────紅茶を淹れ直す。
こぽぽと音を立て、綺麗な赤色の紅茶がティーカップに注がれて、芳しい湯気を立てる。
有りものだが……菓子も用意した。
ゆっくりと椅子に腰かけ、私たちは視線を交わす。
「……では、"お茶会"といこう」
「ああ、始めよう」
私の号令に、セイアがこくりと頷く。
「……まず一つ、始める前に質問がしたい」
「いいだろう」
セイアはそう前置きして、私に問う。
「現状、"エデン条約機構"……これは実質的には形骸化しているが、存在はしている。これによって、全面戦争が起きる可能性は低い」
「……"それによって、トリニティ・ゲヘナ間の確執も以前よりは緩和されつつある"……そう言いたいんだろう?」
私の言葉にセイアは"ああ"と小さく頷いて、続ける。
「……話が早くて助かるよ……ではなぜ、それ以上を求めるんだい?」
「場合によっては、君の行動で現状が悪化することだってありえるだろう。そこまでする理由、根拠を聞かせてくれ」
セイアは私の目をじっとりと見つめ、答えを待つ。
……"全てを話す"、と言ったのだ。正直に、話すべきだろう。
「……これは、信じても信じなくてもいい」
「このままでは、キヴォトスが破滅の未来を迎えると考えている」
「……君が何度か口にした、"黙示録"……という奴かい?」
セイアは怪訝そうな表情を浮かべて、尋ねる。
「……ああ、"黙示録"……知っての通り、トリニティの聖典に記された"終末"だ。」
「君は、それが現実に迫っていると思っているんだね?」
「……そうだ。内容については、君も知っているだろう」
「ああ、知っているとも。……こう言ってはなんだが、読み物としては面白かったよ」
セイアはどこか皮肉げに言って、私と視線を交わす。
「しかし、私の知る限り……予兆は感じていない。予知夢にも、そういった事象は無かったと記憶している」
「……もし、君だけが知るなにかがあるのなら……全て教えてほしい。力になるよ」
セイアの言葉に頷きを返し、私は全てを説明しはじめた。
「────つまり。かの予言と、"エデン条約事件"以後の状況は……あまりに符号が多い」
「私達は"エデン条約"という大局を乗り越えたと安堵し、油断している」
「……あれは序章に過ぎず、真の破滅はこの後に来たるというのに、だ」
「……ふむ……」
私の説明を聞き終えたセイアは、ぴくりと耳を何度か動かして、怪訝そうな目を向けた。
「……君の主張は理解できたよ。それでも一度、あえて言わせて欲しい」
「君のことだ。"これが杞憂、こじつけである" という可能性には十分に向き合ったことだろう」
「その上で、尚もこのようなことを実行するに足りると判断できるだけの理由だとは思えない」
「……ルイ。私の知る君なら、より多くの証拠を得てから行動に移すはずだ」
「なにか、私に言えない理由があるのかい?」
セイアは真剣に言って、私の回答を待つ。
「……杞憂。そうだな。私も、何度も考えた」
「君の言う通り、杞憂に終わる可能性も大いにある。だが、それがどうしたというんだ?」
「……なにが言いたいんだい?」
「……星が落ち、地は焼け、世界は闇に覆われる」
「そんなことが絶対に起こらないと……セイア。君なら言い切れないはずだ」
「かの "ゲマトリア" が目論んでいたように、世界の破滅……それは黙示録に非ずとも引き起こされるかもしれない」
「その対策としても、この計画は完遂されるべきだ」
「…………」
セイアは押し黙って、私の話を聞いている。
「この計画は、"黙示録"という局所ではなく……キヴォトスに訪れる災厄。それらに対する総合的な対抗策になる」
「セイア。どうか……理解して欲しい」
そう言葉を終えると、セイアは黙って顎に手を当て……大きく、ため息を吐いた。
「────はあ……君の思いは、わかったよ」
そう言って、セイアは続ける。
「……君の言うことは正しい。"正しすぎる"くらいだ。理想論に両足から浸かっている。」
「だが、私はその考えを支持するよ。……成功の目があるのなら、だけどね。」
「つまり……この計画が成功する、という根拠を聞かせてくれないかい?」
セイアは優しくそう尋ねて、私の答えを待つ。
「根拠か……少し長くなるが、すべて話そう」
そう前置きして、ひとつ深呼吸する。
「……私はエデン条約事件に際する記録を見ていて、気付いたんだ」
「"共通の敵"が存在すれば、たとえゲヘナとトリニティでも協力することができる、と」
「式典の際に起きたアリウスやゲマトリア勢力の襲撃を前にして、立場も思想も違う者たちが同じ敵を前に手を取り合い、状況を打破した」
「……襲撃による動乱も含めれば、この件で協力した者たちはこの何倍も居るだろう」
「我々は"敵"が居れば協力できると彼女たちは証明した」
「……それが根拠だ。決して、不可能などではない」
私が説明を終えると、セイアは少し考え、答えた。
「……認めたくはないが、事実そうなのだろう」
「すまない、最後と言ったが、追加でもう一つ、聞かせて欲しい」
セイアは私の目を見つめながら、問いかける。
「君は、なぜトリニティとゲヘナと戦って……いや、"敵"に成れると考えているんだい?」
「たしかに、君は強い。だがそれはあくまで常識的な範囲の話だ」
「……君はミカやツルギ、ゲヘナの風紀委員長と戦って、勝てるのかい?」
「────いいや、そんなものじゃない」
「君が相手取るのは、"ゲヘナとトリニティ"だ……勝てるはずがない」
……思うに、セイアは私の心配をしてくれているのだろう。
優しく首を振って、彼女の言葉を否定する。
「……正面から撃ち合うことだけが戦いではない」
「勝算があるからこそ、私は今こうしている」
私がそう告げると、セイアは少しだけ言いにくそうに、それでもはっきりと言った。
「愚かな思い上がりだ、ルイ」
「……そうかもしれないな」
「君はなにもかもを一人で背負ったつもりで勝手に……独善的に行動している」
「私達に相談ひとつもせず……私たちはそんなに信用できないかい?」
不満げに言ったセイアは少し前傾し、じっとりとした目つきで見つめてくる。
「……それは、私以外に責任を負わせる訳にはいかないからだ」
「そして、君たちの力を知り、その善性を信用しているからこそ……私は両校が歩み寄れると信じている」
「……そうか、それでも……たとえ君がツルギや空崎ヒナだとしても、こんなことは君ひとりでは無理だ」
「予知なんか無くても、断言できる」
「……最後に待つのは君自身の破滅だ。それでも、やるというのかい?」
「そうだ、これは誰かがやらねばならないことだからだ」
「…………………………」
私の返答を聞いて、セイアは黙って目を瞑り、思案に耽った。
たっぷり一分ほど経っただろうか、セイアはゆっくりと目を開き、言った。
「────わかった、君を危険に晒すのは不本意だが……意志は固いようだ」
「……ありがとう、セイア」
感謝を伝えると、セイアは不本意そうに
「失敗を経て、人を頼り、周囲を見て、相談することを覚えるんだ」
「……君は一度、失敗するといい」
そう言って、ため息を一つ吐いた。
「そうならないために、その知恵を貸してくれるんだろう?」
そう返すと、セイアはふっと笑った。
「……そうだ。それでも、知恵に出来ることには限界がある。あまり頼りにしないことだ」
「構わない。君がこちらに付いているだけで……とても心強い」
「……そうかい」
少しだけ照れくさそうに、セイアは返した。
……セイアと話している間にかなり落ち着いた。
彼女が協力してくれるなら、これほど心強いことはない。
……作戦会議を始めよう。