夜:ミレニアム自治区/外縁
"ビュォォォォォォ────"
暴風を纏い、地上めがけて降下する。
迫り来る大地は、瞬く間に足元へと接近し────。
"ガシャァンッ!!"
全身に伝わる痛烈な衝撃と共に、私は大地へと降り立った。
ヒリヒリと冷感に痛む肌を撫でつつ、周囲を見渡す。
……目の前には、都市部へと続く道路。
そこには光を失った街灯が連なり、道を開けるかのように頭を垂れている。
"タタタタタッ……!!"
その時、遠方から銃声が響いた。
「……急ごう」
言葉と共に、私は夜道へ駆けだした。
────数分後。
"────ヴォォォォォォン……!!"
「…………!!」
時折聞こえる銃声の方向へと走っていると、上空を飛行するドローンの一団が視界に映った。
咄嗟に身を隠し、様子を伺う。
"────……"
ドローンは私を認識していないようで、そのまま遠方へと飛び去っていく。
……そんな中、私は一つの違和感に気が付いていた。
(……あれは、ミレニアム規格の配送用ドローン……)
ドローンの側面には、真っ白なミレニアム校章が刻まれていた。
今まで見てきたデカグラマトン勢力の自律兵器は、その全てが白と橙に塗装された特徴的な外装をしていた。
それに準ずるのならば、あれはミレニアム勢力の物のはずだが……通信阻害下でミレニアムのドローンが飛行できるわけがない。
……つまり、あれはハッキングされたものと見るべきだ。
(まずいな。ミレニアム内の自律兵器が、全て乗っ取られているとしたら……)
我々との戦力差は、文字通り数十倍にも及びかねない。
ぞくり、と背筋に寒気が伝う。
同時に、"タタタタタッ!!!"と甲高い銃声がすぐ近くで鳴り響いた。
(……いや、考えるのは後か )
思考を打ち切って、私は再び走り始めた。
同時刻:ミレニアム自治区/第四区画
side:連合部隊の少女
「はぁ……!!はぁ……っ!!」
走る。走る。
闇の中、見えぬ光明を目指して。
無数に現れる橙色の光から目を背けるように、路地裏に飛び込む。
それをわかっていたように、目の前からオートマタが飛び出てくる。
「……ああ、もうッ!!」
"ズダダダダダダダダダダダダッッ!!"
十数秒前に替えたばかりのマガジンは、数秒で空へと変わった。
その残骸を踏み越え、再び駆け出す。
「……また……っ!!」
物陰から、空から。
無限とも思える程の数のオートマタやドローンが湧き出てくる。
どれだけ逃げても、どれだけ壊しても……機械どもは目の前に立ちはだかる。
(……こんな事になるのなら、殿になんかならなきゃよかった……!!)
あんな強がりを言ったせいで、私はここに一人きり。
……弾は尽きかけ。
本隊に合流しようにも、夜闇の中で逃げ回ったせいで道がわからない。
「はーっ……!!はあっ……!!」
ついに、身体は限界を迎え……私は息を切らしてしまった。
凍り付くような寒さとは対照的に、灼けるように喉が熱い。
……限界だ。これ以上、戦い続ける事なんてできない。
じわりじわりと滲みだした弱気が、全身を蝕んでいく。
「ああ……もう、疲れた……」
脚から力が抜けていく。
体がぐらりと揺れて、膝が地面に着いた。
「……寒いなぁ」
ゆっくりと、目を閉じる。
鉄屑どものガチャガチャという足音が耳障りで、耳を塞ぎたくなる。
でも、今はそれすらも億劫で。
……ただ、訪れるその時を待っていた。
"────ドォォォンッッ!!!!"
その時、なにかが爆ぜた。
爆発は一度のみならず、二度、三度と繰り返される。
熱風と共に、砕けたのであろう石片が体に叩き付けられて、鈍い痛みが走る。
……諦観を振り切って、そっと目を開いた。
眼前で背を向けているのは、オートマタすら超える巨大な黒影。
巨大な盾を構えたそれは、自律兵器の軍勢による掃射を受けながらも、私を一瞥した。
「……立て、離脱するぞ」
「えっ……?」
「救援に来た。いいから立て」
淡々と告げられた言葉に、私は困惑しながらも立ち上がる。
「私の背にしがみつけ、腰の機械に脚をかけて、首に手を回すんだ。……急げ!!」
「はっ、はい!!」
飛びつくように彼女の背にしがみついて、首に手を回した瞬間。
「……行くぞ!!」
"バババシュッ!!!" "ギャルルルルルッッッッ!!"
聞き慣れない音と共に、世界が反転したかのような重力が"ぐん"と私の身体に圧し掛かった。
「はっ……!? ええっ!?」
────私は、空を飛んでいた。
ふと下を見ると、私達を囲んでいたオートマタ達はどんどんと小さくなっていく。
「……喋るな。舌を噛む」
まるで落ちるように、彼女はビルを駆け上っていく。
……そんな中、ふと振り返る。
目下の深淵には、無数の橙光。
それら一つ一つが私達を見つめる目のようで、嫌な汗が背を伝う。
あんなに、いたんだ。
無限にも思えるわけだ。あんな数と戦って……勝てるわけが────
"────バリインッ!!"
「わあああああっっ!?」
"ガシャンッ!!ガリガリガリガリッッッ!!!"
唐突に軌道が変わり、私達はガラスを破ってビルの中へと飛び込んだ。
「喋るなと言ったはずだ!!」
「……っ!!!」
ガラスの雨の中を駆け抜け、私達はビルを突き破って再び夜の中へと飛び込む。
そのまま数十メートルはあろうビルの谷間を飛び越え、飛び超え。
余りに非現実的な感覚。
ダイレクトに伝わる重力が、私の三半規管を揺らす。
(……これ、きっつい……!!)
例えるのなら、腕を掴まれてぐるぐると振り回されているような感覚。
上下ともに真っ暗なせいで、上が下なのか、下が上なのかわからなくなってくる。
「……このまま本隊の元へ向かう!!場所はわかるか!?」
ぐわんぐわんと揺れる感覚から目を背けている時、叫びにも似た問いが響いた。
「……ぅえっ!?」
喋るなって言ったのあんただろ、とは流石に言えなかった。
「……えっと……左!! 第七区画の地下です!!」
「了解した!!」
答えと同時に "ぐん"、と軌道を変えて、私達は第七区画に向けて一直線に飛んでいく。
────そんな中、雲間から顔を出した月が私達を照らす。
冷たい風に吹かれ、少しだけ気持ちが落ち着いた私は……彼女の正体に気付いてしまった。
額に刺さった黒い角。薄青色の髪と、大きな翼。
そして……私の脚にかかった、巨大な機械。
「……魔王」
驚愕が口から漏れ出る。
そして、"しまった"と口を噤んだその時。
彼女は振り返らず、ただ答えた。
「……信じられないだろうが、私は味方だ。調月リオの承認を受け、事態の収拾のため参じた」
「証拠は後で示す、だから今は暴れるな。……墜落するぞ」
彼女が発したのは、あまりに信じがたい言葉。
デカグラマトンの嚮導者であり、度々の動乱の根源と目された魔王が、あの調月リオの許可を得て、味方で……?
胡乱な情報の洪水のなかで、私の思考に一つの事実が付き付けられる。
(……あれ? もしかして……私、魔王に本隊の場所教えちゃった?)
"ぞくり"、と背筋が冷える。
( や、やばい……!!)
「……あ、あの……本隊の場所勘違いしてました……正反対です……」
「…………舌を噛むぞ」
私の苦しまぎれの言葉に魔王はただそう返して、西へと飛び続けた。
夜:ミレニアム自治区/第七区画上空
side:ルイ
(第七区画の地下……あそこか)
ビルとビルの間を飛びながら、私はミレニアムの地下構造について想起していた。
……確か、第7区画の地下には巨大な浄水場が存在した。
その特性上、非常用の設備も揃っているはずだし……そこが本隊の拠点と見るべきだろう。
思考の中、目下に映るのはロータリーの中央に位置する大きなマンホール。
……あそこなら、地下水路から浄水場に入れるはずだ。
「……着地する。歯を食い縛れ!!」
「うぇっ⁉︎」
「歯を食い縛れと言っている‼︎」
彼女の叫びを背に受けながら、40メートルはありそうなビルの屋上から地上めがけて降下する。
"────ガシャァンッ‼︎!"
派手な衝突音と共に、私は地上へと戻ってきた。
「ふう……無事か?」
背にしがみついたまま、押し黙っている少女に声をかける。
「……お、おろして……」
背中からへなへなと脱力した声が聞こえて、とりあえずの無事は確認できた。
膝をついて、彼女を降ろす。
すると、彼女はそのまま両手両膝を地に着いて、地面と対面した。
「……き、きもちわる……おぇ」
「……制吐薬ならあるが、飲むか?」
「……や……いまなにか飲んだら、たぶん吐く……いらない……」
そう言って力なく首を振った彼女は、伏せたまま動かない。
「そうか……」
地面に唸っている彼女から視線を外し、マンホールへと目を向ける。
ご立派な錠がかかっているが、これなら問題ないだろう。
ショットガンの薬室にブリーチング用の弾薬を装填し、銃口を錠へと向け────"ズドォン‼︎"
景気のいい音と共に、錠は大破。その役割を終えた。
ふう、と小さく息を吐いて、先ほどまで伏していた少女に目を向ける。
現在の彼女は小さく蹲っており、酔いは多少改善されたであろうことが伺える。恐らく。
「立て、行くぞ。……悪いが、あまり時間がないものでな」
肩を叩いて、引き上げるようにして彼女を立たせる。
「……うぇ……」
そうして私と目を合わせた彼女は、どこか諦めたような、恨めしげな顔で小さく頷いた。
夜:ミレニアム自治区/地下水路
「「…………」」
チョロチョロと水の流れる音が響く暗黒の中を、私達は無言で進んでいた。
カサカサと音を立てて逃げ出す地下世界の住人たちは、私達という異物を興味深そうに見つめている。
……あまり気分の良い場所ではない。特に、漂う悪臭なんかは。
手を引かれ、後ろをついてくる彼女の信頼を得るために何気ない会話などしておこうと考えていたが……流石にそんな気は起きない。
とはいえ、こんな状況で会話などしても、悪印象で塗り潰されるだけだろう。
今はただ、黙って進むしかないか。
……溜息ですら億劫だったので、ハンカチへ静かな息を吐いた。
────数分後。
暗黒の中に、非常灯が見えた。
恐らく、あの先が浄水場だ。
「……着いたか」
分厚い鉄の扉を押し開けた私達は、澱んだ空気から逃げだすように階段をのぼり……踊り場で揃って深呼吸をしていた。
「はあ……ああ、随分マシになった……」
「……ほんとですね……あんなところ二度と通りたくないです」
「そうだな……」
互いに何度か深呼吸をしたところで、私はそっと壁に背を預けた。
……さあ、ここからだ。
「さて……ここで、少し話をさせてくれ」
「取り繕わずに言うのなら、私は君の信頼を得なければならない。……何故だかわかるか?」
「えっ?……何ですか急に……ええと、味方だって話を本隊の人に信用させるためですよね?」
「……そうだ。いやらしい話にはなるが……事実として私は、君を助けた恩人という立場にある」
「そのつもりで助けた訳ではないが、話くらいは聞いてくれるな?」
そう言って目を向けると、彼女は仕方ないといった様子でこくりと頷いた。
「……感謝する。ではまずは、私の立場を表明しよう」
「先にも説明したが、私は調月リオの承認を得て、事態の収拾のために来た」
「……当然、証拠もある」
コートの内ポケットから取り出したレコーダーの電源を入れて、音声を再生する。
"……セミナーの会長、調月リオよ"
"端的に説明しましょう"
"天城ルイを私の代理人として、現在ミレニアムで発生している問題の解決のため、彼女に全権を委任するわ"
"……以上よ"
リオらしく、手短に終わったその音声記録は……目の前の少女に困惑を与えたようだった。
「…………あの、ひとつ良いですか?」
困惑を隠さず、おずおずと手を上げて尋ねた彼女に頷きを返す。
すると、彼女はとても言いづらそうに口を開いた。
「あの~……自分でもこんなこと聞くべきじゃないって思うんですけど……」
「……これ、本物だって証明できなくないですか?」
告げられたのは、端的に、鋭い質問。
一瞬の逡巡を経て、私は言葉を弄すことを決めた。
「……その通り。この音声記録を本物だと証明するのは現状、不可能だ」
「我々を遥かに凌駕するデカグラマトンの技術をもってすれば、調月リオの声紋を完璧に模倣する事も容易いはず」
「それどころか、映像に指紋、虹彩まで……文字通りに全てを模倣できる可能性すら大いにある」
「……だからこそ、リオはこの"音声記録"を私に託したのだろう」
「"どうせなにをやっても証明できないのなら、無駄なリソースを遣わずに済む音声記録に、用件だけを告げた数十秒のメッセージを残す" ……彼女らしく、合理的だ」
……正直な話、これは今思い付いたでっちあげではある。
だがあの調月リオの事だ、多分そこまで考えていたのだろう。そうであって欲しい。
「……うーん……」
しかし彼女は唸り、疑わしそうに私の目を見つめている。
残念ながら、今の説明では信頼を得るには足らなかったようだ。
「……わかった。質問はあるか、なんでも答えよう」
「連合部隊と戦闘になり、時間と戦力を消費する事だけは避けなければならない」
「故に、君の質問には答えられる範囲で答えよう。嘘は吐かないと約束する」
そう伝えると、彼女は困ったように苦笑した。
「えー……? うーん……」
たっぷり十数秒ほど、彼女は考えた。
「────いや、いいかな。もういいです」
「……なに?」
首をひねった末に出てきた意外な言葉に聞き返すと、彼女はそっと私の手を握った。
「もう充分、私は信頼しても良いと思ってます」
「助けられたのは事実ですし……なんというか、必死すぎて逆に信用できるっていうか」
"まあ、本隊の皆がどう思うかはわかりませんけど"、とそう言って笑った彼女は、ぐいと私の手を引く。
「さ、時間が無いんでしょ? なら、さっさと行きましょ!」
そう言って階段を小走りで駆け上がっていった彼女を、私は急いで追いかけるのだった。