早朝:ミレニアム本校/旧特異現象捜査部
「…………」
朝日の前兆たる青白い光がカーテンの隙間から差し込み、夜の終わりを告げている。
……結局、あれから一睡もできなかった。
すっかり冷えてしまった紅茶を口に運んで、小さく息を吐く。
(……そろそろ、セイアが起きてくる頃か……)
昨日の事は、当然ながらセイアにも話さなくてはならない。
変化した状況、知られた情報。そして……私とナギサの会話も。
……きっと、叱られるのだろう。
「……ふっ」
ふと自分を客観視してみると、あまりに子供じみた考えに乾いた笑いが漏れる。
(……少し、頭を冷やすべきだな)
重い腰を上げて、私は洗面台に向かった。
朝:ミレニアム部室棟/仮眠室
side:セイア
「────んぅ……?」
ぎし、と揺れるような感覚で、私は覚醒する。
ゆっくりと瞼を開くと────ベッドサイドに腰掛けたルイが、こちらを見下ろしていた。
……薄明かりに照らされたその表情は、どこか儚げで。
未だ夢の余韻にある私は、現実との接続を確かめるように、彼女を見つめ返した。
すると、彼女はぱちりと瞬きをしたかと思うと……そっと私の頬を撫でた。
「……すまない、起こしてしまったか」
「……いいさ……ふあぁ。今、何時だい……?」
「6時半だ。眠いのなら、もう少し眠っていてもいい」
朝日に目を細めながら目元にかかった髪を払うと、もやのかかった思考が段々とクリアになり、一日の始まりを自覚していく。
「いや……いい時間だ……起きるとしよう……」
そう言ってお腹に力を入れ、ゆっくりと身を起こそうとすると、ルイは私の背を支えてくれた。
「……体調はどうだ?」
「特に問題はないよ……むしろ、寝起きにしては好調に感じるくらいさ」
「それはよかった……では、少し尻尾に触るぞ」
いつも通りの会話を交わしつつ、ルイはてきぱきと私の身支度を進めてくれる。
私の尾毛をリボンでまとめ、寝癖を櫛で直し……体温を測る。
されるがまま、心地よい感覚に揺られていると……ルイはふと口を開いた。
「なあ、セイア……」
「……ん……なんだい?」
「……いや、何でもない」
「ああそうだ、朝食に希望はあるか?今日は私が作る日だからな。君の要望を聞いておこう」
ルイは何かを言いかけて、はぐらかした。
尋ね返してもよかったが……彼女の事だ。きっと、寝起きにする話ではないと考えたのだろう。
それなら、今は朝食の話を進めるとしよう。
「……そうだね……うん。君に任せるとしようか」
「私は食事に疎いからね、メニューは君に任せた方が……きっと、良い体験ができるはずさ」
そう伝えると、私の髪を梳いてくれている彼女は "はは"、と笑った。
「わかった……それなら、君が喜んでくれるようなものを用意しよう。楽しみにしておいてくれ」
「ふふ、ありがとう。楽しみにしておくよ……」
朝:旧特異現象捜査部/キッチン
────それから、心地よい時間はあっという間に過ぎ……。
私はテーブルに座って、朝食の完成を待っていた。
頬杖をつきながら、料理をしているルイの背をぼうっと見ていると……"ピピ"という電子音と共に、背後の扉が開いた。
「……おや、おはようございます……今日は朝早いんですね?」
そう言いながら、車椅子の僅かな駆動音と共に、ヒマリが私の傍へと着いた。
「ああ。今日はルイが起こしに来てくれたからね」
そう説明すると、"なるほど"と呟いて、ヒマリはルイの方へと目を向ける。
「いい匂いですね……焼き魚ですか?」
「ああ、気付かなかった。おはよう、ヒマリ」
「今日は和食にしようかと思ってな。サンマと卵焼きに味噌汁、白菜の漬物だ。好みだろう?」
ルイがそう答えると、ヒマリは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ……大好物です、嬉しいものですね」
「それでは、できあがるのを大いに楽しみにしておきましょう……」
そう言って、ヒマリはそっと私の隣へと車椅子を寄せた。
「……セイアさん。ルイさんから昨日の件について聞きましたか?」
小声で伝えられたそれに、私は小さく首を振る。
「いいや……だが、後で話すような素振りはしていたよ。何かあったのかい?」
返答を聞いて、ヒマリは"ふむ"と小さく唸った。
「……そうですか。それでしたらルイの口から聞くべきでしょうし、私からは申し控えます」
「そうか……わかった」
そう答えると同時に、調理を終えたのだろうルイがこちらに振り返る。
「よし、できたぞ……さあ、テーブルを開けてくれ」
私達が言われた通りにテーブルを片付けると、ルイはそこに三人分の食膳を置いた。
「おかずの種類が多いから味噌汁と米の量は少なめに盛った。おかわりしたいときは言ってくれ」
ルイの言葉に"わかった"と答えつつ、並べられた朝食に目を向ける。
艶やかな白黄のコントラストを魅せる卵焼きに、丁度よく焼かれたサンマ。
シンプルな味噌汁に添えられた、白金のように美しい白菜の漬物。
……そして、ほくほくと湯気立ち昇る白米。
「おお……これは美味しそうだ」
「……なんとも食欲をそそる一膳ですね……ふふ、もう待ちきれません」
完成された一膳を前に、揃って感嘆の息を漏らすと、ルイは嬉しそうに微笑む。
「はは……ありがとう。さあ、冷めないうちに食べてくれ」
その言葉にヒマリと共に頷いて、私達は共に手を合わせた。
「「「いただきます」」」
────20分後。
朝食を食べ終えた私は、ルイとふたり、キッチンに残っていた。
「……さて、ヒマリは出た事だし……そろそろ、話してくれないかい?」
洗い終わった食器を拭いているルイの背にそう尋ねると、彼女は小さく息を吐いた。
「……君に隠し事はできないな」
そう肩を落とし、ルイは皿を食器棚に戻して、私の対面に座った。
「……まあ、どうせ話すつもりだったからな」
そう言って、ルイは話し始めた。
「端的に説明すると……私が作戦に関与している事が先生とナギサに感付かれてな」
「昨日の夜、ナギサがここに訪ねてきた。"目的を教えろ"……とね」
「ナギサがか……とりあえず、大まかな内容を聞いてもいいかい?」
「ああ、わかった────────」
……それから、ルイは昨日ナギサと話した内容を語ってくれた。
その内容に驚きはあったものの……どちらかと尋ねられれば、安心が勝った。
ルイの目的、朧気ながらも伝えられたそれは……ナギサに幾分かの救いを齎しただろう。
しかし────。
「……結局、君はナギサを突き放したんだね」
「……そうだ。……そうするのが、互いの為だと」
私の言葉に、ルイは固く瞑目し、苦しそうに答える。
"それでも、貴方を諦められない"……そう言ったナギサを突き放したのは、流石に堪えたようだ。
「"互いの為"、か。……まあ、君の考えはよくわかるよ。……だけどね、私はそれ以上に、ナギサの気持ちもわかってしまうんだ」
噛んで含めるように、優しく伝えて……ルイの肩に手を乗せる。
「いいかい。もう、君は魔王ではないんだ。……少なくとも、ナギサの中ではね」
「彼女はトリニティの代表者だが、所詮は一人の少女だ……あまり、傷付けないであげてくれ」
「…………」
ルイは黙し、何も言い返さない。
謝罪も、言い訳も……この場で語るそれらは、欺瞞に過ぎないと理解している故なのだろう。
それこそが、彼女なりの誠意であり──覚悟だった。
「……まあ、いいさ。……私はまだ、ナギサの元に戻る事ができるからね」
私がそう言った途端、ルイは少し驚いたように顔を上げた。
表情は変わらないが、瞳に揺らぎが見える。
(ああ……なるほど)
「……言い方が悪かったね。別に、君の元から離反する訳ではないよ……」
「少し話してくるだけさ。傷付いたナギサを一人ぼっちにするほど、私は酷い女ではないからね」
そう伝えると、ルイは僅かに目を泳がせ……"すまない"と頭を下げた。
「……君には後始末を任せてばかりだ。……ナギサを、頼む」
「……ああ、頼まれたよ」
そう答えて、私はそっと席を立った。
午前/ミレニアム寮区画/トリニティ代表者の部屋
side:ナギサ
訓練へと向かう生徒達を見送り、ナギサは部屋に戻ってきた。
「……?」
誰もいないはずの部屋の玄関には、見覚えのある小さな靴がひとつ。
(…………まさか)
ゆっくりと視線を廊下の奥へとやると────そこには、大きな耳を揺らす少女が居た。
「やあ……しばらくぶりだね、ナギサ」
視線が重なると同時にかけられた声に、ナギサは動揺を隠しながら返答する。
「……こんにちは、セイアさん。……いらっしゃっているとは思いませんでした」
「……連絡も無しにすまないね。それでも……君と話しておくべきだと思ってね」
「昨日、ルイと話した内容は聞いたよ。……私の立場も、知られてしまったようだ……」
「……帰ってください」
口を衝いて出た言葉に、セイアはぴんと耳を立てて……ゆっくりと首を振る。
そうして再び重ねられた瞳からは、確かな意思が感じ取れた。
「……いいや。君と話さないと帰れない。ルイから、"ナギサを頼む"と言われていてね」
「……ルイさんが、ですか?」
「ああ。……"君を傷付けてしまった"、と落ち込んでいたよ」
「…………」
(……ルイさんが落ち込んでいた。私の事で……?)
揺れる思考から滲み出たナギサの僅かな動揺を見逃さないように、セイアは続ける。
「……私は、君に話さないといけない事がある。だから、少しだけ話を聞いてくれないかい」
重く、しっかりと伝えられたそれに……ナギサは根負けしたかのように"ふう"と息を吐き出した。
「……わかりました」
そう答えてそっと席に着いたナギサに、セイアは小さく"ありがとう"と伝え、話し始めた。
「早速だが……ひとつ聞かせてくれ。君は、ルイをどう思う?」
急な問いかけに、ナギサは言葉を詰まらせた。
「…………どう思う、ですか」
「好きに言ってくれて構わない。彼女の目的の一部を……"デカグラマトンの撃破、および先生の排除"という計画を聞いたうえで、いま君がルイをどう思っているか……それが知りたくてね」
(……────)
それは既に、何度も何度も自問した。
しかし……ついぞ、答えは出なかったもの。
「……正直、よくわかりません……」
惑いを正直に言葉へと乗せて、ナギサは続ける。
「彼女が"よりよい未来"と形容したそれが、おそらく善であると理解してしまった今……私は彼女をどう認識し、どのような立場に立つべきか……一夜を経てなお、混乱しています」
「申し訳ありませんが、逆に問わせてください。セイアさんから見て、天城ルイという人間は……どのように見えているのですか?」
縋るようなその問いにセイアは"ふむ"と息を漏らし、少し考えこむように黙って……ゆっくりと口を開いた。
「……私にとって、か……そうだね。少し長くなるが、いいかい」
「はい……聞かせてください」
そして、セイアは重苦しく頷いた。
「私にとって、ルイはあまりに眩しい人だ……」
「かつて、私を絶望と諦観に沈めた"未来"を……彼女は打ち倒さんと立ち上がったのだからね」
「……未来、ですか」
"未来"。どこか遠くを見据えるように語ったセイアの言葉には、複雑な感情が籠っていた。
「ああ、そうだ。……すこし、今に至るまでの話をさせてくれ」
「……最初に私が攫われた時、彼女との対話を経て……私は、天城ルイという人間の歪みを知った」
「ルイは一見、完璧な人間だが……ひとつ、大きな欠点がある」
「彼女は "他者を一方的に庇護対象と見做し、助けようとする" 所がある。それはルイ自身の高潔さ、優しさと言えるかもしれないが────他方で、それはある種の傲慢とも言えるだろう」
「……とはいえ、それも当然だ」
「あれだけの能力、知識、理性を持った人間が、他者と自らを同列に考える訳がない」
「"優れた能力を持つ自分は、他者の役に立ち、護り、意義ある事を為さねばならない"。彼女はそう考えて……実際、そうして生きてきたんだろう。私達が知るようにね……」
(……確かに、その片鱗はあった)
彼女は他者の助けになる事に強い執着を見せていた。
"相談室"。かつて存在したそれは、彼女がトリニティの生徒全体に奉仕するための部局。
今になって思えば……それこそが、天城ルイという人間の本質を象徴していたのだろう。
────逡巡するナギサに十数秒の時間を与えて、セイアは"さて"と続ける。
「ここからが本題だ……そんな彼女は、ある日ひとつの可能性に気が付いてしまった」
「それは誰にでもある空想、妄想だ。例えば────"明日、世界が滅ぶとしたら?"」
「……それは正答のない思考実験だ。考えたとて、意味なんかない」
「……しかし、ルイは違った。……その問いに、彼女は一つの答えを見出してしまった」
「"明日世界が滅びるかもしれないのなら──今すぐに、できる最善を尽くすべきだ"、とね」
そこまで語って、セイアは一つ深呼吸をして、諦観の滲んだ息を吐き出した。
「……まあ、その答え自体は平凡と言える。明日を生きるための危機意識の再確認。それは防災であったり、環境の見直しだったり……そういった、普遍的な行動に結実するものだ」
「しかし……天城ルイという個人にとって、"できる事"という範囲は常人や私達のそれを遥かに凌ぐ。知っての通り、ルイは何でもできてしまうし、できてしまっていたからね」
「……それが、ルイがああなってしまった理由なんですか……?」
ナギサが投げかけた問いにゆっくりと頷き、セイアは声を震わせた。
「……思うに、私達は彼女に頼り過ぎたんだ。その結果として、ルイは"知り過ぎて"しまった」
「エデン条約で露見した
「……心配性な彼女の事だ。それらを知っていく内に、ルイは "現状は薄氷の上の均衡に過ぎず、キヴォトスは今にも崩壊してもおかしくない" ……と、そう考え至ったんだろう」
「それらを排して、破滅の未来を回避するため……ルイは自らを"魔王"とし、あらゆる手段を用いる覚悟を決めたんだ。……キヴォトスを、私達を護るためにね」
「つまり────ルイの敵はトリニティでもなければ、ゲヘナでも、先生でもない。それは"現状"であり、"未来"そのものだ」
セイアの語った言葉に、ナギサはぞくりと背筋が冷える。
天城ルイの抱えていたものは、自分の考えより遥かに大きく……重いものだった。
「……よりよい未来。その意味する所は……そういう事だったんですね」
「……しかし……それは、時に"狂気"と呼ばれるものではないのでしょうか」
……"未来"を敵視し、"現状"に挑む。それはあまりに無謀で、途方のないもの。
そのために彼女が出した結論が、こうして皆を裏切り、自らを犠牲にする事だったというのなら……なんと、空しいのだろう。
ずき、と痛んだ胸を無意識に抑えると、セイアは声色低く、悲しげに口を開いた。
「……君の言う通りだ。それはもはや、無謀を超えた"狂気"。……ルイはそれに呑まれ、その身と引き換えにしてでも、よりよい未来という目的を果たそうとしていた」
沈痛な心境を言葉に滲ませたセイアは、絞り出すように"だから"と続けた。
「……ルイには枷が必要だった。彼女を縛り、その身を投げうつ事を抑止する枷が……」
「……枷、ですか?」
「……そうだ。……ルイは私に"命を賭す覚悟がある"と語った」
「誇張でもなんでもなく、さも当然かのように。……そんな事を、許す訳にはいかない」
「……だから、私は彼女の傍に居る事にした。想ってくれる者が居ると、忘れさせないために」
そう語ったセイアの言葉は重く、彼女の確かな意思が伝わる。
……"ルイと共にトリニティを裏切る"。その選択が、どれだけ苦しいものだっただろう。
「……そう、だったんですね……」
ナギサの返答に、セイアは所在なさげに瞳を揺らし……言葉を探すように視線を彷徨わせ、しばし口を閉ざした。
……だが、すぐに小さく息を吐いて、セイアは口を開く。
「……いいや、これは浅ましい言い訳だね。実際の所、私にとってもルイの計画は魅力的だった」
「ナギサ……昨日、ルイは、"
「……はい」
「……それは一面において正しいが、ある側面では……むしろ逆だ」
「私は自らに刻まれた恐怖を打ち払うため、未来に抗おうとするルイの背を押してしまった……」
「……その結果が、今の私達を取り巻く現状だ。……すまない」
セイアは視線を落とし、悲痛な後悔を吐き出すように言葉を終えた。
「…………」
そんな彼女に掛ける言葉なく、ナギサは困ったように浮いた手を揺らす。
ナギサにはセイアを責める事も、まして断ずる事などできなかった。
────"未来"。 それは時に、希望の象徴ともされる言葉。
それを恐れる二人の気持ちは……理解しようとしても、到底、理解できない物なのだろう。
"ぎり"と固く歯を食いしばり、思案に耽る。
セイアの恐怖と、ルイの狂気を終わらせるためには、どうすればいいのか────。
「…………セイアさん。ルイに未来を、私達を信じてもらうために……どうすればいいんですか」
「デカグラマトンを倒せば、先生が不要なキヴォトスへと至れば……ルイは、狂気から醒めるんですか……!?」
思索の末、震え出た悲痛な問いに、セイアはそっと首を振った。
「…………わからない。ルイが恐れる"未来"は……そもそも、存在すらもあやふやな物だ」
「それ自体に対して打てる手がほぼ無いからこそ、ルイは万全の状況を実現するために動いている。デカグラマトンの排除や、先生という危険因子への対処も、それが理由だ」
「……たとえ、デカグラマトンを倒して、先生を排除しても……彼女が満足する事はないだろう」
「……だが、ルイの計画に終わりがない訳じゃない」
「彼女が私に語った、計画の終幕。……それは、彼女自身が、"魔王"が討たれる事だ」
「どれだけ強引な経緯を経たとしても、最後は元凶たる魔王が討たれる事で禍根なく終わらせられる。それを最後に脅威は一つ残らず消え去り、万全なキヴォトスが残る。というわけさ」
「……"ルイを倒せ"、と何度か君に願ったのは……私がルイの視点に立っているからではない」
「魔王を倒す事でしか、この計画は終わらないのだよ、ナギサ」
そう言い終えて……"しかし"とセイアは続ける。
「……今はその時ではない。ルイはこの作戦で、最重要兵器を運用する立場にある」
「矛盾しているかもしれないが……あらゆる観点から見て、今回の作戦の成功は必須だ。だから、今はこの作戦の完遂に注力してほしい」
語り終えたセイアは深く腰を折って、深々と頭を下げる。
ナギサは、"はあ"と微かな吐息と共に頷いた。
「…………わかりました」
その回答を聞いて、セイアは安心したようにゆっくりと頭を上げた。
「……ありがとう、ナギサ」
「……今更卑怯な物言いである事は承知しているが……私もルイも、君に負担をかけ過ぎている事をずっと、申し訳なく思っていた。本当に……すまない」
「……いいんです。理由を知れただけで、私は十分に報われました」
懺悔するように語ったセイアの肩に手を乗せ、ナギサは優しく答えた。
その言葉にセイアは目をきゅっと細め、再び頭を下げる。
「……私も、君に打ち明けられてよかった。本当に、感謝している」
「全てが終わったら……また皆で集まって、お茶会をしよう」
セイアの言葉に、ナギサは無意識に息を呑んだ。
時間にして1秒に満たないほどの沈黙。しかし、彼女にはそれだけで十分だった。
「……もちろんです」
「そのためにも……我々は役割を遂げなければなりませんね」
「……そうだね」
ちょうどそう言ったところで、正午を告げるメロディが鳴り響いた。
お互いに時計を見上げ、"ふう"と息を吐く。
「……もうこんな時間ですか。もう少しお話していたいですが……15分後に会議がありますので、私はこれで失礼させて頂きます」
「わかった。……では、またね、ナギサ」
「ええ。……ルイにも、よろしくお伝えください」
「ああ……伝えておくよ」
セイアさんに手を振り返し、私は部屋を後にする。
その足取りは、今までよりとても軽いものだった。
(ルイさん……必ず、貴方を救ってみせます)