"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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対峙

夕方:ミレニアム自治区/エンジニア部の倉庫

 

 

────あれから5日が過ぎた。

 

カヤがシャーレに保護された事はまだ表には出ていないが、彼女と協力関係にあったFOX小隊がシャーレの仲介で自首したというニュースがつい先日報じられた。

 

水面下でカイザーに対する追及は着々と進んでいるようで、作戦に妨害が入る心配は無いだろう。

 

そして、合同訓練も大きな問題なく進んでいる。

全チームが目標タイムを達成し、明日からはより実践に即した訓練が行われる事になった。

目下対処するべき事案もなく……万事順調と言っていい。

 

私はというと、ここ数日はスーパーノヴァの訓練と調整に日夜かかりきりになっている。

突撃剣1.5本分の重量を誇る巨大なレールガンの取り回しは、義手と脚部装甲をもってしても劣悪という他なく。訓練途中で何度か義手を吹き飛ばされ……結局、私が扱うにはいくらかの調整を要するという結論に落ち着いたのだ。

 

「……ふう」

 

作業の手を止め、ティーカップを置いてひとつ息を吐く。

鼻を抜けるアールグレイの気品ある風味を楽しんでいると、背後から"ガチャリ"と音が聞こえた。

 

「やあ!急に来てごめんね」

 

唐突な来訪に驚く間もなく、ウタハはどこか嬉しそうに近寄ってきた。

 

「ああ、ウタハか。どうかしたか?」

 

「うん。昨日提出してもらった設計案の試作品ができたから、見てもらおうと思って……ほら!」

 

そう言って、"ごとり"という重厚な音と共にウタハは黒銀に光る分厚いリングを机に置いた。

 

「おお、もう完成したのか……触っても?」

 

「もちろんさ!ほら、嵌めてみて」

 

ウタハの快諾を得て、リングを右腕に嵌める。

"カシュ"と音を立てて装着されたそれはずっしりと重く、腕に確かな圧迫感を与えた。

 

「良い感じだ。……少し離れていてくれ」

 

スツールから立ち上がり、ぶんぶんと軽く腕を振り回してみる。

遠心力による負荷が多少あるが、慣れてしまえば気にならない程度だろう。

 

「いいぞ……ノンアクティブは完璧だ。もう実射はできるのか?」

 

わくわくとした気持ちを抑えずに尋ねると、ウタハは苦笑を返した。

 

「もちろん!……と言いたいところだけど、ここで撃つのはやめた方が良いかな。……いやその、正直に言うとね?三人で調整してるうちに……楽しくなってきちゃって、出力を上げ過ぎちゃったんだ」

 

「…………どっちを上げたんだ」

 

「……両方」

 

「……そうか。以前のように肩を持っていかれてはかなわん。ここは自重しよう」

 

照れくさそうに答えるウタハに、私は苦笑を返す。

出力調整という最も面白い工程を私抜きで楽しんでいた。その事に多少思うところはある。……とはいえ、立場はわきまえている。

 

「……以前なら、"何故私を呼ばなかった"と言うところだが……夜を楽しみにしておこう」

 

そう言って、ちらりと時計に目をやると短針は五を指し示している。

丁度いい時間だ、一度作業を切り上げよう。

 

進捗を保存し、ぱたりとラップトップを閉じる。

 

「……んぅ……さて、訓練前に少し仮眠を取ろうと思うが……他になにかあるか?」

 

軽く伸びをしつつ尋ねると、ウタハは小さく首を振った。

 

「いや、特にこれ以上はないよ。試作品ができたから見せにきただけだしね」

 

「そうか、……ああそうだ。せっかく来てくれたんだ、草案ではあるがスーパーノヴァ用アタッチメントの提案書を作ってみた。時間がある時にでも目を通してみてくれ」

 

メモリを取り外して差し出すと、ウタハはにこりと笑ってそれを受け取った。

 

「おっ、面白そうだね……じゃ、夜までに目を通しておくよ。……それじゃあ、邪魔しないようにそろそろ私は一旦戻ろうかな」

 

「わかった……では、また夜に」

 

「うん、また後で!」

 

そうして、私達は一度別れるのだった。

 


 

side:ナギサ

 

夜:ミレニアム寮区画/トリニティ代表者の部屋

 

「……ふう……」

 

今日の業務を終え、部屋に戻ってきたナギサはそっとソファに腰を下ろした。

 

息を吐き、衣服もそのままにゆっくりと体を横たえる。

……どうせ誰も見ていないし、洗濯やアイロンがけは機械がやってくれる。

 

疲れたし、このまま眠ってしまおう────

目を閉じる直前、ポケットの中の携帯が"ぶるり"と震えた。

 

(…………)

 

苛立ちを飲み込み、画面に目を遣ると……着信には"先生"と表示されていた。

 

「ッ……」

 

がばりと勢いよく体を起こし、携帯を耳に当てる。

 

「……先生?」

 

睡魔を蹴り飛ばして帰ってきた冷静さをもって、淑やかに返事をする。

 

"ナギサ?急にごめんね。少し話したい事があって"

 

「……話したい事……ですか」

 

"……うん。ナギサには相談しておきたくて"

 

優和ながらもどこか物々しい彼の口調から、重要な要件である事は察せた。

時期的には……魔王絡みの案件だろう。

 

「……今なら他の者に聞かれる心配はありませんので、そのまま話していただいて結構です」

 

ゆっくりと深呼吸をして答えると、先生は"そっか"、と続けた。

 

"……じゃあ、単刀直入に言うね"

"ルイの目的がわかったかもしれない。だけど……それはあくまで推測に過ぎないし、私はルイの事を知らないから、彼女のことをよく知ってるナギサの意見が聞きたくて"

 

"経緯から説明するんだけど────"

 

……そうして、私は先生から5日前に起きた事を聞いた。

 

連邦生徒会の内通。カイザーの企み……そして、ルイが語ったという全て。

 

……彼女は一人の生徒を救い、カイザーグループの悪謀を打ち砕いた。

 

それは、"魔王"の行動にしてはあまりに不可解で。

旧知の友、"天城ルイ"の行動としてはひどく納得のいくものだった。

 

「……色々と、思う所はありますが……まずは、先生の考えを聞かせて頂けないでしょうか」

 

"……じゃあ、今の話を踏まえて、私の考えを聞いて欲しい"

 

「……お願いします」

 

そして、先生は語り始めた。

 

"……まず、現在ミレニアムが計画しているビナー討滅作戦。これはほぼ間違いなくルイが関与して、実行へと誘導されたものだ"

 

"そして、ミレニアムにはそれを知って、協力している子がいる。……調月リオ。あるいは……明星ヒマリ。……その両方の可能性もある"

 

「ッ……!!」

 

明星ヒマリ。この作戦において事実上の最高責任者であり、セイアさんを預けた相手。

ぞくり、と背が冷える。

 

"……少なくとも、ヒマリは以前ルイの目的に一定の理解があるような振る舞いをしていたし……この作戦を主導している所からも、その疑いは強い"

 

"そしてリオは……断定はできないけど、恐らく事情を全て知った上で、沈黙を選んでいるはず"

"リオなら、ミレニアム内で起こった事は全て把握しているはずだからね"

 

「……つまり、ミレニアムはルイと共謀していて、この作戦自体が罠……と?」

 

"いや……うーん……罠、とは思わないかな。一応、ここからは私の意見になるけど……"

 

「……リオが沈黙しているという事実から見て、この作戦に悪意はないはずだ。ルイが暴走することも、ないと私は信じている」

 

"とりあえず、ヒマリが協力していると仮定するね。とりあえず、リオが沈黙しているという事実から見て、この作戦に悪意はないはずだし……二人の監督があれば、ルイが暴走する心配もない。そう私は信じてる"

 

「…………そう、ですか……」

 

先生の考察を聞いて、ナギサは深い沈思に落ちる。

 

……"ルイは善人だった"。そう思いたい気持ちが、じわりと脳に沁みる。

だが──そんなはずはない。

 

(彼女は敵だ。討つべき、敵)

 

そう煩悩を振り切って、ナギサは自分の足元を見つめた。

 

「…………私にはティーパーティとして、トリニティの生徒を護る責任があります」

「その推測を聞いてしまった以上、私はこの作戦にトリニティの生徒を参加させるべきか、考え直さなければなりません」

 

冷静に、絞り出すように語ると、先生も落ち着いた様子で答える。

 

"……うん。それはナギサが判断するべき事だ。だけど……リオとヒマリ、その二人がここまでの大立ち回りをしている以上、状況はかなり差し迫っているかもしれない"

 

先生は二人を強く信頼しているようで、言葉の節々からそれが伝わってくる。

 

"……正直な話、私にとっても、この作戦の持つ意義は大きい"

"生徒に害をなす脅威が存在するのなら……それは打ち払わなければいけないからね"

 

"もちろん、ナギサの立場もわかる。この作戦の裏にある意図がわからない以上、警戒して然るべきだ"

 

"……だから、直接本人に話を聞いてみる……っていうのは、どうかな?"

 

「……本人に……ですか?」

 

その提案に呆気に取られたような言葉を返すと、先生は優しく、"うん"と答える。

 

"ルイ側、ミレニアム側は、この作戦をかなり重要視してるみたいだし……トリニティが手を引く、というのは何としても避けたいはず。それを利用して、交渉の席に着かせるんだ"

 

「……なるほど」

 

"仮説が正しければ、ヒマリがルイに連絡を取れるはずだし……参加するのが私とナギサの二人だけなら、ある程度信用してくれるかもしれない"

 

先生の言葉に、ナギサは沈黙する。

 

(…………正直、怖い)

 

かの日の拒絶と、彼女の"死"は、未だにナギサの胸を軋ませ続けている。

 

……それでも一度、話したい。話して、真相を知りたい。

彼女がこうなってしまった原因を知る事ができれば、この苦しみも幾分かは晴れるかもしれない。

 

逡巡と迷いの果て、ナギサは一つ息を吐いた。

 

「……わかりました」

 

"……ありがとう"

"じゃあ、日時は────────"

 


 

side:ルイ

 

同日深夜:ミレニアム自治区/エンジニア部の倉庫

 

深夜の倉庫には、衣擦れの音が響いていた。

運動に適した衣服に着替え、訓練に向かおうとした私の携帯に一通の着信が入った。

 

(この番号は……ヒマリか)

 

深夜にヒマリからの着信が入るのは珍しくない。

大体は"話したい事がある"とか(かこつ)けて、声が聞きたくなったとかそういう理由だ。

 

応答ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

 

「こんばんは、何かあったのか?」

 

[こんばんは。急で申し訳ありませんが……貴方の関与と、私との関係が先生に感付かれました]

 

「……ッ」

 

唐突に、冷やかに告げられたヒマリの言葉は、新装備を前に浮足立つ私の気分を打ち砕いた。

 

「…………そうか、最近は隙を見せすぎたからな……とはいえ、想定内ではある。先生は何と?」

 

一呼吸で冷静さを引き戻し、尋ねると……ヒマリはゆっくりと答えた。

 

[ナギサさんと共に、直接話がしたい……と]

[そして、"これが破談になれば、トリニティは作戦への参加を取りやめ、貴方とミレニアムが内通していた事を公表する"と仰っています]

 

(……ナギサか……少し、まずいか)

 

作戦の裏がナギサに知られたとなると、我々の立場は急激に悪化する。

公表でもされてしまえば……私はおろか、ヒマリまでもが裏切り者として弾劾される。

 

「…………随分足元を見られてしまった。面倒な事になったな……」

「いや、マコトとユウカに話していない辺り、交渉の余地はあるのだろう。……了解した、日時の指定は?」

 

[……可能な限り早く、と。そして、"対応の早さはそのまま誠意として見なす"、とも]

 

(……猶予はない、か)

 

「……わかった。私は今からでも構わないと答えておいてくれ」

 

[では、そのように伝えておきます。……準備ができたら、すぐに部室へ来てください]

 

「……了解した」

 

通話は終わり、一つ息を吐き出す。

 

(……ウタハに断りを入れなければ)

 

新しい装備を楽しみにしていた所にこれとは、全く間が悪い。

下ろした携帯を再び耳元に持ち上げ、沈んだ気持ちを隠すように発信を押すのだった。

 


 

同日深夜:ミレニアム部室棟/旧特異現象捜査部

 

「「…………」」

 

私とヒマリは、ソファに座って客人の来訪を待っていた。

 

……最近の行動の結実として、このような結果を招く事は想定していた。

しかし、相手が先生ならいくらでも言い包められると踏んでいたが……今回の相手はナギサだ。

 

彼女は頑として譲らないだろうし……交渉の体を取って、あわよくば情報を強請り出そうという魂胆だろう。

 

直接の舌戦となれば……情報の開示には細心の注意を払い、相手の認識と矛盾ない言動、態度を貫徹する必要がある。

……中々に苦しい状況だ。

 

「……全く、厄介な真似をしてくれたな……」

 

愚痴を漏らすと、隣に座ったヒマリは"まあまあ"と私を窘める。

 

「先生にしてみれば、貴方の行動で最も割を食っているナギサさんに機会を与えたいのでしょう。貴方が彼女にした仕打ちを思えば、それも当然です」

 

「……」

 

「貴方はよく"覚悟の上"、とか"仕方ない"だとか言って正当化しようとしますが……」

 

「……正当化はしていない。罪や責任から逃れるつもりはないさ」

 

「それを正当化と言うんですよ。正直に"合わせる顔がない"……とでも言ったらどうです?」

 

ヒマリの言葉は深く胸に刺さって、私は返す言葉を失った。

 

「…………そうだな……」

 

「まあ、私はもう言い訳も利きませんし、開き直って頭でも下げましょうか……」

「貴方も開き直って、ナギサさんの脚に縋りついてみたらどうです?」

 

嫌味に笑ったヒマリに、私は目元を抑える。

 

「はあ……私が悪かった、もうやめてくれ。そろそろ定刻だ……」

 

「……それもそうですね。……では、精々悪足掻きでもしましょうか」

 

溜息を重ね、共にソファに寄り掛かって秒針の進みを待つ。

 

────"ピピ"、と時計が鳴ると同時に、着信が入った。

スピーカーをオンにして、机に置きなおす。

 

「……こんばんは、先生」

 

"こんばんは。ナギサはもう入り口に着いてるから、開けてあげて"

 

「わかりました」

 

ヒマリが扉を開錠すると、ひやりとした外気と共にナギサが現れた。

 

「……久しぶりだな」

 

私の言葉を無視し、ナギサは対面に座る。

ぎろりと向けられた目線は、私ではなく、ヒマリに向いていた。

 

「……やってくれましたね、明星ヒマリ」

 

「……おや、多少は弁明の余地があると思っていたのですが……これはどうにも、厳しそうですね?」

 

そう言って肩をすくめたヒマリにナギサは更に険しい眼を向ける。

ナギサは相当に頭に来ているのか、いつもなら胸の下で組まれている手は、固く握られていた。

 

"……まあまあ、二人とも落ち着いて。ヒマリも悪ぶらない"

 

早速の応酬を先生が諫め、場は重苦しい沈黙に満ちる。

 

「……セイアさんはどこですか。彼女に何かあったら……」

 

ナギサは室内を見回し、穏やかではない様子で口を開いた。

それを遮り、私は軽く頭を下げた。

 

「……セイアは今、別室で眠っている。生憎、この話が急だったものでな」

「そして、彼女は私が責任を持って体調管理をしている。そこは心配せずとも問題ない」

 

「……信用なりませんね、今すぐここに連れてきなさい」」

 

"……ナギサ、落ち着いて。セイアの事は後で聞こう"

 

びりびりと痺れるような、冷たいプレッシャーを放つナギサを先生が諫める。

 

"今回はただ、聞きたい事があってきたんだ。糾弾しにきたわけじゃない"

 

「そうか。それで……何が聞きたい」

 

尋ねると、先生はすぐに答える。

 

"……私から聞きたい事は簡単にみっつ"

 

"この作戦は最終的に何の目的をもって、計画されたのか"

"ヒマリは、ルイにいつから協力しているのか"

"……セイアとは、どういう関係なのか"

 

真剣に伝えられた先生の言葉に、ナギサが続く。

 

「……私からはただ一つ。ルイ、貴方は一体何がしたいのか。それだけ教えてください」

 

二人の要求を聞いて、私とヒマリは視線を交わす。

聞きたい事を箇条で用意してきたのは意外だった。

矢継ぎ早に詰問してくると踏んでいたが、どうやらそうでもないらしい。

 

(……冷静な相手ほど、かえって面倒なものだが……)

 

そう思考を落ち着けて、答える。

 

「……わかった。だがその前に、こちらも前提を」

「これは公式な場ではない。この場で出た話は記録せず、外部に漏らさないと誓ってもらう」

「その代わり、私は今そちらが提示した質問に対して一切嘘を吐かない。……これでいいか?」

 

"うん、私はそれで構わない"

 

「……いいでしょう。ですが、あなた方の答えが不誠実であると判断した場合は、その限りではありませんよ」

 

「……いいだろう。では先生の質問から答えよう、いいな?」

 

問うと、ヒマリは"ええ"と頷いた。

 

「では……まず、"最終的に何の目的があるのか"……これは公示の通り、"デカグラマトンの撃滅"だ。最終的には、全機体の特定および排除を目標としている」

 

「……デカグラマトンの用いる技術の奪取が目的なのでは?」

 

ナギサの言葉に、私は"ふむ"、と唸る。

嘘はつかないと約束してしまった以上、ここは正直に答えざるを得ない。

 

「それは……そうだな。あの技術に興味が無い言えば嘘になる。しかし、私達はそれ自体を目的としている訳ではない。それは、内部機構の破壊を前提とした作戦内容からもわかるだろう?」

 

「あくまで、我々はデカグラマトンという脅威を排除する事が第一目標だ。技術はその副産物に過ぎない。……こればかりは、信じてくれと言う他にないが」

 

私の言葉に、ナギサは"ふむ"と唸り、僅かに前傾した。

 

「では質問を変えましょう。かの技術が仮に手に入ったとして、何をするつもりですか」

 

「"質問を変える事を認めた覚えはない"と言いたいところだが……今回に限り、答えよう」

 

「現状は決めていない。仮にビナーを倒し、機体を割ってみたところでそこから何が得られるかは不確実だからな。それは兵器になるかもしれないし、生活家電になるかもしれない」

 

「そもそも、技術とは往々にしてそういうものだ。結局は道具に過ぎず、それ自体に善悪などない。結局は扱う者の倫理や、発想に依る」

 

「……しかし、何事にも限度はある。手に負えないようならば葬るさ、私達はその為にいる」

 

私の言葉に深く頷いて、ヒマリが続ける。

 

「信じて頂けるかはさておき……この作戦の責任者として、ルイの言葉は嘘偽りないと保証致します。討伐に成功、回収した機体についての解析は当然ながら行いますが……そこで得られた知識や技術についても、責任を持って扱うとお約束いたしましょう」

 

そう説明して、ヒマリはナギサに深く頭を下げた。

 

「……騙した形となって申し訳ありません。ルイの行いは重々承知していますが、しかしどうしても特異現象捜査部には彼女が必要なのです。彼女は実質的な部員の一人ですから」

 

「…………トリニティでのテロ行為や、先生への殺害予告。その他の犯罪行為まで容認すると?」

 

ナギサはそう呟き、怒気と敵意の籠った視線を向ける。

 

「……はい。キヴォトス中の敵意を集めるルイの立場を利用している事も含めて、彼女の行いを容認しているのは事実です」

 

「ですが一つ申し上げたいのは、我々は責任から逃れるつもりは一切ありません……。彼女に与した私も共犯ですので、全ての物事が片付いた暁にはその罰を受けましょう」

 

「……要するに、"デカグラマトンを倒す方が優先だから、今は見逃して欲しい"と?」

 

「……そうなります」

 

ヒマリの回答に無言を返し、ナギサは私の方へ向き直った。

 

「……これが目的ですか。こんな事の為に、我々を裏切ったと?」

 

「"こんな事"、という表現は些か矮小化が過ぎるな。お前は現状を正しく認識していないようだ」

 

言い返し、私は"はあ"とひとつ息を吐いて、背もたれに体を預ける。

そんな私に対して、ナギサは無表情で詰問を続けた。

 

「言葉を弄して逃れようとしても無駄です。質問に答えなさい」

 

「……なら、答えよう。その質問には"そうだ"とも言えるし、"違う"とも言える。嘘を吐かないのなら、これが最も誠実な回答だ。これ以上の追及は認めん」

 

私の回答に、ナギサはぴくりと眉を動かし……渋々といった様子で頷いた。

 

「……まあ、いいでしょう」

 

「……では、次の質問に答えよう。"いつから協力しているのか"……だったな」

 

「察しは付いているんだろうが……ゲヘナで腕を失った直後、ヒマリに義手の制作を依頼した時から彼女とは協力関係にある」

 

「私が個人的に調べていたビナーの調査レポートを対価に、義手の制作と完成までの居場所を提供してもらった。その後もこうして共に居るのは……お互いに、そうしておく方が利があると判断したからだ」

 

「…………ゲヘナの直後ですか。つまり……明星ヒマリ、貴方はトリニティでのテロに加担していると見做しても?」

 

「……ええ、構いません。実際、あの事件には私も関与しています」

 

「…………ふざけた事を。あのテロがどれだけの被害を出したか……!!」

 

「……弁明はいたしません」

 

立ち込める険悪な空気は悪化の一途を辿り、息苦しささえ感じさせる程になっていく。

その空気を電話越しに察したのか、先生が口を開いた。

 

"……わかった。とりあえず……次の質問に答えて欲しい"

 

先生からのパスを受け取り、私は話を進める。

 

「…………セイアとの関係か。そうだな。ヒマリと似たようなものだ。彼女は私の目的を知っているし、協力者でもある」

 

「……やはり、セイアさんも加担していたんですね」

 

目を伏せてそう言ったナギサは、先ほどまでとは打って変わり、哀し気に眉を下げた。

失意に沈む彼女を照らすシーリングライトが、ナギサの表情に影を差す。」

 

「…………セイアを責めないでやってくれ。彼女は予知夢で視た未来への恐怖を捨てきれていない。……私に、それを利用されただけだ」

 

私の弁明に、ナギサは無言を返す。

先生も私の意図を察したのか、何も言わない。

 

「…………セイアについてはこれ以上語りたくない。理解してくれ」

 

「……わかりました」

 

"無暗な追及は、セイアの為にも、トリニティの為にもならない"。とそう暗に伝えると、ナギサはあっさりと引き下がった。

 

そして残されたのは────沈黙。

あまりに重苦しい空気と、ナギサから向けられる敵意が私の胸に圧し掛かる。

 

ナギサは深呼吸をして、私に目を向ける。

 

「……さあ、話してもらいますよ。貴方の目的を教えなさい」

 

「…………はあ」

 

いよいよ逃げ場がない。と観念して、私は口を開いた。

 

「……では、私の目的について話そう」

「一言で説明すると、"よりよい未来を目指す"。以上だ」

 

「……は?」

 

"……もう少し、詳細に説明して貰っていいかな"

 

二人は呆気に取られたような間を取り……尋ね返す。

 

「……これ以上説明する事はないし、好きに解釈してくれていい。実際、迂遠な表現をするよりは正鵠を射た説明だ」

 

そう付け加えると、ナギサはゆっくりとテーブルに拳を載せた。

マナーや礼節などを無視した、ただ純粋な苛立ちがそこに顕れていた。

 

「…………いい加減、言葉を弄するのはやめにした方が貴方の為ですよ」

「我々はいつでも作戦への参加を取りやめる事ができると、先に申したはずですが」

 

「ふっ……セイアに散々警告されたろうに、まだ知りたがるのか?」

「あれは嘘偽りのない純然たる警告だ。あと一歩踏み出せば……お前もこちら側に来ることになる」

 

ナギサの脅迫めいた言葉を鼻で笑って脅し返すと、先生が割って入った。

 

"……ひとつ聞いていいかな。私やみんなを攻撃するのも、よりよい未来のため?"

 

「ああ、そうなるな。多少極端な手法を取っている自覚はあるが……全て必要な事だ」

 

そう答えると、先生は少しだけ黙って……おずおずと、しかし真剣に口を開いた。

 

"…………言いたくないのならいいけど……話してみてくれないかな"

"絶対に秘密は守る。それが君が本当にやりたい事なら、私にそれを聞かせて、手伝わせて欲しい"

"……君がこれ以上傷付くのは、許せないんだ"

 

先生が押しを強める中、逡巡する。

 

(……現状、出せるのは先の情報が限度だ。しかし……目的の一端を明かす事で追及を躱せるのなら。悪くないだろう)

 

目的の概形はたった今語った。どうせなら、それに沿う形のものを一つ示してしまおう。

……どうせ、もう暫くは先生に構っている時間などない。

 

「……いい機会だ。これまで何度も警告したつもりだったが……ここではっきりさせておこう」

「私はお前のそういう所を危険視して、排除すべき対象だと判断したんだ」

 

"……どういう事?"

 

「……よく聞け、先生。お前の人心掌握術、戦術指揮能力、立場は全て無二であり……言いようによっては、お前はキヴォトスの希望とも呼べるだろう」

 

「だが、お前はやり過ぎた。……連邦生徒会を超える超法規的権力、三大校の指導者や各治安維持機関との繋がりに、果てはテロ組織や七囚人まで……しかし、それ自体は問題ですらない」

 

「真の問題は、それほどの力を持つお前自身が銃弾一発で命を落とす程脆弱な身体でありながら、ノコノコと外を歩き回り……生徒の為ならば、とあっさりと人を信じるその行動原理こそが……私にお前を"脅威"、と。そう判断させた」

 

「いいか先生、これは脅しではない。何千何万といる我々生徒のたった一人がその気になれば、お前を殺害せしめることができる」

 

「……あの日、アリウスの連中に撃たれた事を忘れた訳ではないだろう?……"希望を失う"という事がどれだけ人を追い詰め、狂わせるか……お前は自覚するべきだ」

 

そう伝えて、ゆっくりと続ける。

 

「……ここで、以前の演説でお前に対して行った発言を撤回し……本当の目的を教えよう」

 

「"先生を可能な限り穏当に、禍根を残さない方法で排除する"……あるいは、"先生が不要なキヴォトスへと改革を促す"。それが私の目的の一つだ。お前に頼り過ぎている現状は余りに不安定だと言わざるを得ないからだ」

 

"……そう、だったんだね。……ごめん"

 

「謝るぐらいなら、その立ち振る舞いを改善する事から始めたらどうだ?」

 

「…………ルイ」

 

唐突に、沈黙を保っていたナギサが口を開いた。

その肩は僅かに震えており、彼女の怒りは頂点に達しているようだ。

 

(……"先生の排除"。反発を招くのは当然か……)

 

そう思考が巡った瞬間、ナギサは"どうして"と声を漏らした。

 

「それなら……っ!それなら、どうして相談してくれなかったんですか!!」

 

悲鳴にも似た彼女の怒号が、私の耳を打った。

"どうして相談してくれなかったのか"という想定外の問いに、私はそっと首を振る。

 

「……騒ぐな。他人に相談してどうこうなる問題ではない上に、軽々しく口にできる事ではないのはわかるだろう。あるいは、"相談してくれれば協力した"、とでも?」

 

「ええ……相談さえしてくれれば、皆さんと協議をして穏当な解決策を探れたかもしれません。相談ひとつせず、このような真似をして……私達はそんなに、信用なりませんか?」

 

縋りつくような声色で問うナギサに、内心にぐらりと揺れるような感覚を覚えた。

 

「……何を急に……たらればだ。そんな事を今更議論したとて、実になる事はない」

「話は終わりだ。求められた情報は開示したし……今度はこちらの番だ」

 

そう無理やりに話を終わらせて、私は話を進める。

 

「今回の作戦の必要性について、改めて私から説明しよう。……と言っても、殆どは既にミレニアム側が説明した通りだがな」

 

「何度も言っているように、我々の立場としては"とにかく、デカグラマトンは倒さねばならない"。我々生徒に対して明確な敵意がある存在を放置するべきではないからだ」

 

「……例えゲヘナとトリニティが手を引いてこの計画が実行不可能になったとしても……我々特異現象捜査部はあらゆる犠牲を覚悟で、デカグラマトンとの戦いに挑む事になるだろう。それ程に、我々はこの作戦を重要視している」

 

「例え血の代償を支払う事になろうとも、キヴォトスには"デカグラマトンに対抗できた"という事実が、経験が必要なのだ。それがなくては、いずれ奴らが牙を剥いた時、まともに向き合う事すらできないかもしれない」

 

「先生が居るため、追加で述べるが……これは脅しではない」

「……冷静に考えろ。デカグラマトンという存在はもはや、キヴォトス全土の問題だ」

 

「ナギサ。お前にはトリニティの生徒を守る義務がある。……その義務に基づくなら、最終的に下すべき選択は自明だろう」

 

「……気に食いませんね」

 

「……お前がどう思おうと構わないが、忘れるな。我々には責任がある。お前の意思でキヴォトスの生徒全てを見殺しにする気か?」

 

そう畳みかけると、ヒマリが私の肩を叩いた。

 

「……言い過ぎです。喧嘩をするためにこの場を用意した訳ではありませんよ」

 

"……ヒマリの言う通りだ。言っている事が正しくても、言い方ひとつで印象は変わる"

 

苦い顔で告げたヒマリに先生が続き、私とナギサが視線を交わす。

 

「…………喧嘩? 違うな。こうでも言わなければ現状を理解してはくれないだろう」

 

「……ええ。これは喧嘩ではなく、交渉ですので」

 

「……はは、わかっているじゃないか。では、続けよう」

 

脚を組み、ナギサを見下すように背もたれに身を預ける。

ナギサも"ふう"と息を吐き、嫌味な微笑みを私に向けた。

 

「さて、貴方がたの状況は看破されました。"交渉"、というのなら……多少の譲歩をしてもらわねばなりませんね?」

 

「……いいだろう。では、もうひとつだけ条件を提示してもいい。ただし、条件によっては拒否させてもらう」

 

「物分かりが良くて結構です……それではひとつ、条件を追加しましょう」

 

「……言ってみろ」

 

身構え、彼女の提示する条件を待つと……ナギサはふっと表情を変えた。

 

「……では、ルイ。一度、ふたりきりで話しましょう。それが条件です」

 

今までの敵意の混じった声ではなく、かつてのような優しい声色で彼女はそう告げた。

……何のつもりかはわからないが、ずいぶん楽な条件だ。

 

「……わかった」

 

意外な条件に驚きつつも、私はそれに頷いた。

 

「では……ヒマリ、少し外してくれ。先生も一度通話を切るぞ。終わったらかけ直す」

 

「わかりました、終わったら呼んでください」

 

"わかった、じゃあ……また後で"

 

 

通話を切って、ヒマリが部屋を後にしたのを確認し……私とナギサは部屋に二人残された。

 

「「…………」」

 

……彼女と二人きり、というのはどうにも落ち着かない。

先ほどまでの舌戦が嘘のような気まずい雰囲気が流れ、居心地の悪さが肌寒ささえ感じさせる。

 

「……それで、何の話だ」

 

答えず、ナギサはゆっくりと立ち上がり……私の前に立った。

 

「立場や役割だとうるさいので、こうするしかないかと」

 

「立場と役割なくして、私に残る物など無い。無論、話すこともな」

 

「貴方自身が残るでしょう。"魔王"ではなく、"貴方"と話すためにこうして人払いをしたのですから」

 

「……まだそんな事を言っているのか」

 

「ふふ、貴方も往生際が悪いですね。セイアさんが味方に付いている時点で、私に対して悪人ぶる事はできませんよ」

 

「……はあ。それで、何が言いたい」

 

問うと、ひとつ呼吸を挟んだナギサは深く、深く頭を下げた。

 

「……ごめんなさい」

 

「……何を……」

 

「嘘を言って、貴方を追い詰めて……本当に、ごめんなさい。あの時は……どうかしていました」

「"そんなつもりじゃなかった"と言っても当然許しては頂けないでしょうが……どうしても、直接謝りたかったんです」

 

「……何を言い出すかと思えば……」

 

「あれは内外を纏め上げるための正しい判断だ。指導者ならそれを誇りこそすれ、謝る必要などない」

 

そう返すと、ナギサは一瞬驚いたように目を開き、苦々しく眉を顰めた。

 

「……嫌味、ではないのですね」

「……本当に、貴方はそう思っているんですか?」

 

「当然だ。……実際のところ、あれはただの事故でしかない。責任を問われるべきは私と、あのシャーレ指揮下部隊であり……君ではない」

 

「……貴方は────」

 

何かを言いかけて、ふとナギサは目を伏せる。

……数秒ほどして、ナギサは意を決したように顔を上げて、私の両肩に手を置いた。

 

「……ルイ。私はどうなっても構いませんから、事情を話してくれませんか」

「これを聴けば、貴方は笑うでしょうが……私はまだ、貴方を諦められていないのです」

 

「……お願いです。私に、貴方の考えを教えてください」

 

彼女の双眸が、私の虹彩を射貫く。

息がかかるほどの距離で、ナギサは縋るように問いかけた。

 

「…………無理だな。既にセイアがこちらに付いている以上、お前ひとりがどうにかなって済む問題じゃない。トリニティごと共倒れになる覚悟があるのなら構わんが」

 

逃避するような言葉と共に、私は瞳を逸らした。

しかしナギサは、肩に添えられた手を引き……私を強く抱き込んだ。

 

「なっ……」

 

彼女の真っ白な翼に包まれ、首の後ろに回された手が私を閉じ込める。

ふわりと香る彼女の香水の匂いが、かつての日々を思い起こさせた。

 

……そして、彼女は耳元で囁く。

 

「────ある、と言ったら?」

 

「ッ……」

 

想定していなかった答えに体がびくりと震えるが……すぐに"ふっ"と笑い飛ばした。

 

「…………冗談だろう。仮にその言葉が本当だったとしても、私がそれを許容しない。試すような事を言ったのは謝罪しよう」

 

そう言って彼女の胸を押し、拒絶すると……ナギサはあっさりと手を解いて、私から離れた。

 

「……そうですか……。では……ひとつだけ忠告させてください」

 

「"善き行いの為なら何をしてもいい"、という考えは大きな間違いです。あらゆる自己犠牲は独善に過ぎず、周囲に犠牲を強いるなど……論外です。……これは先達からの、心よりの忠告です」

 

寂しげに語るナギサの言葉は重く、確かな心配と後悔がひしひしと伝わる。

 

「…………セイアとヒマリにも似た説教をされた。……それでも、彼女達はそれを知って尚私に力を貸してくれている。それこそが必要性の証左であり、清濁を併せ吞まざるを得ない状況の発露だと思うが」

 

私の抗弁を最後まで聞いてなお、ナギサはゆっくりと首を振った。

 

「……そうなのかもしれませんね。ですが、このようなやり方は間違っています」

 

「腕を失くして、命まで落としかけたのに……まだ、こんな事を続けるんですか?」

 

「……続けなければならない。これは誰の物でもない、私の意思だ」

 

「……それは"キヴォトス全体の問題だ"と、先に自分で言っていたでしょう。貴方一人で背負う事ではないはずです」

 

「…………」

 

「……トリニティには貴方を信頼していた人が何人も居ました。例え"先生の排除"などという考えだったとしても……"貴方の言う事なら"、と耳を貸した者は居たはずです」

 

「……それがわからない貴方ではないでしょう……?どうして、皆を頼らなかったんですか」

 

ナギサのひどく感情的な言葉が、私の心情を逆撫でる。

 

「……当時のトリニティには私が頼れるものなど居なかった。君達は立場上敵対する事になるし、ミネはこのような行いを許さない。そして、正義実現委員会の者達は所詮ティーパーティの手指に過ぎない。……その他は言うまでもないだろう」

 

「その言い方……貴方は私達を"立場"でしか見ていなかったんですか?」

「私達は貴方を信じていたのに……貴方は誰も信じていなかったと?」

 

「…………ああ、そうだ」

 

絞り出すようにそう答えると、ナギサはふいと私から顔を逸らして、ぽつりと呟いた。

 

「そう、なんですね……私は、貴方の事を……友達だと、思っていましたよ」

 

「……そうか。それは……悪い事をした」

 

「…………もう、いいでしょう。これ以上、話すことはありません」

 

「…………」

 

重苦しい空気が部屋を呑み込み、私は返す言葉もなく携帯を手に取る。

 

「……ヒマリ、話は終わった」

 

"……わかりました"

 

そのまま先生に通話をかけ直し、私とナギサは対面するように座り直した。

戻ってきたヒマリは、部屋に充満する重い雰囲気に気が付いたのか、軽口を叩く事もなくゆっくりと私の隣へと戻った。

 

"……それで……二人の結論を聞きたいんだけど……"

 

双方無言の中、おずおずと尋ねた先生の言葉に、ナギサはゆっくりと口を開く。

 

「……トリニティは今回の作戦に引き続き参加致します。しかし、それ以降の協力関係については考え直す必要性があるかと存じます」

 

「私の出した結論は以上です。……これ以上無駄な話を続ける必要もないでしょう。明日も早いですから、これで失礼いたします」

 

ナギサはがたりと立ち上がって、一礼もせずに私達に背を向ける。

それを引き留めるものはおらず、ナギサは扉の外の暗闇へと姿を消した。

 

"…………ナギサと何を話したの?言いたくないのなら……"

 

「……言いたくない」

 

"……そっか。じゃあ……私も、ここで失礼しようかな"

 

「……待て」

 

"どうかした?"

 

「カヤはどうしている」

 

"……元気だよ。今は少し落ち込んでるけど、それでも前向きにやってる"

 

「……そうか。私が謝っていたと伝えてくれ」

 

"……謝ってた、の代わりに、応援していた……って伝えてもいい?"

 

「……それがカヤのためになるのなら、好きにしろ」

 

"……わかった、伝えておくね"

 

「……」

 

それを聞き届けて、私は通話終了ボタンに触れた。

 

「…………ナギサさんと、何を話したんですか?」

 

「……なんだ、聞いている物だと思っていたが」

 

「……流石に、あの会話を盗み聴きするほど礼節を欠いてはいませんよ」

 

「……そうか……いや、少しな。……互いに、未練を捨てられたと思いたいが」

 

「……随分、残酷な事を言いますね……?貴方は目を逸らし続けていたから気付いていないと思いますが……ナギサさんは最後、今にも泣き出しそうな顔をしていましたよ」

 

「そんな顔をしていた人が、未練を断ち切れていると思いますか?」

 

ずき、と胸を裂くような痛みが走る。

 

「…………やめてくれ、今は聞きたくない」

 

「……なら明日、セイアさんと話した方が良いでしょう」

「どれだけの不義理が、ナギサさんにあの表情をさせたのか……私には推し量れませんので」

 

ヒマリはそう言って、一つ大きなため息を吐きだした。

 

「……素直に "ごめんなさい"、と謝ればよかったものを」

「ナギサさんも、先生も……そのためにこの場を用意したのだと思いますよ」

 

小さく呟いたヒマリの言葉に、先ほどのナギサの謝罪を思い出す。

深く頭を下げて、"ごめんなさい"と謝った彼女に、私はどれだけ不誠実な答えを返した?

受け入れもせず、ただ相手にすらしなかった。

 

「…………」

 

「旧知を相手にひねくれたくなる気持ちはわかりますが……伸ばされた手を跳ね除け続けた果てには、何も残りません……」

 

「……いつか、ナギサさんと仲直り出来る事を祈っています。お手伝いが必要なら、いつでも仰ってください」

 

「……やめてくれと言ったはずだ」

 

私の拒絶に、ヒマリは"はあ"と呆れたように息を吐いた。

ゆっくりと車椅子の車輪が回転し、私の傍から離れていく。

 

「わかりました。……それでは、私も明日がありますので……これで」

 

「……ああ、おやすみ」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

寝室へと姿を消したヒマリを見送り、部屋に残された私は大きく天井を見上げた。

 

「…………私だって、元に戻れるのなら戻りたいさ」

 

ぽつりと呟いたそれは、唯一漏れ出た本音だった。

 

しかし……私はもう、トリニティへは戻れない。

それなら……嫌われた方がお互いに救われる。

 

「……結局、嘘を吐いてしまったな」

 

"貴方は私達を信じていなかったのか"。その問いに、私は"そうだ"と答えた。

そんなはずがあるものか。私は皆を誰よりも信じ、大切に思っていたからこそ────。

 

そこまで考えて、"自己犠牲は独善に過ぎない"と語ったナギサの言葉がよぎる。

 

「…………はあ」

 

暗がりに吐き出し、鬱々とした言葉が続く。

 

(……私が全て悪い。そんな事はわかっている)

 

私はあの時からずっと変われていない。ただ……私の無力が全ての原因だ。

もっと力があれば。ミネやヒナのように……誰かを助け、護れるような力があれば、こうはならなかったかもしれない。

 

それでも、私は私としてこの世界に生まれ、生きてきた。

……この身にできる事など、この程度の事しかない。

 

……いや。そう思い込むしかないのか。

 

「…………すまない」

 

相手を失った言葉は、誰にも届かない。

 

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