06:00 | ミレニアム禁足地 / 裂け目
side:ルイ
「……時間だ。これより敵施設への攻撃を開始する」
「総員、陣形を崩さずに進め」
号令と共に、部隊は裂け目へと降下していく。
全員が底へ到達したことを確認し、地割れの中に開かれた通路へ足を踏み入れる。
その中では、規則正しく並んだ寒色のライトが私たちを出迎えた。
……そこは、以前来た時と変わりなかった。
その変化のなさこそが、かえって不気味さを感じさせる。
「ハッ……思ったより綺麗じゃあねえか。電気も通ってるみてえだしよ」
「ま、見るからにやべえって感じだな」
ぐるりと周囲を見回したネルはそう言って、サブマシンガンを構えた。
「事実、ここは敵の本拠地である可能性もあるエリアだ。油断するなよ」
「この廊下を進んだ先に、巨大な倉庫があるはずだ。まずはそこを目指そう」
「わかりました。それでは、私が前に出ます」
「ああ、頼む」
ミネはそう言って、盾を構えながら前進を始めた。
私たちはその背に続いて、一歩一歩と前進する。
……それからしばらく進み続けると、廊下の突き当りに広々とした空間が現れた。
「……ここが倉庫だ」
「私が左方、ミネが右方に盾を構える」
「ネルは右、ツルギは左、サオリは上を頼む」
その指示通り、私とミネが入り口で盾を構えると、続いて三人が後方から周囲を警戒する。
「……何もないぞ」
ぽつりと零れたツルギの言葉通り、倉庫には何もない。
「クリアだ」「クリア。なんもねえな」
サオリとネルが報告し、私とミネは盾を下ろす。
三人の報告通り、倉庫は"もぬけの殻"と言っていい状況だった。
……部屋の隅に残された、見覚えのある機械を除いて。
それが視界に入ってすぐに、私はその存在を思い出す。
「……以前、我々が設置したビーコンだ」
「まさか残っているとはな」
警戒しつつ、ビーコンの元へと歩み寄る。
特に破壊された様子のないそれは、未だ動作しているかのようにランプを点灯させていた。
「……すまないが、少し確認したいことがある。警戒していてくれ」
そう皆に告げて、ビーコンの前に屈みこむ。
ポーチから折り畳み式工具セットを取り出してビーコンの外装を取り外すと、内部機構が露出した。
「……ふむ」
内部を軽く分解してみるが、私の記憶にないパーツは存在しない。
それどころか、これ以前に分解された痕跡も無かった。
「…………」
わざとらしく放置されているわりに、罠の気配もない。
それなら、とひとつの可能性を検証するため、私はヘッドセットのプラグを差し込んだ。
……このビーコンは、特異現象捜査部が所有する衛星回線に接続できる。
それを利用し、ここから外部に連絡を取れるのなら。
あるいは……"デカグラマトン"と交信ができるなら。
一度、試してみる価値があるだろう。
チャンネルを確立し、通信を開始する。
「……応答せよ。応答せよ。こちらは三校連合の強襲部隊・美甘ネルだ」
「敵でも味方でも構わない。この通信を聞いている者があれば、応答願う」
背後で"はあ!?"とネルの声が聞こえた気がしたが、そのまま言葉を続ける。
「繰り返す。応答せよ。こちらは三校連合の強襲部隊・美甘ネル」
「敵味方は問わない。この通信を聞いている者があれば────」
"ビッ……ビビッ……ビ────……"
「…………」
……ノイズが走り始め……通信が途絶した。
示唆に富んだ、まさに慌てて電話を切ったような通信阻害。
"はあ"、と小さな溜め息と共に、プラグを引き抜く。
「……特異現象捜査部の衛星回線で外部との通信を試みたが、途絶させられた」
「おあつらえ向きに残されていた辺り、もしや……と思ったが、対話の意志は無いようだな」
そう言葉を終えて、ビーコンの記録媒体を引き抜く。
「……だが、ひとつ情報を得られた。敵はわざわざ、ビーコンの通信帯域に攻撃を仕掛けたのだからな」
「この通信監視ログを解析にかければ、通信阻害のトリックを解き明かす鍵になるかもしれん」
軽い説明を終えて、ディスク状の記録媒体をネルに差し出す。
「これはお前が持っていてくれ」
「帰還した後、これをリオに渡せば、阻害を解く一助になるだろう」
「……おう」
私の差し出したそれを、ネルはなにか言いたげにしながらも、自らのポーチへとしまった。
「時間を取ってしまったな。進行を再開しよう」
地面に置いていた突撃剣を拾い、立ち上がる。
ミネは小さく頷いて、私の前へと出た。
「……行くぞ」
見据えるのは、倉庫の壁一面を覆う、巨大なシャッター。
ひしゃげた一部分からは、明らかに材質の違う床材が覗く。
私たちはゆっくりとシャッターに近付き、ミネがシャッターをくぐった。
「……クリア、来てください」
「ああ」
私たちもそれに続き、シャッターをくぐる。
その先には、無限に続くかのような武器工場が存在していた。
天井を覆うハンガーに、道の端に備え付けられた、果てしなく続くコンベア。
そのどちらにも確かな稼働痕が見え、最近までそれが稼働していたことを示している。
それとは裏腹に……不自然なまでの沈黙が、辺りを包んでいた。
「……不気味ですね」
「地上に比べて、何の気配もしません」
ミネの言葉に、こくりと頷きを送る。
「……以前来た時も、そうだった」
「この先に、巨大な隔壁がある。我々がそこに到達した直後、攻撃を受けた」
「……ドローンが撮影した"球体"は、その先で撮影されたものだ」
「連中にとって、あの先にいる"球体"こそ、真に守るべき存在なのだろう」
「……今回、我々はあの時超えられなかった一線を超え、かの"球体"を破壊する」
「その抵抗は想像を絶するだろう。あらゆる可能性を排除せず、常に冷静に行動してくれ」
そして、私たちは通路を進行し始め────言葉通りなにごともなく、隔壁の元へと到達した。
「……ここだ」
私たちの前に現れたのは……通路を横に両断する、床と天井に走った巨大な溝。
その幅から推察するに、隔壁の装甲圧は優に10cmを超えていた。
警戒ついでにさりげなく皆の顔を見回すと、サオリと目が合う。
彼女はそっと手を上げて、"いいだろうか"と声を上げた。
「……怖気づくわけではないが、部隊員の一人として発言したい」
「この隔壁の厚みからして、ここを閉じられたら我々に退路はないと思うべきだろう」
「……"情報を持ち帰る"という目標に則るのであれば、ここで撤退するのも一つの選択と言えないだろうか」
「特に、先ほどネルに持たせた情報が持ち帰るに値するのであれば、そうするべきだと忠言する」
サオリの発言が終わり、全員がサオリから私の方へと視線を移動させた。
「……私としては、サオリさんの提案に賛成です」
「命を懸けるようなことは、極力避けるべきだと考えます」
ミネが小さく手を上げ、発言する。
「……私は、お前の判断に従う」
ツルギが続き、ネルが口を開く。
「……あのログがどれだけ有用かによるな」
「あたしは通信科の単位とってねえからわかんねえ。ありゃどれだけ重要な情報なんだ?」
ネルが発した問いに、私は数秒思案する。
「……スペクトラムアナライザのログを解析できれば、解決の一助にはなるだろう」
「だが、決定的な材料となるかは怪しい」
「結局のところ、この通信阻害は既知を凌駕したものだ」
「それならば、ビナーやケテルの機体を接収し、リバースエンジニアリングする方が確度が高い」
「それには現在リオが当たっている。比較して、この情報の重要度は高くはないと言える」
そう答えると、ネルはぎろりとした視線を向けた。
「……つまり、お前はこの先に進むべきって言いてえんだな?」
「あたしらっつう戦力を失う可能性も計算に入れて、言ってんだな?」
ネルの詰問にも似た言葉に、小さく息を漏らす。
「……"そうだ"、と言わせてくれ」
「私は全体的な視点で見て、賭けとも言える選択をしている」
私は答え、更に言葉を続ける。
「理解してほしいのは、現状はもはや"戦争"と呼称すべき状況にあること」
「そして、その"戦争"において最も強力な武器は、敵のリソースと戦力の概形を把握することだ」
「意図的に戦力を吐き出させ、それを的確に削り取れれば、戦況を支配できる」
「……そしてそれは、今この現状にも言える」
「敵はミレニアムを強襲するため、多大な戦力を吐き出した」
「相応に、ここの守りは薄くなっているはずだ。今を逃せば、この好機は二度と訪れないかもしれん」
そう告げて、ひとつ深呼吸をする。
命を懸けてもらうには、まだ言葉が足りないだろう。
「……いいか、運否天賦に戦力を割くような戦いは敗北と同義だ」
「なにより、未来の見えない戦いは疲弊と恐怖、そして惰弱を生む」
「我々のような戦闘員だけではなく、キヴォトス全体が"戦い続ける意志"を堅持し続けるためにも、我々はここでリスクを冒してでも情報を得なければならないと考えている」
そう言葉を終えると、場には沈黙だけが残った。
「……私の考えは以上だ。しかし、君達の意思は尊重しよう」
「決を取る。撤退するべきだと思う者は、手を上げてくれ」
数秒の静寂。そして、ミネがそっと手を上げる。
それに続く者は、いなかった。
「……すまない、ミネ」
私が言葉をこぼすと、ミネは"いえ"と首を振った。
「……やると決めたのなら、全力を尽くします」
「必ず、生きて帰りましょう」
ミネの言葉に、皆が口々に肯定を返す。
「……無論だ、ミネ」
「それでは……行くとしよう」
「隊列を崩さず、何が起きても平静を保て」
私とミネは盾を手に並び立ち、その背後に三人が立つ。
踏み出した一歩が、隔壁の一線を……超えた。
"────!!"
途端。天井のハンガーがけたたましい音と共に稼働し始める。
通路の両サイドに伸びたコンベアも動きだし、通路の奥からオートマタの軍勢が迫ってきた。
「来るぞ!ハンガーを破壊しろ!」
「了解!!」
「わーってるよ!!」
号令と共に、サオリとネルがハンガーのレールを銃撃。
破断したレールからオートマタが落下し、床に叩きつけられる。
「コンベアを爆撃する!落下した敵を頼む!」
言葉と共に義手のカタパルトを展開し、引き金を引く。
"ガガガガガシュッ!!!"
高速で駆動したカタパルトは、5発の擲弾を遠方に投げ出し……コンベアの奥で爆発が連鎖した。
爆風と共にオートマタの破片が足元に転がり、火薬の臭いが鼻腔を衝く。
「……少なくとも、第一波は凌いだと思いたいが……!!」
シリンダーに擲弾を装填しながら、立ち込めた硝煙が晴れるのを待つ。
その前に、周囲でなにかが動いたのを感じた。
「……左だ!!」
「右です!!」
言葉と共に、ショットガンの銃声が響く。
通路左右の壁が開き、そこから無数のオートマタが現れていた。
「……クソッ!数が多すぎる!」
アサルトライフルの銃声に交じり、サオリの叫ぶような言葉が聞こえる。
「平静を保て!物量押しは想定内だ!弾切れを起こす前に敵の銃を使うことも視野に入れろ!」
「ツルギ!ネル!突撃を許可する!離れすぎるなよ!!」
「おうよォッ!」
「……キヒ、任せ、ロォォ……」
号令と同時に、ネルとツルギは敵の群中へと飛び込んでいった。
私たちは二人の退路を堅持しつつ、増援を一機でも減らすために銃と盾を構え続ける。
廊下から迫り来る軍勢に散弾をばら撒く。
突っ込んでくる自爆ドローンを撃ち落とす。
地に転がった敵の銃をフックで引き寄せ、サオリやネルたちに投げ渡す。
盾持ちが迫れば足元に擲弾を撃ち込み、パワーローダーが現れればミサイルポッドを狙撃する。
無限にも思える敵の波。硝煙が立ち込め、悪くなっていく視界。
積み重なった残骸は足場を不安定にし、号令をかけるたびに、煙で喉が焼けた。
それでも────私たちは戦い続けた。
敵を倒すたび、血を流すたびに、私たちの動きは洗練されていった。
────額を伝い、顎を伝って、地面に汗が落ちる。
「…………」
何十分、あるいは何時間経っただろうか。
ついに、戦場が凪いだ。
「……打ち止めか?」
背後でサオリが呟く。
「…………っしゃあ!ざまあみやがれバーカ!」
残骸の山を飛び越え、ネルが戻ってくる。
「……フゥゥゥウ……終わッタ、か……」
荒い呼吸と共に、ツルギも戻ってきた。
二人の姿はボロボロで、服は所々に破れ、髪の一部は焼け焦げている。
私やミネも、似たような有様だった。
いつのまにか煤や血、汗まみれになった顔ぶれに、"ふふ"と笑いが漏れる。
「……ひどい顔だ」
「ふふっ、貴方もですよ」
「全員そうだろ!さっさと済ませて、風呂入ろうぜ!」
「ああ……そうだな」
「……行くぞ。最後の、戦いだ」
全員が勇壮な笑みを湛え……共に廊下の最奥を見据えた。