────時は僅かに戻り、ミレニアム。
ビナーが主命を捨て、その一撃に全生命を注ぎ始めた頃。
16:00│ミレニアムタワー/管制室
side:三校連合代表者
「「「「…………」」」」
ミレニアムの中心たるミレニアムタワーには、各校の代表者が揃っていた。
しかし、各々無言でモニターを見つめたり、祈るように手を組むばかりで、目立って何かをしている様子はない。
否。何もしていない、というと誤解がある。
実際は"何もできない"、というのが正しい状況だった。
「……現地からの報告はまだ来ないのか?」
「残念ながら、まだ何も……」
マコトからの何度目かの問いに、ヒマリはそう首を振る。
「皆さん、無事だといいですが……」
「……現状、我々には祈る事しかできない。……まったく、歯痒いね」
ユウカとセイアはもどかしさを言葉に滲ませ、壁にかかった大モニターに目を戻した。
モニターに表示されているアビドス砂漠は、その全域が赤く染まったまま。
砂漠での作戦では、通信阻害により外部からの干渉が不可能。
桐藤ナギサ率いる本隊から現地の報告は入ってくるが、それはあくまで報告でしかない。
しかも、最後に入った報告はビナーによる大規模爆撃の報告。
そんな状況を黙って見ている事しかできない代表者たちが、歯嚙みする思いを募らせていた頃────。
────────バツン!!!
唐突に、照明が落ちた。
「……なにッ!?」
「停電かい……?」
暗闇の中でマコトが叫び、セイアが驚き交じりに呟く。
機械の駆動音が消え、誰かが椅子を引く音、息を呑む音。
そのわずかな音でさえ、この暗黒では大きく響いた。
「いえ……ミレニアムタワーが停電するような事は……通常、ありえません」
そんな中、ユウカの冷静な言葉が部屋に落ちた。
彼女のスマホの光が卓上を照らすと、皆の顔には蒼白が浮かぶ。
ヒマリは明かりを頼りに車椅子をゆっくりと動かして、机へと顔を向けた。
「……はい。ユウカさんの仰った通り、ここはミレニアムで最も強固な物理的、電子的なプロテクトで制御されています」
寒色の光に照らされ、そう語ったヒマリの表情は強張っている。
「……しかし現に、停電しているではないか」
マコトは事態を察したのか、いつもの剛毅な語調を収め、低く唸るように呟いた。
「……ええ。つまり、ここが停電したという事は────」
「────待ってくれ! 何か、来る……!!」
ヒマリの言葉を遮って、セイアが叫んだ。
瞬間。ぞわり、とした違和感が背筋を駆ける。
それは、僅かな振動。
段々と強まるそれに、何かが這い上がってくるような得体のしれない感覚が広がる。
……そして。
セイアはがたがたと震えながら、表情を歪め……ゆっくりと告げた。
「ああ……いや、違う。"来る"んじゃない」
「"居た"んだ。……既に。私達の、足元に……!!」
セイアの言葉に、全員が足元へと視線を向けたその時────大地が揺れた。
16:05│作戦エリア外縁部:指揮所
side:ナギサ
[……報告します。えっと、その……ビナー、沈黙しました]
[見る限りは大破しており……動き出す様子はありません]
そう告げた通信部隊の生徒の声色からは確かな困惑が滲んでおり、ナギサは困ったように聞き返した。
「……把握しました。それで……詳細な状況は?」
[……こちらで視認した限りだと、ビナーがレーザー砲を放ったと同時に、光って大爆発した、としか……]
[酸で故障した砲が暴発したのかもしれません。あるいは……"狙撃手"、でしょうか]
"狙撃手"。その単語にナギサはハッと顔を上げた。
「……ビナーがレーザー砲を放った方向はわかりますか?」
ナギサの真剣な声色に通信手は問いの意図を察したのか、冷静に答えた。
[はい。……捜索隊を編成しますか?]
「……いえ、それはこちらで────」
瞬間。"ばさり"と大きな音を立て、指揮所テントのタープが跳ね除けられた。
指揮所内に入ってきたのは、作戦エリア周辺を警戒していた観測手。
膝に手を当て、ぜえぜえと息を切らした彼女は顔を上げ、口を開いた。
「────所属不明の航空機がアビドス砂漠へ侵入しました!!」
その言葉に、指揮所内にはざわめきが起こる。
"ビナーが堕ちたとほぼ同時に、航空機が砂漠へ侵入した"
これが何の意味を持つのかは定かではないが……ろくな事ではないのは察しが付く。
とにかく、迅速な決断を下すべきだろう。
「……狙撃手に対してはこちらで捜索隊を出します。そちらは救助を続けてください」
[了解しました]
通信手へそう伝えて、通信を終える。
「航空機は車両で追跡を行ってください。必要なら撃墜して構いません」
「ビナーは討伐されました。戦力を惜しむ必要はありません」
「了解しました。待機させている車両部隊を投入します」
立て込んでいた案件を手早く片付け、ふうと息を吐く。
すると、胸ポケットの携帯がぶるぶると震えだした。
「……すみません、着信です。名前だけ確認させてください」
"面倒事は続く物ですね" と内心でため息を吐きながらスマホを取り出す。
名前を確認するも……表示されたのは"非通知"の三文字。
「…………」
「……ナギサ様?」
「……いえ、非通知だったもので」
怪訝そうに尋ねた連絡員にそう答えて、ナギサは再び思考する。
非通知で電話をかけてくる人間に、心当たりはあった。
ルイは"先生"と話す時、必ず非通知で通話を掛けてくると聞いていたから。
……とはいえ、相手がルイだとしてもここで応答していいものか。
回りには何人も生徒がいる。そして、状況的に退室させるわけにもいかない。
ナギサ自身は内通者や協力者ではないとはいえ……知られてまずい情報は数多ある。
しかし、ナギサの頭にはひとつの懸念があった。
(…………これが、彼女からの救援要請だとしたら……?)
揺れた思考の天秤は、すぐさま傾いた。
「……すみません。少しだけ静かにして頂けますか?」
周囲の生徒にそう伝え、ナギサは応答ボタンに触れた。
聞こえたのは、低く通った声。
[こちらは、ミレニアムサイエンススクール・セミナーの"会長"。調月リオよ────]
16:07│アビドス砂漠南東/廃ビル
side:ルイ
(────…………!!)
"ガララッ!!"
「……っ!!……っはあ、はあ……」
瓦礫を押し退け、起き上がる。
崩落に巻き込まれたせいか、全身に痛みが走った。
最後の記憶は、ビナーとの早撃ち勝負。
(……ビナーは確実に私を狙っていた。しかし私は生きている。つまり……)
────勝者は、私達だ。
じわりと湧きだした高揚感を胸に、割れたバイザーを放り捨てる。
軋む体を支えながら、私はゆっくりと立ち上がった。
砂漠の果てに映ったのは────黒煙の中、頭部の吹き飛んだ白蛇の残骸。
天輪は消え、白い装甲は錆び落ち、内部の黒が露出したそれは……落日を思わせる。
「…………」
目的は果たした。
後は、スーパーノヴァを回収してこの場を去るだけ。
しかし、周囲を見回した瞬間、違和感に気づいた。
激痛と、気絶による麻痺で気付くのが遅れたが……どうにも体の動きがおかしい。
重心が歪んでいるような感覚、というべきだろうか。
「……?」
骨折か、とそう思って腕や脚を動かしてみる。
しかし違った。
その理由はもっと単純で……より、致命的だった。
「……ああ、なるほど」
背筋に寒気が走る。
私の背から伸びる右翼。その先端から中ほどまでが、綺麗に"消滅"していた。
欠損部位と翼式コントローラーの破損具合から見るに、レーザー砲が掠めたと見るべきだろう。
残存した羽先は熱で歪んでいる上、傷の具合に対して出血が少ない。
焼灼止血のような状態になっているし、消毒液でもかけておけばこの場で特段の処置をしなくともいい。
そもそも人中に当たっていれば死んでいただろうから、右翼の半分で済んだのは幸運だ。
そんな思考を回し、上手く自分を納得させて────。
(……ん?)
────冷静に考えて、翼を失うのは普通に困る。
トリニティ生が考えるような"翼の美しさ"とか、"権威の象徴"……とか生ぬるい話ではない。
そう。翼が無いとジップラインランチャーのコントロールができない。*1
これは由々しき事態だ。割り当てから考えて、右側のランチャーをほぼ制御できなくなる。
つまり────帰れない。
歩いて帰るにしろ、この状態では丸一日はかかる。
そして現在時刻は16時。間もなく日が落ち、夜が来てしまう。
────夜の砂漠、しかも冬。
防寒装備をほぼ持っていない以上、日が昇る前に凍死するのは目に見えている。
周辺の部隊からバイクを奪って逃げようにも、そもそも携帯している武器はバッテリー切れを起こしたスーパーノヴァとハンドガンだけ。
(いっそ、スーパーノヴァで殴りかかってみるか……?)
無理筋。徒歩で接近する以上、近寄る前に包囲されるのは目に見えている。
(これは……困ったぞ)
選択肢のほぼすべてが"死"か"逮捕"に繋がっている。
死ぬよりは逮捕がいくらかマシなのは認めざるを得ないが、今は少しまずい。
さあどうしたものかと翼に消毒液をぶちまけなら考えていると、胸元の通信機が"ザザ"と鳴った。
[……ザ、ザザ……ル……え………かし…?]
────そうか。通信阻害の原因であるビナーは堕ちた。つまり、通信が復旧している。
ヒマリに連絡して迎えをよこして貰えば、この問題はすべて解決だ。
「私だ。応答してくれ、繰り返す。応答してくれ」
通信機を口元に寄せ、ゆっくりと、言葉を発する。
[ザ……ジジ……良かっ……い……]
「悪いがノイズが多くて聞き取れない。繰り返してくれ」
「ザ────……聞こえているかしら」
声はラジオのつまみを捻ったように明瞭になって、その主を伝える。
そしてそれは────私にとって、悪い知らせを意味していた。
「……リオか。なにがあった?」
深呼吸をして、尋ねる。
すると、リオは普段より少し早口に、答えた。
[……ミレニアムからの通信が完全に途絶えたわ。何が起きているか、外部からは全く分からない]
[おそらく……ミレニアム内、すべての通信手段が破壊されたと見るべきね]
すう、と血の気が引いた。
[情報は集めているけれど……現地からの情報はまだ入っていないわ]
[とにかく、詳細な話は後よ。無人機を向かわせているから、それに乗って頂戴]
"ミレニアムが襲撃される"────それ自体は、想定内だ。
その為に風紀委員会や正義実現委員会をミレニアムに駐在させている。
問題は、通信が"完全に"途絶えた点。
それは、ミレニアムタワーのコントロールが失われた、あるいは奪われた事を示している。
ビーコンやランドラインを始め、あらゆる電子的、物理的破壊や妨害に耐えうるとされたそれが落ちたとなれば……中に残されたヒマリとセイア達は、棺桶に閉じ込められたようなものだ。
「────了解した。私の位置はわかるか?」
大きく息を吸って、リオの言葉に答える。
今の私は、明らかに平静を失っている。……冷静にならなくては。
しかし……自覚しているからといって、抑えられるものではない。
震える体をぎりぎりと締め付け、深呼吸を繰り返す。
[……ヒマリから発信機のコードを貰っているから、貴方が義手を失っていなければ問題ないわ]
「……それは問題ない。すぐに、迎えに来てくれ」
「ありがとう、リオ」
[……ええ。出来る限り急ぐわ。貴方は休んでいて頂戴]
それを最後に、通信は終わる。
全身を苛んでいた激痛は、嘘のように消えた。
その代わり、私を満たしたのは────怒り。
自分の認識の甘さに反吐が出る。
……ミレニアムタワーが最も安全であった事は間違いない。
だがそもそも、彼女達をミレニアム内に残すべきではなかった。
しかし……後悔してももう遅い。
今の私には、護衛のエイミや、空崎ヒナ率いるミレニアム防衛部隊の健闘を祈る事しかできない。
何と歯がゆく、悔しく、情けないのか。
怒りのままに叩き付けた拳が瓦礫を粉砕し、幾ばくかの冷静さを取り戻す。
……リオの言う通り、せめて今は休むべきだ。
固く握った拳を解いて、その場にへたり込む。
「……ッ……くそっ」
小さく悪態をついたルイは瓦礫に背を預ける。
西の空は赤く染まり、砂漠の風は既に冷たくなっていた。
────遠く、回転翼の駆動音が聞こえ始めた。