深夜:ミレニアム自治区/地下通路
side:サオリ
"ガチャン!!"と力強く扉を閉めて、私たちは揃って深く息を吐いた。
「……これで、安心、ですね……」
「ああ……そうだな……」
息を整えながら、ふと扉の方を振り返る。
みな考えることは同じのようで……ミサキもアツコも、無言で扉を見つめていた。
「……ルイさん、大丈夫ですかね……?」
少女の不安げな言葉に、重苦しく首を振る。
「……わからん。だが、ここで待っていても奴が戻ってくることはないだろう」
そう告げると、少女は"そんな……"と細い声を漏らして、無言で目を伏せた。
「…………」
……あの状況で、"大丈夫"ということはありえない。
経過時間から考えれば、奴はすでに降りてきたオートマタに囲まれている。
私たちと合流するためには、その軍勢を超えなければならない。
つまり……彼女の退路は事実上、存在しない。
私たちにできるのはもはや、その意思を継ぐことだけだ。
「…………」
(……ああ、虚しい。)
想起する。
私はあのとき、なぜ彼女を助けたのだろう。
……目の前で失われる命を、ただ助けたかった。それだけだった。
"マダム"に利用され、消えていった同胞たちを……死にゆく彼女の姿に重ねてしまった。
ならば、なぜ私は今、彼女を置いて……。
……私は、彼女の命を利用したのか? "マダム"と同じように?
ぞわり、と背に怖気が走る。
胸を満たす空虚を抑え込むように、歯を食い縛る。
どくどくと胸に滲む痛みが、私に問いを投げかけた。
"……結局。世界は虚しいのか?"
───違う。それを否定するために、彼女はその身を賭したはずだ。
「…………っは……はぁ……」
……冷静に、ならなくては。
後悔も、贖罪も……今は許されない。
天城ルイが居なくなった以上……この場の指揮官は私だ。
証人を護衛し、救援部隊との連携を取らなくてはならない。
……音を殺して、深呼吸する。
今はただ、前を向くしかない。
空虚に震える手を伸ばし、不安げにしている少女の肩を叩く。
「……いいか。今はとにかく、進まなければならない。先導を頼む」
その言葉に、少女は"ですが"とためらい……扉の方へ振り返った。
「あの、やっぱり助けに……」
「駄目だ。……奴のことを心配するより、目的を果たすことを優先しろ」
「お前がいなければ、本隊に作戦の共有ができない。……彼女が私たちを逃がしたのはそのためだ。わかるな?」
そう伝えると、彼女は固く拳を握って……"はい"とゆっくりと頭を縦に振った。
「…………」
少し先で私たちのやり取りを見守っていたミサキたちも、無言で歩きはじめる。
(……すまない)
背後に迫る虚しさから目を逸らすように前を見据え、私は歩みを進めた。
同時刻:アビドス砂漠/回収作戦指揮所
side:ナギサ
「……起きて、ナギサさん」
ゆさゆさと体を揺らされ、まどろみから引き起こされる。
重い瞼を開くと、焦ったような表情を浮かべたウタハがこちらを見つめていた。
「……なにが、あったのですか?」
たどたどしく尋ねると、ウタハは困ったような表情を浮かべる。
「リオ会長が到着したんだけど……すこし、問題があるみたいでね」
「……了解いたしました。すぐに向かいま……」
「その必要はないわ。起こしてしまってごめんなさい」
身を起こすと、対面の椅子には既にリオが座っていた。
深く呼吸をして、意識を整える。
「……お待ちしておりました、リオさん」
こちらの挨拶に"ええ"とだけ返して、彼女は抱えていたラップトップを開いて見せた。
その画面にはアビドス砂漠の地図が示されており、何かを示すようにいくつかの赤点が点滅している。
「早速だけれど、共有したい事があるわ。戦闘員を集めてちょうだい」
「戦闘員、ですか……?」
その疑問に答えるように、リオは淡々と続ける。
「ええ。結論から言うと、ビナーの残骸を奪取しようとする勢力がいる」
「ここから北北西5.7
「連中は必ず妨害に出てくるわ、対処優先度は高い」
そう言って、リオは僅かに瞑目し……小さく息を吐いた。
「……よって。警告なしで爆撃を行い、その後、実働部隊による殲滅を提案するわ」
粛々と告げたリオは、鋭い視線を向ける。
まるで有無を言わせないような提案に、しかし言葉を返す。
「警告なしで爆撃を行った場合、確実に禍根が残ります。ましてや、殲滅など……」
「やるにしても、建前でも一度警告をしてからの攻撃にするべきかと考えますが」
私の提言に、リオは即座に"いいえ"と切り返した。
「そんなことをしている時間はないわ」
「1秒のロスが致命的な事態を生む状況よ。余計な搦め手を使われる可能性が僅かにでもあるのなら、禍根が残ろうと排除するのが合理。」
「全ての責任は私が負うわ。……やってくれるわね?」
そう言ってこちらを見つめるリオの瞳には、確かな覚悟が宿っていた。
「…………」
正直、リオの覚悟は痛いほどにわかる。
同じ最高責任者として、自校を愛する者として……あらゆる面で、その意思に同調できてしまう。
それでも。こんなことは許されない。───だとしても。
逡巡は繰り返され、決断を留める。
(…………)
思案の中。
瞼の裏に浮かぶのは、大切な友人たちの顔。
───彼女達は今も、戦い続けている。
"警告なしの爆撃、殲滅"。
不法で、卑劣な攻撃だとわかっている。
……それでも、こうすることでわずかにでも彼女達を助けられる可能性が上がるのなら。
……言い訳だ。これは、誰かのためではない。
私が、失ってしまった全てを……取り戻すための────。
「…………」
固く組んだ腕をほどき、リオと視線を交わす。
彼女はそれだけで全てを理解したかのように、"ごめんなさい"と呟いた。
「……ウタハさん、そこの通信機を取っていただいても?」
本音では、却下して欲しかったのだろう。
ウタハは残念そうに通信機を手に取って、ゆっくりと差し出した。
「……はい」
「……すみません、ありがとうございます」
しっかりと通信機を受け取って、ひとつ深呼吸をし……マイクの電源を入れる。
「……総員に通達します。北北西5.7
「よって、爆撃による先制攻撃によってこれを排除。直後に殲滅作戦を実行します」
「砲手各位は指示を待機。戦闘に参加可能な人員は出撃準備を整え、各班長は10分後に指揮所テント前まで集合してください。……以上」
マイクの電源を落とし、通信機を机に置く。
「……さあ。素性が確定する前に、片付けてしまいましょう」
「本事案に於ける全ての敵対勢力は、デカグラマトン勢力と誤認を受けても仕方ありませんからね?」
……やると決めたのなら、とことんやってやろう。
胸中を蝕む罪悪感を、強い覚悟で噛み潰す。
テントの外が、騒がしくなり始めた。
────それから数分。
唐突に、テントのタープが"ばさり"と跳ね除けられた。
「やっほ~、連絡聞いたよぉ。ちょっと早いけど、いいかなぁ?」
のんきな表情を浮かべてテント内に入ってきたのは……"アビドス廃校対策委員会・委員長"。小鳥遊ホシノ。
アビドス自治区の事実上の長である彼女が現れたことに、内心はぞわりと荒れる。
「……ええ、問題ありませんよ。よければ、そこにかけてください」
自然を取り繕ってそう促すと、ホシノは折り畳み式チェアに腰掛けて大きく伸びをして見せ、"んはぁ"と柔らかな息を吐いた。
「……いやぁ、ここから5.7キロっていうからさぁ。おじさんびっくりしちゃった」
「ねぇ。そこって、カイザーの駐屯地でしょ?」
暖色のランタンに照らされたホシノの表情は変わらずとも、こちらに向けるその視線は鋭い。
事情に感付いているような態度に言葉を選んでいると、リオが先に口を開いた。
「聞かない方がいいわ。今言えるのは、それだけよ」
暗に肯定を返すリオに、ホシノは"へぇ"と呟いて、わずかに姿勢を前に倒す。
「やっぱり、"そういうこと"なんだ……ミレニアムの会長さん?」
「……責任はこちらで取りますので、今はただ従っていただけると助かります」
「1秒の時間も、惜しい状況ですので」
私の苦しい言い開きに、ホシノは"いやぁ"と肩をすくめて見せた。
「正直、あれが邪魔しにくるのは予想できてたし……状況が状況だから、べつに責めたりはしないよぉ」
「私たちからすれば、そっちが責任を取ってくれるなら文句もないしねぇ~……」
そう言って、ホシノはふぅと息を吐く。
途端に、彼女の纏う雰囲気が変わった。
「……そっちがそこまで本気なら、私もそのつもりで行くよ。」
「作戦目標は、脅威の完全排除────つまり、"徹底的にやっていい"。ってことだよね?」
ついに声色も表情も冷たくなったホシノは、刃のような視線と共に尋ねた。
"徹底的に"。……彼女の頼もしくも恐ろしい言葉に、ぞわりと背筋が冷える。
「……そうしていただけると、助かります」
その回答に、ホシノは小さく息を吐いて"わかった"と頷きを返した。
「……じゃあ、そのつもりで準備するよ」
「邪魔してごめんね。また後で」
ホシノはそれだけ言い残して、テントの外へと姿を消した。
その背がタープに遮られたところで、私は大きくため息を吐く。
「……今はとにかく、作戦を立てましょう」
「リオさん、詳細な状況を伺っても?」
「ええ。目標の位置は────」
背に滲む罪悪感を振り切って、私たちは盤面を俯瞰する。
奪われた全てを、奪い返すために。
それが……正義でなかったとしても。