"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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撃墜

深夜:ミレニアム自治区/第5区画上空

 

 

「…………すまない、一度着地する」

 

ビルの屋上を渡る途中、私はそう言って移動を止めた。

 

「……どうしたんですか?」

 

背から聞こえた問いに、私は遠方に浮かぶ赤い光を指し示す。

それは朧げに明滅しながら、ゆっくりとこちらへと近付いてきていた。

 

「……見ろ、攻撃ヘリの編隊だ。こちらに近付いてくる」

 

そう伝えて膝を着くと、彼女はそっと私の背から降りた。

 

「味方……じゃないですよね」

 

「……だといいがな」

 

そう返すと、彼女はそっと身をかがめる。

 

「ここで隠れていればやりすごせたり……?」

 

「それも一つの手だが……どうやら、そういうわけにも行かなさそうだ」

 

そう答えつつ、単眼鏡を覗き込んでヘリの動向を伺う。

それは間違いなくこちらへ向かってきており、忙しなく動く機首下の機銃から、何かを探しているのであろうことが読み取れる。

 

「少なくとも、何かが周辺に居ると確信している。……そんな動きだな」

「包囲網を敷かれ始めていると見るべきだ。隠れ続けても、自らの首を絞めるだけだろう」

 

そう言いながら、だんだんと近付いてくる赤い光を見つめる。

月明りに照らされた機影は、三機とも相違ない。

 

「……ヒドラ・ロケット(多連装対地ロケット)チェーンガン(対地機関砲)サイドワインダー(空対空ミサイル)か。三機とも同じ武装を搭載しているな……」

 

"よし"、とひとつ息を吐いて、単眼鏡をポーチへとしまった。

 

「大きく見られたものだ。どうやら、私を戦車か何かだと勘違いしているらしい」

「あるいは、絶対の制空権に驕っているか……どちらにせよ、好都合だ」

 

"くく" と笑って、ゆっくりと立ち上がる。

すると、隣でかがんでいた彼女は驚いたように私を見上げた。

 

「……えっ、まさか戦うんじゃ……」

 

「そのまさかだ。ここで待っていてくれ」

 

「ちょっ、流石に無茶で────」

 

彼女の制止が耳に届く前に、私はビルの屋上から飛び降りた。

 

 


 

 

"────────ガシャアンッ!!!!"

 

炸裂するような衝撃と共に、私は地上へと帰ってきた。

 

"……!?"

高空より飛来した異物を警戒するように、目の前を徘徊していたオートマタがこちらに頭部を向け───"ズダァンッ!!"

 

散弾を受けた頭部が吹き飛び、胴体が乾いた音を立てて崩れ落ちる。

カラカラと転がった頭部の残骸がどこか恨めしげに此方を見つめると……遠空に浮かぶ赤光たちが、ぐんとその動きを変えた。

 

そのうちの一機はまっすぐにこちらへ前傾し、残りの二機は囲い込むように左右へと展開を始める。

どうやら、気付かれたようだ。

 

「…………さあ、来い!!」

 

"バラバラバラバラ……!!"

轟音を伴って高空から突っ込んでくる一機のヘリを見据え、強く一歩を踏み出す。

 

 "────ドドドドドドドシュッ!!!"

 

その一歩と同時に、ヘリの両翼から無数のロケットが放たれ──私の足元へと迫る。

暗闇に走る炎閃。その一つ一つが半径数十メートルの加害範囲を持つ、不可避の暴威。

 

(そうだろうな。相手が人間なら……当然、そうするだろう)

 

思考の間にも、群れなす暴威は眼前へと迫る。

しかし私本体を狙いもせず、ただ地を灼かんと迫るそれは……あまりにも、退屈な軌道を描いていた。

 

"────バババシュッ!!"

先頭を翔けるロケットが着弾する直前。

左右のビルにジップラインを撃ち込み、一気に空中へ飛び上がる。

 

同時に、いくつものロケットが私の横を通り抜けて────。

"ドッ──ガアアァァァアアンッ!!!"

耳を裂くような轟音と共に背後の地面が砕け──荒れ狂う爆風が、私の背を押した。

 

「────ぐ……ッ!!」

 

熱風。爆片。その全てを背に受け、勢いのままに私は飛ぶ。

定められたベクトルのまま────上空でこちらを睨む、ヘリの元へと。

 

想定外の挙動だったのだろう。

数字にして300を優に超えるほどの速度で、人が飛ぶなどと。

 

 "……バラバラバラ……!!"

迫るイレギュラーから逃げだすようにヘリは高度を上げ始めるが、その判断は遅すぎた。

 

"ゴォォォ────ガチィンッ!!"

「──ハッ!! 捕まえたぞ……!!」

伸ばした左腕が、ヘリ下部に伸びるホイールを掴む。

 

暴れるように高度を上げるヘリの下。叩き付けるようなダウンウォッシュの中で、私の視線は取りついているヘリではなく……左右を飛ぶヘリに向けられていた。

 

(……こうなれば、連中がどうするかは経験済みだ)

 

以前、ミレニアムの地下兵器工場へと行った時。

オートマタ達は同士討ちができず、群れのど真ん中に降り立った私に引き金を引けなかった。

 

連中のAI(行動規範)がその時と変わっていないのなら──

"──バシュウゥゥゥ!!!"

右を飛ぶヘリの下部から、何かが落ちる。

瞬間、それは烈火を噴いて此方へと飛んできた。

 

「────はッ!! そこまで愚かではないか!!」

即座にホイールから手を離し、重力へ身を任せる。

 

……予想は外れた。 だが、それでいい。

 

サイドワインダーに貫かれ、眼前で砕け散っていくヘリを横目に、次の一手へと思考を向ける。

 

(残り二機。……同じ手は食わないだろう)

思考を巡らせる中、左方より接近してきたヘリがこちらに砲口を向けた。

 

 "ドドドドドドドッッッ!!!!!!!"

 

数撃てば、と言わんばかりに乱射されたチェーンガンが、私の周囲を掠め飛ぶ。

今当たったら最悪死ぬ。それほどの威力を持つ榴弾の雨を前にして、私は落下を続ける。

 

──それは放棄ではなく、ただ俯角から外れるため。

 

(……今だ!!)

 

"────バシュゥッ!!"

炸裂する炎海が背後に迫ったその時。

私はぐるりと姿勢を変え……ヘリの真下。左側のビルへと突っ込んだ。

 

急激な軌道の変化に追いつけず、真下に潜られたヘリは狙いを失う。

 

"バラバラバラバラ……!!! ドドドドドドドシュッ!!!"

 

それをカバーするように右側のヘリが高度を落とし、ビルの外壁へ容赦なくロケットの雨を放つ。

 

"────!!!"

炸裂するは、視界全てを砕く無数の爆発。

音すらも置き去りにする衝撃の中をガラスや机が乱れ飛び、一瞬にしてフロア中が火に包まれる。

 

そんな中、顔を覆う義手をすり抜けたガラスの一片が頬を切り裂き、冷たい雫が頬を垂れた。

 

「ッぐ……熱いな……」

 

ばちばちと燃え上がる炎が、私の周囲を踊る。

一見の窮地。しかし今の私にとって──炎とは、盾だった。

 

脚に乗った机を退け、一歩。崩れたビルの淵へと踏み出す。

壁に入った亀裂から空を見上げると、月を背に飛ぶヘリがこちらの様子を伺うように浮かんでいた。

 

「……は、自分で自分の眼を潰すとはな」

 

ヘリは明らかに視界に入っているであろう私に対して、何のアクションも取らない。

 

「……炎とは熱エネルギーそのものであり、原初の光。」

お前の眼(暗視システム)では、私を視ることができない。……そうだろう?」

 

ごうごうと灼けるような熱気の中で、左腕を掲げる。

変形を終えた上腕が、空に浮かぶ(まと)へと狙いを定めた。

 

"ガシュッ!!────ドガァァァァン!!!"

弾き出された手榴弾は、ヘリのテールローターめがけて飛んでいき────閃光と共に、爆ぜた。

 

"キュラキュラキュラキュラ……!!!"

 

テールローターを破壊されたヘリは反トルクを支えきれず、悲鳴のような軋音と共にぐるりぐるりと回転を始め……その翼でビルを切り刻みながら、地へと堕ちた。

 

「……ッああ、熱い!!」

 

一息つこうと吸い込んだ熱気に喉が耐えきれず、ビルの外へと身を投げ出す。

待ち受けていた夜風は、文字通りに火照った私の身体を冷やしていく。

 

"ザッ──ガシャァンッ!!"

 

僅か数秒のフライトを終え、地上に戻った私は、息を整えながら再び天を仰ぐ。

 

"バラバラバラバラ……"

 

あれだけ入り乱れていたローター音は小さく、ヘリは遠くビルの陰からこちらを伺っている。

そこから攻撃の意思は読み取れず、ただこちらを監視しているように見えた。

 

(……なるほど。ヘリ本体での戦闘は断念して包囲、物量押しに切り替える気か)

 

"小賢しい真似を"と内心で舌打ちしながら、周囲に集まり始めたオートマタへ目を向ける。

飛び出てきた人形の頭を片手間に吹き飛ばしつつ、次の一手を思考する。

 

(……対空兵器の持ち合わせがない以上、義手(擲弾発射機)の射程外に逃げ続けられれば、こちら側から打てる手はほぼない)

 

逃げ回るヘリに速度で勝てるわけもなく、追うも逃げるも厳しい状況だ。

このまま敵を引き連れて本隊の元に戻る訳にも────

"────バシュゥゥゥゥ!!"

 

そこまで思考を及ばせた瞬間。耳を裂くような音と共に、空に閃光が走った。

 

「……なんだ?」

 

地を震わすような爆発音。響く衝撃。

遠方で赤く燃えるヘリが、直角に地面に落ちていく姿が見える。

 

想定外の事象に気を取られていると、オートマタの銃声に交じって叫び声が聞こえた。

 

「おい!! こっちだ!!」

 

声のした方向へ目を向けると、黒いキャップを被った人影が、ビルの隙間から大きく手を振っていた。

 

「……感謝する!!」

 

思考を置いてそう叫び、周囲を取り囲むオートマタを撃ち倒しながら路地裏へと駆け込む。

その背を追ってひとしきり走ったところで、彼女は立ち止まり……振り返った。

 

「ッ……!?」

 

 一瞬、時間が止まったように感じた。

 

振り向いた彼女の黒いキャップ、深青の髪。

そして……その顔を、忘れようはずがなかった。

 

「君は……錠前サオリ、か」

動揺から、言葉が詰まる。

 

「……天城ルイ。何故ここにいる?」

 

何とか絞り出した私の言葉にも答えず、彼女はそう言って鋭い視線を向けた。

首からかけたライフルのグリップは握られたまま、引き金に指が掛かっている。

 

そんな彼女に右手を上げて見せ、敵ではないとアピールする。

 

「……交戦の意思はない。私は調月リオの要請に応じて、事態の収拾に来た」

「君こそ、何故ここにいる?」

 

問いを返すと、サオリは僅かに沈黙して、ゆっくりと口を開いた。

 

「……たまたま近くにいただけだ。深い理由など無い」

サオリは目線を逸らし、どこか言い訳がましく言う。

その時、彼女の背後から複数の人影が現れた。

 

「"恩返しのために"……って私達を集めたのは誰だったっけ、サッちゃん?」

 

そう言いながら現れた者達の顔には、全て見覚えがあった。

 

「槌永ヒヨリに、戒野ミサキ。そして……秤アツコ」

指名手配中のアリウススクワッドの面々が、そこに揃っていた。

 

「……なに?」

「そのぉ、はじめまして……ですね……」

「こんばんは、魔王さん?」

 

困惑の視線を向けられていることに気付いたのか、彼女達は口々に言葉を投げかけてくる。

そんな中、ミサキが抱えるミサイルランチャーが、訝しげな視線を向ける主の代わりに状況を語ってくれていた。

 

「……ヘリを堕としてくれたのは君達か」

「支援に感謝する。あのヘリを堕とせなければ、相当な時間を浪する所だった」

 

「それと、錠前サオリ。礼を伝えるのが遅れたが……君には色々と、世話になった」

「ありがとう」

 

特に、彼女(サオリ)には以前、文字通りに命を救われている。

深く頭を下げて感謝を伝えると、サオリ以外の面々がざわめき始めた。

 

「……えっ、どういう関係?」

「ま、まさかリーダー、この人と共犯なんじゃ……」

「そうなの?……ふふっ」

 

「……違う。説明が難しいが……今はいい」

 

困惑、焦燥、揶揄。三者三様の反応を見せる面々をそう制して、サオリは再び私へ目を向けた。

 

「頭を上げろ、話を進めるぞ」

「お前が調月リオの使いというのが真実だとして……どうするつもりだ?」

 

……そう尋ねたサオリはどうやら、私の言葉を一旦は信じてくれるようだ。

 

「……現在の目標は、"代表者達の救出" 及び、"現地部隊の撤退支援"ということになるだろう」

「そのため、現在は先生と協力して救援部隊との連携を進めている」

 

話が早いとばかりに端的に説明を終えると、彼女達は沈黙して顔を見合わせた。

それから少しの間を開けて、サオリが口を開く。

 

「……先生と、お前がか? 信じがたいが……」

 

そこまで言って、サオリはふと何かを思い出したかのように視線を揺らして、続けた。

 

「……いや、彼のことを考えるのなら、ありえなくもない話だ」

 

「遮ってすまない。……私達も、現地状況の調査および先生への報告を目的としている」

「しかし、話がそこまで進んでいるのであれば……その必要性も大きくはないだろう」

 

「……故に聞きたい。お前から見て我々は今後、どう動くべきだ?」

 

そう尋ねたサオリに続くように、背後に並ぶ三人も私に強い視線を向ける。

私は"ふむ"と唸ってすこしの思考を挟み……口を開いた。

 

「……私視点の話をするのなら、救援部隊と合流して物資の護衛を行って欲しいが……」

「君達の立場上、それも予期せぬ不和が起こりかねん。私が言うのもなんだが、内争のリスクをこれ以上引き上げるのは避けたい」

 

「……ま、当然だね。私達が信用されるわけない」

 

「だとしても、出来ることはあるはず。なにかないの?」

 

ミサキとアツコの言葉に首肯し、私は答える。

 

「……ああ。そこを鑑みたとしても、君達の協力はなんとしても欲しい」

「現状は膠着とも呼べないほどに窮している。君達にとってのリスクも多くあるだろうが……もし君達が許すのならば、私と共に本隊へと合流して欲しい」

 

そう伝えると、スクワッドの面々は表情を変えずにお互いを一瞥する。

彼女達は無言で頷き合うと、サオリはひとつ息を吐いて……私の方へと視線を戻した。

 

「構わない。私達はあらゆるリスクを承知でここに来ている」

「あの日、救われた恩を返さなければならない。……きっと、今がその時なのだろう」

 

そう語ったサオリの瞳には、確かな覚悟が宿っていた。

 

「……感謝する。では早速、ついてきてくれ」

「連れが居るものでな、まずはその者に説明しなくては」

 

そう言って歩き始めた私に追従し、スクワッドの面々は移動を始めた。

 


 

────数分後。

 

深夜:ミレニアム第5区画/ビル屋上

 

「……待たせたな」

 

"ガチャリ"、と屋上に通じる扉を開ける。

すると、室外機の裏に伏せていた少女は"うぇっ!?" と驚声を上げた。

 

「っ……はぁ、びっくりした……そこから戻ってくるんですね……」

 

そう言って胸を撫でおろした彼女を横目に、後ろに控えているスクワッドの面々に手招きをする。

 

「すまない。連れができたから、ジップラインで上がる訳にもいかなくてな」

「紹介させてくれ。先ほど合流した、アリウススクワッドの者達だ」

 

その言葉と共に、サオリ達が前に出る。

驚かされたことにぶつぶつと悪態をついていた彼女は"ぴし"、と固まって、声を震わせた。

 

「あ、あの。こっ、この人たちは……」

 

わなわなと震える手を抑えるように紡がれた言葉に、サオリが口を開く。

 

「……驚かせてしまったようだな。すまない」

「だが、我々は味方だ。単独で動ける身分ゆえ、状況の確認及び、先生への報告のために来た」

「証明する手段はないが……どうか、信じてくれ」

 

サオリがそう説明すると、彼女は得心したように頷いた。

 

「ああ……なるほど。それで協力することにした……と?」

 

「その通りだ。……随分理解が早いな。もう少し警戒される物だと思っていたが」

 

「あはは……今更警戒するだけ無駄、ってことに気付いただけですよ」

「今の所、敵は機械だけですし……そんな時に人同士で争っても仕方ありませんから」

 

皮肉に笑って、彼女は私の方へと視線を向けた。

 

「……それで、アリウスの皆さんも一緒に本隊に合流するんですか?」

「正直な話、彼女達を連れて行ったら交渉を難化させることになりそうですが……」

 

「……そうなるだろうな。それでも、今は彼女達の力が必要だ」

 

そう伝えて、彼女の肩をポンと叩く。

 

「だからこそ、君という証人が何よりも重要だ。期待している」

 

「えぇ……?」

 

そんな会話を訝しむように、ミサキが "ねえ"、と口を開いた。

 

「……まだ全部説明して貰ってないんだけど、その子は何?」

「それに"交渉"って……まさか、あなたも含めて私達が味方だって言いに行く気?」

 

「……ああ。過程は省略するが、私はまだ本隊の信頼を完全には得られていない」

「事実、先ほど伺った時は追い出されたが……しかし、今回は彼女が証人になってくれる」

 

そう説明すると、ミサキは呆れを隠さずに大きくため息を吐いた。

そんな中、ヒヨリが小さく手を上げ、おずおずと尋ねた。

 

「あのぉ……それが失敗したら私たちどうなっちゃうんでしょうか……」

「みんな、袋叩きにされちゃうんじゃ……?」

 

「……安心しろ、そうはならん。幸か不幸か、あちらも無駄に戦う余力はない」

「とはいえ交渉が決裂した場合は……我々だけで救援部隊の護衛、先導をすることになるだろうな」

 

そう語りながら、私は屋上の縁へと歩く。

月明りに照らされた都市の果て、目的地を見据える。

 

「……さて、ここからは今後の話だ」

 

「本隊の位置は第7区画の地下浄水場。侵入経路も特殊ゆえ、後から来いとも言えない」

「よって、地上を走って移動するつもりだが……およそ20から30分ほど走り続けることになる。その際、突発的な戦闘も何度か起きるだろう」

 

"問題ないか" とそう続けようとしたところで、サオリが首を振った。

 

「私達の心配は不要だ。1時間だろうと2時間だろうと問題なく走り続けられる」

「……逆に聞くが、お前は大丈夫なのか? ずいぶん……傷だらけに見えるが」

 

サオリは私の足先から頭上まで、全身をなぞるように視線を沿わせ、どこか心配そうに尋ねた。

 

……サオリの言う通り、自己で認識する限りでも、多少なり無理をしている自覚はある。

灼き切られた翼は痛むし、爆風と火炎に晒された肌はじりじりと疼き続けている。

 

ふと思い出したように頬の傷を撫でてみると、じゃりついた感触と共に凝固した血漿がぽとりと落ちて、再び血液を流し始めた。

 

「……確かに、負傷や疲労が蓄積していることは間違いない」

「だが、身体機能に大きな支障もない。予後も含めて、今は無視できる傷だ。あるいは、"無視すべき"とも言えるだろう」

 

「気遣いには感謝する。……では、急ごう」

 

これ以上は不要とばかりに会話を締めて、ルイは入ってきた扉へと歩き出す。

そうして遠ざかっていく背を無言で見つめていたサオリは、"はあ" とやるせなく息を吐き出して、ルイの背を追うのだった。

 

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