07:47 | 地下軍事工場 / 最奥
side:ルイ
「………………」
静かな通路を進む。
靴底が鋼鉄の床を踏む音だけが、延々と響いていた。
そして────ついに、その果てに至る。
「……居たぞ」
私の一声と同時に、全員が銃を構えた。
視界の先に映るのは、白い花弁のような玉座の上に浮く、小さな"球体"。
「先行する。ミネは私の退路を確保していてくれ」
「残りの者はミネの後ろで周囲を警戒しつつ、戦闘に備えろ」
指示を伝え、盾を構える。
数秒、観察するが……動きはない。
(……外見は、戦闘用には見えんな)
その姿は、これまで戦ってきたどのような"兵器"とも似ていなかった。
(施設のコントロールユニットか、あるいは何か特殊な兵器なのか……)
とにかく、警戒するに越したことはない。
あの風貌を見るに、現状最も警戒すべきはタレットやドローンを始めとした防衛用の設備だろう。
そう判断して、周囲を警戒するが……そのようなものは認識できない。
これほど重要な場所の守りがない、というのは考えにくい。
しかし、少なくとも視界はそう伝えていた。
背筋に薄ら寒いものを感じながらも、私たちは一歩、また一歩と接近する。
そして……球体の元まであと数十メートルといったところで、足を止めた。
「…………」
片手を上げ、後続を制止する。
「……
「総攻撃、用意」
「わーった」 「了解しました」
「了解した」 「あァ……」
静かに金擦れの音が響き、いくつもの銃口が球体へと向けられた。
「3、2、1──撃て!」
引き金が引かれ、幾重もの銃声が重なる。
鋼の弾丸が先行し、その一瞬後を追って擲弾が着弾──炸裂した。
薄暗い倉庫を爆炎が照らす。
噴き出した煙の中から、漏れ出す光が瞬いた。
"────────!!"
地を走る橙光に呼応するように、不可解なモスキート音が鳴り響く。
「……なにか来るぞ!」
サオリの声が響いた。
途端。巨大な噴出音と共に、煙が打ち払われる。
視界の奥で球体の玉座が変形し、殻のように球体を包み込んだ。
「…………ッ!!」
しかし……そんな様子が気にもならないほど異質な存在が、私たちの前に現れていた。
天井から、無数の触手を垂らした巨大な機械が、まるで沈降するようにゆっくりと降下してくる。
やけに生物的なその姿は……例えるのなら、クラゲのような見た目をしている。
そして球体の裏から、もう一体の機械が這い出てきた。
三対の足を忙しなく動かし、こちらへ尾状の器官を向ける。
その姿は、まるでサソリのようだった。
どちらにも共通するのは……異様な巨大さ。
目測5メートルほどの巨躯が放つ威圧感は、背に冷たいものを感じさせる。
……これまで戦ってきた機械やオートマタ達とは一線を画す、
やけに生物的で、不気味なロボットたちが、私たちと球体の間に立ちふさがっていた。
(クラゲが4、サソリが2。数が多い……)
「……クソッ!こいつらもいんのかよ!」
「オートマタとは比べもんになんねえぞ!気ィ付けろ!」
ネルは叫び、サブマシンガンを乱射する。
「ネル!なにか知っているなら────」
言葉の途中。
サソリがネルに尾を向けたのがわかった。
「ネルっ!!」
咄嗟にネルの手を引き、盾の裏へと引き込む。
ほぼ同時に桃色の光が瞬き、迸る光線が私の盾に直撃した。
衝撃は感じず、認識できるのはギラギラと乱反射する光のみ。
だが、このまま受け続けるのが危険なのは理解できた。
「……ッぶねえ……ありがとよ!!」
「気にするな、今は敵をどうにかすることを考えよう」
「まずは知っていることを教えてくれ」
尋ねると、ネルはすこし情報を整理するような沈黙ののち、口を開く。
「……こいつらのメイン武装はレーザーだ」
「クラゲっぽいのは目から高出力の短時間照射、サソリは尻尾から長時間の照射をメインにしてる」
「サソリが動きを制限して、上からクラゲがぶっ放してくることが多い」
「……ずいぶん厄介だな」
(……今の照射。明らかに頭を狙ってきたな)
文字通りに光速で飛んでくる攻撃を回避するのは不可能。
安易に射線上へ出てしまえば、その瞬間に命を落とす可能性すらある。
盾を持たない者が居る以上、乱戦にもつれこむのは避けたい。
ツルギ達の身体がいくら頑丈だろうとも、網膜を破壊されれば戦闘能力は喪失する。
そのリスクを低減するためには、盾持ちが敵の数を減らすのが最善か。
(ミネと共に、相互支援を……いや……)
ミネの盾は透明度の高いポリカーボネート製だ。
光線の分散、減衰はできるだろうが、完全に遮ることはできないだろう。
そもそも材質上、盾自体がレーザーの高熱に耐えられない。
……つまり、敵の射線上で戦えるのは私だけか。
思考の傍ら。
1秒。2秒。時間が進むごとに、持ち手に熱が伝わってくる。
(………………)
逡巡────結論。
やりようはある。
クラゲの巨大な体躯はレーザーを遮るに充分。
その影に隠れつつ、接近戦で一機ずつ撃破していけばいい。
幸いにも────私にはそれを為しうる機動力がある。
「……ネル。今の照射が終わったら、遮蔽物に隠れてくれ」
「敵の注意を引く。私が指示をしたら、攻撃支援を頼む」
「……わかった。無理すんなよ」
「ああ」
そして……レーザーの照射が途絶えた。
「…………突撃する!! 全員、被弾しないように隠れていろ!!」
言葉と同時に踏み込み、ジップラインランチャーを放つ。
盾を前に、至近を漂う────クラゲの元へと。
(……このクラゲにはローターや推進器が見えない。
風も音もなく高度は一定。接地点もない)
全速で突撃しながら、クラゲの姿を観察する。
(……知る限り、この条件で浮遊を為しうる現象は──磁気浮上。)
博打にはなるが、充分に勝算のある賭けだ。
少なくとも……膠着するよりははるかにいい。
────そして、激突の瞬間。
クラゲは目のような部位をぎょろりと向け、猛進する私を避けるように "ふわり"と上昇した。
(……まだだ!!)
軌道から外れ、頭上へと浮かび上がったクラゲの触腕へと拳を向ける。
右腕に嵌められた黒いリングが、青い光を放っていた。
"──バシュッ!!"
破裂音にも似た発射音が鳴り響き、ウィンチフックの鉤爪が展開される。
狙い撃たれた3本のワイヤーは、クラゲの触腕に絡みつき────私との間を繋ぐ。
(────よし!!)
ジップラインの巻き取り出力を上げ、宙に浮かぶクラゲを引き寄せる。
ジップラインとウィンチフックの牽引力。
その双方が、クラゲの浮力に食らいついた。
「……ふん……ッ……!!」
全力で腕を引くと、ぎりぎりとした張力が私の肩にかかる。
抗うように後退するクラゲとの力比べに勝ったのは────私だった。
"────!!!"
力負けしたクラゲはその浮力のまま、空中を滑るように投げ飛ばされる。
抵抗を感じさせない、凄まじい速度で飛んでいったクラゲは、後方の壁へ激突し……墜落。動かなくなった。
(……姿勢が崩れた途端、横方向へ加速したように見えた。
見た目は磁気に似ているが……全く違う動力だな)
おそらく、機体下部から未知の推力が発生している。
理屈は置いても、推力の存在が確認できたのなら、ある程度挙動の推察ができる。
全長5m級。推定重量はおよそ数トン。
それほどの重量を無音で浮遊させる動力──気になるところだが、今はいい。
再び盾を構え、次の一手を思考する。
(クラゲが護っている以上、下手に突出してサソリを叩くことはできないか)
今のように投げ飛ばそうにも……同じ手は食わないだろう。
現に、クラゲたちは私の前方を遮るように集まり始めている。
(……どうにかして、攻撃能力だけでも奪えればいいが)
ネルが言うに、クラゲは目から高出力のレーザーを撃つと言っていた。
明確な弱点が存在するとすれば、あの目だろうが……。
目の前に浮くクラゲの目は、厚い装甲に覆われているように見える。
照射の際にだけ開かれる方式と思っていいだろう。
(……ならば、撃たせるしかないな)
義手用の散弾銃を装着し──ジップラインランチャーの引き金を引いた。
"────バシュッ!!"
ワイヤーの橋が架かり、クラゲの元へと一直線に突撃する。
そんな私を遮るように、別のクラゲが割り込んだ。
そして、光を湛えた瞳が駆動し────
「……ッ!!」
"ギャルルル──ギィンッ!!"
砲口反転。巻き取り停止。
発生した凄まじい反力が体を弾き飛ばし、私は空中に放り出された。
"────!!"
直後、クラゲの目が輝き、熱線が放たれる。
私のすぐ真下を掠めた光線は、鋼鉄の地面を溶融させていた。
「……!!」
(高出力とは聞いていたが、これほどか……!!)
逸れた視線を戻し、観察する。
レーザーを撃ってきたクラゲの目は蜃気楼を立ち昇らせており、わずかに赤熱している。
(……連射はできないか。……なら)
"バババシュッ!! ギュルルルルル!!!"
ジップラインのターゲットを割り込んできたクラゲに切り替え、その巨躯へと突進する。
狙うはその目。冷却中のレーザー収束機構。
ほんの十数メートルほどの距離は、一瞬にして縮まり────。
「────ふんッ!!」 "ガァンッ!!"
瞳に向けて、勢いの乗った拳を叩き込む。
メキメキとなにかが砕ける感触と共に、引き金が押し込まれ──撃鉄が作動した。
"ズダァン!!!"
義手に内蔵された三発の散弾が炸裂し、反動で後ろに吹き飛ぶ。
姿勢制御の間に見えたのは、目から黒煙を噴出しながらゆっくりと墜落するクラゲの姿。
(……あと2機────)
"────!!"
着地の直前。クラゲの目に光が集まっていた。
「───ッ」
ランチャーを駆動させ、仰向けに姿勢を崩す。
直後、前に出た脚部装甲へ収斂した光が突き刺さり……1秒もかからず、装甲の一部が溶融した。
制御を失った私はそのまま仰向けに墜落し、背中で衝撃を受け止める。
「……ぅぐッ……!!」
乱れた呼吸を整えながら、状況に思考を回す。
……回避には成功したが、右の脚部装甲が破損した。
駆動部が貫かれたのか、立ち上がろうにも上手く脚が動かない。
(……まずい……!!)
見上げる。
頭上では残ったクラゲが左右に分かれ、私を囲い込むように展開していく。
その奥で、サソリが尾を向けたのが見えた。
「……クソ!!」
盾を無理やり跳ね上げ、左脚で支える。
"────!!"
そして、サソリのレーザー照射が始まった。
こうなれば──盾を動かすことは叶わない。
盾の裏で照射を耐える私の左右には、こちらを見降ろすクラゲの姿。
"────"
その瞳に、眩い光が集まっていく。
ぞわり、と背筋を悪寒が伝い、思考の濁流が押し寄せた。
(義手の装甲では防げない。この状況で回避するのは無理だ。)
(反撃──擲弾は精度難かつ起爆までの遅延がある。ショットガンも双方には対応できん)
(ピストルは威力が低すぎる。なにかないか────)
「────ッ!!」
クラゲの目が開く。
翼を振るう。
"ギュィィ────ババシュッ!!"
即座に駆動したランチャーは、クラゲの目へと砲口を向け──タングステンの槍を撃ち込んだ。
" !!!────…………"
照射直前に収斂装置を貫かれたクラゲはその場を動かないまま、
行き場を失った熱で溶融した金属を涙のようにボタボタと垂らす。
二機のクラゲが湛えていた光はゆっくりと霧散していき……最後には、地面へと落下した。
「…………はぁ、はぁ……」
背に伝わる墜落の衝撃と共に吐息が漏れ、力が抜けそうになるが────体全体に伝わる焦熱が、私を安堵より引き戻した。
……サソリの照射はまだ続いており、今となっては盾の裏面が赤く変色を始めている。
「…………」
(……残りは、サソリ2体だけ……)
私はもう動けない。
だが、戦力は充分に削れた。
頃合いだろう。
「……後はサソリだけだ!! 援護してくれ!!」
「尾部の動きに注意しろ!! 最悪、目だけは────」
そう叫ぶと、
「グゥ、ゥオオオオおオォォォォ……!!!」
地鳴りのような唸り声と共に、後方から黒い影が現れ……サソリの元へと突っ込んでいった。
「ツルギ!!待────」
"ゴッ……ガシャァァァン!!!"
制止の言葉が形になる前に、片方のサソリが吹き飛ばされ……遥か後方の壁へと叩きつけられた。
「…………」
あっけに取られる間もなく、ツルギはもう一方のサソリの方へと向き直る。
サソリの尾部には光が収斂しており、今にもレーザーを放たんとしていた。
「……遅、いッ!!」
瞬間、ツルギはショットガンを槍のように投擲し、サソリの尾を弾き飛ばした。
秒数にして0.5秒ほどの隙。しかし、ツルギがそこに至るには充分だった。
「死ィィィィ……ねェェェェッッッ!!!!」
咆哮と共に乱射される散弾に押しつぶされ、サソリは動かなくなった。
……あまりにも早い決着。
安堵と共に、"もう少し早く頼ってもよかったな"……なんて考えが脳裏によぎる。
そんな折、慌てたような足音が私に近付いてきた。
「おい! 大丈夫か!?」
「大丈夫ですか!?」
焦り声と共に、ミネとネルが私の顔を覗き込む。
「……脚の装置が壊れただけだ。生身に被弾したわけではない」
「そう、ですか……」
"よかった"と安堵の表情を浮かべるミネに、そっと手を差し出す。
「悪いが手を貸してくれ、装置を外したい」
「あっ、ええ……わかりました」
そうしてミネが私の手を強く引っ張ると、ずるずると装甲から足が抜け……
私は丸一日ぶりに、自分の脚で地面を踏みしめた。
「……よっ……いしょ……ぐっ」
ゆっくりと立ち上がろうとするも、ランチャーと突撃剣の重みがそのまま体にかかってうまく立ち上がれない。
再び仰向けに倒れた私は、"はあ"と大きく息を吐いた。
(……重すぎる)
剣はともかく、ランチャーはどうせ生身では使えない。
荷物になるぐらいなら、捨てていく方がいいだろう。
そう判断し、ランチャーの固定具も外す。
ガシャン、と大きな金属音と共に、ランチャーが地面に落下した。
「……よし、これでいい」
腰回りが随分軽くなり、ようやく私の体に自由が戻った。
そっと身を起こすと、ミネがそっと手を差しのべる。
「立てますか?」
「ああ……ありがとう」
ミネの手を借り、立ち上がる。
「……さて、あとは球体を倒すだけだな」
「悪いが、装備のない私は大した戦力になれない。後は頼む」
周囲を警戒してくれていたネルにそう伝えると、彼女は振り返って笑う。
「おう。ま、後はあたしたちに任せときな」
ネルはそう言って、サブマシンガンを構えた。
「ああ、その前に……ひとつ聞かせてくれ」
「この機械連中は何なんだ?何か知っているようだったが」
先ほど聞けなかった問いを改めて投げ掛けると、ネルは"ううん"と唸り、"さあな"と答える。
「まあ……なんつうか、あー……AL-1S関連の兵器らしいぜ。ディビジョン?つったかな」
「あたしはよく覚えてねえから……リオかヒマリあたりに聞いたらなんか知ってるかもな」
ネルはそう言って再び視線を前へと向け、廊下の最奥で浮遊する球体の元へと歩いていった。
(……"AL-1S"……"Divi:sion"……)
以前ヒマリから貰ったアリス関連の記録の中に、確かにその名前はあった。
なぜここをそれらが守護していたのかは不明だが……改めて……調べるひつよう、が……。
(……?)
思考の間、身体全体から力が抜けていくのを自覚した。
瞼は重く、指先には力が入らない。
全身の筋肉がその役目を放棄し、休息したがっているのがわかる。
"がくり"、と膝から崩れ落ち、衝撃と痛みが走り抜けた。
(ぐ……気が抜けたか……)
ブラックアウトしていく意識に、私は────
────まだだ。
本能で腕を動かし、ポーチに手を突っ込む。
中のケースから引き抜いた携行用注射器の蓋を跳ね飛ばし、右腕の静脈に薬を打ち込んだ。
"ぷしゅう"という小さな音と共に、どくどくと意識がクリアになっていくのを感じる。
疲労や痛み、手先の震えは消えないまでも……少なくとも体の主導権は取り戻せた。
「…………ぁぁ……」
早鐘を打つ心臓と共に、ゆっくりと顔を上げる。
わずかに明瞭になった視界の先には、表情を歪めたミネが立っていた。
「……それは、なんですか」
視線は、私の手に握られた注射器に向けられている。
「ああ、いや……これは……」
うまく回らない舌と脳で、どうにか取り繕う方法を考える。
「緊急用の覚醒剤……カフェインを基とした、中枢神経刺激薬だ」
「役割上、気付け薬は携行する必要があるからな……」
"心配する必要はない"と付け加えるも、ミネは変わらず、ぎろりとした目を向けた。
「……静脈に直接打ち込む方式のものが実用化されたとは聞いたことがありません」
「本当に、それは」
「私が自分用に作ったものだ。私に合わせて調整しているゆえ、表には出していない」
「説明が欲しければ、後でいくらでもする。今は……」
話を無理に終わらせて、視線を通路の奥──球体へと向ける。
ネルとツルギが攻撃を仕掛けているが……びくともしていない。
ただし、こちらに攻撃を仕掛けてくる様子もないが。
軽く拳を握って、感覚が戻っていることを確認する。
「……私たちも加わろう。あれを破壊さえすれば、後は帰るだけだ」
そう伝えて、一歩前に踏み出す。
ミネは不服そうな表情を浮かべながらも、こくりと頷いた。
……そして、球体の目の前へと辿り着く。
「……さて、どうしたものか」
ただ静かに浮遊する球体の装甲は、ツルギ達の猛攻を受けてもほとんど傷がついていない。
「わりい、あたしのじゃ無理だ!」
「……固すぎる。銃では無理だ」
ツルギとネルはそう言って、私たちと合流した。
全員が揃い、敵前での作戦会議が始まる。
「どうしますか。あまり長居しては増援が来かねません」
「有効打が無いのなら、速やかに撤退するべきです」
「同意見だ。ツルギ達の攻撃で破壊できないなら、今の私たちにできることはない」
「天城ルイ、決断は急いでくれ」
サオリとミネが私に選択を求め、全員の視線が私に向く。
彼女達の言う通り、今は撤退を決断すべき状況だ。
だが……。
「……試したいことがある。もう5分ばかり粘らせてくれ」
ポーチの底から取り出したのは、水筒にも似た真っ黒なケース。
固定具とロックを外し、その中身を引き出す。
頑丈な守りの中から現れたのは、拳よりも一回り小さいグレネード弾。
「……対ビナー用に調整された、過酸化フッ素生成剤だ」
「これで装甲を脆化させ、貫通できないか試したい」
「少なくともビナーには有効だった。やってみる価値はある」
そう言葉を終えると、ネルが私へ鋭い視線を向ける。
「……バカか、反応したらやべえ毒ガス出んだろ、それ」
「ここがアホみてえに広いとはいえ、室内で使うようなもんじゃねえぞ!」
「ネルさんの言う通りで──」
ネルに続き、ミネが何か言いかけたのを片手で制止する。
「直接触れない限り、深刻な曝露は避けられる」
「防護マスクを着けたうえ、充分な距離を取れば曝露のリスクは大幅に減る」
「……それで"大丈夫"、とは言えねえだろ」
「言えないな。だが、最善ではある」
淡々と答える。
「発生するガスは空気より重い。ゆえに低い場所に滞留しやすい」
「空気の流れに注意し、充分に距離を取る。それを守れば、致命的な事態が起こる確率は低いだろう」
「……信じるぞ」
サオリの言葉に、"ああ"と返す。
「安心しろ。扱い方は理解している」
「少なくとも、安全な運用くらいはわかるさ」
皆にそう伝えて、生成剤をカタパルトのシリンダーに装填する。
狙うは、球体上部の接合部。
照星で狙いを定め────引き金を引いた。
"ガシュッ"
静かな駆動音とともに、生成剤の入った弾頭が飛んでいく。
それは狙い通りの場所に直撃し────中身をぶちまけた。
即座に白い靄が立ち昇りはじめ、反応液が付着した場所が変色を始める。
表面が荒れ始め、めくれあがった装甲の一部がパラパラと落ちていく。
「…………」
立ち上った靄がゆっくりと沈み、床面に拡がりはじめた。
煙の触れた床も変色を始め、パキパキと小さな音を鳴らす。
「全員聞け、やってもらいたいことが────」
────そして……3分ほどが経過した。
腐蝕した球体の装甲は黒く爛れ、剥落した装甲片が床に積み重なっている。
「……頃合いだ!指示通りに頼む!!」
「了解しました!!」
指示通り、ジップラインランチャーを担いだミネが、照準器を握って狙いを定める。
数秒。小さな破裂音と共に、腐蝕した装甲へとジップラインの鋼鉤が突き刺さった。
「……行くぞ!!」
ネルが号令を発し、四人が全力でジップラインを引っ張る。
「「「せーのっ!!」」」
ジップラインが張り、ミシミシという音が響く。
「「「せー……のっ!!」」」
バキ、バキと装甲全体にひびが入り始める。
そして────。
"ビキッ──バリバリバリッッ!!"
腐蝕した装甲が剥がれ落ち────ついに、その内部を曝した。
装甲の中から現れた一回り小さな球体は、静かに佇んでいる。
(よし……)
残り少ない擲弾を全て装填し、義手を球体へと向ける。
「爆破する!!振り返らずに退避しろ!ガスが拡散するぞ!!」
走り出す仲間を背に……私はひとり、照星の中に映る球体と視線を交わす。
「……その目越しに見えているのなら、警告しておく」
「
ただそう呟き、引き金を引いた。
飛翔する弾頭が球体の内部に転がり込み、カラカラと音を立てる。
背を向け、姿勢低く走りだした────瞬間。
"ドガァァァァァン!!!!"
爆発、炸裂。
爆風が吹き付け、瓦礫が飛び散る。
爆発の向こうで、何かが砕ける音がした。
(……終わったか)
口元の防護マスクを押さえながら、私はただ出口へと走り続けた。