5:51 | ミレニアム第9区画/道路
side:セイア
朝日が照らす道の中を駆ける。
沈黙した摩天楼を背に、立ちはだかる機械の軍勢を打ち倒しながら。
私たちはただただ、逃げ続けた。
「……ねえ、誰か12ゲージ持ってない?」
「そろそろ、弾が切れそう」
わずかに息を切らしたエイミが尋ねる。
彼女の問いに、私たちは静かに首を振るしかない。
「まあ、そうだよね……いざとなったら、オートマタのを拾うしかないか……」
ため息と共に言うエイミが、腰の弾帯にシェルを装填している間。
私の耳へ、小さな音が届いた。
「……待ってくれ、何かくる」
耳を澄ませる。
遠くから"パキパキ"と瓦礫を踏み潰すような音が聞こえた。
それなりに重量のある車両が、こちらに近付いてくる。
マコトもその音に気付いたのか、きょろきょろと頭を動かして、音の出所を探した。
「チッ……逃げるぞ、路地伝いなら追ってはこれんはずだ」
ユウカとエイミの二人はマコトの言葉に頷き、進行ルートの偵察へと向かった。
「……ヒマリ、姿勢は辛くないかい?」
前を進む二人を追いながら、背負ったヒマリに声を掛ける。
「……ええ、大丈夫です」
「その、セイアさんの方こそ……大丈夫ですか?」
心配げな、か細い声が返ってくる。
「ああ、私は大丈夫さ。君は心配せず、掴まっていてくれ」
「……ありがとうございます」
「……ああ」
耳元の声にそう答え、私は歩き続ける。
────その時だった。
"────!!!"
噴き出すような音が天より響く。
その音はもはや聞き慣れたもので……今から何が起こるのか、私たちはすぐに理解した。
"ズダァン!!"
ショットガンの音と共に、近くのガラス窓が砕け散る。
「……中に入って!」
焦り声で叫んだエイミの指示に従い、全員が建物内の一室へと飛び込んで……数秒。
"ズゥゥゥゥン……!!"
地響きと共に足元がぐらりと揺れ、消えていたはずの照明が明滅する。
異様な雰囲気に、その場の誰もが身構えたが……それから十数秒ほどすれば、何事もなく静寂は戻ってきた。
「……不発でしょうか……ッ!?」
ユウカは言葉に不安を滲ませながら、外を確認しに窓辺へと近付き……勢いよくその身体を伏せた。
彼女は伏せたまま、ゆっくりとこちらへと戻ってくる。
その表情は、青ざめていた。
「……周囲の建物から、敵が溢れてきています」
「なんだと……!?」
苛立たし気に眉をしかめたマコトは、わなわなと声を震わせた。
「確認はしていませんが……今の衝撃」
「おそらく、ハブの"インベイドピラー"が関係しているかと」
"インベイドピラー"。その単語が出た途端、私の耳元でヒマリが息を呑んだ。
「インベ……なんだ?説明しろ」
マコトが苛立たしげに尋ねると、ヒマリが沈痛に口を開く。
「……"インベイドピラー"。ハブに搭載された作業用ツールのひとつです」
「一定圏内の機械の制御権をオーバーライドし、一時的にピラーがその制御を代行する機能があります」
「……本来は、ハブの作業を安全に進めるためのツールですが……今回は、それによって周囲のロボットが敵の手に落ちたと見るべきでしょう」
ヒマリの説明を聞き終えたマコトは眉間を押さえ、大きなため息を吐いた。
「……貴様らの作った機械はつくづく腹立たしい」
「どうするつもりだ。弾が残り少ない以上、このままでは身動きがとれんぞ」
悪態交じりのその問いに、誰も答えられないまま……数分が経った。
身構えていた面々も、張り詰めていた緊張が徐々に切れ始める。
「…………すぐに雪崩れ込んでこない辺り、私たちの位置はバレていないようですね」
「それなら、休憩がてらにここで脅威が去るのを待つほうが────」
ユウカがそう言いかけた瞬間。
"────!!!!"
閃光が奔り、爆発音が轟いた。
廊下伝いに吹き込んだ爆風が、私たちが隠れている部屋の扉を吹き飛ばす。
蝶番が跳ね飛ぶ音と共に、部屋の中央へと滑り込んできた扉から視線を外し……扉の外へと目を向ける。
「……ッ!!」
そこに居たのは、巨大な砲塔。
戦車の砲口が、私たちをじっと見つめていた。
(………………!!)
────この密室に、砲弾が撃ち込まれればどうなるか。
思考する前に、私の体は動いていた。
「セイアさん!!」
「待っ────!!」
扉の外へと駆けだし、砲口の前へと立ちはだかる。
────この命を代価とするとしても、悪くない取引だ。
私が盾となることで、砲弾の一射を逸らすことができれば……少なくとも、他の皆は助かる。
……ヒマリを失うわけにはいかない。
エイミも、ユウカも、マコトも。
彼女たちには、この先にやるべきことがある。
……では、私には?
自問する。
答えは、見つからない。
ただひとつだけ、わかっていることがある。
……この場で最も軽い命が、私だ。
だから。
がたがたと震える体を抑え込み、砲塔の前で腕を広げる。
怖い、死にたくない。
まだやりたいことは、たくさんある。
……ようやく、まともに動ける体になったというのに。
時間がゆっくりとその速度を落とし始め、脳裏に走馬灯が駆け抜ける。
続きが気になっている小説。
行ってみたかったゲームセンター。
渚でバカンス。みんなでキャンプ。
(────ああ。思えば、未練の多い人生だったね)
最期に浮かんだのは、ルイの顔。
瞼の裏で微笑む彼女に身を預けるように、そっと目を閉じて───閃光が奔った。
────きいん、と頭が痛む。
身体を包むじくじくとした熱が、生存を告げている。
「……?」
ゆっくりと、瞼を開く。
眼前に映る戦車の砲塔はひしゃげ、車体はごうごうと炎に包まれていた。
「……ぁぁ……」
情けなく力が抜け、へたりと地面に崩れ落ちる。
何が起きたのかはわからないが、とにかく……私はまだ、生きているようだ。
「……セイアさん!!」
ぽかん、と呆けていると、エイミに力強く肩を揺すられ、感覚が現実へと引き戻された。
「逃げるよ!!早く!!」
「あ、ああ……」
立ち上がりざまにヒマリの姿を探すと、彼女はマコトが抱きかかえていた。
「……百合園セイアァッ!!呆けていないで走れッ!!」
目が合った途端に発せられたマコトの怒号に背を押され、私はなんとか一歩を踏み出す。
走り出し、皆と共に建物の外へと駆け、割れた自動ドアを潜る。
「──ッ来ないで!」
前を走るユウカが脚を止め、制止が轟いた時には既に……遅かった。
「……ッ!!」
遮蔽物のない道路上には、何十ものロボットやオートマタが私たちを待ち受け、取り囲んでいた。
そのうちの一体が、私に銃口を向けたのがわかった。
"────!!"
マズルフラッシュ。亜音速で飛来する弾頭の群れが、私へと迫って────。
「…………」
────ただ、なんとなく、身体を逸らした。
弾は私のすぐそばを飛んで、後方の壁へと突き刺さった。
再び、マズルフラッシュが瞬く。
同じように、頭を逸らす。
すると、弾丸は私の眼前をすり抜けていった。
(……ああ、なるほど)
今の私は、自分でも驚くほど冷静だった。
手が勝手に動きだし、脚のホルスターからピストルを抜く。
ほとんど使った記憶のないその銃口は、まるで吸い寄せられるようにオートマタの腕部を撃ち抜いた。
"じん"、と手が反動に痺れる間もなく、次の一射を放つ。
(いち、に、さん、し、ご、ろく、なな……)
放つ弾丸はその全てが正確に命中し、敵の攻撃能力を破壊した。
(…………)
本能的な意思に従い、走る。
────敵の行動が、飛来する弾の軌道が見える。
どう避けるべきか、どこを撃つべきか。
その全てが理解できた。
敵が取り落した銃を拾い上げる。
頭の中に、情報が流れ込む。
(……残弾27。敵の数は62)
「…………」
頭に浮かぶ軌道とリズムで、腕を振るう。
照準を覗きすらせず、ただ引き金を引いた。
"ズダダダダダダダダダダッッッ!!!"
頭部コア破損、脚部シャフト断裂。
視界にすら入っていない敵が、どのように倒れたかがわかる。
チャンバー内の最後の一発を撃ち終え、私は銃から手を離す。
ガシャリと銃が地面に落ちる。
その前に、私は走り出した。
飛来する弾丸が、すぐ横を抜けていく。
(……次……)
────今この瞬間。
世界は私の独壇場だった。
「────はぁ、はぁ……」
どれだけ戦ったのだろう。
息が切れる頃には、私たちを取り囲んでいた機械たちは全て、鉄屑へと変わっていた。
「ごほっ、ごほっ……」
まるで糸が切れたように膝をつき、噎せる。
それは久しく感じていなかった、喉の奥から湧き上がるような不快感。
「……ぅ……ぉえっ」
体が熱い。息苦しい。
眼底にズキズキとした鈍痛が走り、神経が悲鳴を上げている。
かつて私を苛んだ、"予知夢の代償"。
忌まわしきそれが、戻ってきたかのようだった。
「……セイアさん!!大丈夫!?」
「今のって……」
エイミの声が近付いてくる。
「はぁ……ああ……だいじょうぶ、だ……」
浅い呼吸を繰り返しながら、平常を引き戻す。
燃えるように熱を持った身体は……存外に私の言うことを聞いてくれた。
ゆっくりと膝を立て、立ち上がる。
びゅうと吹いた風が、火照った体を冷やしてくれた。
「……少し、苦しいが……問題はないよ……」
かつての私と、今の私は違う。
目を閉じ、感覚に思考を馳せる。
……疼く頭痛に、全身に走るずきずきとした痛み。
(予知夢の代償に似ているが……根本的に違う……)
(この苦痛は、身体的疲労による症状が主だ。身体機能そのものが衰弱している感覚は薄い)
深く、呼吸をした。
(……つまり……不可逆的なダメージではない。私はまだ、動ける。)
力を付け、知識を付けた。
自分の身に何が起こったのか。その代償も、おおよそ理解できた。
……だからこそ、無理のない無理ができる。
「……さあ、行こう」
笑顔を作って、一歩を踏みしめた……その瞬間。
"────ザンッ!!"
目の前に、ひとつの人影が降ってきた。
ひらりとたなびく黒い和服の裾に、赤い光を湛える狐面。
「……災厄の狐。狐坂ワカモ」
そう呟くと同時に、隣にいたエイミは即座にショットガンを構え、私の前へと歩み出た。
「……マコト議長、セイアさん。私の後ろに下がって」
「ユウカさん、いざという時は……みんなをお願い」
エイミの言葉に、目の前のワカモはライフルを肩に掛けたまま"くすくす"と笑う。
俯瞰した状況は最悪。緊張は最大限に高まっている。
瞬き一つの時間さえあれば、今この場で殺し合いが始まりそうなほどに。
(…………)
だが……私には、そうは思えなかった。
一歩、前に出る。
「……ワカモ。君は、私たちを助けに来てくれたと思っていいのかな?」
「あの時、戦車を倒してくれたのは……君だろう?」
私の問いに、彼女は仮面越しにため息を吐いたのがわかった。
まるで"つまらない"とでも言いたげなその吐息の後、ワカモは言葉を発する。
「……ええ。その通りです」
「このワカモ。
ワカモはそう言って、仰々しく一礼をして見せた。
エイミはゆっくりとショットガンを下ろして、"ごめんなさい"と頭を下げた。
それに続くように、私も頭を下げる。
「……ワカモ、助けてくれてありがとう」
「早速だが、私たちを安全な場所まで案内してくれ。可能なら、その間に現状の説明も頼みたい」
「ええ……。それではさっそく、安全な場所へ移動しましょう」
「ここはまだ危険ですので」
そう言って背を向けたワカモは、ゆっくりと歩き出す。
「……心強い助っ人だ。ここは大人しく従うとしよう」
「ほら、行こう」
未だ警戒を解いていないユウカとマコトにそう声を掛けて、私たちはワカモの背を追った。
同時刻 | ミレニアム禁足地 / 地下工場の入り口
side:ルイ
「……あらかた片付いたか」
オートマタ、ドローン、ヘリ、戦車、パワーローダー。
百を優に超える機械の軍勢を打ち倒し、ついに戦場は凪いだ。
揺らめく炎を背に、踏みしめるは鉄屑の山。
その果てに到達したのは、大地に走った亀裂。
この下に、兵器工場が存在している。
「……これより地下工場へと突入するが、その前に5分間の補給を行う」
「全員警戒を怠らず、弾薬の補給と食事を進めてくれ」
周囲に立つ皆にそう告げ、背負っていたバックパックを下ろす。
取り出した弾薬箱とミネラルウォーター、エナジーバーを皆に配って、私は小さく息を吐いた。
(……この時点で、目標はほぼ達成した)
状況を見れば、"敵主力の陽動"という最優先目標は十全に果たされたと見ていいだろう。
残るは追加目標。"敵生産拠点の破壊"。
その成否はともかく……敵がどれだけの戦力を有するか。
それを理解するためには、極めて重要と言える作戦だ。
……最重要なのは、情報を得て、持ち帰ること。
万が一の時は、誰かが犠牲になる必要もあるだろう。
私は小さく息を吐いて、マガジンに弾薬を込めているサオリの方へと歩み寄った。
side:サオリ
「……サオリ、少しいいか?」
「作業しながらで構わん。話しておきたいことがあってな」
背後から声がかかる。
足音にすらかき消されてしまいそうな、小さな声だ。
「……どうかしたか。声のトーンからして、あまりいい話ではなさそうだが」
手を動かしたままそう尋ね返すと、天城ルイは私の隣に腰を下ろした。
彼女は小さく息を吐いて、喋り始める。
「サオリ、君の分隊指揮能力は非常に優れている」
「先ほどのスクワッドを率いた戦闘。見事だった」
おだてるような言葉。
彼女の言わんとしていることは、おおよそ察せてしまう。
「……私とスクワッドのメンバーは生来の付き合いだ」
「あの連携はそれゆえのものだ。彼女たち以外の指揮は担えない」
彼女の言葉を牽制するように伝えると、ルイは "はは"と笑った。
「私にそうは思えんな」
「乱戦でも的確な指示を出せる状況把握能力に、責任ある決断を厭わない姿勢。」
「隊を担うリーダーとしての資質は、十二分にある」
彼女は淡々と私を褒めると、"すう"と息を吸った。
「ゆえに……サオリ。私になにかあった時は、君にこの隊の指揮を託したい」
(…………やはりか)
"敵主力の陽動及び、敵生産拠点への強襲"。
至難を極めるこの作戦に、明らかに不相応な私を連れてきた理由。
────その答えが、これだった。
「……断る。"誰も死なせない"という志はどこへ行った?」
ため息交じりに言葉を返すと、彼女は私の正面にかがみこんだ。
今まで逸らしていた視線が交わる。
「誤解するな。ブリーフィングの時にも言ったが、私に死ぬつもりはない」
「あくまで万が一の話だ。想定外は潰しておくに限るからな」
彼女は真っ直ぐな視線で、さらに言葉を重ねる。
「……サオリ、君なら理解しているはずだ、現場に綺麗事や理想論は通用しない」
「誰かが犠牲にならなければならない場合、全体的に見た適任は私という話だ」
(…………)
"現場に綺麗事は通用しない"。
その言葉は否定できずとも、彼女が犠牲になるべきだという理由が、私には理解できなかった。
なぜなら、この場で最も犠牲になるべき人員は────
「……お前の考えが理解できない」
「誰かが犠牲になるべきと言うのなら……それは、お前ではないだろう」
「この場で最も命が軽いのは……私のはずだ」
言葉の裏に思い返すのは、今まで犯した私の罪。
自罰に沈んだ私の言葉を、彼女は"ふっ"と鼻で笑い飛ばした。
「……確かに、"命の価値"という尺度を用いれば、そうかもしれんな」
「しかし、この場で最も"死ぬ価値"があるのは私だ。」
彼女はそう言って、淡々と続ける。
「我々が想定を誤り、現在の危機を引き起こしたのは事実だ」
「私と調月リオ……ミレニアムは、この危機を引き起こした責任を追及されることになるだろう」
「しかし、その元凶たる私がここで斃れることになれば……少し状況が変わる」
「ミレニアムに対する社会の溜飲はある程度下がり、戦後処理と情勢安定の易化が見込める」
「反面。他の誰かを犠牲に私が生き残った場合は、まったく逆のことが起こるだろう」
「よって、死ぬなら私が適任ということだ」
……ただ合理的に、自身の生死さえ道具とする。
かつては理解できたそれが、今の私には理解できなかった。
「……お前はそれでいいのか?」
ぽつりと言葉がこぼれる。
彼女はそのシンプルな問いに、数秒間の沈黙を返した。
「……当然、未練が無いわけではない」
「それでも、やるだけの意義とそれを為す覚悟が私にはある」
そう言葉を終えたルイに、私は "はあ" とため息を吐き出す。
その出所は理解ではなく、諦念に近い感情だった。
「……わかった」
「有事の際の指揮は、私が引き継ごう」
ぽつりと吐き出し、装填を終えたマガジンをポーチにしまう。
……休憩時間も間もなく終わる。
彼女を引き留める時間は、ないだろう。
「……忠告しておく。たとえ私という代役が居るとしても、貴様の死に価値があるのだとしても、安易な自己犠牲には走るな」
「当然だ。私だって死にたくはない」
私の忠告に、ルイはぴしゃりと言葉を返す。
その時、彼女の腕時計が小さな電子音を鳴らした。
「……時間だ。間もなく出発するぞ」
彼女はゆっくりと立ち上がり、他のメンバーの元へと歩き出した。