深夜:ミレニアム地下/下水道
side:サオリ
あれから私たちは下水道を進み……ついに、目的地である地下浄水場に到着した。
通路の遠方に光が見えると、先導していた少女はゆっくりと振り返る。
「……この先です。私が先に話を通しますので、皆さんはここで待っていてください」
「わかった。話がついたら呼んでくれ」
「……はい。なるべく急ぎますね」
そう小さく頷き、彼女は駆けていった。
その背を見送り、私たちは顔を見合わせる。
「話が着くといいけど……」
どこか不安げに口を開いたのは、アツコだった。
「……まあ、無理じゃない? ミレニアムはともかく、他の二校が私達を許すわけないし」
「……やっぱり、そうですよねぇ……」
皆の言葉に、諦観が滲む。
あの時、当たり前のように引いた引き金。
先生を襲撃し、消えない傷を刻んだ。
あの事件は、当事者たちどころか、キヴォトス全体のトラウマとして扱われている。
……緊急時とはいえ、許されるはずがない。
「……そうだな。5分ほどして応答がなければ、私たちだけで────」
同時刻:ミレニアム地下浄水場/連合部隊の拠点
side:風紀委員会の少女
息を乱さないよう、みんなの元へ走る。
(早く伝えて、助けを呼ばないと……!!)
目に焼き付く、彼女の背。
戦車の攻撃を全てその身に受け、私達を逃がしてくれた。
……たとえ間に合わずとも、ここに置き去りにされていい人ではない。
焦る感情に背を押され、とにかく走り続ける。
「……はぁ、はぁ……!!」
長い通路を抜け、光の照らす空間へと突入する。
「……戻りました!!!報告がありま────きゃあっ!!」
全力の大声は、誰かにぶつかってしまって、途切れた。
「すっ、すみま────」
尻もちを着き、顔を上げたその眼に映ったのは────。
視線が合っただけで、思わず呼吸を忘れそうになる。
そんな、紅い瞳だった。
……ひとつではない。無数の瞳が、私に向けられている。
「ひっ、ひいっ……」
狂気を孕んだ視線に、声が震える。
無意識に後ずさる私へ、手が向けられ────。
「……おい、大丈夫か」
「ひっ、ひぃ……ッ!」
「……ツルギ。脅かさないでください」
「オぉ……すまない……」
紅瞳の主は唸るように呟いて、ゆっくりと後ずさった。
「……っえ?」
「……驚かせてしまい申し訳ありません。我々は正義実現委員会です」
「"報告がある"、とのことでしたね。聞かせてください」
そう言って、彼女は私の手を握って立ち上がらせた。
「す、すみません……」
慌てて周囲を見回す。
私を見つめる瞳の中に、忘れようもない顔がひとつ。
「ヒナ、委員長……!!」
ヒナ委員長だけではない。
各校の代表者たち。
ただ立っているだけで場の空気を押し潰すような面々が、私に視線を向けていた。
慌てて背筋を正し、話し始める。
「えっと、アコ行政官からは、どこまで」
「ちょうど今戻ったところよ。アコには今から報告するわ」
「それより、先に貴方の話を聞いた方が良さそうね。続けて」
委員長は一歩近づいて、私の話に傾聴を示してくれた。
頭の中で順序立てようと整理してみるが……うまくいかない。
ひとつ大きく深呼吸をして、私は口を開いた。
「……外部との連絡が取れました。現在、先生が救援部隊を準備してくれています」
「まずはこちらに物資を供給するとのことで、今からおよそ1時間半ほどでミレニアム外縁に到着すると伺っています」
「……加えて、"魔王"。天城ルイは調月リオ及び、先生と連携している味方であり────」
途端。周囲が冷たくなった気がした。
ヒナ委員長がなにかを言おうと息を吸った瞬間、それを遮るようにピンク髪の少女が掴みかかって────。
「……ルイちゃんが味方ってどういうこと!?」
少女は声を荒げ、私の肩をゆさゆさと揺する。
「……ミカ、それを今から話すところよ。離しなさい」
「……あっ、ごめん……」
ミカと呼ばれたその少女は小さく謝罪を呟いて、私から手を離した。
「……信じがたいでしょうが」
私は言葉を選びながら、続ける。
「天城ルイは、敵ではありません」
「私は、彼女の通信拠点で先生や調月リオさんと話し……確証を得ました」
「これが、彼女から預かった"証拠"です」
ルイさんから預かったポーチを差し出す。
それを委員長は受け取って……開かず、隣で話を聞いていたミカさんに渡した。
ミカさんは"えっ!?"と驚いたようにポーチとヒナ委員長を交互に見遣る。
それを気にもせず、ヒナ委員長は口を開いた。
「……天城ルイが味方である可能性は、桐藤ナギサから事前に共有されていたわ」
「証拠の確認は不要よ。今は外部との連携を優先しましょう」
────意外な即断。
そんな中、ハスミさんとツルギさんは一瞬目を見合わせて、こくりと頷きあった。
「……了解いたしました。それでは、詳細な情報をお聞かせ────」
「ちょ、ちょっと待って! ルイちゃんは!? いまどこにいるの!?」
ハスミさんの言葉を遮り、ミカさんは私を再び問い詰める。
その言葉には強い焦りが滲んでいて……。
(────この人なら)
「その、ミカさんっ!!」
咄嗟に彼女の手を掴む。
「ルイさんを、助けてくださいっ!!」
私の叫びを聞いて、彼女は一瞬目を見開き……すぐに、真剣な表情に変わった。
「……なにがあったの」
先ほどまでの雰囲気は霧散し、彼女は冷たく尋ねる。
「……私達を逃がすために、一人で残りました」
「第6区画のショッピングモールの地下駐車場で、オートマタと戦車に囲まれて……!!」
「……案内して」
返ってきた彼女の声は、低く震えていた。
「今すぐ、助けに行く」
そう告げて勢いよく立ち上がったミカさんの肩を、ハスミさんが掴んだ。
「……離して。急いでるから」
「お気持ちはわかりますが……いま安易に行動するのは危険です」
そう言って、ハスミさんは私に目を向けた。
「それと、"私達"と仰いましたね? ……貴方の他に、誰か居るんですか?」
ハスミさんはそう口にして、私が通って来た廊下を一瞥する。
そこには変わらず、暗闇が湛えられていた。
「……はい。ルイさんの代わりに、私をここまで護衛してくれた方たちが居ます」
「ですが、その……」
口ごもる。
"アリウススクワッド"。その名を出していいのか。
「……ご心配なく。緊急時ですので、その者の素性は問いません」
「協力を仰げるのであれば、どなたの力でもお借りしたい状況ですので」
迷っている私にハスミさんは優しく、そう言ってくれた。
深呼吸をして……意を決する。
「……"アリウススクワッド"の方たちです」
その言葉に、空気が凍った。
ハスミさんとヒナ委員長は一瞬硬直して、険しい表情でぱちぱちと瞬きをする。
ふたりは互いの言葉を伺っているかのように、言葉を発さない。
「……待って。アリウスの……サオリちゃんって子?」
そんな中で、ミカさんは声色低く尋ねた。
沈黙の重圧に押しつぶされそうになりながら、私は"はい"と返事をする。
「……はい。えっと、サオリさんと、ミサキさん、ヒヨリさん、アツコさんの4人です」
ミカさんはすこし黙って……こくりと頷いた。
「……アリウスの子達は信用していいよ。私が保証する」
「あの子たちがしたことは、許されることじゃないけど……」
「それでも。あの子たちは悪い大人に騙されていただけで、悪い子達じゃない」
「…………」
委員長はミカさんの顔を見つめて、思案するような表情を浮かべ……"はあ"と小さくため息を吐いた。
「……わかった。ミカがそう言うなら、私も一旦は信じるわ」
「しかし……」
「……やめろ。素性は問わないと自分で言っただろう」
なにかを言いかけたハスミさんを、ツルギさんが諫める。
すると、ハスミさんは僅かな無言を経て、
「……わかりました。この場においては、信用いたしましょう」
そう言って、私の方へ向き直った。
「……お近くにいらっしゃるのであれば、呼んできていただいてもよろしいでしょうか」
「彼女達にも、お話を伺いたいので」
話は纏まったようで、彼女達の言葉に私は小さく頷きを返した。
通ってきた通路に向かって、大きく叫ぶ。
「出てきて大丈夫です!!」
暗闇に私の声が反響する。
それから十数秒ほどして、暗闇の奥から四つの影がゆっくりと姿を現した。
スクワッドの4人は首から銃を掛けたまま、両手を見せながらこちらに歩み寄る。
同時刻:ミレニアム地下浄水場/連合部隊の拠点
side:サオリ
「────出てきて大丈夫です!!」
「……わあ、予想外」
「……罠かもしれないよ」
「だとしても、行くしかないだろう」
「うぅ……やっぱりそうですよねぇ……」
その言葉に頷きあって、私たちは廊下から歩み出る。
そこでは銃口こそ向けられていないが、
一挙手一投足を見逃さない視線が、私たちを包囲していた。
(剣先ツルギ、羽川ハスミ、聖園ミカ、空崎ヒナ……)
遠方でこちらを伺っている者達も、"警戒対象"としてその顔と名を覚えている。
文字通りの最高戦力が、ここに集っているようだった。
諦観から、溜め息代わりにぱちりと瞬きをする。
すると、私たちの目の前に立ったハスミは厭気を隠さずに口を開いた。
「……皆さん、手を降ろしてくださって結構です」
「彼女から話は伺っていますので、この場で過去の件については追及しません」
ハスミはそう言って、鋭い瞳を向けた。
「……ですので、まずは貴方達の知る情報を共有してください」
「特に──天城ルイの行方についてです」
深夜:ミレニアム自治区/地下駐車場
side:ルイ
"────!!"
放たれた砲弾を躱し、眼前の戦車と睨み合う。
オートマタが到達するまで、猶予は10秒もないだろう。
(ここから生還する、唯一の方法は……)
────戦車が塞いでいる、スロープのみ。
戦車は私の意図に感付いたのか、僅かに後退し……出口を固めた。
(……考えている時間はないか)
私の背後に、護るべき者は居ない。
ならば、盾を構える必要もない。
盾を剣へと戻し……引き金を引く。
放たれたジップラインは天井へと突き刺さり、私を戦車の方向へと引き込んだ。
戦車は焦ったかのように機銃の仰角を上げ、接近する私へ狙いを定める。
「ッ!!」
降り注ぐ弾雨は剣に弾かれ、瞬く間に距離は縮まっていく。
戦車が僅かに動いた。
(────来る!!)
剣を斜めに構えた瞬間、
"────!!" 主砲が火を噴いた。
飛翔する砲弾は、剣の側面を削り────炸裂する。
痛みを超えた衝撃が全身を貫き、ぐらりと揺れた視界は閃光と火に染まった。
「ッぐぁ……!?」
────近距離信管。
私が砲弾を避けず、弾くと読まれていた。
……しかし、この身に感じる風はまだ私が飛んでいると告げている。
(……まだ、飛べる……ッ!!)
天井を蹴り、軌道を修正。
到達するは戦車直上。仰角を超え────。
びりびりと痺れる手に力を込め、剣の柄を固く握る。
「……そこを、退け!!」
────剣を、振り下ろす。
"ガァァンッッ!!!"
確かな衝撃。散った火花が照らすは、歪に曲がったハッチ。
「……これで、終わりだ」
グレネードのピンを抜き、開かれたハッチの隙間へと投げ入れる。
"────!!"
目標を見失い、慌てたようにぐるぐると砲塔を回した戦車は急速に後退したかと思うと────"ズドン"と大きく振動し、動かなくなった。
「ふぅ……はぁ、はぁ……」
動かなくなった戦車を背に、呼吸を整える。
しかし、背後からはガシャガシャと金属が軋む音が聞こえだす。
(……まずは、ここを離れなくては……)
軋む体を無理やりに動かし、スロープを駆け上がる。
爆風や火傷による痛みは全身に及び、もはやどこが痛いのかもわからない。
(……致命傷ではないが浅くもない。動ける時間も、そう長くはないな)
……私は既に役目を終えた。
盤上に残る理由はもう、ない。
────戦車にヘリ、装甲車。
一機、一両でも多くこちらに戦力を割かせれば、
そのぶんだけ本隊が……救援部隊が動きやすくなる。
どうせいま戻ったところで、足手纏いが一人増えるだけだ。
ならばここで、敵の戦力を削るとしよう。
────私は元より。一人で戦う方が性に合っている。
ケースから取り出した
"ぷしゅう"と薬が体内に注入される音と共に、じわりと身体が痺れるような感覚が広がっていく。
(……"抗気絶薬"。もはや使うまいと思っていたが……すまない)
二人への罪悪感は、床に捨てた
剣を構え、夜空を見上げる。
ドローンが放ついくつもの光が、私を睨んでいるかのよう。
────その時、蒼い翼が煌めいた。