午後:D.U区画 / 子ウサギ公園
side:ルイ
向けられる敵意の中を歩き、目的地へと向かう。
「──捕まえた方が……」
「──気付いてないし、今のうちに……」
「──でも、会長が……」
聞こえていないと思っているのか、あるいは排斥のつもりか。
風のように悪評が漂い、敵意は色を濃くしていく。
……自業自得ではあるが、とはいえ今襲われては対応しきれない。
焦燥を気取られないよう、僅かに歩みを早める。
目的地は、シャーレビル前に設営された大きなテント。
封鎖された道路の中央にあるそこには、所属と役職の書かれた腕章を着けた生徒たちが出入りしている。
彼女達の立場からして、ヒマリとセイアがいる可能性が高いのは……ここだ。
話し掛けることはできないにせよ、二人の無事だけはこの目で確認しておきたい。
それに、今後に備えて話しておかなければならない相手も多い。
特に、ゲヘナとの関係は……上手くやらなければ。
そんなことを考えながら、テントのタープを潜る。
中では何人もの生徒が慌ただしく指示と報告を交わしながら、事態の対応に当たっていた。
何人かは私に気付いたのか、こちらに視線を向けるが……構っている暇はないとばかりに自身の職務に戻っていく。
きょろきょろと内部を見回し、セイアたちの姿を探す。しかし、見つからない。
その代わりに、見知った背中が目に入った。
(……一応、挨拶くらいはしておくか)
「……やあ、ヒナ」
「撤退作戦の件、感謝している」
そう声を掛けると、ヒナは翼をぴくりと揺らし、そっとこちらに振り向いた。
視線が交わると、彼女は複雑そうに目を泳がせた。
「……到着していたのね、無事でよかったわ」
「他のメンバーはどうしたの」
「ああ、他の皆も無事で、今は治療を受けに行った」
「私が行っては迷惑になるだろうからな。一足先に挨拶回りといったところだ」
「……そう。ここは目につくわ、場所を変えましょう」
とん、と私の袖を叩き、ヒナはすたすたとテントの外へと歩き出した。
彼女の背を追って辿り着いたのは……ビルの間の路地。彼女はそこで、振り返る。
「……ここならいいでしょう」
「質問に答えてもらうわ。天城ルイ」
彼女は私を見上げて、静かに言った。
向けられた冷たい視線に、私は言葉を詰まらせる。
「……聞きたいことは数多あるだろうが、今は回答できん」
「私とリオで状況を整理し、夜にでも具体的な経緯や経過を説明する予定だ」
「今、私だけの視点で迂闊なことは言えん、理解してくれ」
そう伝えると、ヒナは眉を顰め、語気に怒りを滲ませた。
「二人きりよ。誰かに聞かれる心配はないわ」
「……なら話そう、という訳にはいかない」
「不誠実に思うだろうが、しかしこれこそが私の誠意だと考えてほしい」
「……万が一にも、私の発言が説明会への不信につながるような事態は避けたい。これは保身ではなく、キヴォトス全体のためだ」
そう付け加えると、彼女は渋々といった表情で頷く。
「……わかった。無理を言ってしまったようね」
ため息交じりに言って、彼女は続ける。
「……それと、ひとつ忠告があるわ」
「あまり一人でうろつかない方が身のためよ。ここにいる殆どの生徒は、貴方を恨んでる」
「色々と物騒な話も耳にしたわ。信頼できる誰かと一緒に動きなさい」
「……わかっている。先ほど羽沼マコトに撃たれたからな」
その言葉を聞いたヒナは、驚いたようにぱちりと瞬きをして……いつもの目に戻った。
「…………はあ、どこに行ったのかと思えば。そういうことだったのね」
「でも、気持ちはわかるわ。……私も、貴方のことを許す気はないもの」
彼女は目を伏せ、ぽつりと言葉を漏らす。
「……死者が出た。風紀委員会から1名」
「襲撃が起きた時、避難中に囲まれた部隊を逃がすために、囮になったそうよ」
「いい子だったわ。優しくて、責任感があって……」
「…………」
彼女は数秒、何かを思い出すように沈黙した。
やがて、小さく息を吐いてから言葉を続ける。
「……彼女の死に納得はできないけれど、それでも、私にはみんなを守る義務があるわ」
「今ここで三校の分断が起きれば、致命的な事態に発展しかねないことはわかってる」
「だから……上手く言い訳をしなさい。皆が拳を下ろせるような、納得のできる説明を」
その言葉は激励にも似て、私の背を押すかのようだった。
「……無論、そのつもりだ。三校の分断は何があっても避けなければならない」
「今回の戦いで得たものも、失ったものも……無駄にはさせん」
「……そう。少しだけ安心したわ」
ヒナはそっと視線を外し、どこか遠くを見つめる。
そんな彼女の気を逆撫でることになろうとも、私にはこの問いを抑えられなかった。
「……空崎ヒナ。これはもしもの……いや、仮の話だと思って聞いて欲しい」
「ゲヘナのトップを……万魔殿の議長をやる気はないか。君が望むのなら、手を回そう」
「羽沼マコトは確かに優秀なリーダーだが……些か、感情的に過ぎるきらいがあるように思う」
「有事の今、必要なのは────ッ!?」
視認できない程の速度で私の外套の裾が引き込まれ、ヒナの顔が眼前に迫る。
「……ふざけないで。貴方の傀儡になるつもりはないわ」
「そして、貴方は羽沼マコトを……いえ、ゲヘナを理解していない」
冷酷な眼。芯まで凍るような冷たい視線と共に、彼女はそう言葉を終えた。
ぱっと裾を握る手が離され、崩れた体幹を整える。
「……そうか。気を悪くしたのなら、すまなかった」
私の謝罪に対し、ヒナは呆れたように小さな溜め息を返した。
「……マコトはあれで、有事には誰よりも強いタイプよ」
「まあ、感情的なのは認めるけれど……あまり長く引きずる方でもないわ」
「……そうか、あの時代を共にしていた君が言うのなら、きっとそうなのだろう」
「しかし……彼女には相当な悪印象を持たれてしまったな。説明を受け入れてくれるといいが」
話している間、ヒナはじいっと私を見つめていた。
"どうかしたか"、と切り出そうとした瞬間、彼女が口を開く。
「……天城ルイ。貴方はマコトが一番嫌いな人間に似ているわ」
「それを考えると……マコトの理解を得るのはほぼ不可能ね」
「嫌いな人間……ああ、なるほど……」
羽沼マコトが嫌っていると言われて、思い浮かぶ人間は二人。
目の前のヒナが私に"似ている"とは思えない、つまり……もう一人の方だろう。
「……そうなのか?」
尋ねると、ヒナはこくりと頷いた。
「……貴方の情報や経歴、起こした事件を見る限り……受ける印象は近いわ」
「事実、風紀委員会と万魔殿の三年生は貴方を特に警戒してる」
「……正直、マコトがトリニティと手を組んでまで貴方を潰そうとしたのには驚いたわ」
「それすらも掌の上だったというのは、皮肉な話だけれど」
「……にしては、君は随分私に"友好的"に思えるな」
「はあ……友好なんて言い方はやめなさい」
「マコトと同じように貴方を拒絶してもいいけれど、全員がそうはできない」
「対話そのものを拒否してしまったら、最後に残るのは暴力だけ」
「そうなったら、真っ先に駆り出されるのは私と、私の部下なの。疲れるのは嫌だし、他の皆が怪我をするのも嫌」
しみじみと語るその様子から、彼女の言葉が紛れもない本心であることが窺える。
そして、彼女はそっと顔を上げた。
「だから……私が貴方の窓口になってもいいわ」
「もし、ゲヘナに伝えたいことがあれば、連絡しなさい」
「私もそれなりに嫌われているけれど……少なくとも、マコトや他の皆に何かを伝えられる立場にはある」
そう言ってヒナはポケットからメモ帳を取り出し、さらさらと番号を書いてページを破った。
「……私の連絡先よ。個人用と、業務用。」
「……感謝する、空崎ヒナ」
差し出されたメモを受け取って、ポケットへしまう。
「ここまでしてもらって悪いが、携帯を捨ててきてしまった故、私の番号はまだ教えられん」
「新しいものを用意し次第、確認の連絡をさせてくれ」
「わかった。……あと、シャーレでは携帯を失くした生徒向けに臨時の携帯を貸し出しているわ」
「これは私が預かっているものだけど……貴方は受け取りに行けないだろうし、仕方ないわね」
そう言って、ヒナはポケットから取り出した旧式の……いわゆる、"ガラケー"を差し出した。
「返却についてはシャーレに直接渡して。それも難しいなら、他の誰かに頼みなさい」
「……ありがとう」
「私じゃなくて、携帯を手配してくれた
そう言って、ヒナは腕時計にちらりと目を遣る。
「……すこし話しすぎた。委員会の用事があるから、そろそろ失礼するわ」
「また夜に会いましょう」
くるりと背を向け、彼女はすたすたとその場を去っていった。
その背が路地から消えたところで、ヒナから預かった携帯を開く。
知り合いの電話番号を思い出す。
「………………」
ヒマリとセイアに連絡したい、声が聞きたい。
しかし今は……私と彼女達が通じていることを悟られるわけにはいかない。
逸る気持ちを抑え、私は別の番号を入力するのだった。