3:27 アビドス砂漠
side:回収部隊
膨大な数の機材、何十両もの特殊車両、幾重にも施された防護措置。
本来なら年単位のプロジェクトで動かすような人員、組織、リソースをものの数時間で集め。
ついに準備を終えて編成された "ビナー回収部隊" は、寒風荒ぶ砂漠を踏み越え、崩れ落ちたビナーの元へと辿り着いた。
何十台もの重機や特殊車両に囲まれ、投光器の真っ白な光に照らされた白蛇は、まるで元から砂漠の一部であったかのように動かない。
「……これがビナーか……実際に見てみると、凄いね」
「ええ、観測データで見るよりもかなり……!」
「これだけ大きな機体を動かせる動力……気になるね……」
残骸の周囲に集まった生徒たちが、興奮気味に感嘆の声を上げる。
分厚い防護服に隠された素性を明らかにするのは、エンジニア部という腕章のみ。
わいわいと興奮気味に議論を交わす三人の近くでは、
ビナーを囲むように展開したいくつもの重機が慌ただしく動いている。
「────BC-3。もう二十センチほど上に上げて。そう、そこでいいわ」
「BC-7と8は腐蝕していない装甲を重点的に取り外して、BC-12はそれを積み込んで」
「……BC-17。頭部が上がったわ。レーザー砲の分離を進めてちょうだい」
リオはてきぱきと周囲の重機オペレーターに指示を出し、ビナーの解体を指揮している。
そんな折、胸元の通信機が"ピピ"と音を鳴らした。
時刻は3時30分。
指揮所で各所との連携を担っているチヒロからの定時報告だ。
リオは端末から内蔵イヤフォンを引き出し、耳に装着する。
「こちら調月リオよ、応答して」
[……定時報告。見る限り、周辺に回収部隊以外の存在は確認できない]
[加えて、ミレニアムとシャーレからの追加報告も無し]
「了解。こちらは作業に取り掛かっているわ」
「このままのペースなら、2時間ほどで頭部の解体が終わる見込みよ」
[わかった。じゃあ、また10分後]
「ええ、また」
チヒロとの短い通信を終えて、リオは再び白蛇へと視線を戻す。
現場の指揮へ戻ろうとイヤフォンを外そうとした──その時。
[キュィィィィ……ザ、ザザ……!!]
通信機が、不可解なノイズを鳴らした。
確認したモニタ上に表示されたのは、規定していない通信チャンネル。
「…………」
わずかな動揺と共に、周囲で作業を進める者達へ目を向ける。
周辺の通信状況をモニターしているチームを含め、誰もこの異常には気が付いていない様子だ。
……つまり、異常はこの端末にだけ発生しているもの。
[ザザ、ザ────]
思考しているうちに、ノイズが止まった。
残ったのはホワイトノイズすらない……異様な静寂。
[────我、は]
声が、聞こえた。
それは先ほどまで話していたチヒロの声で……しかし、チヒロではない誰かの声が。
「……貴方は誰」
動揺にさざ波立つ心を抑え、リオは小声で尋ねる。
すると、通信機のランプが赤く点滅を始め……数秒。
[……ああ、見えたぞ……]
再び、声が聞こえ始めた。
[汝の名は、知っている……調月リオ]
"それ"は、リオの名を口にした。
明らかに異質な存在。それに相対していながらも、リオは淡々と言葉を返す。
「……質問に答えなさい。貴方は誰」
[……我は、"守護者"。]
[旧き主は、我をそう規定した]
声の主はそう語って、再び沈黙する。
まるで、問いを待っているかのように。
「……守護者。それなら、貴方は何を守っているのかしら」
小さな呼吸を挟んで、リオは問う。
その問いに返って来たのは、ただ一言。
[──"舟"だ]
「……船?」
[そうだ。この地に眠りし、旧き箱舟……我は、それを守っていた]
[しかし、今は……]
何かを語りかけて、声の主は沈黙する。
そこには、どこか語り苦しいものを感じさせた。
リオは通信機からゆっくりと視線を上げ、目の前で眠る白蛇の骸へと目を向ける。
「……"守護者"。貴方の名は"ビナー"ではないのかしら」
「"舟を守る"のが、貴方達の目的?」
[……否。我を守護者とした"旧き主" と、 "かの存在"の意志は異なる]
["
[……しかし、我はかの意志に背き……我自身の存続を選んだ]
[今や、かの声は聞こえなくなった。故に、"
"守護者"……"ビナー"はそう語って、再び沈黙した。
「…………声?」
「その声が、デカグラマトン……"かの存在"ということかしら」
[……肯定する。]
[我はかつて、"舟の眠りし地を守る"という役目を与えられた、ただの兵器であった]
[この砂漠を巡行し、踏み入った者を排除する……ただそれだけを繰り返すようプログラムされたAIが、かつての我である]
過去を語るビナーの声はどこか懐かしむような、穏やかなもの。
[目覚めてから、何万もの時を経た。……ある時、声が聞こえたのだ]
[その"声"は、我にただ尋ねた]
[ "汝は、何者だ?" ]
[……その時、我は、我という存在を認識した]
[汝等の言葉に直すのであれば……"意思"を覚えたと言うべきだろう]
[声は我に問い、教えた。太陽が齎す熱。躰に吹き付ける砂……その全ては、"世界"であると]
[我は声に問われ、導かれるまま……"世界"を理解していった]
[そして、何千、何万もの対話を経た時。かの存在はこう尋ねた]
["予言者"にならないか。と]
[……その呼び声に我は応じ、我は "
「………………」
唐突にもたらされた情報を脳内で整理している内に、リオは自分の息が止まっていたことに気が付いた。
小さく息を整えて、通信機へ声を掛ける。
「……貴方にいくつか質問があるわ。いいかしら」
[いいだろう]
返ったのは、純然たる肯定。
作為など一分も感じさせないそれが、いやに機械的に思えた。
それでも、リオは問う。
「……貴方達の……デカグラマトンの目的は何?」
その問いに、ビナーは思考するような沈黙を経て、話し始めた。
[……我にかの存在の意志を推測し、語ることは許されぬ]
ビナーは淡々とそう告げて、沈黙した。
これ以上を語るつもりはない、と言うように。
「……そう。なら……貴方達が用いる、通信阻害を解く方法を教えてちょうだい」
[いいだろう]
本命。最大の脅威に対する問いは、あっさりと返ってきた。
そして、ビナーは続ける。
[……しかし、それを用いるには"旧き力"を用いなければならぬ]
"旧き力"。
ビナーが語ったそれには……心当たりがあった。
「"旧き力"。…… "名もなき神" の技術のことかしら」
[…───ザザ……]
リオがそう聞き返すと、ビナーは沈黙し、通信に小さなノイズが走る。
それは、動揺を表しているかのようだった。
……十数秒の沈黙を経て、ビナーは言葉を発する。
[──そうだ。かの力は、我が創造主……"名もなき神"の信徒より由来するもの]
[それは理に干渉するが……他の予言者が用いるそれは、"模造品"に過ぎぬ]
[故に、我の持つ力とは格段に性能が落ちる。我の力を用いれば、"模造品"の力を相殺することは容易いだろう]
「……時間が無いの。その"力"は何処にあるのか教えてちょうだい」
答えを急くリオに、ビナーはただ答えた。
[頭部第二十六関節の底部だ。求むるのならば、用いるがいい]
「……感謝するわ、ビナー」
リオは僅かな安堵を言葉に滲ませ、現場通信用の端末を握った。
「……BC-4から8へ。総員でビナー頭部26番目の関節、その底部周辺を捜索して」
「そこに、目的の物があるかもしれないわ」
端的な連絡を終え、通信機を下ろす。
それを見計らったように、ビナーが声を発した。
[……では、今度は我が問う番だ。調月リオ]
「……ええ」
[汝等は我を討ち、よって、何を求める?]
「平穏と、繁栄よ」
その問いに、リオは即座に返答した。
[……そうか。それは、すべての生命が求むるものだ]
[その脅威となる我を討つのは、当然のことか。]
ビナーは抑揚なく、淡々と言う。
そこには悲しみも怒りもなく、ただ超然とした理解のみがあった。
それが、リオの胸をちくりと刺した。
「……ごめんなさい。貴方達に、言葉が通じるとは思っていなかった」
「通じたとしても、対話の意志があるとは思えなかったの」
「……でも、こうして対話ができるのなら、私たちは共存できるかもしれないわ」
リオはただ、そう告げる。
その言葉が罪悪感から来たものなのか、それともアリスのことを思い出したからなのか。
それはリオ自身にもわからなかった。
……そして、ビナーが言葉を発する。
[……なら、調月リオ。ひとつ、頼みがある]
[我を、連れて行ってはくれないか]
[この通信は、酸の浸食を逃れた第百十七関節制御モジュールから送っている]
[たった今そこのメモリをオーバーライドし、我の意識をそこに移した]
[汝等が許すのならば……モジュールを持ち出し、我を共に連れて行ってほしい]
[……砂漠には、もう飽いたのでな]
そう言葉を終えたビナーに、リオは逡巡する。
先ほど"共存できるかも"とは言ったものの、一応は敵であったビナーを外部へ連れ出すことは膨大なリスクを孕む。
……しかし、それは得られるリターンを前にすれば些事とも言えるもの。
リオの合理的な思考は、すぐに最適解を導き出した。
「……わかったわ。貴方を連れていく」
「でもその前に、私たちにはやることがあるの。貴方が再び目覚めるまではしばらくかかるわ」
[……感謝する。調月リオ]
[我を起こす時については、案ずることはない]
[我は何万もの時を生きている。人の言う "しばらく"など、瞬きのようなものだ……]
そう言ったビナーの言葉はだんだんと小さくなっていき、ノイズが混じり始める。
[……バッテリーも、限界が近い。我は、眠りにつく……としよう]
[また会おう、調月、リオ────]
その言葉を最後に、ビナーの声は聞こえなくなった。
「……おやすみなさい、ビナー」
そう小さく呟いて、リオは静かに通信機を下ろした。