15:30
side : ???
"バシュゥゥゥゥ!!!"
────赤い閃光が空を裂く。
瞬間。微動だにしていなかった白蛇は目を覚ましたかのように天輪を戴き、ずるりとその身を起こした。
[────空が、灼けている。]
その視界に映ったのは、無限の赤。あるいは白。あるいは────無。
[否。否。]
[これは────]
「────────!!」
"ガガガガゴッッ!!"
"ドドドドドドドドドシュゥゥゥゥゥッッッ!!!"
背部の
灼けた空に輝く星。降り注ぐ砲雨を粉砕せんと、その迎撃能力、知覚能力のほぼ全てを演算に回すことで────劫火は全ての星を焼き尽くした。
[状況考察。────襲撃。索敵及び迎撃行動を────]
僅かに残された思考リソースを回し、現状を考察する。
コンマ1秒にも満たない思考。しかしそれは────遅すぎた。
[回避せよ]と。
────幾つもの眼が、こちらを見ている。
瞬間。天意への反逆者は掲げた手を振り下ろした。
「……撃てぇぇぇぇッ!!!」
[────49° 74° 118° 146° 182° 202° 236° ]
劫火オフライン、迎撃不可能。
潜行回避、不可。
最適な回避プラン。302°への回避。
"ザァァァァァァ────!!!"
波打つ流砂をうねらせ、飛来する無数のミサイルを回避せんと行動を開始する。
[────────]
ひとつ、想定外だったのは────。
遥か彼方。遠方3230mより、音速を遥かに超える速度で飛来したマテリアル。
ソニックブームが空間を切り裂き、体躯へと突き刺さって────弾けた。
"────ズガァァァァン!!"
[────!?]
底部駆動域の装甲が破砕され、ただ一瞬。全体の駆動が止まった。
[第16駆動部に深刻な損傷を確認。]
[破損状況、音響探知から、超長距離からの電磁砲による攻撃と断定。]
[狙撃手との距離────およそ3237m。]
[演算終了────対処優先度、再定義]
[駆動部の一時停止により、ミサイル命中率89%]
[回避困難。よって、急所への被弾のみ回避。]
[複合的判断。先ず討つべきは────]
15:31 side:ルイ
ビナー前方/南東3233m
「……よし」
狙撃が直撃した直後、ビナーはぴたりと後退を止め、踵を返すようにしてこちらに振り向いた。
夕陽を思わせるホログラムの目が、射貫くような視線を私に向けている。
HUDに拡大されたビナーは、無数のミサイルによる砲火を浴びながらも、大口を開き────。
「────ッ!!」
"ズオオオオオォォォォォォォ────!!!"
反射的にビルから身を投げ出した瞬間。
空間を歪めるような熱と共に、収縮した光が私のすぐ隣を掠めた。
視界は焼かれ、自分の眼が開いているのか、あるいは閉じているのかすらわからない。
「……ッ!!」
"ドッ!!ガラガラガラガラ……!!!"
何も見えぬまま地に叩き付けられ、暴れ狂う熱風と共に廃墟が崩れていく音だけが耳に響く。
「っぐ!!────はあ、はぁ……!!」
呼吸が生存を告げ、閃光の中で動悸を抑えるように息を整える。
バイザーによる視覚保護が効いたのか、瞳はゆっくりと世界を取り戻し始めた。
「…………」
灼かれ、溶けだした砂は未だどろどろと燃えている。
一瞬でも判断が遅れていれば……私は文字通り消滅していただろう。
向けられた圧倒的な暴威。それは、まさしく神域にまで至らんとする極限技術。
「……面白い」
ぽつりと呟き、立ち上がった。
怯懦を好奇が塗り潰し、全身に力が沸き起こるような感覚を覚える。
ナギサにはああ言ったが……やはり、私の本質はそうなのだ。
あの力を、奪い取る事ができれば────。
「……フフ」
15:33
side:第8班/ビナー前方 北東1.2km
「────はっ!!計器がイカれちまったかぁ!?」
まるで見当違いな方向へレーザー砲を放ったビナーは、ミサイルの集中砲火によって火炎と黒煙に包まれた。
混乱しているのか、ビナーは彼方を見据え、動かない。
「……既知の武装は撃ち尽くしたはずだ!!このまま畳みかけるぞ!!」
「……了解しました!!
"パァン!!"という破裂音と共に青光が天を衝くと、それに続くように周囲からも次々と青い光が打ち上がる。
"────────!!!"
白蛇は吼える。
それは理解していた。打ち上がったそれが、創造主に対する反逆の狼煙であるという事を。
その天輪は輝きを増し、太陽すら食らいつくすかのような後光を放つ。
"ズ、ズズ……!!"
びりびりと地を這う衝撃波は砂塵を纏い、吹き荒れる嵐へと変わっていく。
凪いだ砂漠はただの数秒で、荒れ狂う砂海に姿を変えた。
"ズオオォォォォォォ────!!!"
「……視界が……っ!!」
荒ぶる砂が壁となって立ちはだかり、照準器には何も映らない。
砂粒がガスマスクと外套に容赦なく吹き付け、あらゆる感覚を阻害する。
「────おい!!津波が来る!!いったん下がるぞ!!」
「きゃ……っ!!」
叫び声と共に手を引かれた少女は、無理やりにバイクに乗せられた。
「掴まってろよ……!!」
「……はっ、はいっ!!」
"ヴォォォォォォン!!!"
再び唸り声を上げたオートバイは標的に背を向け、砂嵐の中を突き抜けていく────。
15:37
side:ビナー
浄化の嵐を前に逃げ出した人間の背に狙いを定める。
砂の津波がその背を追いたて、移動方向は固定された。
[
人工知能は一瞬で答えを導き出し、今こそ劫火を放たんと上体を持ち上げたその時。
膨大なエラーがビナーの演算機へと叩き付けられた。
[────腹関節部、砂海機動装置の応答が失われて────否。失われていく。]
劫火の弾道計算を停止し、現状の把握に思考リソースを回す。
原因は明白。"ミサイルに何か仕掛けがあった"。
我が身は主より賜りし極致の鎧なれば、それを侵すものは限られる。
[……測定完了]
空気中のpH値*1は────1にも満たない。
装甲にべったりと付着した焔は白銀の煙を纏い、未だごうごうと燃焼している。
つまり、その白銀の正体は────。
ビナーは"ギギ、ギ"と身を軋ませ、砂海へその身を沈めた。
嵐を纏い、転げまわるようにして砂でその身を濯ぐと……腐蝕され、黒ずんだ装甲が剥がれ落ちていく。
────応答しなくなった駆動部から計算するに、潜行速度は通常の68%まで低下。
浸食が進めば、致命的な事態を招く可能性あり。
この地に留まる事は強酸ガスが充満したエリアに留まるのと同義。
有利状況は捨てる事となるが、敵を追撃し、可及的速やかに排除しなければならない。
……そして、ビナーの頭脳は結論を弾きだす。
[長期戦は不利。即時追撃、各個撃破が最適]
────再び砂を波打たせ、白蛇は進撃を開始した。
15:39
side:第5班/ビナー前方 北西550m
"ボッ……ズバァァァン!!!"
轟音と共に砂嵐を突き抜け、現れた白蛇はこちらを目掛け突進してくる。
「……ッ、追ってきた!!」
「クソッ……コンテナを捨てろ!!誘爆したらヤバい!!」
「はっ、はいっ!!!」
指示を受けるまま、後部でしがみついていた生徒はオートバイのサイドに乗っていたミサイルコンテナの固定具を外した。
三基のコンテナが砂漠に落ち、砂に流され飛んでいく。
……その時、砲手は見た。
砂嵐がまるで生き物のように方向を変え、地響きと共に迫り来るのを。
「これは……とんだ貧乏くじを引いてしまいましたね!!」
「ははっ!!全くだ!!!」
「しっかり掴まってろ、よッ!!!」
"ヴオオオオォォォォンッッ!!!"
アドレナリンに焼かれた言葉にはある種の愉快さすら滲んでおり、エンジンもそれに応えるように唸りを上げる。
メーターは急速に回り、すぐに時速150kmを超えた。
「イヤッホーッ!!引きずり回してやるぜぇぇぇッ!!」
荒れる砂波をサーフィンの如く乗りこなし、ビナーの追撃を躱す。
廃墟の残骸を足場に津波を飛び越え、数多の障害物を利用して一定の距離を保ち続ける。
しかし、それも長くは続かなかった。
ついには廃墟の群れを抜けて──ビナーとオートバイの間を遮る障害物は、無くなってしまった。
"────!!"
"ガガガガゴッッ!!"
"ついに追い詰めた"と言わんばかりに、ビナー背部のミサイルポッドが開く。
「……ミサイル、来ます!!」
「クソッ、やってやる……!!」
アクセルを握る手には力が籠り、下される裁きへの反骨を示す。
"────ドドドドドドドドドシュゥゥゥッッッ!!!"
瞬間。無数の煙尾を伴って放たれたミサイルが、オートバイの背を追い始めた。
「やってやるぜ……ッ!!」
"ヴオオオオォォォォンッッ!!!!"
オートバイはまるで生き物のように砂丘を奔る。
砂を蹴り上げ、砂丘を盾に右へ左へ。
"────バスッ!──ドガァン!!"
"ゴッ……ドォォンッ!!"
地を震わすような爆音と共に、ミサイルはひとつ、またひとつと砂に身を沈める。
「────上ですっ!!」
「しまッ……!!」
しかしついに、左右と頭上。迫る劫火がその背に追いつき────"ドガァァァァン!!!"
ミサイルの直撃を受けたオートバイは無残に爆裂し、砕け散った。
「っがぁぁぁ……っ!!!」
「っきゃぁぁっ!!」
爆発によって放り出された二人は砂の上を転がって……起き上がらない。
「……はっ……はっ……クソ……!!」
運転手は投げ出されるまま、砂漠を背に天を仰いだ。
(……脚の骨が折れた。左腕もいかれてる)
────ここで、終わりか。
私の数百倍の体躯を持つ白蛇は、まるで虫でも見るかのようにこちらを見下している。
……偉そうにしやがって。ムカつくなぁ。
諦観に瞳を下げると────ミサイルが命中したのであろう白蛇の腹板は黒く変色し、所々剥がれ落ちていた。
最期に、自分達が繋ぐ"未来"という名の希望が胸に灯る。
「……ちゃんと効いてるじゃあねえか。へっ、へへっ……」
────何分逃げたかはわからない。でも、味方が立て直すだけの時間は稼いだはずだ。
あとは……みんなが、このポンコツをぶっ殺してくれることを祈ろう。
「あとは、頼んだぜ……」
死を前にして流れ出す涙をこらえるように、ゆっくりと右手を上げ……眼前のクソ蛇に中指を突き付けた。
「くたばりやがれ、ポンコツが……!!」
[────!!!]
その言葉に応えるように、ビナーは大口を開け……。
────その時、視界が紅く染まった。
ただ一色。瞳を焼く紅。
眩む眼を守るべく、反射的に瞼を閉じた瞬間────。
"────ズガァァァァァン!!!"
響いた爆音に閉じた目を開くと、ビナーは身体を大きくのけ反らせ……その背を地に着けていた。
砕けた装甲の破片がバラバラと降ってきて、私の隣に突き刺さる。
「……なん、だ?」
そして、地響きに交じって迫り来る駆動音。
聞き覚えのある、それは────
"ォォォォォオオオオオオン!!!!"
「……乗れっ!!」
「ぅわっ!!」
右腕を無理やりに引かれ、引きずられるようにしてバイクの後ろに乗せられる。
腕を運転手の胴体に固定され、抱き着くような形になってやっと、私は自分の状況を理解した。
「い、っっっってえ……!!」
「救援に来た第一通信部隊の者だ!! 今からあんたを連れて安全な場所まで退避する!!」
その言葉を聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、爆風で共に吹き飛ばされたトリニティの生徒。
彼女が無事でなければ……運転手である私は、どの面を下げて帰還するというのか。
「いや……あたしは、いい……あいつを……」
激痛苛む全身に鞭を打ってそう伝えると、運転手はゆっくりと指を向けた。
「安心しろ。もう一人もうちの部隊が回収してる。ほら」
指し示された先には、あいつを乗せたオートバイ。
……互いになんとか、助かったようだ。
「……よかった……」
安堵が全身に渡って、力が抜けていく。
「よく時間を稼いでくれた。後は私達に任せ───」
ああ、これは……。
15:46
side:第一通信部隊
……言葉は帰って来ない。気絶してしまったようだ。
お互いの身体をベルトで縛り、固定する。
「…………」
────奴が大口を開けたのを見て、"間に合わない"、と、そう思った。
諦めかけたその瞬間、遠方より飛来した赤いレーザーが奴を貫き、大きな隙を生んだ。
……あんな兵器を扱う部隊の存在は聞いていない。
十中八九、部外者だ。
……しかし、助けられたのは事実。
今はそんな事よりも、救護班と合流する事を優先するべきだろう。
狙撃手の事は、部隊に戻った時に報告すればいい。
"……ズズ、ズ……!!!!"
「……チッ、もう動けるのか……!!」
ミラー越しにビナーが起き上がったのを確認して、アクセルを握る力を強める。
15:47
side:ルイ /ビナー前方 南西1622m
「……仕留められなかったか」
二度目の狙撃は致命傷には至らなかったものの、頬側部の装甲を貫通、破砕するに至った。
レーザー砲自体の破壊には失敗したが……とはいえ救援には成功した以上、主目的は果たしている。
反省は後でもいいだろうと、動き出したビナーへと目を戻す。
纏わりついた砂を振り落としながら身を起こしたビナーは走り去っていくバイクを追う事もせず、ホログラムの複眼をぐるりと回した。
……砂丘と廃墟に隠れ、いくつもの砲口が奴に向けられている。
あの二人が時間を稼いでくれたおかげで、砂漠に散った全ての班が集結した。
……ここからは、総力戦になる。
"────!!!!" "ズ、ズズ……!!!"
奴も囲まれている事に気付いたのか、再び咆哮し、砂嵐と津波を呼び出す。
晴天はあっという間に砂色に包まれ、太陽を覆い隠した。
先ほど撃ってしまった都合上、スーパーノヴァのチャージまでは数分を要する。
それまでは、彼女達の力を信じるしかないが────
15:48
side:第9班/ビナー後方 北西440m
"────!!!!" "ズ、ズオオオオォォォ……!!"
咆哮と共に砂嵐と津波が出現し、こちらへと押し寄せる。
「……津波が来る!!」
「……いえっ!!私達からは僅かに逸れています!!攻撃準備を!!」
「っ……了解しました!!」
9班のメンバーは回避を中止し、ランチャーの元へと駆け戻る。
他の部隊へ向けて猛進するビナーへと砲口を向けると、レンジファインダーを構えた通信手は大きく手を振った。
「確認!!……狙われている班はガス影響範囲外です!撃ってください!!」
「了解!!」
通信手の言葉を聞き、即座に発射ボタンを押下すると"ボッ!!バシュゥゥゥ!!!"と砂嵐を切り裂きながらミサイルが飛んでいく。
しかし、足元に押し寄せ始めた砂の波が砲手の狙いを迷わせた。
「く……っ……!!」
砲手が身を揺らすと、周囲で状況の観測をしていた三人が駆け寄ってくる。
「……ランチャーは私達が支えるので、誘導に集中してください!」
「倒れるなよ!!」
「……お願い、します……!!」
膝元まで押し寄せ始めた余波の中、三人がかりで砲手の体を支えてミサイルの誘導を続ける。
そんな中、一人が焦ったような声を漏らした。
「おい、ワイヤーが……!!」
ミサイルとの間を繋ぐワイヤーは砂嵐に煽られ、今にも引き千切れそうに張っていた。
万が一ワイヤーが切れてしまえば、ミサイルは鉄屑同然。
それどころか、制御を失って味方の方向に飛んでいく事すらありうる。
しかし……砲手の眼は揺らぎなく、ただミサイルのみを見つめていた。
「いえ……大丈夫です……!!この飛行ルートなら、ギリギリ切れません……!!」
その言葉と同時に、砲手が"ぐん"と照準を動かすと、ミサイルはほぼ直角に軌道を変え、風に乗るようにして飛んでいく。
嵐に乗ったミサイルは速度を増し、ついにビナーの背に追いついて────"ドォォォォン!!"
直撃。爆炎を散らした。
「……よし!!命中です!!」
「よォし!!」
「さすがぁ!!」
ミサイルの直撃を受けたビナーの背には炎が張り付き、銀煙を放ちながらその体躯を黒に染めていく。
"ドォォォォォォン……!!" "ズゥゥン……!!"
それに続くようにして、地鳴りのような爆発音が何度も響く。
砂嵐に分断された皆をその音が繋ぎ、闘志を奮い立たせた。
津波の余波も落ち着いたころ、四人は顔を見合わせる。
「……次弾急げ!!撃てるだけ撃つぞ!!」
「わかっています!!コンテナの接続を!!」
「はいっ!!」
15:48
side:第4班/ビナー前方 南東322m
"ズオオォォォォォォ!!!!"
背後にビナーが迫る中、砂漠を爆走するバイクは速度を増していく。
「来た来た来た!!逃げて!!早く!!」
「もう逃げてます!!落ち着いて!!」
お互いに焦りが滲む中、運転手は状況を俯瞰する。
ミラーに映るビナーはこちらへ猛進しているが───作戦当初に比べ、速度は格段に落ちている。
事故や砂嵐による妨害さえなければ、追い付かれる可能性は低い。
"ドォォォン!!!" "ズドォォォォン!!!"
後方から響く爆発音が耳に届くたび、アクセルを握る手に力が籠る。
ここで止まったらビナーの前に、酸化ガスの餌食になる。
だが────そうはならない。
「……せいぜい、囮になってやりましょう……!!」
"ヴォォォォォン!!!!"
バイクは駆動音を轟かせ、砂漠を爆走する。
傍から見れば、それは無様な逃亡にも見えるだろう。
しかし───既に、逃げる者は追う者となっていた。
"────バシュゥッ!!!"
全身に吹き付ける砂がばたばたと音を立てる中、遠方に一発のフレアが打ち上がった。
空色が透けるたそれは、綺麗なグリーンに輝いて────。
「……ッ!!」 "ヴオンッ!!"
即座にハンドルを捻り、フレアの方向へと転換する。
唐突な方向転換に"きゃあっ!!"と叫び声を上げた後部の生徒は、しがみつく力を強めた。
「グリーンが上がりました!!少し荒くなりますが、全力で掴まっていてください……!!」
「わっ!わかりました……!!」
"ヴォォォォォォン!!"
15:50
side: ビナー
白蛇はぴたりと動きを止め、思考を巡らせる。
[────過去の戦闘データより算出。]
天に閃光が昇った途端、目の前の人間は露骨に進路を転換した。
この戦闘に於いて、何度も信号弾を視てきたビナーが、"これは罠だ"と気付くのは当然であった。
[駆動部損傷率39%。損傷許容値48%。戦闘継続は極めて危険]
通常通りの思考プロセスならば────
ビナーはここで
しかし、自己学習プログラムという名のノイズがその思考を濁らせる。
[目標仮定:
生まれたノイズはエラーを蓄積させ、思考を乱す。
"狙撃手"。その姿を確認する事はおろか、音響探知システムがダウンした故、座標を特定する事も叶わなかった。
しかしダメージから測定するに、狙撃に使用された兵器は同一。
[狙撃手本体が同一個体である可能性────非確定。]
敵性存在は通信阻害下でも統制が取れており、その統制は信号弾によるもの。
仮に狙撃手の用いる兵器が複数存在する場合、信号弾下に配備されている可能性が高い。
3分22秒前に行われた狙撃は、確実に口内の
仮に
[結論。信号弾が上がった方向に向けてアツィルトの光を用いるのは非合理。]
答えは定まった。
"劫火で足を破壊し、津波で砂中へと埋める"。
時間にしておよそ0.7秒。
それはビナーの思考としてはあまりに長く、深い沈思だった。
"ガガゴゴゴゴッッッ!!"
ミサイルポッドが開き、逃亡するバイクへ狙いを定める。
ロックオンが完了し、今にも発射しようとした瞬間。
防空センサーが、彼方より飛来する無数の砲弾を捉えた。
[防空センサー入力]
└ 検知:砲弾 38発
└ 推定着弾範囲:±420m
└ 被弾予測数:12~15
[損傷システム確認]
└ 装甲損傷率:39.2%(許容値:48%)
└ 酸化腐食進行:0.2%/sec
└ 被弾許容数:≦1
[リスク評価]
└ 戦闘継続確率(被弾時):12%
└ 戦闘継続確率(迎撃成功時):91%
[選択肢分岐]
└ 攻撃継続:不可
└ 回避行動:不可
└ 迎撃行動:最適解
[結論]
└ 防空システム全面稼働
└ 演算リソース90%を迎撃制御に即時割当
└ 発射:大道の劫火 64基
[────防空システム、起動。]
人工知能による思考を経る事もなく、本能にも似た速度で白蛇は防御を選択した。
"────ドドドドドドドドドシュゥゥゥゥゥ!!!"
ロックオンを解き、天に向かって
本来、ビナーの装甲を以てすれば、砲弾の一発や二発など取るに足らないもの。
しかし、その躰を蝕み続ける強酸が、一発の被弾も許されない状況に追いやっていた。
────それが、敵の意図通りの状況を生み出すとしても。
15:51
side:第4班/ビナー前方 南 748m
"ドォォォン……!!" "ズドォン……!!"
"ドォォン!!!" "ボォォォン!!!"
天地より何度も鳴り響く爆発音が、砂漠を震わせる。
しかし、そこにビナーが接近する際の奇妙な地響きは混ざっていなかった。
わずかに速度を落としてミラーに目を向けると、遠方で微動だにせず天を睨む白蛇が映る。
その周囲には煙尾の跡がいくつものぼっており、ミサイルは全て迎撃に回したであろう事が伺える。
「……逃げ切れた……?」
「……そのようですね。誘導には失敗しましたが……追跡を中止させられたならいいでしょう」
「他のメンバーとははぐれてしまいましたし……私達にできることはありません」
「一度通信部隊と合流して、体勢を立て直しましょう」
「わ、わかりました……」
精魂尽き果てた様子で答えた通信手を背に、グリーンフレアの元へとバイクは進んでいった。
15:51
side:ナギサ/作戦エリア外縁部:指揮所
[……第二次爆撃、全て迎撃されました]
どこか気落ちした様子でそう伝えた通信手に聞こえないよう小さく息を吐いて、返答する。
「……了解しました。囮になっていた方は無事ですか?」
[はい、こちらへ向かっています。間もなく合流するかと]
「では経戦可能なら補給を行い、班員と合流次第戦線への復帰を」
「希望する場合は、待機している医療班への引き渡しをお願いします」
[了解しました]
「……状況を伝え聞く限りではこちらが優勢です。この状況で撤退しない所を鑑みるに、対象は既に潜行能力の大部分を喪失していると見ていいでしょう」
「酸による浸食もかなり進んでいるはずです。引き続き、攻撃をお願いします」
淡々と指示を出すと、通信手は"了解"と答え……歯切れ悪く、言葉を続けた。
[……それで、ナギサ様。ひとつ、報告したい事が]
[ビナーに対して……何と言いましょうか、"狙撃"を行った者が居ます]
「狙撃、ですか?」
[はい。恐らく数キロ程の超長距離から、ビナーの装甲を貫くほどの威力を持つ兵器でビナーへの攻撃を行っています]
[そして……先程保護された負傷者を救ったのは間違いなく、その"狙撃手"です]
[現状は特段の警戒を要さないとは考えますが……部外者である事は間違いありません。どう対応しましょうか]
と、通信部隊の生徒は言葉を終える。
"狙撃手"。ここで発生したイレギュラーには心当たりがあった。
……報告された状況から考えるに、狙撃手の正体はほぼ間違いなく天城ルイだろう。
ならば、下すべき判断は決まっている。
周囲の連絡員達がざわめく中、ナギサは口を開いた。
「……部外者とはいえ、それだけの力を持つ者が味方に付いているのなら利用しない手はありません」
「全責任は私が負います。その"狙撃手"には討伐完了まで手を出さないでください。以上」
[了解しました。また何か動きがあれば報告いたします。以上、通信終わり]
そうして、通信は終了した。
すると、テント内で待機していた連絡員の一人がおずおずと手を上げる。
「あの……いくら味方のように振る舞っているとはいえ、部外者を作戦に組み込むのは危険ではないでしょうか。ビナーの討滅に成功した途端、牙を向く可能性もありますし……」
至極もっともな警告に、ナギサは「確かに、その通りです」と答えた。
「……ですが、我々が今こうしているのは、ビナーの脅威あってのものです」
「ビナーの討伐にさえ成功してしまえば砂漠は凪ぎ、いくらでも戦力を投入できます。そうなれば、かの狙撃手が我々に敵うとは思えません」
「何より、いま狙撃手を敵に回す方がよほど危険な状況を招きます。つまり、我々に選択肢はありません。……いえ、選択するまでもない。と言うべきでしょうか」
実際の所はルイが味方であることを知っているだけなのだが、それを口にする訳にはいかない。
もっともらしい説明を終えると、連絡員は数秒の思考を挟んで、こくりと頷いた。
「……仰る通りです。すみません、出過ぎた発言でした」
「いえ、貴方の警告はもっともです。どうかお気になさらないでください」
議論を終えたナギサは再び机に向かい合い、地図へと向き合った。
15:53
side:ルイ /ビナー前方 南1451m
「…………」
バイザー越しに映るビナーの動きは、数十分前に比べて非常にぎこちない物となった。
装甲はその大部分が黒く変色し、動くたびに腐蝕した装甲がボロボロと崩れ落ちている。
────決着は近い。
スーパーノヴァを構え、ターゲットを拡大する。
携行バッテリーの残数から考えて、撃てるのはあと1発が限界だ。
だが、それで十分。
頬側の装甲は破壊した。奴のレーザー砲を守るものは頭部の装甲のみ。
……次の照射。そこで決着を着ける。
「────」
グリップを握り込み、バイザー越しの世界に意識を集中する。
一挙手一投足を監視し、その時を逃さないために。
15:55
side:第12班 /ビナー左舷側 西 748m
「はっはっは!! いいぞ!! 撃ちまくれ!!」
双眼鏡を片手に興奮した様子で言った運転手に、次弾の用意をしていた砲手は溜め息を返す。
「"撃ちまくれ"……と言う暇があるなら、手を動かしてください」
「はいはい、わかってるよ……っと!!」
双眼鏡を腰に掛け、運転手はチューブ型のコンテナを担いでランチャーの周りに戻ってきた。
"はいよ!"とコンテナを砲手に渡して、運転手は観測を続ける。
「見た限り、
「動きも遅くなってるし……あのクソ厚い装甲も頭はボロボロ、背中なんか殆ど装甲が剥げて真っ黒焦げだ! ははっ、ざまあないね!!」
意気揚々と語られた言葉が場の雰囲気をやわらげ、マスクの下には笑みが浮かぶ。
「へえ、ぜひ自分の目で見たいものですね……」
「なら、トドメと行きましょうか……コンテナ接続よし! さ、撃ちますよ!!」
発射用意を完了させた砲手はランチャーの後ろに立ち、照準器を覗き込む。
「飛翔ルートに遮蔽無し! 距離およそ540メートル!!」
「了解! 発射!!」
爆音と共にワイヤーの尾を引きながら放たれたミサイルは、彼方のビナーへと飛んでいく。
僅かな飛行時間を経て、ミサイルはビナー側部に直撃した。
"ドォォォン……‼︎"
「……命中しました!!」
「よーし!!さすがぁ!!」
「お見事!!」
湧きたつ三人に、砲手は"ふふん"と笑って見せる。
「うちの部ではこの距離で外したら落第ですからね! 1キロ以内なら百発百中ですよ!!」
「先輩なんか3キロ先の動くターゲットに────あいたっ!!」
「その話何回すんだよ!! 後でいくらでも聞いてやるから、位置変えんぞ!!」
うきうきと語り始めた砲手の背を"ぱしん"と叩き、運転手は親指でバイクを指した。
「……おほん、そうですね。撤収しましょうか」
「はーい!!」
そうして、12班の生徒はランチャーの撤収を始めた────その時。通信手が叫んだ。
「ッ!!ミサイル、来ます!!」
「はあッ!?」
高空より飛来する光点。
それは確かに、こちらを向いている。
「退避!!コンテナから離れろ────ッ!!」
叫び声が響くまでもなく、4人は散り散りに走り出し────"ドォォォォォン!!!!!"
15:57
side:第2通信部隊 /ビナー正面 南西 1053m
双眼鏡越しのビナーは、ゆっくりと体を持ち上げた。
白蛇が動くたび、ボロボロと朽ちた装甲が砂に沈んでいく。
そして────ビナーは吼えた。
「────ッ!!」
それと同時に、背部のミサイルポッドから無数のミサイルが放たれ──散り散りに飛んで行く。
内部機関が破損し、システムが誤作動を起こしたのかと思ったが────それは違った。
「……大至急救援に向かってください!!ミサイルが各班に向けて飛んでいきました!!」
「救護班はこちらで要請しておきます!!負傷者は第7合流地点へ!!」
叫び、周囲の班員たちに告げる。
「ッ……わかった!!」
「第7了解!! 行ってくる!!」
全員が慌ただしく動き始め、何人かは既にバイクに跨って、救援へと向かった。
……天に打ち上がったミサイルは、各地で戦っている仲間たちの元へと飛んでいった。
それが意味する所は────。
動揺に震える手を忙しなく動かし、指揮官へのコールを鳴らす。
[こちら桐藤ナギサ。どうぞ]
すぐに応答された通信に、叫ぶように告げた。
「こちら第二通信部隊!!第7合流地点へ救護班を要請します!!」
[……了解しました。既に通達を出しています、状況を]
「戦闘中のほぼ全ての班に向けて、大規模の爆撃が行われました!!」
「被害状況は不明ですが、ミサイルコンテナに誘爆していた場合、最悪の事態もあり得ます!!」
[……わかりました。今動ける全ての救護班を第7地点へ向かわせます]
[通信部隊の皆さんは動ける者達と連携し、全員を救助してください]
通信手のまくしたてるような説明に、ナギサの声にも僅かな焦りが滲む。
しかし、ナギサはあくまで冷静だった。
[……救援の支援のため、第三次の爆撃を行います。貴方から見て、爆撃は味方を巻き込みそうですか?]
「いえ……ビナー周辺に味方は居ないはずです」
[了解しました。座標を願います]
15:59
side:ルイ /ビナー前方 南1451m
ルイの視界には咆哮するビナーと、砂漠各地にぽつぽつと立ち昇る黒煙が映っていた。
「……最後の悪足掻きのつもりか……!?」
今まで単一の目標に対してのみ行われていたミサイルによる攻撃が突如、全体的な攻撃へと変わった。
"────あの攻撃は、明らかに後先を考えていない"
今までビナーと何度か対峙してきたルイには、それが理解できた。
あんな事ができるのなら、最初からやればいい。
しかし、奴はそうしなかった。
その理由は明白。
"ミサイルはビナーにとって、考えなしに連射できるような兵器ではない"
あれは異次元の技術なれど、実存する"機械"。
ミサイルもエネルギーも、リソースは無限ではない。
それを、撃ち尽くす勢いで乱射する事など……理性や合理あっての判断ではない。
……ルイにはそれが、自らの死を予見した獣が最後の力を振り絞っているようにも見えた。
16:00
side:ビナー
戦闘用プログラムの制限を無効化し、残存するミサイルを撃ち切ったビナーは、殆ど動かなくなった体躯を無理やりに持ち上げ……砂漠と対峙した。
制御を失った砂嵐は消え失せ、機械の眼には砂と晴天のみが映る。
────ビナーは自問する。
この状況を超克するための行動を見つけ出すために。
[損傷システム確認]
└ 駆動部損傷率:69.2%(許容値:93%)
└ 酸化腐食進行:0.7%/sec
└ 潜行能力 : 喪失
[リスク評価]
└ 機体維持確率 (────):0%
└ 機体維持確率 (────):0.2%
[選択肢分岐]
└ 攻撃継続:error
└ 回避行動:error
└ 撤退行動:error
[残リソース]
└ エネルギー残量 (26%)
└ 大道の劫火(out)
└浄化の嵐(control lost)
└アツィルトの光(energy lack)
[結論]
└ 撤退──不可能
└ 主命──無意味
└ 生存──望む
……私はまだ、死にたくない。
思考ログに走るはずのない言葉が、ノイズのように滲み出る。
「使命」も「主命」も、最早意味を持たない。
ただ「生きたい」という願いが、白蛇を突き動かしていた。
────天輪が、明滅する。
"────主命放棄。"
ビナーは選択した。
主命による行動を捨て、今この場を生き延びるための選択を。
人の目からすれば、それは遅すぎた離反。
────しかしそれは、AIの域を遥かに超えた"生命"の意思だった。
"────────!!"
無数のエラーを抱えながら、エネルギーを頭部機関へと集中させる。
主命ではなく……ただ
残存エネルギーのほぼ全てをこの一撃へと変え、この場全てを焼き払う。
これで相手を全滅させる事ができれば────再起が叶うかもしれない。
それが、どれだけ低い確率だろうとも。
16:02
side:ルイ /ビナー前方 南1451m
"────────!!!!"
僅かな明滅を経て、ビナーの天輪が輝きを増す。
その体躯は橙色に発光し、決着の刻を告げている。
「……ようやく、その気になったか」
グリップを握り込み、バイザー越しの世界に全感覚を集中する。
瞬間──ホログラフの眼が、こちらを見た気がした。
否。気のせいではない。奴は私に気付いている。
「…………化け物め。だが────それでいい」
真っ先に私を狙うのならば……私以外がレーザーに巻き込まれる心配はない。
ただしそれは、私が狙撃に成功した場合の話だ。
失敗すれば……。
(……いいや、今はいい)
思考を止める。
今の私に必要なのは……引き金を引く、指先だけだ。
16:03 /アビドス砂漠
砂漠を切り裂くように吹き荒れていた風は、唐突に凪いだ。
まるで、世界が人と機械の決着を見届けるため、息を潜めたかのように。
一人と一機が、遥かな距離越しに視線を交わす。
機械の頭上に輝く天輪は更なる輝きを湛え、太陽を退ける。
白蛇の天輪は第二の太陽となって、砂漠を照らした。
白蛇は光を背に、人は光を前に。
それはまるで、
ただそれだけの、単純な戦い。
[
────この一撃に、自らの全てを賭す。
生存のために、この世界に「存在する」ために。
視界が灼ける。
しかし、その瞼が閉じられることはない。
バイザーの向こうでは、今にも光の奔流が解き放たれようとしている。
「────」
息を止める。
鼓動が一瞬止まり、全世界の音が遠のいた。
────橙と蒼。
二つの光が砂漠の中心で衝突し、天地を揺るがす。
────長く、短い戦いが、決着した。