ルイのセーフハウス/監禁部屋
あれから、セイアには私の想定する作戦内容を全部話した。
話を聞き終えたセイアは、"ふう"と息を吐いて、口を開く。
「……おおむね、理解できたよ」
「再確認しよう。君の計画はこうだ」
「ゲヘナ郊外で騒ぎを起こし、風紀委員を引きずり出す」
「途中でトリニティを介入させ、三つ巴の構図を作る」
「その後、相討ちを装って姿を晦まし、君一人を“共通の敵”として印象付ける……」
「政治的なストーリーとしても、裏切り者である君が"万魔殿に協力を要請する"というのは悪くない案だ」
「空崎ヒナは間違いなく阻止に動くだろうし、戦闘に至るまでの経緯も違和感ない……」
「"ゲヘナが君からの協力要請を跳ねつけた"という事実も、今後に響く物になるだろう」
「まあ、トリニティ側から見ると多少の粗はあるが……実際の戦闘となれば、疑念は覆い隠せるはずだ」
そう結論付けて、セイアはカップを持ち上げた。
「それで、作戦内容だが……3つの段階に分けよう」
「フェーズ1、ゲヘナ郊外で騒ぎを起こし、風紀委員を呼び寄せる」
「フェーズ2、事態の確認に来た風紀委員に目的を話し、空崎ヒナを呼び寄せる」
「フェーズ3、現着したトリニティ勢力とゲヘナ勢力と交戦。その後、相討ちの形を装って撤退」
指を三本立てて見せたセイアはそう言って、続ける。
「……こんなところか。では、一つずつ詰めていこう」
「まずはフェーズ1について、君が現状、どう考えているのか聞かせてくれるかい」
その尋ねに"ああ"と小さく頷きを返して、机に置いてあったタブレットの電源を入れた。
「少なくとも、フェーズ1については確実に成功すると見ている」
「……これを見てくれれば、話が早いだろう」
そう言って、デジタルマップ上に示されたマークを指し示す。
「作戦エリアは風紀委員の巡回ルート上に位置しており、不良グループのたまり場もある」
「騒ぎを起こしてから風紀委員が到着するまでの時間の予想もしやすいだろう」
そう伝えると、セイアは"ふむ"、と頷いた。
「……聞く限り、問題はなさそうだね、続きをお願いしていいかい?」
「わかった。では、フェーズ2について話そう」
「フェーズ2、風紀委員部隊の撃破。これもおよそ、問題ない」
「フェーズ1で呼び寄せた風紀委員、それらを叩けば空崎ヒナか銀鏡イオリが出てくる」
「出てきたのがイオリだったとしても、彼女を倒せばヒナが出てくるだろう」
「……銀鏡イオリ。たしか、狙撃手だったね」
「盾とショットガンでは分が悪い。君のことだ、なにか用意しているんだろう?」
セイアの尋ねに "ああ"と首肯し、タブレットの画面を切り替える。
そこには戦闘エリア内全域を覆う真っ赤な円が、いくつも重なっていた。
「当然、対策はある。見ての通り、戦闘エリア内全域を射程に収める迫撃砲と、榴弾砲を設置予定だ」
「狙撃を受けたとしても、射線から位置を割り出せば、爆撃で片が付く」
「ふむ……ずいぶん景気のいい話だね?」
「はは、資金には困っていないからな」
「その気になれば、君をこのまま一生養っていくことだってできるぞ?」
軽く茶化して返すと、セイアは"ふふ"と笑って、一区切りを告げるように息を吐き出した。
「……よし、フェーズ2は問題ないだろう」
「その前に、どのタイミングでトリニティ戦力を呼び寄せるか、先に決めておこう」
そう伝えたセイアの言葉に、無意識にお互い腕を組んで、思案の姿勢になった。
「……正直、そこは私も決めあぐねている」
「参戦が予想される戦力を列挙するなら、ミカ、ミネ、正義実現委員会あたりだが……」
「トリニティ側がどれだけの戦力を投入してくるかが予想できない以上、タイミングは慎重にならなくてはな……」
そう伝えると、セイアはそれを肯定するように"こくり"と小さく頷いた。
「とりあえず、君のした仕打ちを思えば……ミカは確実に来るだろうね」
「……そうだな。君を目の前で奪われておいて、黙っているということはないだろう」
ちくりと刺すような言葉にそう答えると、セイアは"ふう"と息を吐いて、話し始めた。
「……とはいえ、ミカが来るとするなら正義実現委員会は流石に来ないだろう」
「というよりは、"来られない"というべきかな」
「ミカがゲヘナ自治区内へ乗り込むことを考えると、過剰な戦力派遣は外交的リスクになるとナギサは判断するはずだ」
「特に、ツルギが参戦することは考えにくい……彼女は誤解を受けやすいからね」
「……同感だ。しかし、ミネは間違いなく来るだろうな」
そう伝えると、セイアはこくりと頷いた。
「確かに、ミネなら間違いなく君を止めに来るだろうね」
「ミカ、ミネ、空崎ヒナ……一人だけでも危険な相手だ」
「それを同時に相手取るとなると……やはり、厳しいのではないかい?」
セイアの問いに、私は首肯を返す。
「しかし、計画を遂げるためには超えるべき障害であることは間違いない」
「……そうか……なら、どうしたものか」
セイアと私はため息を重ね、沈思に耽る。
……蒼森ミネ。
圧倒的な武力、というより"救護"能力を持つ、私の師。
彼女が敵に回るとなると……かなり厄介だ。
正攻法では、まず勝てない。
その上、ミカも含めて戦うとなると……戦場を制御することは困難を極めるだろう。
最悪の場合、空崎ヒナと、見境なく暴れるミカに、ブレーキの壊れたミネの四面楚歌。
そうなれば、間違いなく戦争レベルの外交的火種となる。
最大の裏目は、"私の敗北"ではなく、"トリニティとゲヘナの関係悪化"だ。
私はなにより、それを避けることを優先して立ち回らなければならない。
結論と共に思案を終え、ゆっくりと顔を上げる。
「……ミカと、ミネ。どちらか片方の参戦は阻止する、あるいは遅らせる必要があるな」
私の言葉と同じ結論に至ったのか、セイアは小さく頷いた。
「そうだね……たとえば、どちらかにだけ偽りの情報を流す、というのはどうだい?」
「二人とも、頭に血が上っている時に情報の精査を待てるような性格じゃない」
「上手くやれば、2、3時間程度なら稼げるかもしれないよ」
そう言ったセイアに、私はそっと首を振った。
「すまない。悪くない案だが……」
「残念ながら、トリニティへ伝わる情報に齟齬が生まれる手段は取りたくない」
「トリニティへの情報がブレた場合、それがそのまま作戦の失敗に繋がりかねないからな」
そう伝えてセイアの方を見ると、名案が思い付いたとばかりに目をぱちりと開けた。
「君、モモトークはやっていたかな?」
「いや……知っているだろうが、私はモモトークを使わない」
「一応、業務連絡用のアプリがあるくらいだが、それも使い物にはならないだろう」
情報漏洩リスクを避けるため、私はモモトークを使用するのは避けている。
トリニティ内務用とミレニアム内務用のクローズドなアプリはあるが、この砂漠ではそれも役に立たないし、権限も剥奪されているだろう。
「そうだったね……なら、私のアカウントを使うのはどうだろう」
「……しかし、現状拉致されている君からのモモトークを簡単に信じるとは思えない」
「ふふ、そこは私が上手くやるさ」
セイアは笑って、自信ありげに言った。
……確かに。彼女なら信用させるのも簡単だろう。
きっと、うまくやる自信があるんだろうが───。
一瞬の思考のあと、私は首を振った。
「……いや、やはり駄目だ」
正直、その程度で露見する可能性は低いだろう。
だが万が一を考えると、セイアの手を汚すわけにはいかない。
「この作戦がどうなろうと。君には最終的にティーパーティーに復帰してもらう」
「その時に、百合園セイアの手は潔白でないとならない」
そう伝えると、セイアはぴくりと耳を震わせて、"はあ"と息を吐いた。
「……いまこの"お茶会"で、十分に汚れていると思うがね……まあ、わかったよ」
確かに、この"お茶会"を以って、セイアは立派な"共犯者"になってしまった。
しかし詭弁ではあるが、露見しなければ潔白に等しい。
しかし陽動に加担するなど実際の行動が伴うとなると、リスクは跳ね上がる。
セイアもそれは理解しているだろう。
「……しかし、呼び出すというのは悪くない案だ」
「多少強引な手段を用いるとしても、検討してみる価値はあるだろう」
そう語った私に、セイアは"そうだね"と続けた。
「なら仮に、どちらかを事前に撃破、拘束するとしてだ」
「君はミネとミカ、どちらになら勝てると思う?」
セイアはそう問いかけ、私の答えを待った。
「どちらになら、か……」
───難しい問題だ。
"事前に"となると、ゲヘナ内での戦闘ではなく、別の状況で戦闘を行う必要がある。
「私はミネとの訓練で、彼女に勝ったことがない」
「セイア。一度、ミカについて君の意見を聞いてもいいか?」
そう尋ねると、セイアは"ふむ"と唸る。
「……私の考えだが、事前に拘束するターゲットはミカの方が良いだろう」
「ふむ、その理由を聞かせてくれ」
そう尋ねると、セイアはひとつ頷いて話を続けた。
「判断基準は、空崎ヒナとの相性だ」
「作戦中、ヒナの後方から隕石による妨害に徹されるのが最も危険だと私は考える」
「私はミカの戦闘を何度か見たことがあるが、あの隕石は狙いが正確な上、地を割るような威力だ。当たれば無事ではすまないだろう」
「……なるほど」
セイアの言う通り、あの隕石と共に支援に回られた場合は手も足も出ない。
それから一拍置いて、セイアは続ける。
「逆にミネだが、彼女の場合、ミカと比較しても空崎ヒナと連携する可能性は高い」
「しかし……ミネの戦闘スタイルを鑑みるに、彼女は空崎ヒナの制圧射撃の邪魔になる」
「接近し、立ち位置に気を付ければ実質的には一対一。そのような状況が作りやすいだろう」
そう言って、"これが私の考えだが、どうかな" と、セイアは言葉を締めた。
「確かに、ミネの戦い方はヒナの邪魔になる、妨害も容易だろう。いい考えだ」
視線が交わると、セイアは満足そうに頷いた。
「決まりだね……とりあえず、作戦の実行前にミカを誘き出し撃破、拘束する。」
「よって、実際の作戦ではミネの参戦を想定する……ということでいいかな」
「ああ、それでいい」
「……よし、では話を戻そうか」
セイアは話に一区切りをつけるように紅茶を飲み干して、カップをソーサーに戻した。
「……どのタイミングでトリニティ戦力を呼び寄せるか、だな」
「これは、ミネを参戦させるとして仮定して進めよう」
「聞く限り、彼女は私を探しに出ているようだ。つまり、参戦タイミングのブレが大きい」
「そうだね。……そして、その時点では聖園ミカは行方不明」
「状況から、ナギサは十中八九、ミカがやられたと解釈するだろうね」
「つまり、ナギサが正義実現委員会を派遣することは想定するべきだよ」
セイアは補足するように言った。
「確かに、ミカが居ないならナギサがどう動くか判断できない」
ナギサは一度、精神的ストレスから"暴走"したことがある。
"エデン条約事件"の際にセイアを喪い、自分の身すら危険な状況に陥ったとき。
彼女は自分自身を捨て駒にし、裏切り者の排除を図った。
それは友人を護るためであり、深い友愛から来た行動であることは間違いない。
────つまり。
ミカとセイアを失ったナギサは仇である私を滅ぼすため、トリニティ全体を巻き込んだ捨て身の作戦でくる可能性がある。
「……ミカも私も、それに君も居ないナギサか……」
「その心労は察するに余りある。今更ながら、ナギサにはかなり酷い仕打ちをしているね?」
そう言って、セイアは私をじっとりとした目で見つめる。
彼女の言葉は、私の胸にずきりとした鈍痛を与えた。
「……私も、ナギサの負担については懸念している」
「少なくとも、ミカを開放する際には君の無事も伝えさせるとしよう」
……私の決めた道だが、ナギサには負担を掛け過ぎている。
彼女が倒れるような事態は、私としても避けたい。
彼女の精神的負担が度を超すようならば、どうにかして緩和する必要がある。
……しかし、今だけはそれができない。
周りがうまくサポートできていると良いが……。
思案する私をちらりと見て、セイアは、すぅと息を吸い込んだ。
「────なあ、ナギサも味方に引き込まないか?」
「っ……」
セイアは重く、心からの願いかのような声色で、私にそう提案した。
しかし、私はその提案に頷くことはどうしてもできなかった。
「……すまない。」
重苦しく首を振って、続ける。
「……確かに、ナギサを味方に付けられれば計画は成功に近付くだろう」
「だが……それはできない」
「それは、失敗のリスクが極限まで引き上がることを意味するからだ」
「ティーパーティーがゲヘナへのテロに関与したと露見すれば、トリニティごと共倒れになりかねない」
そう説明すると、セイアは少し残念そうに目を伏せた。
「……君の味方をすると決めた以上は仕方ないと割り切るが、私はいま罪悪感で涙の一つでも流したい気分だよ」
彼女はそう冗談めかしたが、これはまぎれもない本心だろう。
「……謝って許されるようなことではないが、全てが終わったら、ナギサには全てを差し出すつもりだ」
「君にも、負担を強いて申し訳なく思っている」
そう伝えて、セイアに頭を下げる。
しかし、彼女は悲しげな表情を浮かべていた。
「……ナギサはそんなことを望んでいないだろう」
「君が真にするべきなのは、説明と謝罪だが……君はきっと、できないと言うのだろうね」
悲哀に満ちたその言葉が、私の胸を刺した。
「……その通りだ、私は最後まで敵であるべきで、同情はリスクにしかならない」
そう告げるとセイアは特段大きく、わざとらしくため息を吐いた。
「はぁ……わかったよ、ナギサを味方に引き込むのは諦めよう」
「しかし、それはトリニティが戦力を過剰投入してくるリスクを意味するよ」
「……理解している。が……このリスクは負わざるを得ないだろう」
「まあ、なんにせよ来るとして考える方が有意義だ。正義実現委員会との戦闘も視野に入れて考えよう」
……それから、私たちは作戦について深く話し合った。
「────よし、ある程度煮詰まったな。切り上げる前に、一度軽く話を纏めよう」
「ああ……私も少し疲れてきたところだ……んぅ」
セイアは一旦椅子から立ち上がり、伸びをして……ふたたび座り直した。
「よし、今回議論した作戦を、便宜上"ゲヘナ強襲作戦"と呼ぼう。これを、4つのフェーズに分けた」
"続けていいか?"と目配せすると、セイアは軽く頷いて、傾聴の姿勢を見せた。
「フェーズ0、作戦開始前に聖園ミカを誘い出し、撃破、拘束する。これに伴い、フェーズ2で蒼森ミネの参戦が確定的になる」
「フェーズ1、ゲヘナ自治区郊外で不良グループと派手に戦闘を起こし、風紀委員を呼び寄せ……十分な騒ぎになったと判断した時点でトリニティへ私がゲヘナにいることを知らせ、その時点で完了とする」
「フェーズ2、誘い出した風紀委員に目的を説明し、拒否されたことを確認して撃破。それによりヒナが参戦する、あるいはトリニティ勢力が参戦した時点で完了とする」
「フェーズ3、ヒナ及びトリニティ勢力を撃破あるいは撤退に追い込む。これは勝利が目的ではなく、可能なら両方、最低でも片方にある程度被害を出して撤退することを目的とし、撤退、帰還をもって"ゲヘナ強襲作戦"完了とする」
「……今回の会議を纏めるとこのような感じだ、異存はあるか?」
「いや、異存はないよ」
その答えを聞いて、私はお互いに頷きあう。
「……では、これをもって会議は終了としよう」
「お疲れ様、セイア」
「ああ……お疲れさま」
そう言ったセイアは、微笑みながら椅子を立った。
「……ありがとう、長く付き合わせてすまなかった」
「ふふ、これが君にとって有意義な時間になったならいいさ……」
「とはいえ、少し疲れた。私はしばらく横になろうかな」
そう言って、セイアはベッドサイドに腰掛け、ゆっくりと体を倒した。
「ああ、おやすみ……」
さて、私も用事を済ませるとしよう。
ティーセットを片付けながら、今日の予定を振り返るのだった。