夜:ミレニアム自治区/エンジニア部のテストルーム
時刻は21時を過ぎた頃。
私は訓練の為、エンジニア部のテストルームへと来ていた。
集合予定は22時。
少し早めに着いてしまったぶん、ひとり準備を進めていると、背後で扉が開く音が鳴る。
「……おっ、早いね!」
こちらを見つけるやいなや、嬉しそうにこちらに手を振ったウタハは肩からボストンバッグを下げており……彼女が"よいしょ"とバッグを下ろすと、"ゴトン"と金属が床に落ちるような、重厚感のある音が響いた。
「……それは?」
尋ねると、ウタハは"ふふん"と上機嫌に鼻を鳴らして、バッグを開いて見せる。
そこには梱包材に包まれた3発の真っ白な弾体と、先日頼んでいた新装備が入っていた。
「それは……レールガンの弾体か?」
指をさすと、ウタハは"その通り!"とでも言いたげな無邪気な笑顔を浮かべた。
「実はね……ケテルから回収した装甲を弾芯に使えないかな、って思ったんだ」
その説明で、私はすぐに彼女の意図を理解した。
本来、スーパーノヴァで使用する弾体は外装を導電性の高いアルミニウムで固め、弾芯にタングステンを使用する。
そして……ケテルの装甲に使用されていた金属は未知のものではあったものの、タングステンと極めて類似した性質を持っており、"強化タングステン"という表現が適していた。
実際、あれはタングステンと同じく、運動エネルギー兵器の弾薬としてはこれ以上ない素材だ。
ウタハはそれを加工して、レールガンの弾芯に用いたのだろう。
「ああ……納得したよ。良い考えだ」
「ふふ、そうだろう?……ま、サンプルを勝手に使ったのがバレたら、怒られるだろうけどね」
苦笑いを浮かべながらウタハは弾体を手に取って、私に差し出した。
「名付けて、"
────
もっぱら"存在しない"という枕詞が付いて回るそれが、今は私の手の中にある。
ずしり、と感じた重みからは、実際の重量以上のものが伝わった。
「
「苦境を打ち払う最強の一手たるこの弾丸には、まさしくこの名が相応しい」
そう呟いて、手の中にある弾体から目を離し……ウタハにまっすぐ目を向ける。
「……託された。私も最善を……いや、絶対に成功させてみせよう」
「本当に、ありがとう」
そう言って深く頭を下げると、ウタハは"えっと……"と困ったように声を漏らした。
「……何かあった?その、随分深刻そうだけど……」
「……いや……少し、自己を省みる機会があっただけだ」
そう伝えると、ウタハは僅かに沈黙して……"そっか"と吐き出すように言って、優しく私の肩を叩いた。
「……あんまり思いつめないでね。少なくとも、私は君に協力できて嬉しいよ」
「……そうか、ありがとう」
頭を上げて答えると、ウタハは "じゃあ!" とバッグに手を突っ込んで、黒いリングを取り出した。
「これ、試してみよっか!」
先ほどまでの神妙な雰囲気を霧散させたウタハの言葉に、私は僅かに動揺しつつも "ああ"、と弾体を机の上に置いて、リングを受け取り……眺める。
────これは"ウィンチフック"。
これの主な用途は三つだ。
名前の通り、"射程内の物体を引き寄せ" "人間の体勢を崩し" "敵の装備を奪取する"。
これより先、更に熾烈となる状況を見据えて、ウタハに頼んだ私の"第三の腕"だ。
これまでジップラインランチャーを応用して行ってきたいくつかの動作を、改めて別の装備に負担させるために作られたこれは、ジップラインランチャーより耐荷重と射程は大きく劣るが、しかし取り回しは遥かに勝る。
ジップラインランチャーでは難しかった精密動作も、ウィンチフックなら40m先のピストルを拾えるほど高精度な扱いが可能だ。
そして何より……私の翼でコントロールできる範囲にも限りがある。*1
それら精密な動作は腕のウィンチフックに任せ、翼はジップラインランチャーのコントロールに集中させることで、ジップラインランチャーの持つ機動力を十全に発揮できるようになる。
……これからはデカグラマトンとの戦いを含め、今後は極力被弾しないことが求められる。
翼の負担を減らすことで、より安全に行動できるようにするための装備という訳だ。
……そんなこんなで改めて仕様を確認しつつ、リング本体を右手首に嵌め、コントロール装置となる指輪を親指と人差し指に装着する。
そして、本体の手前側にあるスイッチを入れると……小さな緑色のランプが灯った。
「装着は完了した。……それで、これは発射可能ということでいいのか?」
ランプを見せながら尋ねると、ウタハは顔を寄せて確認し、"うん"と頷いた。
「緑が発射可能、赤が発射不可。黄色が故障検知だよ。で、親指と中指の発射ボタンを重ねると発射。こんな感じでね!」
そう言って、ウタハはサムズアップし、親指を中指と人差し指の間に挟んだ。
……このハンドサインの見てくれが悪いことはさておき……暴発防止には最適な位置なのだろう。
そう結論付けて、私は狙いを付けるように拳を前に出した。
「では……撃ってみても?」
そう尋ねると、ウタハは"もちろん!"と屈託のない笑みを浮かべた。
それに頷きを返し、拳を握る────。
"ドシュッ!!カァンッ!!"
リング上部から発射された直径0.6cm程の糸が、壁に当たって地面に落下した。
……それを確認した私は、そっと握った拳を緩め……もう一度拳を握る。
"ギャルルルルッ!!────スパアンッ!!"
「おッ……と!」
瞬間。超高速で巻き取られた糸に、驚き後ずさる。
糸が擦れたのか、化学繊維の焦げるような匂いがつんと鼻をついた。
リングは"ピーッ"と小さな音を一度鳴らし、ランプが赤く点滅し始める。
「……要望通りではあるが、きちんと訓練しないと危ないな……!!」
リングを見ながらそう呟くと、その様子を見ていたウタハは"あはは"と笑った。
「一応、手元に戻ってくるにつれ引張力を減衰させるようにはしたから、拳より前に体が出てなければ問題ないはずだ」
「それと、巻き取り途中に指を離せば止まるから、そこで調整することもできるよ」
そう説明してくれたウタハに"ふむ"と唸って、私は再びリングに目を遣る。
ランプは赤から緑に戻っており、再度発射可能だと示していた。
「……もう一度やろう。的にしてもいい物はあるか?」
尋ねると、ウタハは"うーん"と小さく唸りつつ、周囲を見回した。
きょろきょろと共に周囲を見ているうちに……ウタハは良いことが思い付いた、とばかりに私の前方へと歩み出る。
「じゃあ、私に撃ってみる、というのはどうかな?」
「ははは……冗談だろう?」
笑い飛ばすと、ウタハはそのまま腕を広げ……ひとつウィンクをしてみせた。
無言のまま、軽く顎を引くしぐさが……"本気だよ"と、視線で語っていた。
「……本気なんだな……」
「もちろん。そもそも対人用途がメインだし、"これ自体に人を傷つける能力は持たせない" って要望だからね。それなら、製作者が身を以って試してみる、っていうのも面白いんじゃないかな?」
そう言って笑ったウタハに、私は"はあ"と溜め息を吐いた。
実際、人で試せるのは助かる。ここは好意に甘えるべきか。
「……頭を打つと危ない。念のため、ヘルメットを着けてくれ」
促すと、ウタハは"わかった"と、近くのロッカーからヘルメットを取り出し、被った。
"これでいいかい?" と尋ねたウタハに、私は頷きを返す。
「……では、行くぞ」
拳をゆっくりと構えたまま、私は一拍の間を置いた。
「うん、いつでもいいよ」
ウタハの優しい声が、微かな緊張を吹き飛ばすように響く。
それに頷いて……私は拳を握った。
"ドシュ!!……バスッ!!"「ぅ……っ!!」
「……大丈夫か?」
フックは狙い通りに飛んで行き、30メートルほど先のウタハの腰に直撃して、私との間を繋いだ。
当たった際に小さく呻いたウタハに声をかけると、彼女は小さく首を振った。
「ちょっと痛いけど……服の上からなら痣にはならない程度かな、想定通りの威力だね」
痛みなど消えたかのように、ウタハは設計通りの威力に喜んでいる。
その様子がどうにもおかしく見えて、気付けば私は"ふふ"と笑っていた。
「あはは、そっちもいい感じみたいだね。じゃあ、引き寄せてみよう」
「覚悟はできてるよ、さ!」
そう言って前かがみになり、受け身の構えを取ったウタハへ頷きを返す。
左腕を挙げて、"行くぞ"と伝え……再び発射ボタンを押す。
"ギャルルルルル!!!!"「うわわっ!!」 "ドサッ!! ズザザザザッッ……"
巻き取り開始と同時に体勢を崩し、つんのめるようにして倒れたウタハは床を滑り、1秒ほどで私の足元まで引きずられてきた。
「中々に勢いがあったが……大丈夫か?」
想像以上の出力に驚きながらも、巻き取りを停止してそっと手を差し出す。
すると、うつ伏せに倒れていたウタハは私の手を取って、ゆっくりと立ち上がった。
「……だいじょうぶ……あいたた……」
そう言って白衣の裾を払いながら、ウタハは"よいしょ"とこちらに向き直った。
「うーん……私の体重と、そっちに引っ張られるまでの時間から計算して……引き寄せ速度は大体60km前後は出てたかな……」
「人相手でこれなら、実戦でも相手が相当な重装備じゃない限り問題なく使えるはずだ……ふふ、ご期待には沿えたかな?」
そう語ったウタハは爽やかな笑みを湛え、誇らしげに"ふふん"と鼻を鳴らした。
「十分すぎる程だ。コントロールも効くし、精度も良い……要望以上だ。ありがとう」
……私は真摯に礼を言って、ひとつ、目に付いていた事象に言及することにした。
「……それで、鼻血が出ているぞ」
「っ嘘!?……あはは……格好がつかないな……」
私の言葉を認識したと同時に、ウタハは手で鼻を覆った。
少しだけ籠った声で照れくさそうに笑いながら、彼女は続ける。
「……まあ、君が喜んでくれたのなら、マイスター冥利に尽きるよ」
ウタハはハンカチで鼻血を拭いながらそう言って、ハンカチを小さく畳んでポケットにしまった。
……ふと手元に目を遣ると、ウィンチフックのランプは緑に戻っている。
「さて……とりあえず、おかげで対人使用も問題ないこともわかった」
「後は反復練習だけだから、先に帰って休んでくれてもいいぞ」
そう伝えると、ウタハは怪しく笑身を浮かべた。
「……君は、私が発明品のテストを見届けずに帰ると思うのかな?」
そう言ったウタハに内心"まあそうだろうな"と思いつつも、私は体裁上の言葉を続ける。
「……思わないが……しかし、一応は医者として言わせてもらおう。睡眠不足は良くないぞ」
「軽く見がちだが、不摂生は身体をゆっくりと蝕んでいくものだ。長期にかけて弱っていく故に自覚症状が薄く、気付いた時には────」
語り始めた私の話を "まあまあ!" と遮って、ウタハが続けた。
「帰りが遅くなるならここの仮眠室で寝ればいいし……それに、私が居た方がすぐに上達できると思うけどね?」
「…………」
"むう"……と唸る。
ウタハの言葉は実際その通りで、客観的な視点と設計者の視点を同時に得られるのは技能の習熟に当たって非常に大きなアドバンテージが得られる。
"タイムリミットのある現状では多少の無理は呑み込まざるを得ない"と言われれば、全く言い返せない所だ。
そう自分を納得させて、私はゆっくりと頷いた。
「はあ、仕方ないな……では、悪いがもう少し付き合ってくれ」
そう伝えると、ウタハは嬉しそうに目を輝かせた。
「……なら、続きと行こう!」
そうして私たちは、訓練の続きに励むのだった。
────3時間後
時刻は午前1時を過ぎた頃。
腕への負荷も重なり、そろそろ引き上げようと片付けを終えた所だ。
キリも良い所で、上着を脱いでスツールに腰掛ける。
(なかなか疲れたが……それ以上に、楽しかった)
そんなことを考えながら、ひりひりと熱を持つ右腕をアイシングしていると、キッチンからウタハが戻ってきた。
「ただいま……おっ、と……ああ、なるほどね」
下着姿の私に驚いたのかウタハは少しだけ目を逸らしつつ、持ってきた水を"はい"と渡して、隣へと座った。
ウタハは机に置いてあったウィンチフックを手に取り、軽いメンテナンスを始める。
そして、私達の間には少しの沈黙が流れた。
「……この短時間で随分上達したね。流石、というべきかな?」
沈黙に耐えかねたのか、そう声をかけてきたウタハに、飲み終えたコップを置いて"そうだな"と答える。
……事実、たった数時間の訓練だというのに、ウィンチフックの習熟は驚異的な速度で進んだ。
命中率の著しい向上は勿論のこと。ある程度の距離さえあれば、射程内にある任意の物体を反射的に引き寄せることも成功するようになった。
「あと少し練度を上げれば、実戦でも通用するだろう……しかし何より、君が良い物を作ってくれたおかげだ。ありがとう、ウタハ」
改めて感謝を伝えると、ウタハは"ふふ"、と笑って嬉しそうに目を細めた。
「……お互いに遠慮しては仕方ないか。ここは、素直に受け取ろう」
その言葉を首肯し、私はゆっくりと上着を着直す。
ウタハもメンテナンスを終えたようで、工具をホルダーへと片付け始めていた。
「……さて、そろそろいい時間だ。寝る準備をしよう」
「……そうだね。流石に少し眠いや」
そう言って、ウタハは油で汚れた手を拭いた。
────そうして私達はお互いに軽くシャワーを浴びて、髪を乾かし……仮眠室に揃っていた。
備え付けのジャージに着替えた私達は、ベッドサイドへと腰掛ける。
視線が重なると、同時に"はあ"と息を吐き出した。
ひとつ、忘れていたことがある。
レーザーポインターの出力の件だ。それを話すために用意したはずの時間は、訓練に使い過ぎてしまった。
寝る前に話すようなことではないとは理解しているが、しかし今しか時間が無い。
そう思い至って、口を開いた。
「……少し話そう。訓練を楽しみすぎて、すっかり忘れていたからな」
「……うん、聞かせて欲しいな」
「……わかった。少し気に障るかもしれないが、どうか最後まで聞いてくれ」
そう伝えると、ウタハは黙し、ゆっくりと頷いた。
そして、私は話し始める。
「……では、結論から言おう」
「あれは赤外線レーザーの照射による敵の対処優先度の強制変更。そして、それによる人命喪失リスクの低減を目的としている」
「現状でも、十分にリスクは低く抑えたつもりだが……しかし、十全を尽くしたとは言い難い」
「……ビナーのレーザー砲。あれが直撃すれば即死だ」
「直撃は避けたとしても、行動不能は必至……つまり、ビナー対策とは即ちレーザー砲への対策と言っていい」
「……だが、"撃たせない"ということはできない。残念ながら、我々には"撃たれた場合"の対策しかないことは君も理解しているだろう」
「故に、我々は部隊を複数に分けることでターゲットを分散させ……攻撃が一部隊に集中するのを防ぎ、個々の部隊がレーザーを回避できる可能性を上げたが……それでは不十分だと私は考える」
「……ここで結論に戻ろう。あの出力過剰なレーザーポインターは、ビナーがレーザー砲を使用する兆候を見せた瞬間にあれを照射することで、レーザー砲のターゲットを私へと強制的に変更するためだ」
「赤外線による攪乱は作戦にも組み込まれているが……あのレーザーポインターは、それらとは桁違いの出力だ。あれが照射されれば、ビナーは確実に私を最優先の脅威と判じるだろう」
そこまで説明したところで、ウタハが険しい顔を浮かべている事に気付く。
(彼女には再三"危ない真似はするな" と注意を受けている。この提案に難色を示すのは当然か……)
しかし、私にはそれを実行するだけの理由と、責任がある。
「……これは浅慮な自己犠牲ではない。作戦全体を俯瞰した場合、"レーザー砲を回避できる可能性が最も高いのは私である"、という結論によるものだ」
「役割上、私は最後方で構える事になるし、ジップラインランチャーによる機動力があるからな」
「それに……奴が私の方へ砲口を向けるということは、露出した頭部機構を狙える好機を意味する。スーパーノヴァによる反撃が決まれば、勝利は確かな物となるはずだ」
「……以上の点を踏まえ、私はあれが必要だと考える。……反論や意見があるのなら聞こう」
私が長々とした説明を終えてから暫くの間、ウタハは黙考していた。
間接照明の薄明りの中ではその表情は伺い知れないが、その仕草からは僅かな惑いが伺える。
そして、ウタハは"はあ"と大きなため息を吐いて、ゆっくりと顔を上げた。
「……言い返せないな」
ウタハはぽつりと呟いて、哀しげな声色で続ける。
「……個人的な意見を言うのなら……やっぱり、君に危険な事をして欲しくない」
「だけど……君が自覚しているように、私もこの作戦の責任者の一人だ」
「責任者として、たった一人の犠牲も出さないために……私にも、最善を尽くす義務がある」
「……だから、その案に乗るよ。……だけど、くれぐれも無茶はしないでね」
「君に万が一のことがあれば……私は、私を許せなくなるだろうから」
ウタハの重く、鋭い言葉が……私の胸に突き刺さった。
「……肝に銘じておこう」
そう答えると、ウタハは"ぱん"と軽く手を叩いて、張り詰めた空気を弛緩させた。
「……じゃ! 明日も早いし寝ようか!」
そう言って、ウタハはベッドへと倒れ込んだ。
それから十数秒も経たぬうち、ウタハは"すぅ、すぅ"と小さな寝息を立て始め……安らかなそれは、静かに部屋を満たしていった。
……ゆっくりと、波のように、規則正しく。
(……ずいぶん、疲れていたようだな……)
彼女の寝顔を横目に、部屋の電気を消す。
目慣れぬ暗闇を記憶頼りに戻り、そのままゆっくりとベッドへと体を横たえる。
(……寝る前に考えたいことはいくつかあったが……これは……)
瞼は重く、体中が弛緩し始める。
────ああ、これは……だめだ。
瞼を上げることかなわず……意識はすぐに、闇へと吸い込まれていった。