"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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今回は "RABBIT小隊戦で天城ルイが死亡していた場合" というIFルートとなっており、本編とは時系列が異なります。


特別編 [ IFルート : 継承]

午前:ゲヘナ自治区/放棄された区画

 

 

地に広がる鮮血。

つうと流れ出す生命は止まることなく、地を赤黒く染めていく。

 

「────」

 

翼が垂れ、血に落ちる。

細やかな羽は赤を吸い上げ、その色を真紅へと変えていく。

 

小さな呼吸は、回数を重ねるたびに弱々しく掠れていき……ついに、静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

正午:ゲヘナ自治区/放棄された区画

side:ミユ

 

 

……ミヤコちゃんからの通信が途絶えた。

"魔王は気絶した"って言っていたのに……なにかあったのかもしれない。

 

嫌な予感がする。急いで救援に向かわないと。

 

「……待っててね、ミヤコちゃん……」

 

近くに停めてあった装甲車の運転席へ飛び込み、ミヤコの元へと急行する。

 

……その道すがら、どこかで見たような顔が横を通り過ぎた。

 

「……あの人、って……」

 

昏い青の長髪にキャップを深く被った少女は、すれ違うや否や装甲車から逃げ出すように駆けていった。

 

明らかに怪しい。……本来なら、追跡するべきなのだろう。

 

「……でも……」

 

ミヤコちゃんのことが心配だ。

"魔王"と戦ったのなら……何をされていてもおかしくない。

ミユの中で、何を優先するべきかは明白だった。

 

────装甲車は止まることなく、荒れた道路を走り続ける。

 

 


 

 

────4分後。

 

"ブロロロロ…………!!"

 

ミヤコの発信器が示したエリアに到着すると、血まみれで倒れている人影がミユの目に映った。

防弾ベストの下から覗く青い制服は……間違いなくSRTのもの。

 

「っ……‼︎ミヤコちゃん……!!」

 

ありったけの医療用品を抱えて装甲車から飛び降り、倒れているミヤコの元へと駆け寄る。

 

……すごい出血だ。きっと、大怪我をしている。

 

「ええっと、ええっとぉ……‼︎」

 

あたふたとしながら傷口を探すが……どこにも見当たらない。

打撲痕はあれど、出血が伴うような傷はどこにもないのだ。

 

「……あれぇ……?」

 

混乱していると、気絶していた彼女の瞼が"ぱちり"と開かれた。

 

「ん…………ッ?!」"がばっ!"

 

「ひゃぁっ!?」

 

勢いよく身を起こしたミヤコに、ミユは情けない声を上げる。

 

「…………ッ魔王は!?」

 

開口一番の問いに、ミユはびくりと身体を揺らして、ふるふると首を振った。

 

「……居なかった、よ……?そ、それよりミヤコちゃん……怪我、大丈夫……?」

 

「怪我……ですか?」

 

ミヤコは困惑しつつ呟いて、周囲を見渡す。

視界に入ったのは、どす黒く染まった外套と……地に広がる赤。

 

合点がいったように"なるほど"と呟いて、ミヤコは立ち上がった。

 

「……これは私の血ではありません。先ほど戦闘した、魔王、の……?」

 

言葉の途中で、ミヤコは気が付いた。

点々と落ちている血が、足跡のように続いていることに。

 

ミヤコは表情を一変させ、すぅと深呼吸をした。

 

「……RABBIT4、私はほぼ無傷です」

「作戦を継続しましょう。この血痕を追えば……魔王の元へと辿り着くはずです」

 

「っ……うん」

 

銃を手に駆けだしたミヤコに続いて、ミユも走り出す。

 

……しかし存外に、その歩みはものの十数秒で途切れることとなった。

 

「……きゃっ‼︎」

 

目の前で走っていたミヤコは、廃墟に足を踏み入れるやいなや、唐突に "ずるり"、と転んだ。

しりもちと同時に聞こえた "ぱちゃん" と水の跳ねるような音が、いやに鮮明に耳に響く。

 

「だ、だいじょう、ぶ……っ!?」

 

手を伸ばして……異常に気付く。

ぽた、ぽたとミヤコの服から垂れ落ちたのは、真っ赤な……!!

 

「……ッ……!!」

 

血だまりの中、廃墟の影。陽の当たらない暗闇に、それは居た。

壁に背を預け、脱力したかのように崩れ落ちたそれは……。

 

人だった、モノ。

 

「……み、ミヤコ、ちゃ……こ、これって……」

 

言葉にならない、したくない言葉が、喉まで出かけたその時。

ミヤコがこくりとうなずいた。

 

「…………ええ。……死亡しています」

 

息を呑む。

 

教科書上では見慣れた死体も、実物となると話が変わる。

ましてや、人の死を……殺害を経験するのは、初めてだった。

 

「や、やだ……っ!!」

 

こみ上げた吐き気と罪悪感の波から逃れるように目を逸らしたミユとは対照的に、ミヤコはすぐに動き始めた。

 

「……落ち着いてください。このような結果になってしまったことは残念ですが……"魔王"という脅威は、このキヴォトスから取り除かれました」

 

「ミユ。いいですか? ……私達はただ、役目を果たしたのです」

「……負い目を感じる必要など、ありません」

 

どこか言い聞かせるような口調でそう告げ、ミヤコは胸元の通信機を取り出し……口元に当てた。

 

「……こちらRABBIT1。先生、応答してください」

 

[もしもし、どうかした?]

 

コールはすぐさま応答され……通信先の先生は、いつも通りの優しい声色で尋ねた。

 

……ミヤコは"すぅ"と息を吸う。

 

今から伝えることが、先生をひどく傷付けるであろうことはわかっていた。

それでも、伝えなければならない。

それが、SRTとして行動に責任を負うということだから。

 

SRTは、掲げた正義の為なら……如何なる犠牲も、代償も厭わない。

 

胸に刻んだ正義と共に、喉に詰まった言葉を吐き出した。

 

「……交戦の末、魔王・天城ルイの死亡を確認しました。これより遺体を回収し……シャーレへ撤収します」

 

言葉の一つ一つを明瞭に、はっきりと伝える。

先生が、言葉を詰まらせたのがわかった。

 

[────そっ、か。……うん……わかった]

 

彼の声は震え、上擦っており……強い動揺を感じさせた。

 

[……気を付けて、帰ってきて。辛い思いをさせて、ごめんね]

[ゆっくりで、いいからね]

 

[……これは、私の責任だから]

 

それでも、彼は"先生"だった。

 

人を殺めてしまったミヤコを案じ、なにも聞かずに。

 

「……了解。速やかに帰投します」

 

そう伝えて、ミヤコは通信を終えた。

"ふう"と小さく息を吐いて、ミユへと向き直る。

 

「……私が遺体を運搬しますので、RABBIT4はあちらで倒れている方の救護を」

 

そう告げた彼女の手は、僅かに震えていた。

 

……ああ、ミヤコちゃんはやっぱり優しい。

私を傷付けまいと、遠ざけてくれたんだ。

 

「……うん、ごめんね、ミヤコちゃん」

 

小さな感謝と共に遺体に背を向け、とぼとぼと歩き出す。

 

……まだ作戦中だ。落ち込んでなんかいられない。

 

(……任務を果たさないと)

 

無理やりに自分を鼓舞して、歩みを進める。

その目線の先には、倒れている蒼い少女。

 

「……その、大丈夫ですかぁ……?」

 

砕けたライオットシールドをどけて、少女の前に屈みこむ。

声をかけても、反応はない。

 

「えっと……!!起きてくださぁい……!!」

 

ぺち、ぺちと頬を叩いてみる。

それでも少女は動かない。

 

「ま、まさか……この人も……ひゃあっ!?」

 

嫌な予感がよぎったその時、目の前の少女はぱちりと目を開き、勢いよく立ち上がった。

 

「…………」

 

「……えっと……大丈夫ですか?」

 

「ええ、軽い打撲程度です。……お手数をおかけいたしました」

 

青髪の少女は小さくお辞儀をして、きょろきょろと周りを見回す。

 

「……私は蒼森ミネ。トリニティ・救護騎士団の団長を務めております」

 

「あっ、はい……SRT特殊学園・RABBIT小隊の、ミユです……」

 

軽い自己紹介を交わして、ミネはミユと視線を合わせた。

 

「先ほどまでここにルイが……いえ。魔王が居たはずですが……なにか知りませんか?」

 

「えっ!?ええっと……そのぉ……」

 

真剣な眼差しで尋ねたミネに、ミユは口ごもる。

"死亡しました"と口に出すのは、どうしても憚られたのだ。

 

「……トリニティに報告しなければなりません。なにかご存じでしたら、お教えください」

 

答えに迷うミユに、ミネは"ずい"と詰め寄ってくる。

 

「えっと……魔王は……っ!!」

 

「RABBIT4!!すこし手伝ってくれませんか!?一人では車に載せられません!!」

 

答えを言いかけた所で、少し遠くからミヤコの声が響く。

反射的に視線を向けると、ミヤコは魔王の遺体を引きずるようして運んでいた。

 

「……ッ!?」

"────ダンッ!!"

 

瞬間。強い衝撃が響く。

隣にいた彼女が駆け出したことに気付くまでに、一瞬。

 

そのたった一瞬の間に、ミヤコちゃんの頬へと拳がめりこみ……殴り飛ばされていた。

 

「────がっ、ぁッ!?」

"ズザアッ!!……ドンッ!!"

 

ミヤコは十数メートルほどの距離を転がり……廃墟の壁へと叩き付けられた。

衝撃に怯む間もなく、地を割るような怒鳴り声が響く。

 

「…………なにをッ、しているんですかッ!!!!」

 

「ひっ、ひいいっ……!!」

 

ミユは咄嗟に頭を抱え、蹲るが────なにも、起こらない。

 

「なっ、なに……?」

 

ミユは恐る恐る頭を上げて、ミネの方へと目を向ける。

 

その想像に反して……ミネは遺体の前を動いていなかった。

彼女はまるで糸が切れたかのように膝を付いて、動かない。

 

そんな中、壁に叩き付けられたミヤコがサブマシンガンを手に立ち上がった。

 

「魔王の、仲間ですか……!!」

 

「聞きなさい‼︎魔王は既に討たれました!!大人しく降伏した方が身のためです!!」

「これ以上の抵抗をするのなら、それなりの対応をしますよ!!」

 

「──────」

 

怒声を上げるミヤコに、ミネは目もくれず……動かない。

 

「武器を捨て、両手を上げなさい!!」

 

……ミネは遺体の顔を、そっと撫でた。

彼女は小さくなにかを呟いて、ゆっくりと立ち上がる。

 

「貴方達が……ルイを殺したんですか」

 

低く、唸るような問い。

ミネの異様な雰囲気に気圧されつつも、ミヤコは答える。

 

「……警告はしました。抵抗したのは彼女です」

 

その言葉を聞いた途端。ミネの拳に力が籠ったのを感じた。

 

「ッ!!」 "ズダァン!!"

"カァンッ!!────カラカラ……!!"

 

瞬間。ミネが抜いたショットガンを、ミユが撃ち落とす。

弾き飛ばされたショットガンは、ミネの少し後方へと滑り落ちた。

 

「……降伏してください。貴方に勝ち目はありません」

 

 


 

 

side:ミネ

 

「────…………」

 

無意識に握った拳が、"ぎり"と音を立てる。

盾は砕かれ、銃は失った。

 

────しかし、ミネの眼には映っていた。

 

鈍色に輝く、巨大な剣が。

 

主を失い、血と砂に汚れたそれが……呼んでいる気がした。

手を伸ばし、その柄へと手をかける。

 

──瞬間。身体中に痛みが走る。

きっと、撃たれたのだろう。

 

……しかし、痛みがミネを止めることはない。

痛覚など、怒りと絶望で焼き切れていた。

 

「…………これは、贖罪です」

「貴方を、護り切れなかった。私の。」

 

大剣の柄を握りしめ、ゆっくりと持ち上げる。

それは天城ルイの意思そのものであるかのごとく、ミネの身体に重く圧し掛かった。

 

「……貴方は、こんなに重い剣を振り回していたんですね」

 

慣れない重みに、みしみしと体が軋むのを感じる。

 

……でも今は、その重みが心地よかった。

 

「……師であり、友として。貴方の意思を継ぎましょう」

 

憎悪、喪失、悲哀。

荒れ狂う感情が世界を塗り潰し、どす黒い力と変わって全身へと広がる。

 

「……見ていてくださいね、ルイ」

 

ミネはゆっくりと、伏せた顔を上げた。

 

 


 

同時刻:特異現象捜査部/サーバールーム

side:セイア

 

 

嫌な、直感だった。

頭から油を被ったような、まとわりつく怖気。

 

そして────無情にも、その時は訪れた。

 

 

[……魔王、天城ルイの死亡を確認しました。これより遺体を回収し、シャーレへ撤収します]

 

「…………ぇ……?」

 

ふと聞こえた言葉に、掠れた声が漏れる。

 

「なん、だって……?」

 

傍受した通信は……確かに"ルイが死んだ"、と。

 

「……はぁ、はぁ……っ」

 

どくんどくんと早鐘を打ち始めた心臓が全身を揺らし、呼吸が乱れる。

 

荒い呼吸を繰り返すうち、"カシャン"と音を立てて、ヘッドセットが床へと落ちて……セイアの意思をわずかに現実へと引き戻した。

 

「おっ、おちつくんだ、落ち着かないか……!!」

 

何度も深呼吸をして、冷静な思考をなんとか引き戻す。

ルイが死んだ?そんなはずがない。

そんなことが、あっていいわけがない。

 

「と、にかく、状況を……!!」

 

がたがたと震える体を無理に動かし、ヘッドセットを拾い上げる。

 

「はあっ、はあっ……!!」

 

発信機付近の監視カメラに接続し、現場の状況をモニターに映し出す。

そこにルイの姿は映らない。しかし……知った顔が、そこに映っていた。

 

「……ミ、ネ……?」

 

カメラに映ったミネは、見知らぬ少女と話している。

いったいなにが起きているのかと映像を凝視していると……唐突に、ミネの姿が消えた。

 

否。消えたのではなく……移動していた。

カメラを動かし、ミネの飛んだ先へと視界を移す。

 

「ッ……!!」

 

ミネに殴り飛ばされた少女が抱えていたのは、ルイだった。

ミネは取り落されたルイの体を支え、そのまま崩れ落ちるように膝をつく。

 

……そのおかげで、ルイの顔が綺麗に画角へと収まった。

 

血に塗れ、顔に生気は無く……脱力した瞼は、半端に開かれている。

映像越しに見ても……ルイの落命は確かであった。

 

「う、そだ……っ」

 

目が痺れ、じわりと世界が歪みだす。

胸には空虚が溢れ、セイアの身体を蝕み始める。

 

がしゃん。

 

痛みが走る。

きっと、椅子から落ちたのだろう。

 

立ち上がろうにも、身体に力が入らない。

 

 

( ────なぜ、なぜルイは死んだ? )

 

自問の答えは見えている。

私が、あのとき彼女の背を押したから。

私が、無理を言ってミカの捜索に行かせたから。

 

私が……ルイを……。

 

痛苦。絶望。

世界全てが牙を剥いたかのような感覚。

 

天城ルイは、死亡した。

他ならぬ、私のせいで。

 

「っあ゛あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁ…………!!!!」

 

喉を裂くような叫びを上げ……セイアは意識を手放した。

 

 


 

同時刻:特異現象捜査部/作業室

 

"ピーッ!!ピーッ!!ピーッ!!"

 

「おや……?」

「うん?」

 

エイミとヒマリが作業を進めていると、けたたましい音が鳴り響く。

通知を確認すると、"百合園セイア バイタル異常"の文字。

 

「……至急セイアさんの所へ向かってください。サーバールーム内の状況はこちらでモニターします」

 

「わかった、行ってくる……!!」

 

ヒマリは即座に手を動かし、エイミはセイアのいるサーバールームへと駆けだす。

どたどたと廊下を掛けるエイミのイヤホンに、ヒマリの声が響いた。

 

[……どうやら、不整脈の発作のようですが……相当に脈が乱れています]

 

「不整脈……ちょっと、まずいかもね」

 

[ええ、ルイさんはあいにく不在ですし、連絡して指示を仰ぎます]

 

「……おっけー。とにかく保護を急ぐね」

 

[ええ……最近は発作が出なくなったと仰っていましたが、どうして……ッ!?]

 

ヒマリの言葉に、唐突な動揺が混じる。

 

「部長?どうかした?」

 

[は、え……。う、うそ……ですよね……?]

 

「……部長?」

 

あの明星ヒマリが、ここまで言葉を乱している。

ただごとではない雰囲気に、エイミの胸にも動揺が伝播する。

 

[…………ガシャンッ!!……ブツッ。]

 

応答は来ないまま、ヒマリとの通信は途絶えた。

 

「……ちょっ……!? 部長!? 返事して⁉」

 

そう叫ぶも、当然答えは返ってこない。

 

「っ……!!」

 

今、なにが起きているのかはわからない。

 

(……でも、今助けるべきは、セイアさんのほう……‼︎)

 

逡巡の末、エイミはセイアの元へと走り続けた。

 


 

 

「……セイアさん、大丈夫!?」

 

サーバールームの扉が開くと同時に、床に倒れているセイアの元に駆け寄る。

瞳は閉じられ、苦しげな表情を浮かべているが……呼吸はしている。

 

「……気絶してる……」

 

焦る心を抑えつつセイアを仰向けに寝かせて、心拍を測る。

とくとくと拍動する心臓は、一応の安心を与えるに足るリズムを刻んでいた。

 

「……うん、少し乱れてるけど、普段通りに戻ってきてるかな」

 

セイアが倒れた原因は、不整脈の発作によるもの。

脈が戻りつつある今、様子を見つつ安静にしていれば大事はないはずだ。

 

そう判断して、エイミは安堵したように小さく息を吐いた。

しかし、本当に安堵するにはまだ早い。

 

「ちょっと、ごめんね……!」

 

気を失っているセイアをそっと抱えて、エイミはヒマリの元へと走り出した。

いったいなにが起きているのか、確かめなければならない。

 

部長を守る。それが、私の役目だから。

 

 


 

 

「部長、大丈夫……っ!?」

 

再びヒマリの元へと戻ってきたエイミが目にしたのは、倒れた車椅子と……床に蹲って、すすり泣いているヒマリの姿。

 

「…………ごめんなさい、ごめんなさい……っ!!」

 

聞こえた言葉は、縋るような謝罪。

明らかに異常な様子に困惑しつつも、セイアを仮眠用のベッドに寝かせて……ゆっくりとヒマリの傍へと歩み寄る。

 

「……部長、なにがあったの?」

 

「……触らないでくださいッ!!」

 

肩に触れた手がぱしんと弾かれ、ヒマリは再び蹲った。

 

「……ぁぁ……ルイ……っ!!」

 

ヒマリの発した言葉。

その名前。謝罪。倒れたセイア。

 

それらがかしゃかしゃと組み合わさって、嫌な想像を掻き立てる。

 

(……まさか……)

 

ふと顔を上げ、直前まで部長が見ていたであろうモニターに目を向けた。

 

「…………?」

 

映し出されていたのは、なにかに踏み潰されたように大破した装甲車と……その付近に倒れている少女二人だけ。

時間の表示を見るに……リアルタイムの映像のようだ。

 

(…………)

 

嫌な予感を振り払うように、操作用の端末に手をかけて映像を巻き戻す。

そこに、映っていたのは────。

 

「っ…………!!!」

 

天城ルイの辿った最期が、そこには映っていた。

 

 

……ああ、予感は的中してしまった。

部長も、セイアさんも……これを見てしまったんだ。

 

二人は、ルイさんのことを想っていたから。

胸に溢れ出した悲嘆が、じわりと胸を蝕みはじめる。

 

(────ううん、私が、落ち着かなきゃ)

 

ぎり、と拳を握る。

二人がこうなってしまった以上……私が悔恨に沈むことはできない。

 

そんなことは、後でもできる。

 

……考えろ。現状の最善を。

どうするのが、二人の……ルイさんの為なのか。

 

思索を巡らせ始めて数秒。"ぶるり"とエイミの携帯が震えた。

 

 


 

 

────3時間後。

 

午後:ヴァルキューレ管轄区/16号道路

side:ミネ

 

 

「────帰りましょう……ルイ」

「もう少し、もう少しですから……」

 

ずり、ずりと重い足を動かして、ミネは二人の帰るべき場所へと歩みを進めていた。

 

「……覚えていますか。初めて会った時のことを」

 

背負ったルイの遺体に話しかけながら、ミネはただ歩き続ける。

 

「私は覚えていますよ。……ずっと、ずっと忘れません」

 

「私が救護騎士団から追い出されそうになっていたあの日……貴方が、私を庇ってくれましたね」

 

「……私は口下手ですから。あの時、貴方が私の意を酌んで、皆に説明してくれなければ……どうなっていたのでしょう」

 

「…………」

 

ぽた、ぽたと雫が落ちる。

 

……わかっている。答えが返ってこないことなんて。

 

それでも、言葉を止めてしまったら……本当に、彼女が消えてしまう気がして。

 

「……今思えば、私は貴方のことをお慕いしていたのだと思います」

「私を理解してくれて、同じ目線で話せる貴方のことを。」

 

「……ぐすっ」

 

「……ああ、どうして今更になって、言葉にできたのでしょう」

「……頼りない師で、友で……ごめんなさい……」

 

あふれ出る涙を拭うこともせず、ミネはただ、歩き続ける。

 

 

"────ブロロロロ……!!"

 

そんな中。ミネの目の前に立ちはだかるようにして一両の装甲車が現れた。

 

(…………)

 

唐突に現れた障害に、ミネは"ぎり"と歯噛みする。

 

"ばたん"という音と共にドライバー席から降りてきた少女は……ミネの前に立った。

 

「……始めまして。……蒼森ミネ……さん」

「私は和泉元エイミ。……貴方と、ルイさんと話がしたい」

 

ぎこちなく伝えられた言葉が、澱みきったミネの感情を逆撫でる。

 

「……そこを、退きなさい」

 

ミネの唸るような言葉に怯まず、彼女は首を横に振った。

 

「ごめん、退けない。……お願い、少しだけでいいから話を聞いて欲しい」 

 

「……私達は、ルイさんの味方、です」

「事情を説明させてください。……お願いします」

 

そう言って、エイミと名乗った少女は深く、深く頭を下げた。

 

「……ルイの、仲間?」

「彼女が一人で戦うようや真似を許すのが、仲間ですか……?!」

 

彼女が本当にルイの"仲間"だというのなら……。

それは、ミネにとってなにより許しがたいことだった。

 

「……ふざけないでください」

「ルイのことを想うのなら……今すぐ立ち去って、二度と私の……私達の前に、現れないでください」

 

突き刺すようなミネの言葉に、エイミは頭を下げたまま答える。

 

「……本当に、ごめんなさい」

「本当に謝るべき相手は貴方ではないことも、わかっています」

「ですが……どうしても、ルイさんに会わなければいけない人たちがいるんです」

 

「……ルイさんも、それを望んでいると思います」

「だからどうか、お願いします」

 

「…………」

 

真摯に告げられたエイミの言葉に、ミネは沈黙する。

 

────思えば、ルイの真意を私は知らない。

彼女は何のために戦い、何のために私達を裏切ったのか。

 

私は、なにひとつとして知らない。

 

 

「……ルイさんの目的も、意思も……全てお話しします」

「お願いです。私と一緒に来てください」

 

「その後で……この事態を招いた報いを受ける覚悟は、できています」

 

エイミの言葉が、ミネの中に渦巻く憎悪を鎮めていく。

握った拳からは力が抜けていき……ミネは音も無く息を吐いて、俯いた。

 

────最後に残ったのは、無力感。

 

「…………わかりました」

 

その言葉と共に、ミネは"どさ"、と膝を着く。

……心も、体も……限界だった。

 

怒りと憎悪が、今までミネに力を与えていた。

それらを失った今、ミネを支えるものは無い。

 

「……!!」

 

エイミはミネの背から落ちそうになったルイの遺体を支え、そっと抱きかかえる。

 

「……ルイさん、ごめんね」

 

そう小さく呟いて、エイミはゆっくりと遺体を地に寝かせ……ルイの脚に嵌められたままの装甲に手を掛けた。

 

「……装備を外します。ミネさんは、ルイさんの傍に居てあげてください」

 

「……はい……」

 

 

(…………ルイ……)

 

 

ミネは無言でルイの遺体を見つめ続ける。

 

……もう開かれることのない彼女の目を見ていると、涙が溢れ出した。

 

 

────本当に、ルイは死んでしまったのだ。

 

 

もう、二度と。

彼女と医療用品を見て回ることも。

訓練もお茶会も講習会もお食事も討論も……二度と、できない。

 

彼女はもう、戻ってこない。

 

「……ぅぅ……ひぐっ……ぐすっ……!!」

「どうして死んでしまったんですか……っ!!どうして、頼ってくれなかったんですか……!!」

 

「言ってくれたら!!相談さえしてくれたら……ッ!!どんなことだって、手伝ったのに……っ!!」

「戦わないで、って、言ったじゃないですか……‼︎」

 

「どうし、て…………っ!!!うあぁぁぁ……っ」

 

少女の嗚咽は届くことなく、空へと消えていった。

 

 


 

 

side:エイミ

 

 

「…………」

 

ルイに縋りつくミネを沈痛な眼差しで見つめながら、エイミはルイの装備を外していく。

 

脚部装甲を外し、義手を外し……。

ついに、あるがままの彼女が残った。

 

その側には、主を失った装備が寂しげに佇んでいる。

 

……想起するのは、この間まで一緒にいたエンジニア部の生徒達。

彼女達がこれを知ったら……と、そこまで考えて、思考を止める。

 

────もう、たくさんだ。

たった数時間で、いくつもの悲嘆に触れた。

 

……私だって、泣き出したい。

 

でも、それはできない。

私がなんとかしないと、みんな立ち直れなくなる。

彼女の死を受け入れるのは……それからでいい。

 

「…………」

 

決意を胸に、小さく深呼吸をする。

 

「……ミネさん。装備は外し終わったから、車に乗ってほしい」

「私達の拠点に案内する。……それまで、ルイさんの傍に居てあげて」

 

そう伝えると、ミネはゆっくりと顔を上げて、涙を拭った。

 

「……わかりました。……お気遣いに感謝します」

 

そう言ってエイミへ一礼し、遺体を抱き上げたミネは装甲車の後部へと乗り込んだ。

 

「…………」

 

残されたいくつもの装備に目を向ける。

 

……これも遺品だ。捨て置く訳にはいかない。

 

遺された装備を担ぐと、付着した血がぬるりと嫌な感触を立てる。

 

「……はあ」

 

肌が汚れるのも厭わず、血塗れの装備を助手席に載せて、運転席へと乗りこむ。

 

「……合流できたよ、今から戻る」

「リオさん、そっちはどう?」

 

後部にいるミネに聞こえないよう、小声で通信機へそう伝えると……小さなノイズと共に言葉が返ってくる。

 

[……こちらはトキがなんとか抑えてくれているわ。今のところ、心配はいらないはずよ]

 

「……そっか。よかった」

 

 

……数時間前、ルイさんが亡くなった直後。

私の携帯にリオ会長からの着信が入った。

 

彼女は一部始終を見ていたようで、私にいくつかの提案をしてきた。

……不信感はあった。それでも……彼女の提案に乗らざるをえなかった。

 

ルイさんの遺体を回収して、部長とセイアさんにきちんとお別れをさせる。

そうするのが、二人を絶望から救い上げる唯一の方法だったから。

 

 

[……蒼森ミネは既に指名手配されているわ。ここで見つかるとまずいことになる]

[なるべく急いでちょうだい。こちらでも、できる限りの支援はするわ]

 

「……わかった。急ぐね」

 

リオの言葉にそう返して、エイミはアクセルを踏み込んだ。

 

 


 

 

午後:トリニティ本校/ナギサの部屋

side:ナギサ

 

 

「────は……? ルイが……亡くなった……?」

 

ヴァルキューレからかかってきた一通の電話。

それは蒼森ミネの指名手配と……天城ルイの死を、告げるものだった。

 

[はい。交戦したシャーレ旗下部隊によると、魔王には先生殺害未遂の容疑が掛かっていたため……それに応じた現場判断が下されたものと伝えられています]

 

[その後、シャーレ旗下部隊が死亡した魔王の遺体を回収しようとしていた所を蒼森ミネが妨害、遺体を奪って逃走したものと見られ────]

 

がしゃん。

手から携帯が滑り落ちる。

 

「あっ、ぁぁ……」

 

視界が歪む。

指先の震えは全身に伝播し、気付けば、床に膝をついていた。

 

「……ナギサ様!?大丈夫ですか!?」

 

明らかに様子のおかしいナギサに、周囲の生徒達が駆け寄ってくる。

 

「いや、いやっ……!!」

「ちがうんです、そんな、つもりじゃ……」

 

「ぅあぁぁっ……!!」

 

彼女達が見たのは、頭を抱えて蹲り、大声を上げて泣き喚く桐藤ナギサ。

ティーパーティとしての彼女は、もうそこにいなかった。

 

 


 

 

午後:特異現象捜査部/地下駐車場

side:エイミ

 

 

「……着いたよ、ミネさん」

 

バックドアを開けてそう伝えると、ミネはゆっくりと顔を上げた。

 

「……ええ」

 

ミネは掠れた声で答え、抱えていたルイの遺体をそっと抱き上げる。

 

「着いてきて……ください。そこで全部、お話します」

 

そう言って歩き出したエイミに続き、ミネはその背をとぼとぼと追いかける。

視界の先にあるのは、業務用の大型エレベーター。

 

それに二人が乗り込むと、エレベーターはゆっくりと上昇を始める。

 

B1.1.2……とカウントアップしていく音の中、重苦しい沈黙が鉄の箱に満ちる。

 

ミネは虚ろに遺体を見つめ、時折ルイの髪を撫でる。

 

その度にぽろぽろと床に落ちる凝固した血漿が、最悪な現実から逃避を許さず……エイミの眼前へと突き付けられていた。

 

"……ポーン♪"

 

耐えがたい沈黙の中、小気味よい電子音と共にエレベーターは目的階へと到着する。

ゆっくりと開かれた扉の前に立っていたのは……。

 

「……待っていたわ」

 

ビッグシスター・調月リオその人だった。

ミネはリオの姿を見るや否や、鋭い視線を向ける。

 

「……ミレニアムの、生徒会長ですか」

「貴方が、ルイを死に追いやったんですね」

 

刺すようなミネの言葉に、リオはわずかに瞑目し……答える。

 

「……ええ。私は彼女の目的を把握した上で、その行いを見過ごしていたわ」

「けれど……いえ。それは、私が語るべきことではないわね」

 

そう言葉を濁して、リオはミネに深く頭を下げた。

 

「……ごめんなさい。私が彼女を引き留めていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」

「謝って済むことではないのはわかっているわ。だからこそ……責任は果たさせてもらうわ」

 

「…………」

 

その言葉にミネが沈黙する中、リオはゆっくりと頭を上げる。

 

「その前に……天城ルイに会わなくてはならない人がいるわ」

「貴方の怒りはもっともだけれど……どうか、静かな再会を果たさせてあげてちょうだい」

 

リオはそう告げて、エイミの方へと向き直る。

 

「……二人とも少しは落ち着いたようだけれど……まだ混乱しているはず」

「ここからは二人で行ってちょうだい。私が顔を出すと、きっと状況が悪化するわ」

 

そう言葉を終え、リオはそっと道を開けた。

 

「……うん。じゃあ、もう行くね」

 

「……ええ。辛い役目を押し付けてしまって、ごめんなさい」

 

「ミネさん、行こう」

 

「……わかりました」

 

見送るリオを背に、二人は歩みを進め……廊下の突き当りにある部屋へと辿り着いた。

"医務室"という札のかかったそこからは、小さなうめき声が聞こえてくる。

 

「……部長、入るよ」

 

キーカードを握る手は、わずかに汗ばんでいた。

 

 


 

 

 

side:ヒマリ

 

 

ああ……どうして、どうして。

渦巻く感情は収まることなく、自責と痛苦を刻み付ける。

 

涙は枯れず、未だぽろぽろと垂れ落ちていく。

 

……すべて、すべて私の責任だ。

 

ルイの身体のことは知っていた。

無理にでも、縛り付けておくべきだった。

 

激情のままに、"だん"と床を殴りつける。

拳に鈍い痛みが走り、私に罰を与えてくれる。

 

……ああ。このまま、消えてしまいたい。

彼女の居ない世界を生きるなんて……今更、耐えられない。

 

もし死後の世界があるのなら、そこで彼女の傍に……。

 

……なんて。

後を追うことを、彼女はきっと望まないだろう。

 

だからこそ、生ある限り……この苦しみに果てはない。

 

ああ神様、どうか私に、罰を。

……ルイと同じ所へ、送ってください。

 

 

天罰ならば、彼女はきっと許してくれるだろうから。

 

 


 

 

side:セイア

 

 

 

……私の罪だ。

ルイは、私のせいで命を落とした。

 

私だけが止められたのに、私は彼女の背を押してしまった。

 

そのことを、幾度も後悔してきた。

 

それなのに、私は今まで何をしていた?

ルイのため、世界のためと自分を騙し……彼女を戦わせ続けた。

 

……こうなるかもしれないと、頭では理解していた。

 

ああ、私はなんと愚かなのか。

過ちを繰り返した果てが、これか。

 

せめて彼女と共に破滅できたのなら、どんなによかったのだろう。

 

……しかし残酷にも、私は彼女の居ない世界に遺されてしまった。

 

私はこの後、どう生きていけばいい。

ルイの居ない世界で、私はなにを希望とすればいい?

 

……わからない。

なにも。もう、知りたくない。

 

 


 

同時刻:特異現象捜査部/医務室

 

「……部長、セイアさん。……ルイさん、帰ってきたよ」

 

「────!?」

 

その言葉が、二人を澱む暗黒より掬い上げた。

二人の瞳に映ったのは、青髪の……蒼森ミネの背に背負われた、ルイの姿。

 

瞼は閉じられ、血に塗れた土色の肌からは生気が感じられない。

 

「ぁぁ……ルイ……っ……」

 

「……ぐすっ……うえぇ……」

 

逃れようのない現実が、二人の前に突き付けられた。

二人の目から溢れ出した涙が、それを如実に示している。

 

「…………」

 

ミネはセイアの姿に驚きながらも、無言でルイの遺体を下ろし……ベッドへ寝かせた。

 

「部長、……ほら」

 

エイミはそっとヒマリの背を支え、ルイの傍へと座らせる。

セイアは震える足でゆっくりと歩み……ルイの隣へと立った。

 

 

「……お別れ、言ってあげて」

 

 

その言葉が堰を切ったように、二人はルイの遺体へと泣きついた。

 

「すまない……っすまない……!!」

 

「……ごめんなさい……っ!!」

 

同時に叫ばれたのは、悲痛な謝罪。

二人にとって……それがなにより、伝えたかったこと。

 

感謝でも、愛でもないそれが……悲しい現実を煽り立てる。

 

 

「…………」

 

縋りつき、泣き叫ぶ二人をミネは寂しげに見つめていた。

その瞳は潤んで、溢れだした涙が時折頬を伝う。

 

「……ミネさんも、お別れを言ってあげて」

 

エイミの言葉に、ミネは僅かに沈黙して……ゆっくりと首を振った。

 

「…………今は、お二人の時間です」

 

「セイアさんの様子を見れば、察しは付きます」

「お二人にとって、ルイはきっと……なによりも特別な存在だったのでしょう」

 

「……うん」

 

エイミの小さな返答に、ミネはそっと涙を拭う。

その眼差しには決意が宿り、眼前で泣いているセイアとヒマリに向けられていた。

 

 


 

 

十数分後。

 

 

「「…………」」

 

泣き疲れたのか、二人は無言でルイの遺体を見つめ続けている。

 

そんな中、ミネが二人のそばへと歩み寄った。

 

「…………ルイを長くこのままにしていることはできません」

「彼女が彼女の姿で居られる内に、別れを済ませ、送り出してあげるべきです」

 

「……ルイもきっと、それを望んでいるでしょう」

 

優しく、厳かに伝えられたその言葉に、二人はゆっくりと顔を上げた。

 

彼女の、言う通りだ。

ルイはきっと……このままでいる事を望まない。

 

「……そう、ですね」

 

「……ああ。」

 

セイアは哀しげにルイを見つめて、ぽつりと呟いた。

 

「……彼女を送り出すのなら、持たせてあげたい物がある」

「いつか渡せる時が来るはずだった、私達の指輪を、彼女に……」

 

語るセイアの頬には、再び溢れた涙が伝う。

 

「……叶うのなら、一緒に選びたかった……」

「本当に、後悔ばかりだ……‼︎」

 

「……っぐすっ。ずずっ……」

 

ヒマリも涙を溢れさせながら、セイアの言葉に何度もうなずく。

 

「ええ、ええ……。選びましょう、彼女に捧げる、私たちの指輪を」

「きっと……喜んでくれます」

 

涙を拭い、鼻をすすって、ヒマリは真っ赤に腫れた目をエイミに向ける。

 

「……エイミ……お願いできますか。」

 

「うん……もちろん」

 

エイミはこくりとうなずいて、ミネへと向き直った。

 

「……ちょっと、行ってくるね」

「セイアさんたちを、お願い」

 

「……もちろんです。エイミさん」

 

ミネもその意図を察したのか、深々と頭を下げた。

 

 

 


 

 

 

────それから、私はルイさんを送り出すために色々なお店を回った。

 

 

最初に、ブライダルリングのお店で指輪を選んだ。

 

部長もセイアさんも、泣きながらルイさんの思い出を語って……何度も何度も、考えて、考えて。

 

……結局、ルイさんにはシンプルな指輪を渡すことに決まった。

彼女はきっと、ごてごてとした指輪は煩わしく感じるだろうから、と。

 

二人が選んでくれた物なら、どんな物でも喜ぶと思うけど。

 

 


 

 

次に行ったのは、お花屋さん。

 

 

意外だけど、ルイさんってお花が好きだったらしい。

セイアさんが言うには、トリニティではガーデニングもやってたとか。

 

それを聞いた部長は、ルイさんの知らない一面にちょっと不貞腐れてたけど……どのお花をあげるかって話になったら、すぐに調子を取り戻した。

 

 

……そして、私たちは一人ずつ、一輪の花を贈ることに決めた。

 

 

部長は "自分を想って欲しい"、とシラユリの花を。

セイアさんは "ルイさんが好きだったから"、とモッコウバラの花を。

ミネさんは "感謝という花言葉"から、カーネーションの花を選んだ。

 

私は……そういうのは詳しくないから迷ったけど。

彼女の髪色に似た、ジニアという花に決めた。

 

一輪だけ、っていうのは寂しく感じたけど……それぞれ一輪の花を、私たちだと思ってもらえるように……ってことらしい。

 

……大切にしてくれるといいな。

 

 


 

 

次に行ったのは、本屋さん。

 

 

セイアさんがどうしてもって言うから、おすすめの本をルイさんにあげることになった。

 

セイアさんが選んだのは、推理ものや娯楽小説から漫画や絵本、哲学書まで、幅広いジャンルの本たち。

 

……全部、いつかルイさんに読んでもらって、感想を聞きたかった作品らしい。

いつか自分がそっちに行った時に、感想を聞かせて欲しいから……だって。

 

そう語ったセイアさんは本当に悲しそうで、悔しそうで。

……みんな、つられて泣いてた。

 

私は表にいたから泣かないように我慢してたけど……結局、堪えきれなかった。

多分、お店の人には変な人だと思われちゃっただろうな。

 

 


 

 

最後に行ったのは……意外だろうけど、ピザ屋さん。

みんな泣き疲れちゃって、お腹が空いてたから。

 

"ピザパーティーをしよう"って、部長が発案してくれたらしい。

 

ルイさんが好きだったメニューをいくつも買って、私は部長たちの所に帰ってきた。

 

その時にはもう日は暮れていて、数時間ぶりに会った部長たちは目元を真っ赤にしながらも……どこか、踏ん切りのついたような表情をしていた。

 

 

 

────それから、私たちは買ってきたピザを食べながら、ルイさんとの思い出を語り合った。

 

トリニティ入学直後、いくつもの委員会や部活に所属して怒られていたこと。

救護騎士団での逸話や、正義実現委員会での活躍。

トリニティ内部でのいざこざを解決したこともあるらしい。

 

それとは逆に、私と部長がルイさんの話をすると……ミネさんもセイアさんも驚いていた。

 

無人兵器の開発中に部室棟を吹き飛ばして、あわや外交問題になりかけたこととか。

ロボット相撲に合体ロボを持ち込んで、サイズオーバーで失格になったこととか。

 

みんな、いろんな思い出があって……聞けば聞くほど、すごい人だと思った。

 

ルイさんの話をする三人は、時折涙を浮かべながらも、みんな楽しそうに笑っていたから。

 

 

……そして、夜も更けてきた。

時計の針は頂点を過ぎ、新たな周回を始めた頃。

 

私たちはついに、彼女との別れを決めた。

 

 


 

 

みんなでお風呂とお化粧を済ませて、医務室へ戻る。

 

数時間ぶりに会ったルイさんは、棺の中で真っ白なエンディングドレスに身を包み……まるで、眠っているかのように横たわっていた。

 

……きっと、トキとリオ会長が手を回してくれたのだろう。

 

これが、私たちの記憶に残る最後のルイさんの姿。

 

 

「……じゃあ、最後にお別れしよう」

 

 

そして……私たちはひとりひとり、二人きりで最後の別れを告げることにした。

 

 


 

side:セイア

 

 

 

「……ルイ、お別れだ」

 

セイアはルイの手を両手で握り、誓うようにして呟いた。

大きな耳はぺたりと垂れ、震える熱が冷たい手に伝わっていく。

 

「────もっと、もっと長い時を、君と過ごしたかった」

「ごめんね。ずっと君のそばにいると、誓ったのに」

 

ぽた、と垂れた涙を拭い、セイアは優しく微笑みかける。

 

「比翼の鳥とはまさにこのことだ。片翼を失った鳥は、飛べずにただ堕ちてゆく……」

「私もきっと、そうなってしまったのだろう」

 

「……安心してくれ。君は嫌がるだろうから、すぐにそちらへは行かないよ」

 

「……それでも、寂しいものは寂しいものだ」

 

「きっと、君も寂しがるだろう」

「だから……私からの贈り物を、受け取って欲しい」

 

セイアはポケットから小さな箱を取り出し、それを開いてみせた。

 

中に入っていたのは、金色に輝く小さな指輪。

シンプルなデザインのそれを、セイアはそっと、ルイの薬指に嵌める。

 

「……婚約指輪だ。受け取ってくれ」

「今更かもしれないが……君に、永遠を誓うよ。」

 

そして……セイアの薬指にも、同じ金色の指輪が輝いた。

 

「今世では叶わずとも……いつかあちらで、式を挙げよう」

「それまで、この指輪を私だと思って欲しい」

 

……ルイは答えない。

それでも、セイアには彼女の声が聞こえた気がした。

 

「……ありがとう、ルイ」

 

「どうか、また会えるその日まで、私達を見守っていてくれ」

 

「そちらは退屈かもしれないから、私おすすめの本もプレゼントするよ」

「君のために選んだ本だ……感想、楽しみにしているよ」

 

ぽた、と落ちた涙がひとしずく、本の表紙を濡らす。

 

「……いけないね。あまりこんな姿を見せたくはないんだが」

 

涙を拭い、セイアはゆっくりとルイの顔を覗き込む。

 

「しばしの別れになるが……永遠の前では、それは瞬きのようなものだ」

 

「……またね、ルイ」

 

そっと、二人の影が重なった。

 

 

 


 

 

 

side:ヒマリ

 

「……夜分遅くに、失礼します」

 

車椅子を棺の側に寄せて、ヒマリは小さく呟いた。

返事はなく、彼女はただ眠り続けている。

 

「…………」

 

そっと、ルイの身体を撫でる。

ドレスの衣擦れが、二人きりの部屋に響いた。

 

「……痛かったでしょう、苦しかったでしょう。」

「貴方は、こんな最期を迎えるべき人ではありませんでした」

 

「……本当に、ごめんなさい」

 

悲嘆に震える声色で、ヒマリは語る。

 

「……これは、ひとりごとです」

「貴方が聞いたら悲しむでしょうから……どうか、聞き流してください」

 

ヒマリはゆっくりとルイの胸へと頭を乗せて、目を瞑った。

 

 

「……私はこれから、なにを希望に生きればいいのでしょうか」

 

「ルイ。私は、貴方との未来を疑っていなかったのですよ……?」

 

ぽろぽろと頬を伝う雫がルイの体に落ち、ドレスを濡らす。

 

「……私は、人よりも死が近い場所にあります」

「美人薄命という言葉が示すように……私は病弱ですから」

 

「まさか、私が置いていかれるだなんて、つゆとも思っていなかったのです……っ」

 

「……ルイ、愛しています。本当に、本当に……っ……!!」

 

ぐすぐすと鼻を啜り、泣き叫ぶように胸中をぶちまける。

 

 

「……ずるい。ずるいです……っ‼︎わたしをそのきにさせておいてっ‼︎ようやくこいびとになれたとおもったら、こんなおわりだなんて……っ」

 

「おねがいですっ‼︎わたしを……おいていかないで……‼︎」

「ひとりにしないでください、ずっとずっとっ……‼︎そばにいてください……っ‼︎」

 

……縋る言葉に、返答はない。

 

しかしヒマリの耳には確かに

"────────"

もういないはずの、彼女の声が届いていた。

 

「……るい、さん……?」

 

聞こえた声が幻聴なのか、はたまた本当にルイの声だったのか。

そんなことは、どうでもよかった。

 

「……やくそく、ですからね……っ」

 

ヒマリにとって、それは確かな救いとなったのだから。

 

 

涙を拭い、ヒマリはゆっくりと顔を上げる。

 

「……みっともない所を見せてしまいましたね。私が泣いている所なんて……貴方は見たくないでしょう」

 

声は震えたまま、涙は止まらない。

それでも、ヒマリは微笑んだ。

 

ルイは、私の笑った顔が好きだと言ってくれたから。

別れには見合わずとも、彼女には私の好きな所を見ていてほしい。

 

ヒマリはそっと、ルイの手を握った。

その薬指に輝くのは、セイアから渡された金色の婚約指輪。

 

「……実は、私からもプレゼントがあるんです」

 

そっと取り出した箱の中身は、白銀に輝く指輪。

 

「受け取ってください。これは、私からの婚約指輪です」

 

金の指輪の上に乗せるように銀の指輪を嵌めて、くるりと回す。

すると、かちりと音をたて……金銀の指輪が一つとなった。

 

「……私の、私たちの永遠を、貴方に誓います」

「どれだけの時間を経たとしても……この指輪が私たちを導き、引き合わせてくれるでしょう」

 

「……いつかの再会は必ず果たされます。その時は、そちらで式を挙げましょう」

 

「……どうかそれまで、私たちを見守っていてくださいね」

 

「また会う日まで、おやすみなさい……」

 

 

触れるだけの口付けが、彼女との最後の記憶となった。

 

 


 

side:ミネ

 

 

 

「……こんばんは。ルイ」

 

入室したミネはルイの傍に立ち、深々と頭を下げた。

 

「……ごめんなさい。」

「貴方にとって、頼れる師でなくて……ごめんなさい」

 

「……貴方は、こんなところで斃れていい人ではありませんでした」

「私個人としても、キヴォトス全体としても……貴方を失ったことは、なにより大きな損失となるでしょう」

 

そう言って、ミネはゆっくりと顔を上げる。

眼前で横たわる彼女は、本当に眠っているかのよう。

 

体を揺すれば、今にも目覚めるんじゃないか……なんて、そんなはずがないのに。

 

悔念を噛み潰すように固く瞑目し、ミネは瞼を開いた。

 

「……貴方に戦い方を教えてしまったことは、私の人生で最も大きな過ちです」

「私が、貴方の剣となるべきでした」

 

「……今更、許しを求める気はありません」

「優しい貴方はきっと、怒ってすらいないのでしょうから」

 

そう告げて、ミネはそっと頭に乗せたナース帽を脱ぎ……ルイの胸に抱かせた。

 

「……その代わり、貴方に誓いを立てましょう」

 

遺体に添えられていたルイのショットガンを手に取り、縦に構える。

 

「────眠りなさい、友人よ」

「後に続く私が、貴方の願いを継ぎましょう」

 

死者に対する敬意。哀悼。

それは、行われなくなって久しいトリニティ式の最敬礼。

 

「……貴方の新たな旅路を、ここに祝福します」

 

ガチン、と、撃鉄が空を叩き、静かな弔砲が部屋を揺らした。

 

……ゆっくりと銃を下ろし、ルイの翼を撫でる。

 

「……略式で申し訳ありません」

「誓いは必ず果たします。貴方の願いは、この私が叶えましょう」

 

そう語って、ミネはふと微笑んだ。

 

「と言っても、まだ貴方の目的を聞けてはいませんが……」

「それでも、きっと貴方はただ、誰かを助けたかっただけなのでしょう?」

 

「……長い付き合いですから、わかっています」

「貴方の夢は、私の夢です。……安心して、眠ってください」

 

「いつか……また、会いましょう」

 

ミネは振り返らずに、部屋を後にする。

胸に秘めた愛は……今日ここに、永い眠りについた。

 

 


 

side:エイミ

 

 

 

「……やっほ、ルイさん」

 

エイミは小声で入室し、棺の側に置いてあった椅子にそっと腰掛ける。

 

「…………」

 

少しの思案を挟んで、エイミは大きなため息を吐いた。

 

「……うーん、こういうのって、やっぱり苦手だな」

「色々考えてみたけど、言いたいことは部長たちが言ってくれただろうし……私からは、簡単に言うね」

 

そう言って、エイミは優しくルイの翼を撫でる。

綺麗に洗われた羽は、元のふわふわとした感触を取り戻していた。

 

「……ルイさんがここに来た時、"部長を悲しませたら許さない" って言ったけど……やっぱり、許すよ」

 

「怒ってないわけじゃないよ。でも……ルイさんは、部長とセイアさんの側にいてくれるんだよね」

 

「……だったら、いいかなって」

 

 

「……これからのことは安心していいよ。私が部長も、セイアさんも守るから」

 

「そっちで見ててね。……ばいばい、ルイさん」

 

小さく手を振って、エイミは部屋を後にした。

 

 

 

「…………」

 

ゆっくりと開かれた扉の外で、三人がエイミを出迎える。

言葉なく、四人はただうなずきあった。

 

 

……別れの時だ。

 

 

 


 

 

 

 

────7時間後。

 

早朝:トリニティ寮区画/ナギサの部屋

 

 

ナギサは一人、自室のベッドにうずくまっていた。

 

「…………ごめんなさい……」

 

真っ青な顔。ガタガタと震え続ける体。

ナギサは自らの犯した罪に押しつぶされ、苦悶の海へと沈んでいた。

 

「嫌だ。いやだ、いやだ……っ」

 

受け入れたくない現実が、ナギサの眼前に渦を巻く。

 

天城ルイは死んだ。

殺された。

誰に? ……私に。

 

「ぁあ……ルイ、許して、ください……っ」

 

今更になって許しを請うても、誰も答えてはくれない。

だって、ルイは死んでしまったのだから。

 

「っあああ……!!」

 

絶望、悔念、罪悪に塗れ、泣き叫ぶナギサを支えるものはいない。

 

ミカは去り、セイアは失踪し、ルイは死んだ。

先生に連絡は付かず、周囲の生徒は狂ったナギサを一人放った。

 

 

……そんな中、がちゃりと扉が開く。

 

「おはようございます、ナギサ様……」

 

ティーパーティの連絡員だった。

彼女は恐る恐る、部屋の電気を点ける。

 

「……お体の方は、大丈夫ですか?」

 

心配そうに尋ねた彼女に、ナギサは目も合わせず、毛布の中へと逃げ込んだ。

 

「帰ってください。私は、もう……」

 

震えた声に、連絡員は困ったように思案する。

……桐藤ナギサは今、どう見てもまともに動ける状態にない。

 

……それでも、今のトリニティには桐藤ナギサしか居ない。

元を含め、ティーパーティのメンバーはナギサ以外全員失踪している。

 

その挙げ句、ヨハネ分派の長たる蒼森ミネはシャーレに対する攻撃および魔王との共謀の疑いで指名手配。

 

……もはや、スキャンダルなどという次元の話ではない。

今起こっているのは、トリニティの根幹を揺るがしかねない大事件だ。

 

 

このような事態に際して、代理に立てる者などいない。

どれだけ苦しんでいようと、トリニティの代表である桐藤ナギサには動いてもらわなければならないのだ。

 

……叫ぶ良心を噛み潰すように歯を食いしばって、連絡員はゆっくりと口を開いた。

 

「……ナギサ様。本日正午から記者会見を行います」

 

「…………」

 

「お体を悪くされている中、心苦しいお願いではありますが……これは、決定事項です」

「台本はこちらでご用意致します。11時ごろに再びお迎えにあがりますので……それまでは、お休みください」

 

 

答えは聞いていないとばかりに言葉だけを残し、連絡員は去っていった。

ばたん、という扉の音が響き、ナギサは再びひとり残される。

 

(記者会見…………)

 

──暗澹たる思いの中、ナギサの中に一つの答えが浮かび上がった。

 

 


 

正午前:トリニティ本校/演説ホール

 

 

「……」

 

記者会見の開始まで残り3分ほどとなった頃。

先ほどまでの姿が嘘のようにきっちりと正装を着こなしたナギサに、周囲の面々は安堵していた。

 

……その内心に渦巻く昏い闇に、気が付くこともなく。

 

 

「……まもなく会見開始です、スタンバイお願いします!」

 

「ええ、準備はできております」

 

 

ナギサはそう言って、深く呼吸する。

演説というものは、言ってしまえば人心を操るためのもの。

 

どうすれば、人の心を動かせるのか。

ナギサはそれを、熟知していた。

 

 

「……中継始まります、3.2.1────」

 

「オンエアです!」

 

ナギサは踏み出した。

自らの、終焉に向かって。

 

 

 

「……皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」

「ティーパーティの、桐藤ナギサです」

 

そう言って、壇上へと登ったナギサは深々と礼をした。

ゆっくりと頭を上げ、ナギサは聴衆をまっすぐに見据える。

 

 

「……本日は、私の犯した罪について、皆様に告白しに参りました」

 

 

大きなざわめきが起こる。

聴衆からのみならず、ナギサの背後からも困惑の声があがった。

 

それを意にも介さず、ナギサは粛々と発言を続ける。

 

「……先日死亡した"魔王"、天城ルイさんが先生を殺害しようとしたという疑いは、全くの虚偽、誤解です」

 

「それどころか、彼女の行った攻撃は全て、人命の損失が発生しないよう細心の注意が払われた物であったと認識しております」

 

「実際に、彼女は爆撃の実行に際して……先生が巻き込まれないよう、その身を挺して庇っていました」

 

「……それを承知した上で、私は "天城ルイに対する包囲網を強め、一刻も早く確保するため" と先生を唆し……情報を意図的に伏せることで、彼女が卑劣な殺人犯であるかのように印象操作を行いました」

 

 

異常な言葉が、ナギサの口から流れ出す。

それはマイクを通り、電気信号と変わって……キヴォトス中へと伝わっていく。

 

 

「……おい‼︎中継止めろ‼︎」

 

バックヤードで叫び声が響く。

しかし……中継が止まることはない。

 

 

「……その結果、彼女はシャーレ旗下部隊により殺害されるという最悪の結末を招きました」

「これは、私が殺したようなものであると、自認しております」

 

「……これが、告白すべき私の犯した罪です」

「トリニティの、ティーパーティとして、桐藤ナギサ個人として」

 

「ここに、被害を受けた皆様に心よりの謝罪と……私の非道な行いにより、殺害されてしまった天城ルイさんの冥福を、お祈り申し上げます」

 

ゆっくりと演説台を降り、ナギサは床へと膝を着く。

地を頭に着け、全身を使って表現された謝意は……トリニティの権威を失墜させるには十分だった。

 

 


 

 

同時刻:演説ホール/バックヤード

 

「どうして中継を止めなかったんですか⁉︎ ああ、もう……‼︎ 今すぐにクロノスに手を回して────」

 

「……もう、無駄ですよ」

 

「なっ……?」

 

カメラを持っていた広報部の生徒が、苛立つ生徒の言葉を遮る。

 

「一度拡散した情報は消えません。この情報の真偽はさておき……現ティーパーティはもう終わりです」

「殺人に加担させられた形になるキヴォトス中の学校は、ここぞとばかりに攻撃してくるでしょう」

 

「……それならいっそ、全てを"暴走した桐藤ナギサ"個人の責任にしてしまう方が、トリニティのためになります。……わかりますね?」

 

重みのある言葉が、その場にいた生徒たちを支配する。

 

「広報部は風見鶏。誰かのためでなく、トリニティという群体の為にあります」

 

「……すぐに会議を開きましょう。全ては、トリニティのために」

 

その言葉に、その場にいた物たちは目を見合わせ……ゆっくりと、うなずき合った。

 

中継が切断されてなお、舞台上で謝罪を続ける桐藤ナギサを放って、ティーパーティの生徒たちは会議室へと去っていった。

 

 


 

 

 

────即断即決。

すぐに、答えは出た。

 

桐藤ナギサの即時解任。及び、トリニティ学籍の抹消。

そして、新たなティーパーティを選出するための選挙の開催。

 

 

あの会見からわずか2時間後に開催された放送で、それは公示された。

 

 

桐藤ナギサをティーパーティーの権力を利用し、貶めた殺人犯とみなし、特例での除籍を敢行。

長期の不在を理由に、百合園セイアを解任。

聖園ミカは選挙の開催に際して、正式に代表の座を退けられた。

 

あまりに短慮で、強権的な処断。

方々への相談なく決定されたそれを、止める物など居ない。

 

 

シャーレの先生は連邦に軟禁され不在。

他分派の長達は、自分達こそ新たなティーパーティとばかりに息巻いて、ナギサ下ろしに一切の躊躇はない。

 

 

孤立無援。それが今の桐藤ナギサだった。

 

 

────しかし、それこそが彼女の思い描いた破滅。

トリニティ外行きの車に押し込められながら、ナギサは虚ろな表情を浮かべていた。

 

 


 

 

 

午後:特異現象捜査部/居住区画

 

 

「…………」

 

桐藤ナギサの処遇はキヴォトス全土に伝わり……当然、ミネを含めた特異現象捜査部の皆々にも届いていた。

 

 

「「「「…………」」」」

 

あまりに唐突な告白。そして、終幕。

 

皆一様に、沈黙する。

しかし、その内心はそれぞれ。

 

 

「…………私の意見を、先に述べさせて欲しい」

 

 

沈黙を破ったのは、セイアだった。

 

「……私は、ナギサを保護するべきだと考える」

 

その言葉に、その場に居た全員がセイアの方を向く。

セイアは皆の反応がわかっていたかのように、小さくうなずいた。

 

「……君達の考えはわかる」

「彼女は、ルイが殺される直接的な原因を作った。君達は、彼女のことを恨んでいるだろう」

 

そう語ったセイアの言葉からは、複雑な感情が伝わる。

セイア自身、ナギサのしたことは腹に据えかねていた。

 

「……だが、それはルイ自身が仕向けたことでもある」

「ある側面では、彼女も被害者の一人だ」

 

「……卑怯な物言いかもしれないが、彼女をこのまま放っておくのはルイも望まないはずだ」

 

「……そしてなにより、彼女はトリニティという群体を誰よりも深く知る人間だ」

「今後、トリニティで発生するであろう動乱を解決するためにも、彼女の力は必要だと考える」

 

「……この提案に個人的な感情が多分に含まれている事は否定しない。それでも、私は彼女を助けたいんだ

 

そう語ったセイアは、悲しげな瞳で周囲を一瞥した。

そんな中、渋い表情を浮かべていたヒマリが、ぽつりとこぼした。

 

「……私は、彼女の行いを許すことはできません」

 

「……」

 

ぴしゃりとした答えに、セイアは目を伏せる。

しかし、ヒマリは言葉を続けた。

 

「……ですが、彼女もまた被害者であるというのは、疑いようのない事実です」

「このような結果を招いたことには、我々にも責任の一端があります」

 

「……ルイの意思を継ぐと決めた以上……我々には、その責任を果たす義務があります」

「トリニティの件を含め、彼女の保護は必要でしょう」

 

「……よって、私もセイアさんの意見に賛同します」

 

ヒマリはそう言葉を終え、ミネへと視線を送る。

ミネは困ったように視線を逸らし、俯いた。

 

……迷うのも当然だ。

彼女にとって、桐藤ナギサは許し難い存在のはず。

 

しかし、ミネは拳を固く握って……ゆっくりと顔を上げた。

 

「桐藤ナギサに対して思う所がない訳ではありませんが……お二人がそう仰るのなら、異存はありません」

「それがルイの意思だと言うのなら、従いましょう」

 

そう語ったミネの瞳には、固い決意が宿っていた。

 

「……すまない、ミネ。……感謝するよ」

 

存外に早く話が纏まり、セイアは深く頭を下げた。

話がひと段落した所で、ヒマリはゆっくりと車椅子を動かす。

 

「ではエイミ、急なお話で恐縮ですが……急ぎ、ナギサさんの保護に向かってください」

「ナギサさんの現在地はこちらで調べますので、一旦はトリニティ方面に向かいつつ、指示を待ってください」

 

「おっけー、じゃあすぐ向かうね」

 

「……待ってください。私も同行します」

 

指示を受けて即座に部屋を出ようとしたエイミを、ミネが引き留めた。

憂いに満ちた瞳に、エイミはわずかな困惑を滲ませる。

 

「えっ、いいけど……行ってくるだけだよ?」

 

「……念のためです。よからぬことが起きないとも限りませんので」

「念のため、医者が居た方がよいでしょう」

 

どこか思わせぶりなことを言ったミネは、そっと椅子から立ち上がった。

 

「……では、行って参ります」

 

「行ってくるね」

 

そうして、二人はナギサの保護へと向かうのだった。

 

 


 

 

夕方:ヴァルキューレ管轄区/37号道路

 

 

「……なんとか言ったらどうなんだ?人殺しの桐藤さん?」

"ガスッ‼︎"

 

「ぉぐ……ッ‼︎はぁ……はぁ……」

 

スーツケースひとつで治安の悪いエリアへと放り出されたナギサは、当然のように路地裏に連れ込まれ……不良グループから暴行を受けていた。

 

「……あのさ、もうちょっとお金になりそうな物ちょうだいよ。クビになったとはいえ、トリニティのお偉いさんの持ち物がこんだけなわけないでしょ?」

 

「そーそー。言っとくけど、隠しても無駄だよ。あんたが金を隠し持ってるのは、あんたのお仲間から聞いてる。あっはは、嫌われちゃったねぇ?」

 

げしげしと翼を踏まれ、腹を蹴られる。

"相手は人殺しなのだから、一切の容赦は必要ない"とばかりに、不良たちはナギサを攻撃し続ける。

 

「あんたみたいなお嬢様にはわかんないだろうけど、あたしらみたいな落ちこぼれが生活してくにはお金が必要なの。わかって?」

 

「もっと痛い目にあう前に早く出しなよ。これも罪滅ぼしだと思ってさ、ね?」

 

「…………」

 

不良の詰問にナギサは答えず、ただ虚を見つめ続ける。

無視をされた不良は不愉快そうに舌打ちをして、地に伏せたナギサに唾を吐き捨てた。

 

「チッ……つまんない、ねっ!」

 

不良がナギサの顔面目掛け、大きく振りかぶった蹴りを入れようとしたその瞬間。

 

"ズダァン‼︎"

 

「ぁぐッ……⁉︎」

 

轟く銃声と共に、"どさり"、と不良の一人が倒れた。

 

「……クソッ、誰だッ……⁉︎」

 

不良達が見たのは、夕陽を背に立つ大きな影。

フードを被ったそれは、硝煙纏うショットガンをくるりと回し、近付いてくる。

 

「……さて、誰でしょう」

「少なくとも、あなたがたに名乗る名は持ち合わせておりません」

 

「ですが、あえて名乗るのなら……"魔王"、と。」

 

「はぁ……? まあいいや、やっちま────"ズダァン!!" ぐぁ……‼︎」

号令をかけようとした不良が倒れる。

 

「……去りなさい。私は彼女に用があるのです」

「それとも……ヴァルキューレに突き出されますか?」

 

ぎろり、とフードの下の瞳が光る。

不良たちは本能で理解した。……"勝てない"と。

 

「……くそ……ッ逃げるぞ‼︎」

 

どたばたと慌ただしい足音と共に、倒れた仲間と共に不良たちは去っていった。

 

そして、路地裏にはズタズタに壊されたスーツケースと、ボロボロのナギサが残される。

 

「…………」

 

フードを被った少女……ミネは無言で、ナギサを見下ろす。

 

翼は砂塗れ、衣服はズタボロ。

暴行を受けたのであろう顔には痣が浮かび、ところどころ出血している。

 

「……いい気味、と言って差し上げましょうか」

 

ぽつりとこぼれたつぶやきが、ナギサの耳へと落ちる。

わずかに開かれたナギサの瞳が、フードの中で燃える怒りを捉えた。

 

「……みね、さん」

「……ごめん、なさい。わたし、は……」

 

ナギサは口腔を怪我しているのか、呂律の回らない様子で謝罪を口にした。

……それがミネの怒りを煽り立てることになるのは、わかっていように。

 

「……黙りなさい。謝罪など聞きたくありません」

「……今はただ、黙ってついてきなさい」

 

そう言って、ミネはナギサを担ぎ上げる。

 

「…………」

 

ナギサは抵抗ひとつせず、ただされるがままに運ばれていった。

 

 


 

 

夜:特異現象捜査部/居住区画

 

 

それから見知らぬ場所へと運ばれてきたナギサは、椅子に縛り付けられていた。

 

「「「「…………」」」」

 

旧知の友を含む四人から向けられる冷たい視線に、ナギサは諦観の滲む息を吐く。

 

百合園セイアと、蒼森ミネ。

 

彼女たちがこうしてここに居るという事は……つまり、そういう事だったのだろう。

 

「……私を裁くおつもりでしたら、どうぞお好きになさってください」

「それだけのことをしてしまった自認はあります。どうか、私をころし────」

 

"パシンッ‼︎"

ナギサの言葉を遮り、静かな部屋に鋭い破裂音が響いた。

椅子が"がたん"と音を立て、後ろへと倒れ込む。

 

セイアが、ナギサを殴り飛ばした。

 

「セイア、さん……?」

 

セイアは困惑するナギサの胸倉を掴んで、息が掛かるほどの距離で睨みつける。

 

「……二度と、その言葉を口にするな」

「君がなぜ、ここにいるのか……その意味を考えるべきだ」

 

今まで聴いたことのないほど低く、唸るような声色でセイアは告げる。

 

「……君は確かに、取り返しのつかないことをした」

 

「それは簡単に許されるようなことじゃあない……だが、"死ねば許される"などという愚かな考えは、改めるべきだ」

 

「ルイがそれを、望むわけがないだろう」

 

「……だから、君は生きるんだ」

「後悔し、苦しみながら……その生を終えるまで!!」

 

「私達と、同じように……!!」

 

凄まじい剣幕で伝えられた言葉に、ナギサは困惑する。

 

「ルイが、私を……?」

 

その問いに、セイアは小さくうなずいた。

 

「そうだ。……ルイはずっと君のことを悔やんでいた。"君に負担をかけすぎている"と」

 

「あの時、トリニティを除籍になることがルイの目的だった。あの攻撃の真意はそれだ」

 

「……無事に目的は果たされ、ルイはトリニティを除籍になった」

 

「……これからようやく、解決へと向かっていくはずだったんだ」

「しかし……ルイは誤解を受け、殺人犯として殺されてしまった」

 

セイアは語り、その頬には一筋の涙が垂れ落ちる。

それでも、セイアはしっかりとナギサの目を見つめていた。

 

「……だが、それは君だけの責任じゃない。それはルイの、私達の責任でもある」

 

「……私達は同罪だ」

「それでも、私達は苦しみながら生きると決めたんだ」

 

「……だから君も、生きてほしい。ルイはそれを望むだろう」

 

「……怒鳴ってしまって、すまなかった」

 

そっとナギサを引き起こして、セイアは小さく言葉を終える。

 

ナギサは沈黙し……深い、深い沈思の後……声を震わせた。

 

「……残酷なことを仰いますね」

「私にはもう……なにも、残ってはいません」

 

小さくこぼれた呟きは、ナギサの本心。

信じた友に裏切られ、傷付けられ続けた、哀れな少女。

 

ナギサはセイアを睨みつけ、言葉を続けた。

 

「セイアさん……どうして、こんなことをしたんですか」

 

「……私がどれだけ苦しんだか、どれだけ悲しんだか‼︎」

 

「私だって!!あんなことしたくはありませんでした!!」

「ただ、私は、ルイに帰ってきてほしくて……っ!!」

 

「また、彼女と、過ごしたくて………っ‼︎」

「ううぅ……っ‼︎」

 

ぼろぼろと零れた大粒の涙が、頬を伝って胸元に染みを作る。

泣きだしたナギサの側で、セイアは優しくその背を撫でていた。

 

「……本当に、君には悪いことをしたと思っている。ルイの分も、謝罪させてくれ」

「今更慰めにもならないだろうが……全て、話そう」

 

そして、セイアはぽつりぽつりと語り始めた。

 

「彼女はただ……全ての生徒が憂いなく過ごせる世界を願っただけだった」

 

「ルイの目的は、潜在的脅威の排除。破滅の予言の超克……そのためには、キヴォトス全土の団結が必要だった」

 

「故に、ルイは魔王などと名乗り、キヴォトス共通の討つべき敵として振る舞うことで……それを為そうとした」

 

セイアから告げられたのは、あまりにも身勝手な自己犠牲。

雪崩のように押し寄せる感情の中で、なによりも早く表出したのは……怒りだった。

 

「……どうして、相談してくれなかったんですか」

「説明さえしてくれれば、私だってっ……!!」

 

叫ぶナギサに、セイアはふるふると首を振る。

 

「……私も、君に事情を説明し、協力を仰ぐべきだと提言した」

「だが、ルイは拒否したんだ。……私が既に協力していたから」

 

「関与したのが私だけなら、私に全責任を押し付れば言い訳もできよう」

「しかし……全員となると、そうはいかない」

 

「……失敗のリスクは、少なからずあった」

 

「万が一ルイの計画が露見し、そこにティーパーティの人間が全員関与していたとなれば……それは個人の問題では片付けられず、トリニティごと共倒れになることは避けられない」

 

「……そういうことだ。ナギサ。本当に……すまない」

 

「…………」

 

ナギサは涙と共に視線を落とし、顔を伏せたままぐすぐすと鼻を鳴らす。

そんなナギサの元へ、蒼い影が踏み出した。

 

「……ナギサ様。この話を知った以上、貴方に残された選択肢は二つです」

 

「……私たちはルイの意思を継ぎ、彼女の計画を完遂するために今ここに集っています」

 

「選んでください。……私達と共に、ルイの意思を果たすか。」

「全てが終わるまで、ここで庇護を受け続けるか。」

 

「……どちらを選択しても、貴方を責めることは致しません」

 

「ですが、今は貴方の力が必要です。ルイへの贖罪を願うのならば……どうか、力を貸してください」

 

ミネの言葉に、ナギサはゆっくりと顔を上げる。

乱れた髪から覗くその瞳には、確かな諦観が浮かんでいた。

 

「……不可能です。少なくとも、トリニティはじきに動乱の渦へ堕ちるでしょう。こうなっては、講和など夢のまた夢」

 

「ルイの、貴方達の願いは……既に破綻しています」

 

 

「……それを理解できているのなら、十分ですよ。ナギサさん」

 

今まで沈黙を保っていた白髪の少女は、そう言ってナギサの手を取った。

 

「……申し遅れました。私はミレニアム三年、明星ヒマリと申します」

 

簡単な自己紹介を済ませ、ヒマリは懇々と言葉を続ける。

 

「ナギサさんの仰る通り……トリニティは現在、大混乱に陥っています」

「我々はそれを制御……鎮圧しなければなりません」

 

「……そのために、ティーパーティの中枢にいた貴方の力が必要なのです、ナギサさん」

 

ヒマリの言葉に同意するように頷いて、セイアは続ける。

 

「トリニティは既に、破滅の道を進んでいる……内戦状態になるのも、時間の問題だろう」

 

「……脅すわけではないが、最悪の場合はトリニティ内政の自壊を誘い、再建の支援と称してミレニアムか連邦、シャーレを介入させることも視野に入れている」

 

「……だが、それは避けたい。そうなれば多くの生徒が混乱に巻き込まれるだけでなく、トリニティの在り様すら変質させてしまう結果になる。……君も、それは避けたいはずだ」

 

「……しかし、動乱が長期化し、内戦状態に陥るよりは遥かにマシだろう」

 

「……これが、私たちに出せる精一杯の解決法なんだ」

「これじゃあだめだというのは、わかっている」

 

「……だから頼む、ナギサ」

「君の力を、貸して欲しい」

 

「………………」

 

セイアの願いを聞いたナギサは、数秒ほど思案して……ゆっくりと口を開いた。

 

「……そうすれば、ルイは私を許してくれるでしょうか」

 

ぽつりとこぼれた言葉に、セイアはそっと首を振った。

 

「いいや……ルイは君を許すどころか、怒ってすらいないだろう」

「彼女のことだ、むしろ、君が苦しんでいることに心を痛めているはずさ」

 

「……身勝手に聞こえるかもしれないが、だからこそ、私達は前を向くことを決めたんだ」

「私達が悲しむ姿を、彼女は望まないだろうから」

 

その言葉は、ナギサの胸へとじわりと沁みて……消えてしまったルイの記憶を想起させる。

 

……そうだ。彼女ならきっと、そんなことは望まない。

当然、多くの生徒が悲しむようなことも。

 

「……わかりました」

 

ナギサは深く息を吸って……ゆっくりと吐き出した。

 

「……私にも、彼女の意思を背負わせてください」

 

そう語った瞳に悲哀はなく、確かな覚悟が宿っていた。

 

 


 

 

────桐藤ナギサがトリニティより放逐され、2日が過ぎた。

 

方々の見立て通り、トリニティは新ティーパーティの選挙を前に、激しい混乱の最中にあった。

 

正面切っての論戦から、水面下での卑劣な暗闘まで。

あらゆる派閥は欲望の刃を胸に、泥濘の争いを繰り広げる。

 

3年生から1年生まで、全ての生徒が無関係ではいられず、半ば強制的に派閥へと所属させられ……まるで権力争いの道具かのように駆り出され始めていた。

 

────そんな中、一通の手紙がひとりの生徒に届く。

 

 


 

正午前:トリニティ本校/2年生の教室

 

 

 

「…………」

 

阿慈谷ヒフミは1枚の紙を穴が開くほどに見つめながら、険しい表情を浮かべていた。

 

「……ヒフミちゃん?どうかしましたか〜?」

 

そんなヒフミに気が付いたのか、ハナコが優しく声を掛ける。

すると、ヒフミは"わあっ‼︎"と驚声をあげ、手紙を机の下へと隠そうとして……はらり、と床に落とした。

 

「あら〜♡まさか、えっちな絵だったり……?♡」

 

ハナコはいつもの調子を崩さず、揶揄うように言いながら床に落ちたそれを拾い上げる。

 

……本来。ハナコはその内容を無理に追及する気はなかった。

 

しかし、その目には映ってしまった。

手紙の端に記された、見覚えのある署名が。

 

「……桐藤、ナギサ」

 

一転、険しい表情へと変わったハナコの口からぽつりと漏れ出たその名に、ヒフミは困ったように"うぅん"と唸って……観念したかのように、口を開いた。

 

「……その、隠そうとしていたわけではないんです。あとでみんなにも相談しようと思っていたんですが……その、ナギサ様から"次のティーパーティに立候補してほしい"……って、手紙が来たんです」

 

ヒフミが簡潔な説明をすると、ハナコは更に眉を顰めた。

 

「……あの方はトリニティを追い出されたはずです」

 

「その上でまだ権力にしがみつこうとするなど、破廉恥という他ありませんね……ましてや、ヒフミちゃんを利用しようなんて……」

 

確かな怒りを言葉に滲ませ、ハナコは手紙を破り捨てようとその両端を握る。

 

「ままままま待って‼︎待ってください‼︎」

 

ヒフミは慌ててハナコを静止して、なんとか破かれずに済んだ手紙を机に広げた。

 

「私の説明が悪かったです……ハナコちゃんも、一度読んでみてください」

「きっと、ナギサ様はそんなつもりで送ってきたわけじゃないと思うんです。あんなことがあったとしても……ナギサ様は、優しい人ですから」

 

そう言って、ヒフミは手紙をハナコに手渡した。

 

「……そこまで仰るのなら、読むだけ読んでみますが……」

 

不服を隠さず、ハナコは手紙に目を走らせる。

 

そして、その頭脳は理解した。

目を背けていた現状と、トリニティの行く末を。

 

「…………」

 

「……どう、思いますか?」

 

押し黙ってしまったハナコに、ヒフミは恐る恐る尋ねる。

ハナコは沈思から顔を上げるが、その表情は険しいままだった。

 

「……少なくとも、ナギサさんに悪意は無さそうです」

「そして……手紙の内容も」

 

そこに記されていたのは、謝罪と懸念。そしてその解決方法。

しかしそれは……あまりにも、無理のあるものだった。

 

「……この手紙に記されている通り、トリニティはそう遠くない内に内戦状態へと陥るでしょう」

 

ハナコの返答を聞いて、ヒフミは悲しげに目を伏せる。

 

「……やっぱり、そうなんですね」

「最近、いやな雰囲気が学校中に漂っていましたから」

 

その言葉に、ハナコはやるせなくうなずいた。

 

「……しかし、それを回避するためとはいえ新ティーパーティにヒフミさんを就任させるというのは……あまりに無理があるというか、そもそも、ヒフミさんの意思を軽視していると言わざるをえません」

 

苦言を呈するハナコに、ヒフミは優しく首を振ってみせる。

 

「……私がティーパーティ、というのはぜんぜん想像できませんが……それでも、私が頑張ることでトリニティの……みんなの青春を護れるのなら、私はどんなことだってやってみせます」

 

「ハナコちゃん。……私が本気でやると言ったら……どうですか?」

 

決意の籠った眼差しが、ハナコの瞳を射貫く。

ハナコは数秒思案して……ゆっくりと、頷きを返した。

 

「……相当にうまく立ち回れば、可能です」

 

「手紙の通り、正義実現委員会を後ろ盾にすることは現実的ですし……シスターフッドも、サクラコさんを説得すれば協力して頂けるでしょう」

 

そこまで語って、ハナコはそっとヒフミの肩に手を乗せた。

 

 

「……ヒフミちゃん。ナギサさんの仰る通り、確かにこの役目は貴方にしかできません。」

 

「しかし……謀略渦巻く政治の世界というものは、なによりも醜く、卑劣で、耐えがたい苦痛に満ちた地獄です」

「……きっと、数えきれないほど嫌な思いを経験することになります」

 

「あえて言いましょう。必ず、後悔する時が来ます」

 

「ヒフミちゃん。……それでも、やりますか?」

 

ハナコは問う。

自分を苦痛の水底へと堕とした忌々しい世界へ踏み込む覚悟があるのかと。

 

本心では、あんなところに大切な友人を送り出すことなどしたくはない。

しかし……ヒフミの答えなど、ハナコにはわかりきっていた。

 

 

「────はい、やってみせます!!それが、私にしかできないのなら!!」

 

ヒフミは力強く笑って、ハナコの手を握った。

"心配しないで"、と伝えるように。

 

「……わかりました」

 

観念したように、ハナコはふうと息を吐く。

 

……この問いに迷いなく答えられる。

そんな人間性と、確かな力強さ。

 

彼女ほど、リーダーに向いている人間はいない。

それを信じ、理解しているからこそ……桐藤ナギサは推挙したのだろう。

 

……彼女なら、きっと。

 

この瞬間。ハナコは心に誓った。

"阿慈谷ヒフミを支え、共にトリニティを救おう"と。

 

 

 

 

────全ては……あまねく生徒の、青春の物語(ブルーアーカイブ)を護るために。

 

 

 

 

 

 

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