"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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友愛

朝:ルイのセーフハウス/キッチン

 

 

「……未練がましいな」

 

自嘲が漏れる。

内心がどうかは知らないが……表面上、セイアは私をまだ"友人"として接してくれている。

 

その優しさに縋る私のなんと浅ましいことか。

 

目的を忘れるつもりはない。

それに、始めてしまった以上……途中で終わらせることはできない。

 

……そんな思案に耽っている間に、お湯がぐらぐらと煮立ち始めた。

 

思考を振り切るようにガチャリとコンロを止めて、温めておいたティーポットに茶葉を二人分入れ、勢いよくお湯を注ぐ。

 

蒸らしている間に器を用意して、セイアの部屋に向かう。

 

"おかえり" と声をかけてきたセイアに"ああ"と首肯し、ティーセットをテーブルに置いたところで、"ピピ"とタイマーが鳴った。

 

この茶葉の適切な蒸らし時間は3分だとナギサが言っていた……ちょうどだ。

ティーポットの中をスプーンで軽く混ぜ、ゆっくり回しながらカップに注ぐ。

 

……そして、二人分の紅茶を注ぎ終わり、椅子に就いた。

 

「……ずいぶん様になっているね」

 

セイアは少し驚いた様子でそう言って、香りを楽しむように一口飲んだ。

 

「……美味しい」

「ティーパーティーで出される茶葉とも遜色ない、良い茶葉を用意してくれたようだね?」

 

セイアはゆっくりとカップを置き、零さないようそっとミルクを入れた。

 

「……これはナギサから薦められた銘柄だ」

 

「彼女は紅茶のことになるととても雄弁になるからな」

「何度も"お茶会"をしているうちに、淹れ方も含めて色々教示を受けてね」

 

それは聞いたセイアは納得した、と言いたげに口を開いた。

 

「……ここまで上手いと、ナギサが君に入れ込むのもわかる気がするよ」

 

「確かに、ナギサは私をよく頼ってくれるが……入れ込むと言うほどではないだろう」

 

「公務中や仕事中のナギサを近くで見ていないから君は知らないようだが……」

「ナギサはよほど気を許している相手にしか、"紅茶の銘柄がどうだ" とか 、"淹れ方がどうだ" とか……そういう話はしないんだ」

 

「……ましてや、淹れ方を直々に教えるなんてことはね」

 

そう言って、セイアは"ふぅ"と息を吐き出す。

 

「紅茶の話をするときの彼女は私にすら遠慮がちでね」

「まくし立てないように気を遣ってくれているんだろうが……すこしよそよそしいと感じる時があるくらいだよ」

 

と喋りながらナギサを思い浮かべたのか、やれやれとでも言いたげにセイアは紅茶を口にした。

 

「はは、紅茶の話をするときのナギサは随分楽しそうに話すものだから、私も紅茶に興味が出てな……なるほど、気に入られているらしい」

 

"名誉なことだ"、と紅茶を一口飲む。

高貴な味わいに爽やかな香りが鼻を抜け、暖かな熱を嚥下すると……全身が温まって気分が良くなる。

 

"お茶会"、懐かしい感覚だ。

数日前の自分が、今やここまで遠く感じられるとは。

 

 

今だけは、自らが選んだ道を振り返る気にはなれなかった。

だから今は、この暖かな紅茶の熱に身を任せるとしよう。

 

 

──────そんな甘い思考は、セイアの一言で霧散する。

 

 

セイアは視線を重ね……ゆっくりと、言い聞かせるように言った。

 

「……帰ったら、ナギサに謝るんだよ、きっと……許してくれる」

 

ああ、聞きたくなかった──今だけは、考えたくなかった。

脳裏に"友人"達の顔がよぎる。

 

ナギサ、ミカ、ミネ────。

 

私が裏切り、置いて来た者たち。……この場にいるセイアだってそうだ。

 

なにか言い返そうにも、返事が出来ない───言葉が詰まる。

……可能な限り音を殺して、深呼吸をする。

 

「……戻るつもりはない」

 

押し出すように、なんとか返事を返す。

────セイアはじっと私の目を見つめている。

 

「ルイ。君がどんな選択をしようと……ル私は君の味方になろう──……だから、君の背負っている物を私にも背負わせてほしい」

 

────やめてくれ。

 

「……駄目だ、話すつもりはない」

 

再度、拒絶する。

それを聞いた彼女は、ふぅ……と息を一つ吐いて、しばしの瞑目の後、口を開いた。

 

「……強情だね、なら……私の話を少しだけ聞いてほしい」

 

「…………」

 

────聞くな。

聞くべきではない……今すぐ席を立ち、距離を置くべきだ。

 

聞けば……聞いてしまえば、私はきっと、セイアの優しさに甘えてしまう。

 

そんなことは理解している────それでも、思考が身体を支配できない。

 

席を立たんと脚に力を入れようとするが、ふるふると震えるだけで、立ち上がることが出来ない。

 

認めよう。私は彼女に……百合園セイアに────救いを求めている。

 

「席を立たないということは……話を聞いてくれるということでいいのかな?」

 

「……意地が悪いな」

 

ふふ、と笑ってセイアは話し始めた。

 

「君と話した後、じっくり考えたよ……そして君の目的を、少し推測できた」

 

「────なんだと?」

 

そう聞き返した私を無視し、セイアは続ける。

 

「君は、"敵" になるつもりなんだろう?」

 

「…………」

 

(……推測できる情報などあったか?)

 

つらつらと語るセイアに対し、私は努めて無表情に、沈黙で返すしかない

 

「ここに連れてこられた時、ちらりと見えたゲヘナの地形図と兵器、この前君が言った"聞かない方がいい"というのが引っ掛かってね──」

 

「……やめろ」

 

────しまった。

口を衝いて出た言葉は、事実上の敗北宣言。

 

しかし、セイアは止めず語り続ける。

 

「自分が敵となることで両校の連帯を促すことが目的と推測したが────これは誰かに露見し、明かされることで崩壊する。」

「そして、万が一知られたなら……君はその者を排除しなければならない」

 

「ゆえに君は────私に"聞かない方がいい"と言った。……違うかい?」

 

確信をもって、セイアは語る。

 

────失言だった。

 

これは私の甘さが招いた結果だ。

全身から力が抜け、目の前が歪んで見える。

 

どうする────どうすればいい。

 

「……その、通りだ」

 

脱力から、深く項垂れる。

例えるなら、裁きを待つ罪人のように。

 

────今、全てを諦める訳にはいかない。

 

知られた以上……引き返せなくなった。

 

ぎり、と歯を食いしばり……顔を上げる。

その考えを見透かしたように、セイアはそっと私の手を取り……自らの首へとあてがった。

 

「……私を"消す"かい?────ルイ」

 

とくとくと小さく拍動するその首から、暖かなセイアの体温が直に伝わってくる。

少し力を込めてしまえば、すぐに折れてしまいそうなその細い首に、手を添える。

 

「────」

 

手の平からセイアの体温を感じる。

 

────ああ、私はなんと愚かなのか。

 

ほんの一瞬、頭をよぎった考えが、私の首を絞めているかのように苦しい。

 

「────すまない……」

 

謝罪に意味がないことなど理解している。

 

……セイアは、居なくてはならない存在だ。

失われた予知を抜きにしても、彼女が居なくては解決できないような問題はいくらでもあるだろう。

 

それを、私は……。

 

"すまない"、と意味のない謝罪を繰り返す私を……ぎゅうと暖かな熱が覆った。

 

「っ……」

 

────セイアは、私を抱きしめていた。

 

「一人でなにかを背負うことの愚かさは、私が……いや、私たちが誰よりも知っている」

「だから、私にも背負わせてくれないかい?」

 

ぎゅう、とセイアは抱きしめる力を強める。

 

「私を、信じてくれ」

 

「────」

 

────私はもう、セイアを信じるしかない。

 

いや……私は、セイアを信じる。

 

感情が零れないように、そっとセイアを抱き返した。

 

「────わかった、すべて……話そう」

 

小さく呟いた言葉を、セイアは聞き逃さず、聖母のように優しく返す。

 

「ありがとう────ルイ」

 

セイアは縋りつく私の髪を、優しく撫でた。

 

 

 

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