"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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禍根

夜:ミレニアム自治区/地下浄水場

 

 

下水から通じる階段を上がり、非常灯のみが照らす通路を数分ほど歩いたところで……通路の奥から、きらりと光が差し込んだ。

 

「……この先です。話を通してくるので、そこで待っててください」

「待て、私も行く」

 

そう言って走り出そうとした少女の手首を掴んで引き留める。

彼女は"きゃっ!"と驚声を上げて、ゆっくりと振り返った。

 

「……えっでも、普通に出ていったら絶対撃たれると思いますよ……?」

 

心配そうに言った彼女に首を振って、私は再び歩きはじめる。

 

「わかっている。だが君一人で行ったところで、懐柔されたと解釈されるだけだ」

「迂遠なやり方では時間を使う上に、却って警戒されかねない。こういった場合は、堂々と行く方が総合的に得だ」

 

「いや、でも……」

 

「安心しろ、"大丈夫"とは言ってやれないが、交渉には自信がある。私を信じてくれ」

 

そう伝えると、彼女は少し考えた後に、渋々といった様子で頷いた。

 

「……ありがとう。では、行こうか」

 

 


 

夜:地下浄水場/連合部隊の拠点

 

 

────そして、私達は本隊の元へと辿り着いた。

広々とした空間に繋がる入り口の直前で、私はぴたりと動きを止める。

 

「…………」

 

「……どうしたんですか?」

 

目の前に広がる景色を前に黙りこくってしまった私に、彼女は心配そうに声をかける。

 

「……いや、入る前に少しだけ様子を伺おうかと思ってな」

「君は、先程話した通りに動いてくれ」

 

「……わかりました、気を付けてくださいね」

 

小声でそう答えて、彼女は人混みへと加わっていった。

 

(…………さて)

 

見渡す限りに広がる巨大な人工水路の上に築かれた陣地には、いくつもの簡易的な天幕が立っており……何十人という生徒達がそこを行きかっている。

 

しかし、何よりも私の目を引いたのは……怪我をしている生徒の多さ。

 

弾薬箱を担ぎ、運んでいる風紀委員会の生徒は、頬に大きな切り傷が付いている。

その隣で武器を整備しているC&Cの生徒は、制服の袖が破れ、いくつもの打撲痕が露出している。

 

……きちんと治療、保護しておかなければ予後が怖いレベルの傷が、いくつも晒されている。

 

彼女達は治療を受けられない訳ではない。

見た限り、包帯を巻いた者は何人もいる。

 

……つまり、物資が足りていない。あるいは、それ程に怪我人が多いということだろう。

 

(……最悪ではないが、悪い状況なのは間違いない)

 

数秒見ただけで、窮状は理解できた。

充分だ。そう判断して、私は大きく息を吸った。

 

 

「────失礼する!! 私は天城ルイだ!!」

「事態の収拾のため、調月リオと先生の使いとして参じた!!」

 

張り上げた声が、地下空間に反響する。

武器を整備している者も、機材を弄っている者達も……皆手を止めて、私の方へと視線を向けた。

 

「────────」

 

返ってきたのは、沈黙。

皆が呆気に取られた一瞬の静寂の後……ほぼ同時に、いくつもの銃口が私に向けられた。

 

「聞け!! 証拠はある、外部との連絡を────」

 

「────死ねっ!!」

"ズダダダダダッッ!!!!"

 

誰かの引いた引き金が言葉を破り、無数の弾雨が私を襲う。

 

(……やはり、撃たれるか)

 

盾を展開して弾雨から身を隠しつつ、状況を伺う。

 

「……おい!! やめろっ!!」

 

そんな中、銃声に交じり制止の声が聞こえた。

遮られたとはいえ……私の主張は耳に届いているはずだ。

 

(……想定通り、完璧だ)

 

この場の指揮官や、それに類する立場の人間がこの銃声を聞けば、何事かと飛び出てくるだろう。

そうなれば、先に伝えた私の主張は指揮官へと伝わり……間もなく、射撃停止の命令が下るはずだ。

 

そうなってしまえば、こちらのものだ。

ふうと小さく息を吐いて、射撃が止まるのを待つ。

 

「……貴方達!! いったい何事ですか!?」

 

それからすこしだけ待っていると、高く通った声が、銃声に交じって響いた。

 

「……来たか」

 

推定指揮官の声が聞こえて数秒、射撃が止まる。

想定通り、これで話が────

 

「────総員展開!! 挟撃してください!!」

「了解ッ!!」

 

「……はあ……?」

 

聞こえたのは……想定の斜め下。

呆気に取られ、喉から声が抜ける。

 

「……おい!! 私は味方だ!! せめて話を聞け!!」

 

盾越しに叫ぶと、苛立ったような声が返ってくる。

 

「うるっさいですね……!! ノコノコと出てきたのが運の尽きです!!」

「貴方が何をやったか、忘れてはいませんからね!!」

 

盾越しにちらりと見えたのは、鮮やかな青色の髪。

 

……ああ、思い出した。

あの姿と声には覚えがある。

 

"風紀委員会・行政官" 天羽アコ。

 

(……厄介なのが出てきたな)

 

事前に調べた限り、アコはミカに似た激情型だ。

しかも生憎、彼女とはゲヘナでの件で因縁がある。

 

アコがここの責任者だというのなら、私の言葉を易々と信用はしないだろう。

 

(どうするべきか……)

 

……いっそのこと、ここで耐久しつつヒナやハスミ辺りの話が通じそうな人間が戻って来るのを待つか?

 

いや。少なくとも、リソースが限られる状況下で戦闘を行い、無暗に消耗を増やすのは論外。

それに、万が一私が倒れた場合、外部との情報伝達に致命的な遅延が生じる。

 

しかし窮状を鑑みるのなら、時間を無駄にするのも避けたい。

 

迫る足音と銃声の中、私は逡巡する。

そして……答えは定まった。

 

(…………仕方ない)

 

「わかった!! そちらに話を聞く気が無いのならば────」

 

「────アコ先輩、すいませんッ!!」

 

撤退を宣言しようとした瞬間、私を牽制するアサルトライフルの音に交じって、そんな声が聞こえた。

途端に銃声が止んで……"カシャン"、と何かが地に落ちたような音が響く。

 

「……はあっ⁉︎ なんですか!? 放しなさい!!」

 

「ちょっ……お前、何のつもりだ!?」

 

複数の驚声と共に、場に混乱が広がる。

何事かと状況を伺うと、先ほどまで一緒に居た彼女が、何人もの生徒に銃口を向けられながら、アコを羽交い絞めにしていた。

 

「これは明確な反逆ですよ?! 今すぐ離さないと……!!」

 

じたばたと暴れるアコを抑えこみながら、彼女は叫ぶ。

 

「……えっと……みなさん!! アコ先輩も!! 彼女の話を聞いてください!!」

「彼女は多分、本当に味方です!! オートマタに囲まれてた私のこと、助けてくれたんです!!」

 

「味方だっていう証拠も、ちゃんとありました!! せめてそれを聞いてから判断してください!! お願いしま────"ズダダダダッ!!" ぁぐッ……!?」

 

言葉の途中で背後からの銃撃を受け、彼女はずるりと地に伏せた。

しかし、その叫びは地下空間中に届いて……シン、と反響のみが残った。

 

(話が拗れそうになったら、さりげなく意見を誘導してくれとは言ったが……)

 

"それでは、届かない"。彼女はきっと、そう判断したのだろう。

 

……静寂は託された。

ここからは、私の領分だ。

 

「……彼女の言ったことは事実だ!! 証拠はある!!」

「外部への報告、連携のため、状況を聞きに来ただけだ!!」

 

「「「…………」」」

 

敵意に満ちた無数の瞳が、私を見つめている。

 

「……どうか、話を聞いてくれ……」

 

展開した盾を下ろし、ゆっくりと、前方へと歩みだす。

アコは不愉快そうに私を睨むが……"撃て"とまでは言わなかった。

 

「……繰り返すが、私に交戦の意思はない」

「事態の収拾のため、話をしにきただけだ」

 

そう伝えつつ、一歩、また一歩と敵意の海を進む。

無数の銃口が私に追従し、私はついに……アコの眼前へと辿り着いた。

 

「……さっさと証拠を出したらどうですか?」

 

視線が交わると、アコは吐き捨てるように言った。

 

「……ああ、言われずとも」

 

ポーチからボイスレコーダーを取り出して、再生ボタンを"ガチャリ"と押下する。

静寂の満ちた空間に、リオの通った声が響き始めた。

 

"……セミナーの会長、調月リオよ"

 

"端的に説明しましょう"

"天城ルイを私の代理人として、現在ミレニアムで発生している問題の解決のため、彼女に全権を委任するわ"

 

"……以上よ"

 

数十秒、と形容するにも短い時間で、録音されたリオの証言は終わった。

アコは明らかに訝しむような表情を浮かべて……大きなため息を吐いた。

 

それに呼応するように、周囲からも怒りと諦観が混じったようなざわめきが聞こえはじめる。

 

「……どうやら、時間を無駄にしたようですね?」

「こんなお粗末な……騙す気があるのかも疑わしいです。……皆さ────」

 

「良い着眼点だ。騙す気が無いからこそ、我々はこの形式を用いた」

 

発されかけた言葉を遮り、言葉を返す。

するとアコは小さく舌打ちをして、"さっさと続きを言え"と言わんばかりに顎をくいと動かした。

 

「どうやら私は、デカグラマトンの嚮導者だなんだと言われているようだが……それは誤解だ」

 

「そもそも、仮に私が"そう"なのだとすれば……今こうして、敵地のど真ん中で身を晒すようなリスクを冒す必要性も無ければ、このようなお粗末な手段を用意する理由もない」

 

「連中の技術を以てすれば……"本物"を作り上げることは容易だろうからな」

 

手元のレコーダーをひらひらと揺らしながら、続ける。

 

「つまり、我々はあえてこのような手段を用いることによって、信頼性を上げようとしたわけだ」

「我々に用意できる最も有力な証拠は、状況証拠の他にないからな」

 

そう言葉を終えると、アコは眉を顰めながらも、渋々といった様子で答えた。

 

「……まあ、貴方がデカグラマトン側の人間でない、ということは信じて差し上げましょう」

「仰る通り、こんな回りくどくてバカみたいな真似をする理由はないでしょうから」

 

嫌味っぽくそう言って、アコは私を睨みつけた。

 

「だからと言って……それは貴方が"味方"という証明にはなりません。そうでしょう?」

 

(……そう来るか)

 

してやったりとでも言いたげな視線を送るアコに、私は大袈裟にため息を吐いて見せた。

 

「"完璧な証拠を用意するのは不可能" という話を今したはずだが?」

「私を信用できない、というのは理解できる。日頃の行いには自信があるものでな」

 

「……だがその前に、この場での判断に責任が伴っていることの自覚はあるか?」

「お前は本当に、客観的、総合的な思考の元に決断を下したか?」

 

何かを言い返そうとしたアコの言葉を制するように、私は続ける。

 

「言い分も聞かず、問答無用で攻撃命令を下した辺り……私にはそう思えない」

「せめて、話は全て聞いてからにしろ」

 

「……そういう訳で、改めて連絡事項を伝えよう。今度は遮ってくれるなよ?」

 

そう伝えると、アコは"チッ"と舌打ちをしつつも、続く無言で傾聴を示した。

 


 

「────つまり、現状のゴールは代表者達の救出。」

「それが完了すれば、ミレニアム自治区は一時放棄しても構わない。」

 

「反攻作戦は通信阻害を解く目途が付いてからでいい。……それが、リオの選択だ」

 

そう説明を終えると、アコは硬く腕を組んで少し思考し……ぽつりと呟いた。

 

「……そんな話を信用しろ、と?」

 

「……そうしてくれると助かるが、それを求めるのは酷だろう」

「事実、ミレニアム自治区の放棄というのは手放しには信じがたい選択だ」

 

「……よって、ひとつ提案だ」

 

「私は今から通信拠点に戻り、リオと先生に状況を報告しに行く」

「それにこの場の誰かを付き添わせ、直接証人になってもらうのはどうだ? それなら、文句はないだろう」

 

そう問いを投げると、僅かな間もなくアコは切り返した。

 

「いいえあります。まず第一に、貴方が味方であるという保証がまだされていませんよね?」

「その提案が、ここから逃れるための方便という可能性もあります」

 

「……私はヒナ委員長よりここを任されていますので、貴方の甘言に易々と人員を差し出すような真似はできません」

 

「よって……魔王、貴方を拘束します。武器を捨て、降伏しなさい」

 

そう語ったアコは、頑とした鋭い視線を送る。

これがきっと、彼女なりの決断なのだろう。

 

「…………私は今初めて、心の底から自分の行いを後悔した気がするよ」

「手は尽くしたつもりだが……ここまで信頼を得られないとは、全く想定していなかった」

 

「言い訳は終わりですか? それならさっさと……」

 

「そうだな。……現状を鑑み、私も態度を改めるとしよう」

 

「……はあ?」

 

「現状、何よりも優先されるのは……お前達の信用を得ることではない」

「本隊の位置、状況を外部に……先生に知らせることだ」

 

「その邪魔をするのなら……私はここで、交戦することも厭わん」

 

ガシャ、と音を立て、義手に仕込まれた擲弾発射機が展開する。

途端に "ぴり" と空気が張り詰め、金擦れの音がいくつも響いた。

 

「……選ぶのはお前だ。負傷者や物資も多いこの空間で私と戦って、私というリスクを潰すか」

「それとも、私というリスクを見逃し、この場での戦闘を避けるか」

 

「私とて、この場での交戦は避けたい。……理性的な判断を下すことだ、天羽アコ」

 

そう言葉を終えると、アコは"ぎり"と歯を食い縛って、拳を握った。

 

「…………」

 

数秒の沈黙、彼女の後ろに居た救急医学部の腕章を着けた生徒が、アコの傍へと寄る。

 

「……アコ行政官、ここで戦闘になるのは何としても避けてください」

「彼女がデカグラマトン側の人間でないことはわかったのですから、ここは見逃すべきかと」

 

それに追従するように、救護騎士団の腕章を着けた生徒が声を上げた。

 

「その子の言う通りです、これ以上負傷者が増えたら、手が回りません」

「……悔しいでしょうが、ここは……」

 

数々の声を聴いたアコは固く目を瞑って……ゆっくりと、顔を上げた。

 

「………………わかりました。聞いたでしょう、さっさと出ていってください」

 

そう告げたアコは、武器を降ろすようにサインを送り……私に向けられた敵意たちは、ゆっくりとその口を下げた。

 

「……賢明な判断に感謝する。では、私は一度失礼しよう」

「騒いで悪かったな」

 

背を向け、来た道を引き返したその時。

 

「────待ってください!!」

 

焦り声と共に私の腕を掴んだのは、風紀委員会の腕章を着けた生徒。

彼女は私の腕を掴んだまま、アコの方へと振り返った。

 

「アコ行政官。彼女の言葉が真実だった可能性を考慮して、私が証人に────」

 

「許しません。私には最後の砦であるここを……貴方達を、守るよう言われました」

「それに背くことは断じて、許しません」

 

ぴしゃりと告げられたアコの拒絶にも怯まず、彼女は言葉を返す。

 

「なら……私は"先程の調査から帰らず、行方不明になった" ということにしてくださって結構です」

「これは私の独断で、貴方の責任ではありません。アコ行政官」

 

「……私はもう戦えません。それでも皆のために、できることをしたいんです」

 

射貫くような覚悟に、アコは面食らったような表情を浮かべ……数秒、大きく溜息を吐いた。

 

「…………そこまで仰るのなら、好きにしてください」

「ですが、その自己犠牲で得られた結果がどのような物だったとしても……それは誇れるものではありませんよ」

 

「…………感謝します、アコ行政官」

 

アコの言葉に、彼女は深く礼をして……再び、私の方を向いた。

 

「行きましょう、出口はこちらです」

 

「……わかった。急ぐとしよう」

 

彼女に誘導され、出口へと駆けていく私を、無数の銃口が見送った。

 

 

 

 

 

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