスクを承知でカヤを助け、託したこと。

 

ミレニアムの計画を関知していながら、気にもかけていない様子に……デカグラマトンについての曖昧な回答。

 

(…………)

 

何より、"大抵の事を知ることが出来る視座"という発言。

 

全てを組み合わせて考えると……まず、彼女の視点は我々とは違う場所にあるのだろう。

 

そして、彼女には"立場"という概念が存在していて……その立場には多少のリスクを冒してでも"カイザーを潰す"必要性がある。

 

そして、シャーレへ事情を説明し、協力を要請したところを見るに……少なくともシャーレへの攻撃よりも、カイザーへの対処の方が必要性、あるいは優先度が高いことになる。

 

それほどにカイザーを敵視していながら、デカグラマトンへの言及を避けた理由は?

デカグラマトンと視点を同じくしているのなら、どうしてミレニアムとは敵対していない?

 

それら全てが、今まで感じてきた違和感と組み合わさりかけた瞬間。

"がらり"とオフィスのドアが勢いよく開かれた。

 

「……たっだいまー!!」

 

"うわっ!!びっくりした……おかえり、ミカ。さっきはごめんね"

 

「ううん、大丈夫☆ヒナちゃん出てっちゃったけど、何があったの?」

 

入れ違うように入ってきたミカは興味津々と言った様子で……先生は"どう誤魔化したものか"と苦心するのであった。

 


 

15分後:D.U区画/ビル屋上

 

 

双眼鏡でマンション付近を監視していると、見知った姿が視界に入る。

その生徒はエントランスの前に立ち、きょろきょろと周囲を見回していた。

 

「────!?」

 

……瞬間。彼女は私の方へ顔を向け、確かに視線が重なった。

かと思うと……彼女は顔をふいと背けて、マンションの中へと入っていった。

 

(はあ…………200メートルは離れているはずだが……恐ろしい奴だ)

 

ぞくりと冷えた背を起こし、通信機を口元に当てる。

 

「……空崎ヒナの到着を確認した。これより引き上げる。サポートを」

 

[ええ、お任せください]

 

ヒマリの返事を確認して、私は屋上から飛び降りた。

 

 


 

 

深夜:ヴァルキューレ管理区画/8号線

 

 

ミレニアムへの帰路半ば。

夜闇をヘッドライトで押し退けながら直線道路を進んでいると、セイアが話しかけてきた。

 

[……ルイ。随分カヤに肩入れしていたようだね]

[独断で作戦を変更して、先生に頭を下げてまで彼女を助けるなんてね]

 

「……らしくない、とでも?」

 

[そういう訳じゃないさ。……だが、カヤへの言葉は、君自身に言い聞かせているように聞こえたものでね]

 

[……少しだけ、君の本音を知れた気がするよ]

 

呟くように告げられた彼女の言葉は私の胸に突き刺さって、ふっと息を吐き出させた。

 

「…………そうだな。彼女を自分に重ねていなかった、というと嘘になる」

 

「彼女は私だ。君達に出会う前。全て一人でやらねばならないと思い込み、全てを背負い込んでいた頃のな」

 

カヤは他者を見下すことで、高すぎる理想や目標に対する劣等感から目を背けた。

その結果として……自分一人しかできないと背負い込み、カイザーの手を取ってしまった。

 

追い詰められれば追い詰められる程、彼女は極端な手段を取らざるをえなくなり……深い闇へと堕ちていっただろう。

文字通り、その身を滅ぼす程に。

 

……セイアが私の計画を見抜いていなければ。腕を失った時、ヒマリが私を拘束していなければ……私も、同じ道を辿っていただろう。

 

「周囲が伸ばしてくれている手に気付かずに、悪魔に魂を売るなど……今になって思えば、笑えない話だ」

 

[…………やはり、君は後悔しているんだね]

 

「……後悔……いいや。"あの時ああしていれば"……誰にでもある、その程度の話だ」

「私の意思は揺らがない。今こうしていることに後悔などないさ」

 

答え、目を逸らすようにして窓の外に目を向ける。

夜闇の中に映るのはヘッドライトを反射した標識くらいのもので、遠くにぽつぽつと見える市街の影が、かえって寂しさを感じさせた。

 

「……ただ、考えることはある。あのまま何もせず、皆と元の関係のまま、過ごしていたらと」

「失った関係は惜しいし、寂しくもある。……だが、それは後悔ではない」

 

「君達と過ごした時間を護るためにこそ、私はこうしているのだからな」

 

自分を慰めるように思考を整え、感情を吐露すると……セイアは優しく、寂しげに"そうか"と言葉を返した。

 

[……野暮な問いかもしれないが、今の君が、私を攫う前に戻れるのなら……どうする?]

 

投げかけられた問いが、彼女の柔らかな声と共に私の頭へするりと入り込む。

 

「……過去に戻れたら、か……」

 

深く思考する。

違う選択。例えば……一人で抱え込まずに最初からヒマリを、セイアを、ナギサを頼っていたら。

 

あの時点で、私はどうするのが正解だったのか。

 

「…………難しい話だ。だが……君たち二人や、ナギサに相談くらいはするだろうな」

 

「"黙示録が訪れるとして、それを回避、超克するためにどのような対策をすればいいか"」

「"ゲヘナとトリニティを講和させるためには、どうすればいいか"……とね」

 

「……とはいえ、この計画が最も成功率が高く、時間を掛けずに済むという結論は変わりない」

 

「時が戻ったとしても、私はまた同じことをするはずだ……それに、次はもっとうまくやれる」

「二度腕を失うのも、死に掛けるのもごめんだからな」

 

[……そうかい。妙なことを聞いて、悪かったね]

 

「構わないさ。こうして過去を顧みることも、問われなければしていなかっただろう」

 

私の言葉に、セイアはふふと笑う。

 

[……なら、帰ったらお茶会をしよう]

[君とはもっと、話しておくべきだろうからね]

 

「……わかった。楽しみにしておく」

 

アクセルを踏み込み、私は帰路を急ぐのだった。

 

 

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