午後:シャーレビル前 / 路地裏
side:ルイ
ヒナから受け取った携帯に番号を入力し、発信ボタンを押下する。
チープな電子音が鳴り始め、呼び出し音が響く。
[……誰かしら]
すぐに通話が繋がり、聞き覚えのある声が返った。
「天城ルイだ。シャーレから借りた携帯で掛けている」
「リオ、今どこにいる?」
[まだアビドスよ。……あと1時間ほどでそちらに向かうわ]
[あとは直接会って話しましょう。この会話はヴェリタスが盗聴しているだろうから]
「ヴェリタス?……なぜだ」
[彼女達は私の退学に反対なの。そういうことよ]
[貴方も気を付けなさい。責任を貴方に押し付けるのが、一番手っ取り早いわ]
「……なるほど。了解した」
「では、こちらに着いたら連絡をくれ」
それだけ伝えて、通話を終了する。
途端、手の中の携帯が震えはじめた。
「誰だ?」
[……各務チヒロ]
告げられたその名は、意図すらも透けるものだった。
「……早速、ということか」
[……以前、手を貸した恩を返してもらう]
[今のミレニアムにはリオ会長の力が必要なの]
[ここで会長が退学すればどうなるか……貴方もわかるでしょ]
「……そうだな、君の懸念は正しい」
「確かに、ミレニアムの現状を踏まえるのなら、リオの退学、ないし処罰は猶予するべきだ」
「ただ、彼女がそれを踏まえた上で"自分が離れても大丈夫だ"と判断しているのなら、それだけの理由があるのだろう」
そう伝えると、チヒロは何かを言いかけ……沈黙する。
少しして、声が返ってきた。
[……その"理由"を、貴方は知っているの?]
「あいにくだが、知らん。彼女の考えに疑問があるのなら、直接聞くといい」
「お互いに、ちょうどその機会がある」
[……どういう意味]
「"私とリオの話に同席しろ"という意味だ」
「彼女が退学するべき理由がないと判断したら、私も君と共にリオを引き留めよう」
「……だから、我々の行う"説明"に対して何かしらの妨害を企てるのはやめてくれ」
私の頼みに、チヒロは思案するように沈黙した。
[……わかった。じゃあ、私も会長と一緒にそっちに行く]
「ああ。リオにはそちらから伝えておいてくれ」
「では、また後で」
再び通話終了ボタンを押下し、携帯をポケットにしまう。
いい時間だ、そろそろミネあたりと合流して……。
路地の外へと一歩を踏み出した途端、差し込む光が陰った。
出口を塞ぐように、二つの人影が立ちはだかる。
「動くな、ヴァルキューレ公安局だ」
「ちわ~っす、お話いっすか~?」
目に映るのは、何度か見たことがある顔。
特徴的な獣耳と、へらへらとした銀髪……その姿は記憶に相違ない。
「……重役二人が揃ってパトロールとは、頭が下がるな」
「それで、何の用だ?」
「またまたぁ~、わかってるっしょ?」
ずかずかと近付いてくるコノカは、手錠を指先でくるくると回しながら私の逃げ場を塞ぐ。
「忠告だが、いま私を捕まえるのは得策とは言えんぞ」
「いやぁ~、それでもこっちは仕事なんで、さっ、両腕……あ、義手だっけ?」
「……おっと」
手首を狙って伸ばされた腕を躱し、一歩距離を取る。
「先に言っておくが、ここで捕まる気はない」
「私はいま、悪人になるわけにはいかないんだ」
「……願わくば、手を引いてくれないだろうか?」
私の言葉に、カンナはふんと鼻を鳴らす。
とりつく島もない、と言った様子で、彼女は銃に指をかけた。
「安心しろ。キヴォトスにとって、貴様は充分に悪人だ」
「投降しないのならば……実力を行使させてもらう」
「そゆこと、大人しく投降しろ~?」
「丸腰の怪我人ボコるのも気ィ悪ぃからさぁ?」
再び距離を詰めてくる二人。
後ずさりするが、背後は壁。まずい状況だ。
「やめろ、私はリオと共謀していた。その私が悪ならリオも、ひいてはミレニアムも悪だと認識されかねん」
「情勢はただでさえ不安定なんだ。今わかりやすい"悪"が生まれてしまえば世論は分断され、三大校の抗争に発展する可能性すらある」
「つまり……私は善人でなくとも、悪人であってはならないのだ」
「正義を語って臆面なく表舞台を歩き、キヴォトスのためと謳って堂々と説明をする責任と、義務がある」
「事態の収束を望むのなら、今だけは手を引いてくれまいか」
懇願。しかし、目の前の二人の態度に変化はない。
それどころか、コノカは呆れたとばかりに大袈裟なため息を吐いてみせる。
「あ~~~……そういうのいいんで。」
「悪ぃけど、規則で犯人の言い分は聞いちゃダメってことになってんだわ!」
それに続くように、カンナが口を開く。
「なにか勘違いしているようだが……今回の事件はまだ立件されていない」
「我々がお前を拘束する理由はトリニティ襲撃の件で、どう取り繕おうともお前はその罪から逃れることはできん」
「さあ〜……同行願おうか〜?」
コノカは手錠を構えて、一歩また一歩と近付いてくる。
しかし……光明は見えた。
「……なるほど、よくわかった」
「少し待て。桐藤ナギサと先生に連絡を取り、届け出を取り下げてもらう」
「あとは……不知火カヤの承認があれば、一旦は放免という理解でいいな?」
その言葉に、二人は顔を見合わせた。
彼女たちは言葉なく、頷きあう。
「……ま、確かに仕組み上はそーっすねぇ……」
「でも、加害者が被害者脅して届け下げさせるって宣言聞いて黙ってられるほど、ウチら腐ってねンだわ」
「やるっすよ、姉御」
「……許可する」
「あいよっ!」
コノカはショットガンを持ち上げ、銃口をこちらに────。
「……やめろ、と言ったのにな」"バシュッ!!"
右腕から放たれたワイヤーがコノカのショットガンに巻き付く。
ワイヤーを巻き戻し、銃を手元へ引き寄せた。
"キャルルル……パシッ"
飛び込んできた銃を掴み、くるりと構え直す。
「状況を考慮する気すら無いのなら、最初から問答無用で撃つべきだったな。それなら、私に打てる手は少なかった」
「お前たちの哀れなところだ。規律に縛られ、まともに引き金も引けない」
「軟弱な規則に縛られ、腐敗した組織をそのままに、なぜSRTが潰されたのか……甚だ疑問に思うよ」
「…………」
コノカの舌打ちが響く。
彼女を挟んだ路地では、カンナも撃てはしないだろう。
「……数分でいい。大人しく待っていてはくれないか」
「ずいぶん恣意的な解釈をされたものだが、ただの示談交渉を邪魔されてはかなわん」
「今の私にとっては、"ヴァルキューレと交戦した"という事実すら不都合なのだ。理解してくれ」
そっと携帯を取り出し……キーを入力しようと……視線が逸れた。
「……るっ……せえ!!」
「……ッ!!」
コノカが急に姿勢を低くし、こちらに突進してきた。
反応が一瞬遅れ、もろに喰らった私は地面に押し倒される。
背中にもろに衝撃が伝わって、意識が一瞬飛んだ。
視界が戻った瞬間には、目の前に拳が────。
"ガンッ!!"
「……ぐ……ッ!!」
後頭部が地面に叩きつけられ、くらりと意識が揺れた。
「さっきから、ゴチャゴチャ────ッ‼︎」
振りかぶられたコノカの拳が、スローモーションで迫る。
「ッ放せ!!」"ゴンッ!!"
義手をフルスイングし、彼女の側頭部に打ち当てる。
「がっ……!?」
コノカはぐらりと身体を揺らして、その隙を突いて彼女の腹を押し飛ばす。
彼女は換気扇にぶち当たって、地面に転がった。
「……動くなッ!!」
"タァンッ!!"
「……っ、ぐ……!」
胸に衝撃が走り、息が詰まった。立ち上がろうとした身体が、再び地面に沈む。
被弾した箇所から熱が広がり、背中へと流れていく。
(貫通、したか……ッ!!)
「がっ……うぐっ、ごほっ……!!」
咳き込み、力が抜ける。
カンナは銃口を向けたまま、ゆっくりと私に近寄ってくる。
「出血が……なぜ気絶しない?これ以上は……」
私のそばに立ったカンナは、狼狽したように眉を引きつらせた。
「……やって、ごほっ、くれたな……」
(……息が苦しい。肺をやられたか)
喉はひゅうひゅうと音を鳴らし、呼吸のたびに肺が萎んでいくのがわかる。
長く戦いすぎた。ついに、限界が来たのだろう。
(相手が銃を持っている以上、逃げ場はないな)
……こうなっては…………仕方ない。
「……私の、負けだ」
「先天性の疾患でね。私には、気絶によるセーフティは発動しない」
「……つまり……君がもう一度引き金を引けば、私は死ぬだろうな」
「放っておいても、長くはないだろう……」
動揺を隠せない様子で、カンナは口を開く。
「……安心しろ、降伏すればすぐに治療してやる」
ハッ、と笑い飛ばす。
「その必要はない。ここで私を殺せ……カンナ」
「捕まって火種となるくらいなら、私は死んでいた方が利益になる……」
「私の死で、社会の溜飲が下がるのなら……それでいい」
「あとは、リオが上手くやってくれるはずだ……」
「貴様、何を」
「さあ……撃て」
脱力し、カンナと視線を交わす。
彼女の目は泳ぎ、銃口は揺れている。
(……惰弱。)
「貴様は……ごほっ、人を殺す、覚悟もなく……警官を名乗っていたのか?」
「社会のために殺し、社会のために死ぬ……それが、法を担い、守る者の責務だろう……」
「……撃て、社会のために……私のせいで内乱に巻き込まれる、市民のために」
カンナは一瞬の瞑目ののち……ゆっくりと、銃をホルスターにしまった。
「……断る。貴様は生きて、罪を償え」
「……は、愚かな選択だ。」
(外傷性気胸に疲労と重度の出血。幸か不幸か、今すぐに動けなくなるような状態ではない)
……ここで死んでやるつもりだったが、気が変わった。
目の前の敵を倒し……生き残るとしよう。
ひゅう、と息を吐き出して、身を起こす。
"動くな"と伸ばされたカンナの手首を掴み、後ろに投げ飛ばした。
「ッ……やめろ!動くな!」
静止も苦痛も、私の身体を止めるには至らない。
「……気に食わん」
「手を汚す覚悟もなく、正義を語れると思っているところも……」
「銃を使わず、ごほっ、私に勝てると、思っているところもな」
「……貴様の考える正義と、私の信じる正義は違う」
カンナは腰の警棒を抜き、ゆっくりと構えた。
「……天城ルイ。貴様を逮捕する」
「そして……罪を償わせてやる」
「…………やってみろ」