05:56 | 浄水場
side:ヒナ
FOX小隊率いる輸送隊と合流したヒナたちは、無事に浄水場へと到達した。
輸送隊の車列は、待機していた人員に囲まれながら施設内に停車する。
「……医療班!重傷者がいる!優先して治療してくれ!」
サキの大声と共に輸送車のバックドアから担架が運び出され、医療スタッフが駆け付けた。
それに続き、他の車両から降車した乗員たちが物資の積み下ろしを始める。
「こちらで食品、調理器具を配る!」
「医療品、衛生用品はここです!!」
「弾薬、装備はこちらに!!」
「防寒用具、その他生活用品もありますよ!」
次々に乗員たちの声が上がると、
待機していた各班の人員たちが素早く列をなし、即座に物資の回収、配布を始めた。
「…………」
慌ただしく動き始めた皆を横目に、"ふう"と息を吐き出す。
事態の解決にはまだ届かないが……これで、大きな節目を迎えた。
(…………あとは……)
ゆっくりと周囲に視線を滑らすと、施設の出入り口を警戒していたユキノと目が合った。
彼女はそっと手を上げて、こちらに近付いてくる。
「ヒナ風紀委員長。我々は先生の意向として、速やかな撤退を目標としている」
「食事や補給が済むまでの間に、第一次の撤退作戦で避難する者たちの選定や、護衛部隊の編成について調整を進めておきたい。問題ないか?」
「……ええ、了解したわ」
「すぐにでも始めたいけれど、すこしだけ待っていて」
そして、近くを走っていた風紀委員会の生徒に声を掛ける。
彼女はびくりと肩を震わせて、こちらへと向き直った。
「邪魔をして悪いけれど、アコたちを呼んできてちょうだい」
「"撤退作戦の調整をする"、と伝えてくれればいいわ」
そう頼むと、風紀委員会の生徒は"了解しました!"と一礼し、地下へと走り去っていった。
06:47 | 浄水場
side:ヒナ
それから撤退作戦の調整を終え、実行に向けた準備を進めていたころ。
浄水場の外から、"警戒"の腕章を着けた正義実現委員会の生徒が駆け込んできた。
「……銃声が聞こえました!! 方向は南西……!!」
「はあっ……救援をお願いします……っ!!」
ぜえぜえと息を切らした少女は、肩で息をしながらそう告げた。
彼女の声が施設内にこだまして、場の空気が一瞬にして変容する。
ざわめき、対応に向けて動き始めた皆を見て、ふうと息を吐く。
(……いま部隊を動かすより、私が行く方が早いわね)
立てかけてあったマシンガンを担ぎ上げる。
「私が行くわ。貴方たちはこのまま準備を進めていて」
ただそう伝えて、停めてあったバイクに跨る。
スターターボタンを押せば、エンジンはすぐに唸りを上げた。
「すぐに戻るわ」
そのままアクセルを強く捻り────浄水場を飛び出した。
(……南西、だったわね)
ポケットのコンパスを確認し、目的の方向へと突き進む。
その時、エンジン音に混じり、小さな銃声が聞こえた。
(……そこね)
方向を転換し、音のした方向へ一直線に進む。
いくつもの路地を抜け、瓦礫の山を乗り越えて────。
「……!!」
その先で見つけたのは、ミレニアムタワーに閉じ込められていたはずの代表者たち。
こちらに気付いたのか、エイミが大きく手を振っている。
「……よかった」
ブレーキをかけてバイクを停車させると、ユウカが私の前へと走ってきた。
灰や煤に汚れ、所々が破れた彼女のジャケット。
タワーからここまで辿り着くまでの苦労が伺える。
「ヒナ委員長!来てくれたんですね……ありがとうございます」
「ええ……敵が戻ってくる前に、本隊と合流しましょう」
「全員、無事かしら」
「うん、私たちは大丈夫だけど────」
何かを言いかけたエイミの肩に、マコトの手が "ポン" と乗った。
「……キキッ、空崎ヒナ……貴様にはこれが無事に見えるのか……?」
「やはり貴様の目は節穴ッ!! このマコト様が居なければこの場の全員が────」
「……はあ」
大声でガタガタと喋り始めたマコトを無視し、他の皆を一瞥する。
目が合ったのは……百合園セイア。
「……やあ、ヒナ。救援に感謝するよ」
「見ての通り……私は特に大怪我はしていない。流石に、すこし疲れたけどね」
そう言って、セイアは力ない笑みを浮かべた。
その顔色は悪く、気温のわりにやけに汗をかいている。
「……セイア。貴方は体が強くないと聞くけれど……大丈夫?」
「必要なら、バイクで先に本隊へ連れていくけれど」
尋ねると、セイアはふるふると首を振ってみせた。
「心配には及ばない。私の体が弱かったのは……過去の話さ」
「だが今は……"過去が追いかけてきた"、とでも表現しようかな。とはいえ、大事はないよ」
彼女らしい迂遠な表現ながらも、その言葉は強がりでないように思えた。
「……そう。なら……」
そういえば、最も心配するべき、明星ヒマリの姿が見当たらない。
彼女の乗る車椅子すらないとなると……。
(まさか……)
「……おい!!私の話を無視するな!!」
最悪の可能性が脳裏をよぎった瞬間、聞き慣れた怒号が思考を吹き飛ばす。
「……マコト。今は貴方の軽口に────あっ」
睨みつけようと目を向けたマコトの肩から、見覚えのある顔が覗いていた。
私の視線に気が付いたのか、マコトに背負われていたヒマリは、"にこり" と微笑んだ。
「ごきげんよう、ヒナさん……その表情を見るに、ご心配をおかけしてしまったようですね」
「幸いというべきか、マコトさんや皆さんのおかげで、私はほぼ無傷です」
「心強い助っ人も来てくださいましたしね」
言葉と共にヒマリが目を向けた先には、見覚えのある狐面の少女が佇んでいた。
「……貴方が助けてくれたのね」
「感謝するわ、狐坂ワカモ」
伝えると、彼女は"くすり"と笑った。
「いいえ。……感謝なら
「私はただ、彼の求めに応えただけですわ」
彼女は答え、仮面越しに鋭い視線を向けた。
「……それでは風紀委員長。後はよろしいですね?」
「私は先生の元に戻り、状況を報告してまいりま────」
「……待って」
背を向け、この場を去ろうとしたワカモを咄嗟に引き留める。
彼女はぴくりと耳を揺らし、背中で傾聴を示した。
「……いま、本隊は撤退作戦を準備中よ」
「貴方が良ければ……撤退する車列の護衛をお願いしたい」
そう伝えると、ワカモは "はあ"と溜め息を吐いた。
「……お断りします。と、そう言いたいところですが……」
「彼の意を酌むのなら、協力するべきでしょうね」
「……仕方ありません。不本意ではありますが、協力いたしましょう」
彼女は渋々と答え、くるりと振り返った。
「ありがとう。感謝するわ……先生にも、貴方にも」
私の感謝を、ワカモは鼻で笑い飛ばした。
07:25 | 浄水場
side:ヒナ
それから拠点へと帰還した私たちは、各々必要な対応をしていた。
マコトとユウカは被害状況及び、現状の確認を。
セイアとヒマリは、念のため治療を受けに。
私を含め、エイミとワカモは撤退作戦の打ち合わせを。
そして────。
「……ヒナ委員長、マコト議長。第一次撤退作戦の準備が間もなく完了する見込みです」
「FOX小隊、ミカさんやイオリさんたちも配置についています」
「あとは重傷者の搭乗が完了次第、出発できる見込みですので……ご準備を」
C&Cの制服を着た少女が告げて、去っていく。
その背から視線を外し、隣で足を組んでいるマコトに目を向ける。
「……マコト。予定通り、貴方はセイアやヒマリたちと一緒に乗ってちょうだい」
「私たちが必ず守るわ。心配せず待機していて」
「……フン。貴様に頼らずとも、何かあればこの私が何とかしてやる」
「その時は、無様に助けを乞うんだな」
いつも通りの不敵な言葉と共に、自分の乗る車両へと歩き出したマコトは……ぴたり、と硬直した。
「……は……ッ?」
マコトはまるで聞いたことのない、言葉にもなっていない掠れ声を上げた。
その視線の先には……車両へ運ばれていく担架。
マコトはそれを視線で追ったかと思うと……走り出す。
「……おい!!イロハ!?」
「何があった!?……ッ貴様らッ!説明しろ!!」
マコトは怒号を上げ、担架を運ぶ医療スタッフに食って掛かる。
彼女はひどく混乱している様子で、今にも掴みかからんばかりの勢いで叫ぶ。
(……まずいわね)
……そもそも、イロハは他の万魔殿メンバーと共に本校で待機しているはずだった。
そんな彼女とここで、こんな姿で会うなんて、考えもしなかったのだろう。
「……おい……ッ!!」
わなわなと肩を震わせるマコトの背に、やるせなく息を吐く。
(……言葉で止める時間は、ないわね)
「……ごめんなさい」
"ガチャ……ズダァン!!"
「ッが……っ!?」
マシンガンの銃口が跳ね、弾丸がマコトの後頭部に直撃する。
ぐらりとマコトの体が揺れ、地面に倒れ込みそうになったところを、医療スタッフが受け止めた。
「……ひ、ヒナ委員長……?」
動揺し、腕の中のマコトとこちらを交互に見る医療スタッフに深く頭を下げる。
「……議長に代わって謝罪するわ、ごめんなさい。」
「マコトは車に乗せておいてちょうだい。……目が覚めるころには、頭が冷えるはずよ」
「……わかりました」
そうして、運ばれていく担架に目を向ける。
(…………)
肌に浮かぶ痛々しい火傷。焦げねじれた髪。
本来ここに居るはずのない彼女のそんな姿を見れば、マコトがああなるのも当然だった。
胸の奥が、ずしりと重くなる。
「……はあ」
溜め息ひとつ。覚悟を決める。
感情に揺らぐ余裕などない。私たちが今なすべきことは、決まっている。
硝煙を立ち昇らせるマシンガンを担ぎ直し、私は自分の持ち場へと歩き出した。