08:12 | ミレニアム禁足地 /地下兵器工場
side:ルイ
燃え落ち、砕け散る"球体"を背にして、私たちは来た道を駆け戻る。
何百ものオートマタの残骸を乗り越えた先で、巨大な隔壁が私たちの前に立ちはだかった。
「……さて、どうするか……」
足を止め、顔を見合わせる。
「……ま、どうするもこうするもねえだろ」
「この壁は開けらんねえし、別のルートを探すか、外の連中がどうにかしてくれることを待つしかねえな」
ネルは地面に胡座をかき、ぐぐ、と体を伸ばした。
その言葉に頷いて、ミネは持っていたポーチを開く。
「我々がここに向かったことは皆さん承知していますし、大人しく救援を待ちましょう」
「その間に、応急手当をさせてください」
「……なら、私は周囲を偵察してくる」
「治療は不要だ。全て、治った……」
ぽつりと言って、ツルギは来た方向へと歩き出した。
彼女の背を見送り、サオリは上着とボディアーマーを脱ぐ。
「……言葉に甘えさせてくれ、背中と腕に何発かくらってしまった」
「わかりました。そこに座ってください」
ミネはサオリの背について、処置を始めた。
皆がそれぞれ動く中、私は今後の行動へと思索を巡らせる。
(……外部の状況が安定しているとは限らない。リオがどうにかしてくれるとも……)
"タコ"なる大型兵器はいまだ健在であるし、ミレニアムタワーの件も解決していない。
本隊が我々の救出を計画するとして、その優先度は高くはないだろう。
……とにかく、ここで手をこまねいているわけにはいかないか。
「……全員聞け、治療と補給が終わり次第、別の出口を探してみよう」
「この規模の施設なら、地上に繋がる搬入路のひとつやふたつ見つかるはずだ」
そう伝えると、ネルが"ハッ"と笑う。
「しょうがねぇなぁ。ようやく休めると思ったのによ」
「ま、賛成だな」
ネルはそう言って、装填を終えた弾倉をポーチにしまった。
「……では、サオリさんの治療が終わり次第出発しましょう」
「あと3分ほどで終わると思います」
ミネの言葉に頷きを返し、サオリが脱いだボディアーマーを拾う。
そのポケットから弾倉を抜き取り、床に並べた。
「サオリ、マガジンを借りるぞ、代わりに装填しておく」
「……了解した、感謝する」
「気にするな。ただの手慰みだ」
……それから数分。
弾倉に弾を装填し終えたころ……周囲の偵察に向かったツルギが戻ってきた。
「……50メートルほど先に、閉じていない通路を見つけた」
「出口に通じているかは、わからんが」
「わかった。ミネ、サオリの手当てはどうだ?」
「もう間もなくです。……サオリさん、包帯はきつくないですか?」
「大丈夫だ、ありがとう」
「では……終わりました」
ミネは広げていた治療キットを片付けて、すくと立ち上がる。
サオリもボディアーマーと上着を着直して、準備を終えたようだった。
「では、行くとしよう」
体勢を立て直した私たちは、ツルギの示す方向へと歩き出す。
────1時間半後。
09:47 | ミレニアム禁足地/地上
「はあ……ようやく出られたな……」
やたら広大な地下工場を駆けずり回り、ようやく地上へ続く道を見つけた。
ひしゃげたシャッターの隙間から抜け出せば、昇り切った太陽が私たちを出迎える。
「ッ……眩しいな……」
……しばらくぶりに見た空は、清々しく蒼い。
強い日差しに目が痛むが、それを凌駕するほどの開放感が身を包んでいた。
「あ~~……マジで二度と出られねえかと思ったぜ……」
「まさかシャッターが偽装されてるなんてな。意地のわりい連中だぜまったくよ……」
ごくごくと水筒を呷りながら、ネルはぷはぁと気持ちよさそうに息を吐いた。
他の面々もどこか爽やかな表情と共に、水分を補給している。
「ツルギ委員長が気付かなければ、ずっと地下に閉じ込められたままだったかもしれませんね……」
「少し休憩したいところですが……今は急いで本隊の元に戻りましょうか」
ぶつぶつと地下構造の文句を言い合いながら、私たちは浄水場の方向へと歩き出す。
数時間前の喧騒は嘘のように静まり返っていて、遠方から立ち昇る黒煙のみが戦いの痕跡を示していた。
────二時間後。
12:09 | 浄水場
「……誰も、いませんね?」
あれから歩き続けて、ようやく戻ってきた私たちを迎えたのは……もぬけの殻となった施設だった。
数時間前まで何百人といた地下空間にはテントや照明がそのまま放置されていて、がらりとした印象を与える。
「……なんかあった、ってこたねえよな?」
「その可能性もあるが……まあ、全員撤退したと見ていいだろう」
「これを見るに、少なくとも輸送隊は無事に合流できたようだしな」
ほら、と床に転がったダンボールを拾い上げる。
"防寒具"と大きく書かれたその中には、カイロやらタイツやらのゴミがぎっしりと詰め込まれていた。
「んじゃ、あとはあたしらが離脱するだけか……いや、待てよ」
「……そういや、ミレニアムタワーはどうなったんだ?」
「まさか、諦めたってわけじゃあ────」
ハッと思い出したように顔を上げたネルの声が、地下空間に反響する。
すると、テントの中から人影が現れた。
「やっほー、おかえり」
桃色の髪を靡かせながら出てきたのは……ヒマリと共に囚われていたはずの、エイミだった。
「「エイミ!?」」
私とネルの声が重なる。
「無事だったのか!?セイアとヒマリはどうした!?」
「……落ち着いて。気持ちはわかるけどね」
詰め寄った私の肩を押し、エイミは話し始める。
「……まず、二人とも無事だよ。マコトさんとユウカさんも、今ごろD.Uの避難所にいるんじゃないかな」
「ここにいたみんなも退避済み。ここに残ってるのは私とハスミさんの二人だけ」
「……そうか……良かった」
「なら、後は我々が撤退するだけか?」
「うん。それで……ルイさんこそ大丈夫?その翼……」
エイミは心配そうに声を落とし、失われた私の右翼を見つめた。
「ん、ああ……これはもう半日以上も前の傷だ。処置も終わっているし、心配はない」
「とにかく、皆が無事だったのなら今はそれでいい……」
そこで一旦会話が終わると、後ろで沈黙していたサオリが口を開いた。
「聞いてもいいか。我々の……アリウスの者たちも、共に避難したのか?」
サオリの問いに一瞬きょとんとした表情を浮かべたエイミは、数秒ほどしてその問いの意図に気付く。
「ああ……うん。アツコさんが"サッちゃんをよろしく"だって」
「逮捕されないかは……まあ、D.Uは先生のお膝元だし、問答無用で捕まったりはしないんじゃないかな……たぶん」
「……そうか、ありがとう」
サオリは目元に安堵を浮かべ、ふぅと息を吐く。
そんな折、カツカツと階段を降りてくる音が聞こえてきた。
「……皆さんご無事のようで何よりです」
「着いてきてください、車は用意してありますので、状況の説明はその中でしましょう」
そう告げて手招きしたハスミは、くるりと踵を返して階段を上がっていく。
「じゃ、そうしよっか」
エイミも、私たちを先導するように歩き出す。
……二人の背を追って歩いていけば、濾過池の下に隠された装甲車に辿り着いた。
「乗って。ゲヘナ製のヴィンテージだから、ハッキングされる心配はないよ」
「わかった、ありがとう」
乗車を促すエイミに従い、私たちはバックドアから後部に乗車する。
ただの段差としか形容できない座席に腰を下ろせば、言いようのない安堵が全身に滲み出てきた。
「………………」
それは他の皆も同じようで、解けた緊張が言葉なく場を満たしていく。
車が発車してから数分も経てば、私たちは揺籠に揺られた赤子のように意識がぼやけ始めていた。
「くあぁ…………ねみぃ」
「あたしは寝るわ……着いたら起こしてくれ……」
大きなあくびをしたネルは、着ていたスカジャンを頭に被って俯いた。
ツルギとサオリも同じように俯いていて、頭上に光輪の気配はない。
「……ふぁ、確かに、夜通し戦っていましたからね」
「流石に、疲れました……」
眠たげに目元を緩ませたミネも、小さくあくびをして目を閉じる。
皆が眠ってしまった横で、ハスミが小さく囁いた。
「……現状については帰ってからお話ししても間に合いますので、ルイさんも眠ってはいかがでしょう」
その提案は魅力的だが……しかし、ここで無防備に眠るわけにはいかなかった。
「……いや、私は大丈夫だ。戦闘用覚醒ざ……いや、表現が悪いな。"気付け薬"の効果がまだ残っている」
「おかげで、あと数時間は眠れそうにない」
「……だから、状況を聞かせてくれ」
「………………」
怪訝な顔、というよりは、まるで犯罪者が視界に入った時のように一瞬顔を顰めたハスミは、数秒間の沈黙の後、"そうですか"とだけ答えた。
「……状況が状況なので追及はしませんが、程々にしてくださいね」
ため息混じりに言って、ハスミは続ける。
「では、皆さんが陽動に向かった後ですが────」
13:42 | D.U区画/シャーレ前臨時避難所
装甲車が停止し、運転席に通じる窓が開く。
「着いたよ。ハスミさんとルイさん以外は先に降りちゃって」
エイミの指示に従い、他の皆は次々に降車していく。
共に残ったハスミは、制服の内ポケットをごそごそと漁り……。
「……ルイさん。一時的にですが、拘束させてください」
「今回の件で、貴方は相当に恨まれています。ここは人が多いので……ご理解を」
言葉と共に差し出されたのは、手錠だった。
「ふむ……」
"────!!"
彼女の言葉通り、車の外からはざわざわとした声が聞こえる。
その中には少なからず罵声も含まれていて、その忠告が正しいことを裏付けた。
……確かに、このまま降りたらまずそうだ……が。
「いや、悪いが遠慮しておこう」
手錠をかけようとしたハスミの手首を掴み、押し戻す。
「……貴方のためを思って言っているのです」
「すでに囲まれています。このまま降りれば……ほぼ間違いなく、撃たれますよ」
強い心配を感じさせる声色に、しかし私は頷けない。
「……残念ながら、私はまだ弱みを晒すわけにはいかなくてな」
「ここで"敵"として捕らえられた姿を見せれば、なんと言ったものか……そうだな。"人望"が失われてしまう」
「"敵"についていく者はいない。あくまで"味方"だと振る舞わなければ、今後に支障が出る」
ただそう告げて、座席から立ち上がる。
「悪いが、先に降りてくれ。この後の"パフォーマンス"は、私一人でやらせてもらおう」
ハスミは小さくため息を吐いた。
「……それなら、無理矢理にでも拘束します」
彼女は一歩引いて、格闘の構えをとるが……ここは車内。
狭苦しそうに腰を屈めた彼女が、私に敵う道理はない。
「ここで君に勝ち目はない。そして、私は折れない」
「君の言う"心配"は嬉しいが、それこそ本末転倒だ。私に罪を重ねさせないでくれ」
「…………はぁ」
重ねて、溜め息ひとつ。
ハスミは手錠をポケットに戻して、無言で降車していった。
……これで、二人きりだ。
「……エイミ。ヒマリとセイアに伝言がある」
「"今後のことは連絡を待て。それまでは自分の職務に忠実に"、と」
「……おっけー、伝えとく」
「感謝する。あとは……これを処分しておいてくれ。焼却、できれば爆破が望ましい」
ポーチからインジェクターケースを取り出し、窓越しに運転席へ投げ入れる。
「……なにこれ?」
「中身は伏せる。本来私が廃棄するべきだったが、この状況ではな」
「一応言っておくが、毒やそれに類するものではないし、気化や引火して害を及ぼすようなものでもない」
「が、中身が知れると危険な薬だ。とにかく、頼んだぞ」
「ふーん……ま、わかったよ。じゃあ、気を付けてね」
「ああ。行ってくる」
そっと窓を閉め、ドアの前に立つ。
鬼が出るか、蛇が出るか……少なくとも、この先で"悪魔"が待ち受けているのは間違いないが。
とにかく……どうにかして"魔王"の面子を保ったまま、この場を乗り切らねば。
??? | ???
side:ユキノ
「………………」
眩しい。
そんな感覚が先にきた。
真っ白な視界。
次に来たのは、鮮やかな桃色。
「──……ユキノちゃんっ!!」
大声が鼓膜を貫き、きいん、と頭が揺れる。
その声は、聞き慣れたもの。
「…………に、ぉ……」
名を呼ぼうとするが、言葉にもならない掠れた息が喉を鳴らす。
「良かった…………!!」
ぽた、ぽたと生暖かい雫が頬に落ちる。
それが涙だと理解するのに、数秒を要した。
……あの時の記憶が、鮮明に蘇る。
「…………そう、か……」
「じょうきょう、は……?」
何とか言葉を紡ぐと、ニコは泣き顔のまま笑った。
「ふふっ、ユキノちゃんらしいですね……」
「……安心してください。作戦は、成功しました」
「ここは、D.Uの医療テントです」
「D.U……そうか……撤退、できたんだな……Corsacは……?」
私の直前に車から飛び降りた隊員のことを思い出す。
尋ねると、ニコは小さく頷いた。
「彼女も無事です……ユキノちゃんのことをすごく心配していましたよ」
「他の隊員たちも軽傷です。今回の撤退作戦での重傷者は、ユキノちゃんだけでした」
「……そうか、よかった……」
ふと漏らした言葉に、ニコの表情が歪む。
「……よくなんかありません」
「爆破の前……もっと早くに、安全圏で離脱することもできたはずです」
「あれは、そのつもりで組んだ作戦でした」
「なのに、どうして……」
悲しげに話す言葉を遮って、感覚の戻ってきた口を開く。
「……我々SRTは、正義の……人々の前に、立っている」
「あの状況。起爆に失敗すれば、最悪の事態もありえた……」
「……命ひとつで、成功率が上がるのなら……私はそうする」
「それが、SRTとしての使命であり、矜持だ……」
言い切って、ゆっくりと上体を起こす。
ずきりと痛みを思い出した体に鞭を打って深呼吸をすると、喉の渇きに気が付いた。
「……すまない、水をくれ」
「あっ……どうぞ」
「ありがとう……」
からからとキャップを回し、
500mlの水をごくごくと飲み干して……空になったペットボトルをベッドサイドに置く。
「ふう……」
冷たい水のおかげで、意識は随分落ち着いた。
自分の身体を一瞥し、状況を確認する。
(左腕と両足の骨折、肋骨もいかれているか……とはいえ、ニコの様子からして命に関わる重傷ではないな)
これなら、そこまで心配する必要はないだろう。
「……いま何時だ?」
尋ねると、ニコは腕時計をちらりと確認する。
「13時56分です。が、もう少し安静にしていた方が────」
「──魔王が来たらしい。行くぞ!」
ニコの言葉を、外から聞こえてきた声がかき消した。
「バカ!そっちじゃない!議長の指示通りに動け!」
途端、周囲がやけに騒がしくなる。
耳に入った"魔王"という言葉が、嫌な予感を煽り立てた。
「魔王……天城ルイか」
銃を抱えて走っていく生徒たちの背は、怒りに燃えているように見えた。
「……気になりますか?」
ニコが発した問いに、私は"ああ"とだけ答えた。
すると、彼女は"わかりました"とパイプ椅子から立ち上がる。
「……見に行きましょう。車椅子、借りてありますから」
「多分、オトギちゃんやクルミちゃんも見にくるはずです」
かちゃ、カチと折りたたみ式の車椅子を組み上げ、ニコは私を車椅子へと乗せてくれた。
そのまま彼女の介助を受け、私たちは騒ぎの中心へと向かう。
「────」
数十人の生徒が取り囲んでいたのは、一両の装甲車だった。
やがてバックドアが開き、魔王と共に強襲へ出ていたらしい面々が一人ずつ降りてくる。
美甘ネル、錠前サオリ、蒼森ミネ、剣先ツルギ、そして、羽川ハスミ。
彼女たちは自らを取り囲む群衆を一瞥したものの、足を止めることなくメディカルテントの方向へと向かって行った。
……そして、群衆だけが残される。
「逃げるなーー!!!」
「出てこい人殺し!!ビビってんのか!?」
「お前のせいでミレニアムは終わりだ!!責任取れ!!!」
「イロハ戦車長に大怪我させやがって!!ふざけんな!!」
「何が魔王だ!!この中二野郎!!」
天城ルイ以外の者達が降車したことで、罵声に熱が入っていく。
怒りが急速に伝播していき、ぴりぴりとした雰囲気が場を支配した……その時。
"ガチャ……"
────バックドアが開き、"彼女"が降りてきた。
右翼は失われて、血の染みた外套からは無数の傷が覗く。
痛々しく、どこか恐ろしい風貌だった。
あれだけ騒いでいた群衆は一瞬の沈黙を湛えて……無数の銃口が、彼女へと向けられる。
「……止まれ!!!」
「動くなッ!!!」
彼女は自らを取り囲む群衆を一瞥し……右手を上げ、足を止めた。
「静かに。歓迎は結構だが、あいにく私はやることがある」
「事態の説明や詳細な情報、奪還作戦の迅速な立案を望むのなら、今ここで私を撃つ合理的意義はない」
「賢い諸君はそれがわかっているからこそ、脅すだけで引き金を引けないんだろう?」
「ならここで時間を無駄にしていないで、この暇を他のことに充てるんだな」
呆れたような言葉と共に、彼女はすたすたと歩みを再開した。
あまりに堂々とした態度に群衆は気圧されたのか、仰け反るように道を空ける。
「この状況でなぜ煽ったんだ……?」
「うーん、何を言うにも喧嘩腰の方っていますからね……」
「とはいえ、結果的に皆さん躊躇してますし、作戦成功……って感じですかね?」
そんなことを話しながら、私とニコは彼女の背を見送って────"ズダァン!!"
「────ッ!」
銃声が鼓膜を衝き、眼前で火花が散った。
潰れた弾丸が魔王の義手から落下する。
「……議長殿。この者達に"撃つな"と指示したのは貴様だと思っていたが?」
「"警告を無視する愚か者は撃っても構わん"……常識だ。知らなかったか?」
カツ、カツとヒールの音を鳴らし、群衆の中から歩み出たのは……
その表情は冷たく、憎悪すら滲んでいる。
「不当かつ非合理な"脅し"に従うべきではない、常識だろう?」
「……で、何用だ?負傷した戦車長のことなら────」
マコトが銃口を僅かに持ち上げ──銃声が響いた。
足元に薬莢が転がり、魔王の頬からはつうと鮮血が伝う。
硝煙を漂わせる銃口は、なおも彼女を捉えていた。
周囲の生徒たちも、固唾をのんで成り行きを見守っている。
「……頭を狙うのは感心できんな」
「私だって曲がりなりにも負傷者だ、頭蓋骨が弾丸を止められる保証はない」
「……この私が手ずから天誅を下してやろうというのだ。伏して受け入れるがいい」
銃口は揺るがず。ぴりぴりとした緊張が場を支配する。
それは群衆にも伝播し……今にも引き金が引かれようとしていた。
瞬間……魔王の指先が動く。
"交戦不能"、 "救援求む"。
SRT式の見慣れたハンドシグナルが、他ならぬ私に向かって発せられた。
(ッ、私に気付いて……? いや、何故SRT式のサインを……)
困惑は一旦置いて、まずは彼女からの要請に答えることにした。
「……ニコ、議長を止めてくれ」
「了解。折を見て間に入ります」
ニコは私の傍を離れ、素早く群衆の中へ紛れていった。
私はその場を動かず、会話の行方を見守る。
「……そう感情的になるな。有事にこそ冷静であらねば、指導者は務まらん」
「今回の件については今日の夜にでも説明会を行う予定だ。言いたいことや質問があるのなら、そこで聞こう」
「チイッ……」
マコトの舌打ちが響く。怒りを押し殺すように、グリップを握る手に力が籠もったのがわかった。
「話は終わったようだな。では……また後で」
魔王は立ち尽くすマコトとすれ違い、群衆の向こうへと進んでいく。
時が止まったような沈黙の中で────マコトが振り返った。
「……重傷者47名。行方不明者14名。死者3名だ」
「加えて、ミレニアムの都市は事実上壊滅した。家、学校、職を失った者は何千何万といるだろう」
「……貴様が起こした戦争だぞ。この結果に何も思わんのか?」
その問いかけに、魔王は振り返らず、足を止める。
彼女は数瞬、目を瞑って……
「……被害規模や人数は確定していない。よって、今この場で答える意味もない」
「ただ、ひとつだけ私見を述べるなら……"我々は勝利した"、と。」
「ッ貴様────!!」
マコトはライフルを構え直し、魔王の後頭部へ銃口を向ける。
「……そこまで!」です!!」
瞬間、ふたつの影が群衆から飛び出し、魔王とマコトの間に割り込んだ。
「マコト議長、お気持ちは理解しますが、ここで私刑に走れば大問題になります」
「責任の追及は、公的な場で……!!」
ニコはマコトの前に立ちふさがり、一方、クルミの盾が魔王をかばう。
「あんたバカ!?なんで喧嘩売ったの!?」
「自分の立場わかってる!?」
怒鳴りつけるクルミに、魔王は眉を下げた。
「……私はただ質問に答え、忠告をしただけだ。喧嘩を売るつもりはない」
「ともあれ、介入に感謝する。FOX小隊」
「……では、私はこれで」
そう告げると、魔王は指揮所のある方向へ姿を消した。
「…………」
その場に残されたマコトは、表情に憎悪を浮かべたままゆっくりとライフルを下ろす。
そのままくるりと背を向けたかと思えば、無言で歩き去っていった。
「……ほら!!あんたたちも散りなさい!解散!かいさーん!!」
「罪は法が裁きます!私刑には走らず、皆さん持ち場に戻ってくださーい!」
ニコとクルミの声掛けのおかげで、集まっていた群衆たちもだんだんと散っていき……後には静寂だけが残された。
「……ふう」
ひと安心、と言った所だろうか。
安堵の息を吐き出し、思案に耽ろうと目を閉じた────瞬間。
「────わっ!!」
「?!ッ……!!」
「あっ!ごめん!!」
背後から聞こえた声に、体が反射的に動き……当然、激痛が走った。
身悶えする私に、声の主……オトギは、慌てたように頭を下げる。
「オ、トギ……」
「そんなつもりじゃなかったんだって……」
「えっとお、その、怪我……大丈夫?」
「……たった今大丈夫じゃなくなった」
「ううっ、ごめん……」
しょんぼりと肩を落としたオトギの後ろから、クルミとニコが歩いてくる。
「ちょっと、負傷者に悪戯しないで!」
「オトギちゃ~ん?」
「すいませ~ん……」
二人に責められたオトギは、へなへなとその場に崩れ落ちた。
そんなオトギから視線を外し、クルミは私に向き直る。
「……はあ。隊長、もう動いて大丈夫なの?」
「全身折れてるって聞いたけど……」
「右腕だけは無事だった。車椅子があれば問題ない」
「いや……問題ないって言える状態じゃないでしょ……」
そこまで言って、クルミは大きく溜め息を吐いた。
「……文句はいくらでも言えそうだけど、いいわ。ニコに散々叱られただろうし」
「はい、たくさん叱りました」
「……ええ?それじゃ私が言い辛いじゃん。いっぱい文句言いたいのに」
「あんたねぇ……!!」 "ばしんっ!"
「あいたぁっ!」
クルミに背を叩かれたオトギは腰を逸らせて、叩かれた場所をさする。
そんな二人を見て、ニコは穏やかに笑っていた。
「…………」
弛緩した空気の中で、深呼吸をする。
「……みんな、聞いてくれ」
「あの時、私はそうするべきだと信じてリスクを冒した。今も、その判断を後悔してはいない」
「だが、心配をかけたことは……悪かったと思っている」
「……うっ、素直に謝られると何も言えない……」
「まあ確かに?判断自体は?悪くなかったけど?……もっと、自分のことを省みて欲しかったな~って……」
「……そうよ、すっごく心配したんだから」
「瓦礫の下から血まみれの隊長を見つけた時は……本当に……死んじゃったかもって……」
言葉につれ、クルミの目が潤んで……つう、と雫が伝った。
ずき、と胸が痛む。
「……反省する。すまなかった」
「……ぐすっ、うん……」
何度か鼻を啜り、涙を拭いたクルミは顔を上げた。
「っはあ……!!」"ぱしんっ!!"
気分を入れ替えるように自分の両頬を叩き、クルミは私に向き直る。
「じゃあ、いったん指揮所に行きましょ!」
「先生もすっごく心配してたし……ヒナ委員長たちも心配してたわ」
その言葉に、うんうんとオトギが続く。
「委員長はちょっと責任感じてそうだったし、早く無事知らせたほうがいいね」
「じゃあ、行きましょうか」
そうして、私たちは指揮所の方へと移動を始めた。