"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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寒風

夜:ヴァルキューレ管轄区上空/無人ヘリ

 

 

ナギサの元を離れた後、待機ポイントから装備を回収した私は現在ミレニアムへと向けて移動している。

バラバラとローターの駆動音が鳴り響くヘリの中で、装備の調整を進めていると……"ザザ"、と小さなノイズ音が響いた。

 

[……貴方と桐藤ナギサとの会話は聞いていたわ ]

 

そう切り出したリオは、気まずそうに続ける。

 

[ いま話すようなことではないけれど……]

[ 桐藤ナギサの言う通り、貴方はこれ以上戦わない方がいい ]

 

[ ……いつか怪我では済まなくなるわ。その前に、手を引きなさい ]

[ 実績もあるのだから、貴方は他の分野で活躍する方が全体の利益に資するはずよ ]

 

直球にそう言った彼女の声色は、純粋な心配を感じさせた。

……事実、リオの言う事は正しい。

 

「……そうだな。君の言っている事は全くもってその通りだ」

「私という個が全体に貢献するだけなら、これ以外の手はいくらでもある」

 

「潮目は近い。"魔王"が不要となったのであれば……喜んで手を引こう」

「……これ以上痛い目を見るのは、流石にごめんだ」

 

じくじくと痛む右翼の痛みを感じながら、弱音にも似た言葉を紡いで……ふうとため息を吐く。

 

「……とはいえ、現状はそうもいかない」

「"魔王"にはまだ、利用価値がある。……それは、君もわかっているはずだ」

 

[…………そうね ]

 

僅かな思慮の後、リオは複雑そうに答えた。

 

……それから、十数分ほどの沈黙が流れる。

翼式コントローラーの調整を終えたところで、私はふうと息を吐いた。

 

「……それで、ミレニアムへは後どれくらいかかりそうだ?」

 

尋ねると、リオは"20分程よ"と返答した。

……思ったよりは時間がある。手を回すには充分だろう。

 

なら、まず優先すべきは……。

 

「……では、今の内に"先生"へ連絡しておきたい」

 

「あれは恐らく、現地に向かおうとするだろう」

「しかし、あれが今ミレニアムに来たとしても急所が増えるだけだ」

 

「……現地の情報収集が終わるまで無暗に動かないよう、今の内に釘を刺しておかなければ」

 

そう説明すると、リオは"そうね"と呟いた。

 

[……なら、今から先生に繋ぐわ。先に私が説明するから、貴方は少し待っていてちょうだい]

 

「ああ、わかった」

 

……それから数秒ほどして、ノイズ交じりながらも聞き覚えのある声が聞こえはじめる。

 

"……もしもし? リオ?"

 

荒い音質ながらも聞こえたその声は、確かに先生のもの。

彼の声はいつも通りに優和ながらも、僅かに焦りが滲んでいる。

 

[ 久しぶりね、先生 ]

[ 現在ミレニアムで起きている事象について、私達から少し話しておきたい事があるわ ]

 

リオがそう伝えると、先生は憔悴した様子で言葉を返した。

 

"……連絡してくれてありがとう"

"ちょうどこっちでも色々動いてみてるけど……なにもわからなくて"

 

"今からミレニアムに向かって、現地に居るみんなを助けに行こうかと思ってたんだけど……"

 

……やはり、彼は現地に向かおうとしていたようだ。

内心で呆れつつも、私は話に割って入った。

 

「いや……私達はそれを止めるために連絡したんだ。先生」

 

"その声は……ルイ。どうして君が────いや、そういう事だったんだね、リオ"

 

先生が驚いたような声を上げ、数秒。

彼はどこか納得したような、複雑な声色で言った。

 

[……ええ。私は天城ルイに協力しているわ ]

 

[ しかし、それについて話している時間がないことは理解できるでしょう ]

[ 今は何よりも、現状発生している問題への対応が最優先よ ]

 

"……うん、わかってる"

"今は、皆を助けないと"

 

リオは捲し立てるように告げて、先生もまたそれに理解を示した。

 

「……そこの意見が一致するのなら十分だ」

「では、本題に入ろう」

 

「私は現在、ミレニアムに向かって移動中だ」

「目的は、"代表者達の救出"」

 

「だがそれ以前に、現地は非常に厳しい状況にあることが予想される」

「そのため、まずは現地で抗戦しているであろう連合部隊と合流し、状況を精査する予定だ」

 

"……だから、私に現地に行くなって忠告してくれたの?"

 

先生は探るような声色で尋ねる。

 

「そうだ。通信が使えない上、何が起きているかも判然としない状況でお前が現地に来ても、足手纏いになるだけだ」

 

「……その代わり、お前には救援部隊の編成をしてもらいたい」

「収集した現地の情報はリオを通じて共有する。それに応じて、最適な編成、対処をしてくれ」

 

「私の事を信用できないのは当然だが────」

 

"うん、わかった"

 

私の言葉を遮るようにして、先生は答えた。

……まるで、"信用している"とでも言いたげに。

 

ナギサの証言が記録されたレコーダーを、ゆっくりと下ろした。

 

「…………感謝する」

 

湧きたつ苛立ちを呑み込んで、礼を伝える。

無意識に動いた指が、カツカツとヘリの外装を叩いた。

 

[……話は纏まったようね。そろそろミレニアム周辺に着くから、一度通話を切るわ ]

[ 私については後で連絡するから少し待っていてちょうだい ]

 

苛立つ私に気が付いたのか、割って話を進めたリオに、先生は"わかった"と返事を返した。

 

"……じゃあとりあえず、他の学校の子達に手伝ってもらえないか聞いてみるね"

 

「……頼んだ。それでは失礼する」

 

"あっ、ちょっと待って!"

 

通話は終わるかと思いきや、先生は慌てたように私を引き留めた。

 

「……なんだ」

 

ぶっきらぼうに聞き返した私に、先生は はっきりと、しっかりした声で告げた。

 

"……絶対に助けるから、安心して"

"そう、みんなに伝えて欲しい。"

 

彼の言葉は、通信越しでもわかるほどに慈愛に満ちて、温かいものだった。

しかしそれが、私の内心を更に逆撫でる。

 

「……伝えておく。では切るぞ」

 

"うん、気を付けてね。……ありがとう"

 

それを最後に、通話は終了した。

"ふう" と力を抜いて、再び壁へと背を預ける。

腹の中では、苛立ちとも形容しがたい複雑な感情が渦巻いていた。

 

「……理解できん」

 

ぽつりと零した呟きが聞こえていたのか、リオは少しの間をおいて、ゆっくりと話し始めた。

 

[……貴方の気持ちはわかるけれど、他方で、彼のおかげでいくつもの危機を乗り越えられたのもまた事実よ ]

[ 属人的なシステムは脆弱に過ぎる、という貴方の考えはもっともだけれど……]

 

[ 現状や今後を鑑みるのなら、彼を排除する事よりも、守護する方が合理的よ ]

 

リオは諭すような声色で、つらつらと語った。

 

「……そんな事はわかっている。彼がキヴォトスに必要なのは認めざるを得ない」

「だからといって、私はあれを盲目的に肯定する事などできん」

 

そこまで言ったところで、苛立つ心と共に思考を止めた。

兎にも角にも、今は目の前の問題を打破しなければならない。

 

「……まあいい、再考するのは後でもできる。ミレニアムへはもう着くのだろう?」

 

そう尋ね返すと、リオは"ええ"と答えた。

 

[ ドローンで確認した限り、あと8キロ先から通信阻害の影響が出始めるわ ]

[ もう少し進んだところで、一度降りて貰うことになりそうね ]

 

「了解した。降下する準備はできているが……他に何かあるか?」

 

[ ……見えていないでしょうけど、外は真っ暗よ ]

[ 恐らく、電力供給システムは停止しているわ。……暗視装置は持っているかしら ]

 

「ああ。片目用ではあるが持っている」

 

そう伝えると、リオは"そう"と呟いた。

 

[ ……ならいいわ。先生へは暗視装置をなるべく集めてもらうよう既に連絡してある ]

[ 現地の物資が足りていないようなら、それが届くまで下手に動かないよう伝えてちょうだい ]

 

「了解した」

 

[ ……では、一度バックドアを開けるわ。貴方の目で状況を確認しなさい ]

 

「ああ。いま暗視装置を着けるから……少し待ってくれ」

 

頭に固定具を巻き付けて、左目に嵌める。

緑に照らされた世界は、闇の中を綺麗に映し出していた。

 

「……よし、いいぞ」

 

伝えると、ヘリのバックドアが "ぷしゅう" という噴出音と共に開かれた。

 

ばらばらと吹き付ける寒風が、肌へと突き刺さってぴりと肌を痺れさせる。

反射的に逸らした顔を再び向け、地表に広がる都市を見下ろす。

 

……リオの言った通り、高空から見下ろすミレニアムは、月明りの中にあっても真っ暗だった。

 

遠目に映るのは、黒影のみがその存在を示すミレニアムタワー。

天を衝くそのビルは、まるで巨大な怪物のように映った。

 

胸中に不安が満ちていく。

セイアとヒマリは、この環境に耐えられるのか?

そもそも……無事なのか。

 

ぎり、と歯を食いしばり、言葉を整える。

 

「……状況は思ったより悪いかもしれん。なるべく救援と補給を急ぐよう、先生に伝えてくれ」

 

[ ええ、既に連絡済みよ ]

 

「助かる」

 

空返事を返しながら、周囲を見渡す。

本当に、真っ暗だ。

 

夜闇の中、機械の眼を相手に戦うのは至難を極める。

……ましてや、時期が冬ならば猶更だ。

 

現地部隊がどれほど強力だとしても、このままでは長くは持たないだろう。

一刻も早く救援に行かなくてはならない。

 

焦りつつも、調整した翼式コントローラーを動かす。

キュンキュンと音を立て、ジップラインランチャーの砲口は駆動するが……やはり、翼の部位が減ったぶんコントロールできる範囲は大幅に失われてしまっている。

 

だが、動かない訳ではない。

以前のようにビルの間を"飛行"するような真似はできないだろうが、直線的な移動手段としてはまだ充分に使える。

 

思考しているうちに、ヘリはゆっくりと降下を始めた。

開口部の縁に立ち、降下体制を整える。

 

[ ……このヘリはここの直下に停めておくわ]

[ 通信チャンネルは保持しておくから、臨時の通信拠点や、緊急避難用として使ってちょうだい ]

 

[……気を付けて、行ってらっしゃい ]

[ 無事を祈っているわ ]

 

「ああ。では……行ってくる」

 

凍り付くような外気を吸い込み、着地ポイントを見定める。

 

……そして、私は夜闇へと飛び出した。

 

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