夕方:アビドス砂漠/道路
────夕暮れの砂塵の中、帰路を進む。
セイアとの作戦会議の後、私は業者に注文していた最後の迫撃砲を回収し終え……現在、拠点に戻るところだ。
ドリンクホルダーのコーヒーを一口飲む。
眼前に広がる砂漠に、光るものがひとつ。
夕焼けを反射する、黒々としたトラック。
進む道は一本しかない。
……当然、すれ違うことになる。
(一応、顔を隠しておくか……)
サングラスを下ろし、顎のマスクを引き上げる。
トリニティやミレニアムなら即座に治安当局が飛んでくるような風貌だが、ここはアビドス。
多少見た目が怪しいくらいで、通報されることは無いだろう。
……そんなことを考えている間に、対向からトラックが接近してきた。
(重装甲化されているな。妙なペイントが──ああ、ヘルメット団か)
運転手はヘルメットを外しているが、後部の荷台に6人、ヘルメットを被った人間が乗っている。
ヘルメット連中はこちらをじろじろと見ているが……流石にこちらへ攻撃はしてこないだろう。
何人乗っているとも知れない装甲車に喧嘩を売るほど、連中も愚かではないはずだ。
……念のため、ミラー越しに彼女達の動きを追う。
────すれ違いざまに、荷台の連中が車両後部にライトを当てていた。
運転席に向け、なにかを言っている様子。
「……チッ!!」
案の定、車両はUターンして後方から猛スピードで追い上げてきた。
「……面倒な真似を……!!」
負けじとアクセルを踏み込み、急激にスピードを上げる。
唸りを上げるエンジンと共に、砂漠のカーチェイスが始まった。
「こんなことなら、突撃剣を持ってくるべきだったな……」
ぐん、と慣性が私に圧し掛かる中、ミラーで後方を確認する。
連中は荷台から身を乗り出し、銃を車両の下部に向け────。
(……パンクさせるつもりか)
こちらはコンバットタイヤ。
一般的な銃弾程度なら、問題なく耐えられる。
(……この間に、距離を引き離せるか……)
疾走する二台の車両は、目の前にそびえていた丘を越え……直線道路に差し掛かる。
「……まずいな……」
この先は、数キロ続く直線道路。
直線と見て相手が急加速したのを見て、私もさらにギア上げる。
しかし────速度が上がり切らない。
(荷物が重すぎる……なら……!!)
追い上げてくる相手との距離が徐々に近付き、背後に迫ったのをミラーで確認し───。
────今だ。
ハンドルを勢いよく右に切って──サイドブレーキを引く。
"ギャギギギギィィィッ!!!!"
けたたましい音と共に車両がスリップし、回転して対抗車線へとターン────後方から突っ込んでくるトラックを回避した。
「……!!」
"ドッ!!……ズザザァッッ!!!"
ショットガンを抱えて飛び降り、道沿いの砂丘へと転がり込む。
先程まで私の真後ろにいたトラックは、止まりきれずに大きなブレーキ音を立てながら停止した。
ブレーキの慣性で投げ出された荷台のヘルメット団たちが起き上がる前に、死角から距離を詰める。
「ぐう……っ……ヘルメットが……!」
「早く立て!」
「おい!運転手はどこだ!」
「……乗ってない!」
「相手は一人だ!探せ!!!」
「「「「「「了解!」」」」」」
部隊長と思われる団員の号令と共に、ヘルメット団たちは行動を始めた。
(やはり、一人だと気付かれていたか……道理で、襲ってきたわけだ)
中の荷物を見られたか?
……いや、今はどうでもいい。
声の方向から察するに、連中は散開したようだ。
周囲は遮蔽物の少ない砂漠ゆえに、逃げ場はないと判断したのだろう。
現状は道路脇の斜面に身を隠しているが、見つかるのは時間の問題だ。
"カチ"、とショットガンのセーフティを外す。
すれ違った時に見えた連中の装備は一般的なアサルトライフル。数は7。
防弾コートを着ているとはいえ、飛び出して集中射撃を受けるのは危険だ。
こちらはショットガンとハンドガン。
発煙弾もあるが……状況は良いとは言えない。
(突撃剣を置いてきたのは失敗だったな……)
しかし、反省などしても現状が変わるわけではない。
「……よし」
"タァン!"
ハンドガンを頭上に向け、撃つ。
「……そこか!!」
"ダッ!!"
銃声を聞き付け、近くにいたヘルメット団の一人が大きな足音を立てて接近してくる。
(……来たな……!!)
足音をギリギリまで引き付けた所で──斜面から飛び出す。
"ダァン!" 「ッぐぁ……!!」
相手がこちらに銃を向ける前に、頭を狙い撃つ。
ヘルメットのバイザーが割れ、吹き飛ばされたヘルメット団のヘイローは消えた。
────まずは一人。
「一人やられた!!」
「囲いこめ!!」
叫ぶような号令と共に、残りのヘルメット団が集まってくる。
再び斜面に身を隠し、コートの内側から取り出した発煙弾を道路側、気絶したヘルメット団員に向けて投げ込む。
"カラ……バシュウウウウゥゥゥ……"
煙を吹きだした発煙弾は、吹出音と共に周辺を煙で包み込んだ。
(……これで、数的不利はある程度ごまかせるが……)
敵の視界は遮った。しかし当然私の視界も遮られる。
「ウッ……スモークグレネード!警戒しろ!」
「ゲホ……下がれ!煙の外まで離脱してお互いの位置を……グ……ッ!把握しろ!」
「私の声の位置まで後退!レーザーサイトを付けろ!」
残ったヘルメット団たちが大声を上げ、どたどたと一斉に後退していく。
連中の部隊長は優秀らしい。即座に数的有利を崩さない判断をし、連携も早い
……混乱に紛れて飛び出す予定だったが、これでは難しい。
とにかく体勢を立て直すべく、私は後退を始めた。
────あれから、数分ほど経った。
日没に差し掛かり、辺りは既に薄暗い。
状況は膠着。
風が強く、煙幕も長くは持たない。
現状変わらず、1対6。
ヘルメット団は自分たちのトラックまで後退し、防御を固めたようだ。
そして、私も装甲車まで後退した。
乗り込んで強引に突破でもいいが……ここは直線道路。
牽引も含めて荷物を満載した装甲車ではトラックより速度は出ない。
追い付かれて、横転させられたら詰みだ。
(しつこい奴らだ……)
連中からすれば、装甲車と満載された物資を奪える上に、相手は一人。
ここまで美味しい相手はそういないのだろう、相手は有利状況を崩すまいと動かない。
────いや、いいことを思い付いた。
急ぎ、牽引していた迫撃砲を外し……相手のトラックの方向に押し向ける。
相手の位置は煙幕で見えないが、発煙弾の噴出地点は煙の動きで予測できる。
そしてそこには、気絶したヘルメット団が一人。
────思い出せ……敵の位置を、光景を。そこから敵との距離を割り出せ。
携帯デバイスの弾道計算機を片手に、相手との距離を推測し、弾道を割り出す。
(距離およそ230m、高さは……いや、牽引なら車輪の分仰角を下げられる。ならば、直射での命中を狙うべきだ)
迫撃砲に携帯デバイスを接続し、直射用の照準器を呼び出す。
推測した敵の位置に狙いを定め……固定した。
発射直前で。一つの問題が浮かび上がる。
────仰角が水平に近いため、落下による撃針作動の信頼性が低い。
このまま砲弾を入れて、作動しなければ終わりだ。
(確実性を求めるのなら、直接叩き込むしかないか……!!)
持ち上げた砲弾を砲口へと合わせ、撃針に叩き付けるよう。
(外せば終わりだ。だが────)
""ズドォン!!!!""
(外れる事はない!)
文字通り耳をつんざくような爆発音と共に砲弾が発射され……煙を貫いて飛んでいく。
「ッ……ぐッ……!」
"────────"
聴覚保護が遅れた。
脳が直接揺さぶられるような衝撃を至近で受け、その場に倒れ込みそうになる。
(……まずい、ここで倒れては……!)
ショットガンを杖代わりになんとか立ち上がり、相手の陣取った方向に目を向ける。
立ち込めていた煙幕は爆風で吹き飛ばされ……目に映ったのは、鉄屑と化したトラックの残骸。
メラメラと燃えるその鉄屑の周囲には、吹き飛ばされたヘルメット団員たちが転がっていた。
(1、2……3……)
明滅する視界とキインと脳を痛めつける耳鳴りを抑え、車両の裏からなんとか目視で倒れた敵を数える。
(4……5────数が足りない)
周囲を見回す。 姿はない。
聴覚が使い物にならない以上、一度身を隠し、安全を確保するしかない。
即座に装甲車に向かって後退し、運転席に飛び乗ろうとする。
────車体側面に、反射する光。
「ッ!!」
"ダダダダダダッ!!"
即座に飛び降り、地面を転がって銃撃を躱す。
低く立ち上がって相手の方向にハンドガンを向け、牽制するように連射する。
"タタタタァン!"
"ダダダダダッ!"
一瞬の撃ち合いの末、私は装甲車の裏に滑り込み……身を隠した。
「っハ……っ……ハアッ……!」
(迂闊だった……!)
乱れた息を整える。
口内に流れ込んできた砂を吐き出し、口元を拭った。
……背中と脚部に数発被弾した。
コートによって防がれはしたが……それでも、打撲によって息苦しい。
(…………)
ショットガンは飛び降りた時に落としてしまった。
ハンドガンの残弾も連射したせいで残り4発と心もとない。
(4発。まずいな……)
残弾を確認して、マガジンを戻す。
相手はひとり。しかし後退する時に見えた相手のヘルメットは、バイク用などと違って本物のフルフェイスヘルメット。ハンドガンの弾で貫通するのは厳しい。
おそらく連中の部隊長────先程の指揮といい、実力はかなり高いはずだ。
未だにキィンと響く耳鳴りのせいで思考はままならないが……視覚は随分安定してきた。
(……デバイスがあれば音方位センサーが使えるんだが……)
内心で舌打ちをする、デバイスは先ほど迫撃砲と接続したままだ。
残弾がない以上、遠距離から有効打を与える事もできない。
とはいえ接近するには危険なうえ、そもそも位置を把握する必要がある。
相手もこちらの出方を伺っているのか……気配はしない。
格闘戦に備え、両手にバンテージを巻く。
……日も完全に落ち、辺りは月明かりに包まれた。
(どうする……)
努めて落ち着き、ハンドガンを握る。
その時、光が辺りを照らした。
(フラッシュライト……)
暗所の戦闘では、よく使われる手だ。
眩い光で相手の目を潰し、自分はその光によって良好な視界を得る。
(セオリー通りの、"良い"判断だ……)
────いいぞ、おかげで位置が把握できた。
……勝機はここだ。
装甲車の裏から、光が近付いてくる。
ゆっくりと、隣の地面を照らす光が強く、細くなっていく────光の根本はすぐそこだ。
深く、呼吸する。
(────今だッ!!)
「なッ……!?」
勢いよく装甲車の陰から飛び出し、腕を前に頭を護りながら相手に突進する。
向けられた銃口から、無数の弾丸が襲い来る。
しかし、それは私を止めるには足りなかった。
ついに相手の懐に飛び込み、ライフルのバレルを掴む。
「……捕まえたぞ……!!」
────これで射撃は封じた。
「ぐっ……バカがッ!」
"ダダダダダダダダダダダダッッッ!!!"
しかし相手はそれをお構いなしに、アサルトライフルを乱射する。
(…………!)
バレルが赤熱しはじめ、ジュウと手が焼ける感覚がする。
「ぐ……うっ!!」
(この程度で、離すものか……!)
"──ダダダッ……ガチッ!"
────弾切れ。
「クソッ───」
「舐めるなよッ!!」"ガアンッ!!"
力任せにアサルトライフルを奪い取り、そのまま鈍器として殴り飛ばす。
「ぐぁッ!!」
「倒れろ!」
"ガスッ!!……ドサッ!"
殴打で体勢を崩した所に追撃の蹴りを放ち、地面へと転がす。
「……抵抗するなよ、すぐに気絶させてやる」
"カアンッ!!"
ヘルメットを蹴り飛ばす。
「……ひッ!!」
露になった素顔。
怯えた視線が、私と重なる。
……その顔に、全力で銃床を振り下ろす。
"ガンッ" 「ぐっ……!」
"ガスッ" 「うあ゛っ……!」
"バキッ" 「や゛めっ……!」
"ゴンッ" 「ぅ゛ッ───」
最後には、ヘイローが消え────決着が付いた。
「……ぁ゛あ……クソッ……痛い……」
"ガシャンッ……"
アサルトライフルを投げ捨て、その場にへたり込む。
突進したときに、正面からかなりの被弾を受けた。……おかげで、体中が痛い。
何発かは防弾服を貫通し……肌に突き刺さっているようだ。
なにより、先ほど負った火傷が酷く痛む。
「……まずは、治療しなければ……」
這いずるようにして装甲車へと戻り、応急処置用の薬箱をグローブボックスから取り出す。
消毒液を乱雑に服の中へビシャビシャと流し込み、鎮痛剤を数錠、水で無理やり胃に押し込んだ。
(…………)
そして……火傷を負った左手のバンテージをゆっくりと外す。
「うッ……ぐ……ッ!」
赤熱したバレルを強く握ったままだったためか、皮膚が爛れて固まりかけており、一度手を開き直すだけでも凄まじい痛みが襲ってきた。
……しかし、このままでは悪化するだけだ。
歯を食いしばり、指を開いていく。
気合で開かせた手に、強力な鎮痛作用がある軟膏をこれでもかと塗りたくり……上からバンテージを巻き付けた。
(一旦、これで凌ぐしかないか……早く帰って、本格的な処置をしなければ)
……だが、このまま帰るわけにはいかない。
放り出したままのショットガンや、道に置いたままの迫撃砲を回収する必要がある。
こんな小競り合いで、計画を台無しにすることはできない。
たとえどんな傷を負っていようと……身体が動くのならば、やらなければならない。
諦観にも似た決意をもって、装甲車から降りる。
痛みに震える手でなんとかショットガンを拾い上げ、車内へ投げ込んだ。
(迫撃砲の連結……考えるだけで嫌になる。……早く帰りたい)
なんとか迫撃砲を装甲車の後ろまで押し、牽引用のパーツを固定する。
────普段なら数分で出来る作業に、十分以上かかってしまった。
その間に鎮痛剤が効いたのか、ある程度痛みと眩暈、耳鳴りが落ち着いた。
後はこの場を離れるだけ……という所で、先ほど殴り倒したヘルメット団の指揮官が目に入る。
(……折角だ、情報が欲しい。……私を襲った代償として、頂いておこう)
気絶している指揮官の身体を漁り、スマホを奪う。
スマホをポケットに入れて、装甲車に乗り込んだ。
────運転中の暇で、肘でハンドルを操作しながら奪ったスマホで色々と調べていれば……色々な情報が手に入った。
やはりティーパーティー・百合園セイアの拉致は連日、大々的に報道されている。
当然、その主犯たる私の顔も乗っている。
クロノスの報によると、ヴァルキューレ・シャーレ・トリニティが連名で私を指名手配、情報を募っているようだ。
事件に際して、ナギサの演説や拉致現場の状況を知るミカの証言。
他にも私の知り合いが何かしら言っている動画も乗っていたが……ナギサの演説だけは、どうしても見る気にはなれなかった。
───動画のサムネイルに映ったナギサの顔が、かつてないほどに虚ろだったから。
「…………」
得るべき情報を把握して、溜め息と共にスマホの電源を切る。
未だ疼痛滲む左手を撫で、拠点への道を急いだ。