16:10│アビドス砂漠
side:ルイ
"バラバラバラバラバラ……!!"
回転翼の唸りと暴風を伴って目の前に現れたのは、以前リオに委託した作戦支援用の無人ヘリ。
私を認識したのであろうそれはだんだんと高度を下げて、砂を吹き飛ばしながら砂漠に着陸した。
[乗って。話は中でしましょう]
「ああ、ありがとう」
通信機越しにリオへそう返事をして、ハッチから中に乗り込み、適当な段差に腰掛ける。
するとハッチはすぐに閉じ、ヘリは上昇を始めた。
元々人が乗る想定ではないため、中は狭く、外の景色は見えない。
しかし、体にかかる重力からして、既に移動を開始したのだろう。
ひとつ息を吐いて、通信機に手を掛ける。
「……悪いが、先に君の意見を聞きたい」
「今後、どうするのが最善だと思う?」
尋ねると……リオは数秒の沈黙を挟み、答えた。
[先に説明した通り、ミレニアムは現在、アビドス砂漠と同じ通信阻害が領内全域で発生している]
[つまり、私の私兵……AMASや、無人機による攻撃は不可能と言わざるをえないわ]
「だろうな。結局、現地で戦って脅威を排除するしかないか」
[ええ……幸い、現地には各校の戦力が集結しているけれど、彼女達がどこまで対抗できているかも、現状では確認できない]
[押し留めてくれていればいいけど……最悪、壊滅的な被害を受けている可能性もあり得るわ]
「…………」
淡々と伝えられた言葉に、私は無言を返す。
沈思に耽る私へ補足するように、リオは言葉を続けた。
[他方で、希望が無い訳ではないわ]
[破損したビナーの機体を回収して、内蔵チップやメモリーを解析すれば……通信阻害を解く方法がわかるかもしれない]
[AMASや無人機が投入できれば、物量戦に持ち込める]
[でも、そのためには────]
「"解析と実用に至るまでの研究時間が必要"。だろう?」
[……ええ、そうよ]
「……覚悟はできている。それまでの時間は、私が何としても稼ごう」
「そのために、私は何をすればいい。……遠慮なく言ってくれて構わない」
[……話が早くて助かるわ]
[合理的に行きましょう、まずは────]
16:18│作戦エリア外縁部:指揮所
side:ナギサ
「…………」
"バラバラバラバラバラ…………!!"
暴風と共に、巨大な無人ヘリが現れる。
指揮所内に用意されたヘリポートのほぼ全てを占有する大きさのそれは、ゆっくりと着陸した。
指揮所内に残っている生徒達は、銃を手にヘリの周囲に集まる。
来訪者の名は伝えてある。警戒するのは当然だ。
それでも……ここで戦いになるのは避けなければならない。
「武器を下ろしてください。私が指示するまで、攻撃は許しません」
「調月リオの言葉が真実ならば……ここで彼女と戦う事は、致命的な損失を招きかねませんので」
「「「…………」」」
周囲の生徒達が武器を下ろしたのを確認したのか、駆動音と共にハッチが開く。
ローターから吹き付ける風に髪を靡かせ、ゆっくりと階段を降りてきたのは────。
「────こんばんは、急な訪問を受け入れてくれて感謝する」
そんな事を言いながら、両の手を上げて彼女は地面に降り立った。
「────ッ」
まずは、嫌味のひとつでも言ってやろうと思っていた。
しかし真っ先に目に付いたのは──中ほどから先が失われ、血の滲む包帯に覆われた彼女の翼。
「その翼……っ!? 救護班を呼んでください!!」
叫び、気付けば、駆け出していた。
がし、と彼女の手首を握ると、ルイは鬱陶しそうに私と目を合わせる。
「……何が、あったんですか」
そう尋ねた私の声は、低く震えていた。
「……レーザー砲が掠めただけだ。そう大騒ぎする傷じゃない」
「私は医者だ。診立ては付くし、既に処置は済んでいる」
「……だからと言って、その怪我を看過はできません」
そんな問答をしているうち、救護騎士団の腕章を着けた生徒がこちらに駆けよってきた。
「……ちょっ、大怪我じゃないですか!! 見せてください‼︎ すぐに治療を……!!」
声を裏返しながらわたわたと表情を変え、ずいと身を寄せる救護騎士団の生徒を片手で制して、ルイは答えた。
「必要無いと言っている。君は私の事を知っているはずだ」
「ですが……!!」
「はあ……まあ、見たいのなら見るといい。その方が君も理解しやすいだろう」
彼女はそう言って包帯の固定具を解くと、ぱた、と包帯が落ち、赤黒い傷口が露になった。
「「ッ……!!」」
「翼は切断されたが、見ての通り火傷の深度は浅く、そのうえで焼灼によりほぼ止血されている」
「消毒も済んでいるし、今すぐに皮膚の縫合を行う必要性も薄い。この判断に間違いないと思うが?」
絶句する私達を前にルイは淡々と語るが、切断された部位からはじゅくじゅくと体液が滲みだし、腫れた肉からは骨が覗いている。
……どう見ても、大丈夫には見えない。
「っ……それ痛くないんですか!? ごちゃごちゃ言ってないで治療しますよ!!」
堰を切ったように叫んだ救護騎士団の少女に、現実に引き戻される。
「……彼女の言う通りです。治療をしなければ危険でしょう」
私達の懇願じみた言葉に、ルイは頑なに首を振る。
「私だって治療できるなら治療するさ。だが、物事には優先順位という物がある」
「問答は終わりだ。本題に入ろう、ナギサ」
「ちょっと!! 話を進めないでください!! せめて!!せめて消毒だけでもっ!!」
「……耳元で騒ぐな。消毒はしたと言っているだろう」
腕を引いて救護班のテントへ連れて行こうとした生徒を軽くあしらい、ルイは私に目を向ける。
間近で見るその瞳には────狂気が宿っていた。
昏い瞳は深い皺に縁取られ、彼女の焦燥を示す。
何人もそういった人を見てきた私にはわかる。彼女が今、冷静でない事は確かだ。
……この状態の人間が、どのような判断を下すか。
私は、それを知っている。
「……ルイさん!!意地張らないでください!! 悪化したらどうするんですか!?」
少女の必死な声は、私が飲み込んだ言葉を代わりに叫んでくれているようだった。
「ナギサ様からも何か言ってください!! 後でミネ団長に殴られても知りませんからね!?」
諦めずにルイの腕を引く彼女の懇願に、私は小さく頷く。
「……では、ここで処置を受けるなら、話を聞きましょう」
ルイは一瞬沈黙して……"はあ"と小さく息を吐いた。
「……いいだろう。しかし長居するつもりはない」
「話が終わればすぐにここを出る。それでいいな?」
彼女の強情な瞳が、これ以上の譲歩を引き出す事は不可能だと悟らせる。
私が頷いたのを見て、ルイはゆっくりと歩き始めた。
16:22│指揮所:救護騎士団のテント
「────さあ、話そうか」
「……ええ」
お互いに椅子に腰かけ、顔を突き合わせた。
救護騎士団の少女に傷口を消毒されているルイは、時折ぴくりと肩を震わせる。
……やはり、辛いのだろう。
とはいえ、ミレニアムの状況は調月リオから聞いている。
彼女が焦るのも当然だ。私だって……焦っている。
協力はしてあげたいが、彼女達が何をする気なのかは見極めるべきだろう。
でも、その前に────。
「紅茶です。まずは飲んでください」
肩にかけた水筒から紅茶を注ぎ、彼女へと差し出す。
「……気遣いは無用だ。水分は摂っている」
「いえ。少しでも、リラックスして話すべきだと思いまして」
そう押しを強めると、ルイは僅かに目を細めて、そっとコップを受け取った。
「……そうか。では、頂くよ」
ルイはそう言って紅茶を一口飲み、"ふぅ"と白い息を吐き出した。
……僅かに、雰囲気が和らいだ気がする。
「では、本題に入りましょう」
「貴方は私に、何をして欲しいのですか?」
そう尋ねると、ルイは腕を組んで前傾し、真剣な眼差しを向けた。
「ナギサ、君に頼みたい事はひとつだ。私が味方だと、君に保証して欲しい」
「私はこれからミレニアムに向かい、事態の収拾に当たる。そのためには、現地の者達と連携する必要がある」
「だが、デカグラマトンの嚮導者と目されている私が "私は味方だ" と言っても、その言葉は信頼されないだろう。そこで、リオと君に"天城ルイは味方だ"と保証してもらう必要がある」
……ルイは本気で、ミレニアムに向かうつもりのようだ。
翼に気を取られて気付かなかったが、外套もボロボロだ。見えない傷も数多あるだろう。
そんな状況で、彼女を送り出すべきなのか。
……思考は巡り、疑問は言葉と変わる。
「理由はわかりました。……ですがその前に、質問があります。いいですか?」
「わかった。手短にしてくれ」
「……貴方が今、ミレニアムに行く必要性は?」
「正直に言いましょう、貴方が心配です。今の貴方は負傷していますし……何より、冷静には見えませんから」
「……冷静でない自覚はある。だが、必要性という話であれば大いにある」
「"スーパーノヴァ"。私がミレニアムより借り受け、ビナーとの戦いに用いたレールガンだ」
「ケテルやビナーのような大型自律兵器を相手取る事が想定される以上、それに対抗しうる兵器が必要だ。そして、それを撃てるのは義手を持つ私と、本来の持ち主しかいない」
「……なら、その方に使って頂くべきでしょう」
真っ当な問いを肯定するように、ルイはこくりと頷いた。
「そう思うのは当然だ。しかし……ミレニアムの機密に触れるゆえ詳細な理由は伏せるが、彼女をデカグラマトンと接触させるのは避けるべき、と言うのが我々特異現象捜査部としての見解だ」
「つまり……この戦いでスーパーノヴァを扱えるのは、実質私しかいない」
「…………」
その説明に、私は沈黙する事しかできなかった。
"なら仕方ない"なんて、たとえ軽い相槌だとしても言いたくなかったから。
それを察したのか、ルイはゆっくりと言葉を続ける。
「……私とリオが定めた目標は、優先度順に大きく分けて二つ」
「第一に、ミレニアムタワーを攻略し、セイア達を救出する事」
「第二に、ビナーの機体を解析し、現状打破の糸口を見つけ出す事」
「何よりも先に、ミレニアムタワーを攻略し、中に閉じ込められているであろう代表者達を救出する。これは必須条件だ」
「その間にリオはビナーの機体を回収し、機体の解析を行う。通信阻害システムが同一、あるいは類する物であれば……ミレニアムを覆う阻害を止められるかもしれない」
「反攻作戦は、その後の状況を見て計画する」
「これが私達の結論だ……意見があるのなら、言ってくれ」
ルイはそう語って、私と視線を交わした。
苦し気な瞳には、強い覚悟が滲む。
……答える口が、あまりに重い。
それでも、答えなければならなかった。
「────いえ。明瞭で、的確な目標だと存じます」
「……ですが、ミレニアムへ今の貴方を送り出すのは……」
言葉を濁すと、ルイは"すまない"と小さく首を振った。
「……君が私を心配してくれるように、私もヒマリとセイアが心配なんだ」
「この状況は私の責任だ。誤った考えのせいで、彼女達を危険に晒してしまった」
「……君を何度も裏切った事は、心から申し訳ないと思っている」
「償いは必ず果たす。だが、今は一刻も惜しい。お願いだ……力を貸してくれ」
そう言って深く頭を下げた彼女は……どうにも哀れに見えた。
セイアさんの話を聞いてようやく、天城ルイという人間を正しく認識できた気がする。
────人には人の領分という物がある。
それが広ければ広い程、手の届く範囲は広がるが……そもそも、人の手は二つしかないのだ。
彼女は一人で全てを為そうとしたせいで、ここまで身を落としてしまった。
……それでも、彼女に頼る事しかできない私のなんと惨めな事か。
気付けば握られていた拳を解き、そっとルイの髪を撫でた。
「……顔を上げてください。話はわかりました。貴方に協力しましょう」
「ですが、ひとつだけ……忠告させてください」
ゆっくりと、彼女の右手を握る。
それはごつごつとざらついていて、努力と苦悩を感じさせた。
……だからこそ、私は伝えなければならない。
「……貴方を心配する者達の事を、忘れないでください」
「ミネさんから聞きました。……貴方の身体は脆弱で、戦いに向いていないと」
「セイアさんは後悔していました。……貴方の背を押してしまった事を」
「ミカさんは怒っていました。……せめて、理由を教えて欲しいと」
「……ルイ、貴方に戦って欲しいと望んでいる人は、誰一人としていません」
「貴方を想う者は皆、貴方と過ごした日々を愛しているが故に、貴方を想っているのです」
「……どうか、貴方が過ごした青春を、忘れないで」
「トリニティは既に、貴方の帰る場所ではなくなってしまいました」
「ですが……私は、貴方の帰りを待っていますよ」
彼女が止めて聞くような人間でない事は知っている。
だからこそ────彼女の選択に、枷を掛けよう。
セイアさんが、そうしたように。
「……覚えておこう」
そう頷き、ルイは胸元の通信機を取り出した。
「……さあ、話はついた。この通信機に向けて、私は味方だと伝えてくれ」
「録音にはなるが……一定の信頼を得るには十分だろう」
「……わかりました」
そして、私は通信機を受け取った。
────録音が終わると、ルイは紅茶の残りをぐいと飲み干した。
「……では、私はもう行く。急に訪ねて悪かった」
「君達の今後については……シャーレや各所と連携し、適切に立ち回ってくれ」
「何かあれば、リオから連絡がいくはずだ」
そう言ってすくと立ち上がったルイは、私に背を向ける。
……引き留める事は、許されない。
「……わかりました。どうか、お気を付けて」
「ああ。……それと、君の忠告は覚えておくよ」
「また会おう。ナギサ」
その言葉を最後に、彼女は去っていった。
十数秒もすれば、テントの外では無人ヘリのローター音が鳴り始める。
「……その……ナギサ様? 見送らなくていいんですか?」
そんな中、今まで黙々と処置をしてくれていた救護騎士団の生徒が、おずおずと尋ねた。
本心を言うのなら、ルイを見送りたい。
しかし……私には立場と、やるべき事がある。
真に彼女のことを思うのならば、どうするべきかは自明だった。
「……ええ。立場上、まだ彼女を見送る事はできません」
「ですが……彼女は"また会おう"と言ってくれましたから。今の私には、それで十分です」
────さあ、私も迷ってはいられない。
代表者達が不在の今……私が動かねば、誰も動けないのだから。
紅茶を呷って、席を立つ。
「……これは桐藤ナギサ個人としての言葉です」
「ルイを心配してくれて、ありがとうございます。おかげで、彼女と深く話す事ができました」
……天城ルイという人間は、今やキヴォトス中の憎悪を集める存在。
それにもかかわらず、目の前の少女は迷いなく彼女を助けようとしてくれた。
……それが何より、嬉しかった。
ナギサの言葉に、彼女は"ふふ"と笑みを返す。
「……"救護の必要な場に救護を"。ただそれだけの話ですよ、ナギサ様」
「もちろん、ルイさんがやった事に思うところはありますが……怪我人は放っておけません」
「……それに、役得、と言うと不謹慎でしょうが、ルイさんがああしているのは理由あっての事だ。と知れたのは……安心しました」
微笑みを湛え、そう語った少女は……何かに思い至ったかのように、ぱちりと瞬きをした。
「……そういえば、今の話って……聞いてよかったんですか?」
「ふふ、良いわけがないでしょう? 今の話は最重要機密です」
「ですが……救護騎士団には守秘義務があると存じておりますから」
「……それに、あの場で迷いなくルイを助けようとしてくれた貴方の精神を、私は信頼します」
「あ、ありがとうございます……」
「……ですが当然、貴方がそれに背いてしまった場合、それなりの報復は起きるでしょうが……」
「……絶対口外しません」
そう答えた彼女が顔を蒼白にしている事に気付く。
悪戯が過ぎたか、と反省しつつ、笑みを向けた。
「ふふっ、冗談です。では、私もこれで失礼します」
「……本当に、感謝していますよ」
ナギサはテントのタープをそっと退け、すっかり日の落ちた外へと歩み出す。
冷たい風の中に昇り始めた月が、彼女を照らしていた。