午前:ミレニアム自治区/エンジニア部の倉庫
────セイアとナギサが話している間。
人気のない通路を通り抜け、私は自分の作業場前へと到着した。
無言で扉に手をかけ、ゆっくりと押し開く。
すると、扉の隙間から仄かな光が漏れた。
「…………!」
腰のホルスターに手をかけ、音を立てないよう、扉をそっと閉める。
……昨日、部屋を出る時に電気は消したはず。
……侵入者か。
他の出口や窓のない部屋だ。たとえ居たとしても、制圧するのは容易い。
……グリップを握る。
脳内で部屋の構造を再現しながら、扉の前に立ち────勢いよく蹴り開けた。
"バァン!!" 「動くな!!」
舞い上がった埃と共に、びくりと動いた人影に銃口を向ける。
「わわっ!!ごめんごめん!!」
見覚えのある白衣をはためかせて、両手を上げたのは……ウタハだった。
「……なんだウタハか。すまない、連絡が無かったから侵入者かと」
ハンドガンを下ろし、片手を挙げて謝意を示す。
すると、ウタハは"あはは……"と苦々しく笑った。
「もう来ていると思って来たんだけど、居なかったから待っておこうかなって……驚かせちゃったみたいだ、ごめんね!」
両手を合わせてそう言ったウタハに、私は"はあ"と息を吐いた。
「……これからは連絡してくれ」
「それで、昨日は急にすまなかったな」
そう伝えるとウタハはにこりと微笑んで、置いてあったスツールに腰掛ける。
「あはは、謝らなくていいよ。流石にしょうがないからね」
「それで、どうなったの?ナギサさんが何も言ってこないから、直接聴きに来たんだけど……」
と、そう尋ねたウタハに私は得心した。
実際、昨日の会議でトリニティ側がどのような立場を取るのかは、作戦に大きく影響する。
私に直接聞きに来るのも、納得だ。
「……ああ、なるほど。一応、作戦への協力は継続して貰えることになった」
「"作戦が終わったら、関係は考え直す"とは言っていたが……少なくとも、今は大丈夫だろう。あちらもデカグラマトンの脅威は認識しているはずだ」
そう答えると、ウタハは安心したように微笑んだ。
「なるほどね……安心したよ。それで、ナギサさんとは仲直りできた?」
唐突に投げかけられた想定外の質問に、思考が止まってずきりと胸に痛みが走る。
「…………いいや。私にそのつもりはない」
「うーん……そうは見えないけどね?」
私が絞り出した答えの本音を探るようにそう言ったウタハに対し、逃避するように首を振る。
「……"そうしたくない"、という訳ではない……だが、立場という物がある」
「少なくとも、この事件が完全に終わって、罪を償うまでは元の関係に戻ることはできん……」
「……この話はこれまでだ。私にだって、話したくないことはある」
そうして無理やりに話を終わらせると、ウタハは一つ瞬きをして、小さく頷いた。
「……まあ、君がそう言うならこれ以上は言わないよ」
「で、それとは別にもう一つあるんだけど……」
そう前置きしつつ、ウタハはポケットから一つのフラッシュドライブを差し出した。
「はい、昨日預かったレーザーポインターの修正バージョン。ほぼ完成形に近かったから殆ど変更してないけど……要件に対して照射量が過剰だったから、そこだけ修正したよ」
「……わかった。いつもながら早いな、ありがとう」
そう言ってメモリを受け取ると、ウタハは"あはは"と笑った。
「昨日は時間が空いたからね、ゆっくり読ませてもらったよ」
「とりあえずは既存品の出力を調整して、外形を作るだけだから……現物の完成まで、だいたい二日ってところかな」
「了解した。いつもながら、何から何まですまない」
指を二本立てて説明してくれたウタハに頷きを返しつつ、そう伝える。
すると、ウタハは頬をぽりぽり搔きながら苦笑いを浮かべた。
「気にしなくていいよ。不謹慎かもしれないけど……なんだかんだ、この作戦が決まってから楽しく過ごしてるんだ。やっぱり、私は忙しいくらいが性に合ってる」
しみじみと語ったウタハの言葉に、世辞や嘘は感じられなかった。
「……そうか。そう言ってくれると私もありがたい」
そうして話が一度終わると、ウタハは"よいしょ"と立ち上がり、白衣の裾に着いた埃を払った。
「よし、じゃあ……私はここで失礼しようかな。機材のメンテナンスがあるからね」
「とりあえず修正案を確認して、意見があったら連絡して欲しいかな。大体17時くらいには手が空くと思うから、それまでによろしくね!」
「ああ、すぐにでも確認して連絡する。気を付けて」
「ありがとう。じゃ、またね!」
そう言って、彼女が出ていく際に浮かべていた無垢な笑顔が、少しだけ胸に刺さった。
……そして、部屋に一人残された私は、渡されたフラッシュドライブを手に取る。
ラップトップに挿し込み、"修正版"と題されたデータを開く。
表示されたのは、昨日私が提出した物とほぼ変わらない図面と要件。
ただ変わっていたのは、照射に使う電力量。
(……やはり、止められるか)
私が指定した出力は8
"2㎞先に届く"という要件からしても、それは過剰。
「…………」
……彼女との付き合いは短くない。
"技術者に嘘やごまかしは通用しない"。なんて、そんなことは私が一番理解している。
(これ以上、ウタハに不義理を働くことはしたくない。……それならいっそ、素直に話すべきか)
そう考え至って、ポケットから携帯を取り出す。
ぱたぱたとウタハの電話番号をタップし、通話開始ボタンを押す。
出て行ったばかりだからか……数度のコールで通話は応答された。
[……もしもし?何か言い忘れたことでもあった?]
そう尋ねたウタハに、私は疚しい気持ちを誤魔化しながら返答する。
「……ああいや、レーザーポインターの出力の件だが……当初指定した通り、8
「理由は今日の夜詳細に説明する。意見を乞いたい箇所もあるから、訓練の時に時間を作ってくれないか?」
そう頼むと、ウタハは数秒沈黙して"もちろんさ!"、と喜色の滲む言葉を返して、続けた。
[それと……その、なんて言うべきかな。まずは……信じてくれてありがとう、かな?]
微笑むような優しさを感じさせる声色で、ウタハはそう続けた。
……やはり、見抜かれていたようだ。
「……いいや、謝るべきは私の方だ。妙な隠し事をしてしまってすまなかった」
「とりあえず、夜にまた話そう」
そう謝罪すると、ウタハは"ふふ"と優しく笑った。
[いいよ。それじゃあ……また夜に!]
「ああ、また……」
時間にしておよそ1分ほどで、ウタハとの通話は終了した。
そっと携帯をテーブルに置いて、ひとつ息を吐く。
「…………はあ」
胸中に芽生えたのは、安堵。
無意識に抱えていた後ろめたさが消えたのか、私の胸はすうと軽くなった。
(…………)
小さなごまかしだ。アタッチメントの出力要件を過剰にした。ただ、それだけ。
たったそれだけのことを白状して、謝って……それだけで、ここまで胸がすくものか。
……私は裏切り者だ。後ろめたさなんて、あって当然。
そう考え続け、目を逸らしてきたそれに……改めて向き合ってしまった。
そう考えると、すいたはずの胸は再びずしりと重くなった。
(……罪悪感が、今更なんだというんだ……)
息苦しさの中、私は作業を始めた。
午後:ミレニアム自治区/エンジニア部の倉庫
作業を進めて数時間。
立ち込めた感情は消えぬまま、私は作戦に関連する書類に目を通し続けていた。
────そんな中、ポケットの中の携帯がぶるぶると震えた。
画面に表示された番号はセイアのもの。
"ナギサとの話が終わったのか"、とそう納得しつつ、応答ボタンに触れる。
「もしもし?」
[やあ。ナギサとの話は終わったよ]
[彼女とはいろんな話をしたんだが……ひとつ、私は君に謝らないといけないね]
「……どうしたんだ?」
セイアの含みある言葉に、私は一瞬で色々な想像を巡らせ……恐る恐る尋ねる。
すると、彼女はゆっくりと語り始めた。
[……君がナギサに明かした目的について、補足したんだ]
[今やナギサは君の目的について、ほぼ全てのことを知っている。トリニティとゲヘナの講和を目的としているということと、黙示録の件以外は、私が教えた]
そう語ったセイアに、私は"ふむ"と思考する。
……"ナギサが私の意図を理解した"。
現状、それ自体は問題ではない、しかし……。
「……目的の概形を明かした時点で、いつかは辿り着かれる答えだ。明かすことは構わない」
「だが……私寄りになられても困る。ナギサを共犯にする訳にはいかない」
そう伝えると、セイアは"わかっているさ"、と続けた。
[だから、ナギサにはひとつ頼みごとをした……"君を倒せ"、とね]
[君を倒せば、全てが丸く収まると、私はそう伝えた]
「……そうか」
[いいかいルイ、君の目標は単一でなく、総合的なものであることは知られてしまった]
[君の行動の末に起こったことを俯瞰すれば、"講和"という答えに辿り着かれるのも時間の問題だ]
[君の言った通り、
……セイアの語った言葉は、すべて正しい。
決着が着く前にナギサが真実を知っていたとなれば、本人がどう考えていたとしてもトリニティ側が"講和"という利を得た形になり、共犯という誹りを許すことになってしまう。
そうなってしまえば、ゲヘナの怒りに触れることになり……全てが水泡と帰すのは想像に難くない。
それどころか、両校の関係は過去より険悪なものになるだろう。
……それだけは、避けなければならない。
「……そうだな。もはや時間は残されていない、幕引きは急ぐべきか……」
そう答えると、セイアはゆっくりと、真剣に言葉を返した。
[……なら、ルイ。この作戦が終わったら、もうやめにしよう]
[私は見た。三校の生徒が一丸となり、笑い合っている所を]
[ナギサとマコトも、互いを理解し始め、講和への道は拓かれ始めている……]
しっかりとした実感が、言葉から伝わる。
[君のおかげで、ゲヘナとトリニティはもう十分に歩み寄ることができた。未だ摩擦はあるだろうが……時間と共に消えていくはずだ]
[過ぎたるは猶及ばざるが如し、だ。これから先は、時間によってのみ解決できると私は考える]
[おめでとう……君は目的を果たしたんだ。魔王はもう、キヴォトスに必要ない]
セイアの言葉によって、私の胸中に芽生えた感情は……。
(……なんだ。これは)
"目的を果たした"。それは喜ばしいことのはずなのに、どこか靄のかかったような感情が湧き出る。
(セイアの言うことはもっともだ……)
「……しかしまだ、私が対処するべき事案は尽きていない……」
絞り出すように語ると、セイアは "ルイ"、と小さく私の名を呼んだ。
[君は……誰にも必要とされなくなるのが、怖いんだね]
「なにを……」
妙なことを語ったセイアに、私は言葉を詰まらせる。
それに気付いたのか、セイアはゆっくりと続けた。
[……もういいんだ。君は十分にやった]
[もうこれ以上、傷付いたり、戦ったりしなくていい]
「…………違う。私は…………」
……その先の言葉を紡げず、私は沈黙した。
セイアの言っている意味は理解できる。
しかし……いや……認めたくないのか。
「……そうかもしれないな。だが……実際、まだ対処すべきことは多い。少し、考えさせてくれ」
仄暗く渦を巻く感情に向き合えないまま、私は曖昧な答えを返す。
すると、セイアは少しだけ沈黙して、そっと口を開いた。
[わかった。……でも、少しだけ……我儘を言わせてくれないかい]
静かで、重苦しいその言葉に私が"ああ"と答えると、彼女は沈痛な声色で続ける。
[私は……君と、外を歩いて、いろんなところに行ってみたい]
[せっかく体が言うことを聞くようになってきたんだ。今までできなかったことを、いろんな初めてを、君と経験したいんだ……]
[衆目を気にすることなく、ゆったりとお店を巡って……書店で本を選びたい]
[目的なく本棚を見て回って、背表紙に想像を巡らせて、一冊の本を買って、感想を交わして……]
[そんな日々を、かつての安らかなひとときを、私はずっと、待ち望んでいる……]
[私達には、"魔王"ではない"
[卑怯な言い方なのはわかっている……だが、魔王は役目を終えた]
[……もう、帰ってきていいんだ、ルイ]
悲哀の滲んだ、弱弱しい願いが私の心を抉る。
……その願いの重さは、私を決心させるには十分だった。
「……セイア……」
小さく、名前を呼ぶ。
逡巡の果て、私はぽつりと言葉を返した。
「…………ありがとう。この作戦が終わったら……決着を付ける」
「だからもう少しだけ、待っていてくれ」
……最重要目的は、果たした。
トリニティとゲヘナ間の敵対心は解消されつつある。
真に万全を目指すのなら……セイアの言う通り、キヴォトスを乱す
「……この件はヒマリを交えて、直接話そう」
しこりの残る感情に蓋をしてそう伝えると、セイアはどこか安堵したような、喜色の滲む声色で"わかった"と呟いた。
[……そうだね。この件は、皆でゆっくり話そう]
[……またね、ルイ]
「……ああ、また」
通話を終えて、携帯を机に置く。
その手は僅かに震えて、揺れる感情が表出するかのようだった。
(…………)
ぎゅうと固く、拳を握る。
そのまま背もたれに身を預けて瞑目し、思考に耽る。
……私は、誰かを助けることが自身の存在意義だと信じてきた。
しかし……"不要"だと言われた途端、全身が揺らいだかのような感覚に襲われた。
……セイアの言う通り、私は誰かに必要とされたかったのか?
私が自身の欲望を満たすために、善意の衣を着せた浅ましい独善を働いてきたと?
…………否定は、できない。
誰かに頼られ、感謝され、役に立てた時に感じたあの幸福感は……事実だ。
受け取った感謝は、あらゆる知識と研鑽の結実として自己を肯定するには十分だった。
(…………)
ずん、と気分が沈む。
(……やめよう。向き合えば向き合う程、自己否定に繋がってしまう)
無理やりに思考を打ち切って、大きくため息を吐く。
……例え独善だとしても。私は、私を信じてくれた者のために動いた。
現状を結果とするには尚早なれど、ある程度は伴っているはずだ。
……それだけを救いと据え、ゆっくりと体を起こす。
(……やるべきことはまだ残っている。全てを終わらせるのなら、まずは目の前に向き合わねば)
そう自分に言い聞かせて、私はラップトップに向き合った。