深夜:アビドス近郊/ルイのセーフハウス
ガレージに装甲車を停め、車を降りる。
積載した装備や物資を降ろすのは一旦諦め、ゆっくりと拠点へ通じる階段を降りた。
(……これで、ひとまず安全だ……)
安心感と共に、疲労と抑えられた痛みに加え……さきほど大量に服用した薬の副作用である眠気が押し寄せてきた。
ふらふらと今にも力が抜けそうな足を理性で押さえつけ、壁に手をついて処置室へと歩いていく。
(まずい……意識が、今にも飛びそうだ……)
ぐらり。
手を付こうと椅子に伸ばした手が空を切り、床に倒れ込んでしまった。
"ガタン!"と音を立てて共に倒れる椅子。
「ぐ、うぅ……」
左手を庇ったせいで右腕を強打し、呻声が漏れる。
このままではまずい……立て、たて────。
(……っ……だめだ、めが、あかない……)
無様に睡魔の手に屈した私は、意識を手放した。
side:セイア
深夜、ルイが帰ってきた音で目が覚めた。
こんな夜遅くまで出歩かない方が良いだろうに、と思いながら……再び目を閉じる。
────"ガタン!" という大きな音と共に、小さな呻き声が聞こえた気がした。
「……ッ!!」
飛び起きる。
慌てて扉を押し開けると、すぐ目の前でルイがうつ伏せに倒れていた。
「……ルイ?!」
駆け寄ってよく見てみると、砂に塗れた外套は穴だらけで……ツンとした消毒液の香りと、鉄の臭いが漂っている。
「大丈夫か!?」
脈を取ろうと彼女の手を握ると、"べちゃり"と嫌な感触がした。
恐る恐る、目を向ける。
包帯の隙間から見える手のひらが、血と滲出液が混ざった赤黄色の粘液に塗れていた。
「……ッ!!」
───酷い火傷だ。傷の具合を見るに、ここまで帰ってくるのが限界だったのだろう。
脈は安定しているが、意識が戻らない。
深呼吸で冷静さを引き戻し、奥の部屋──処置室へと目を向ける。
……設備の説明は、軽くだが受けている。
(……やるしか、ないか……!!)
なんとかルイを抱え上げ、医療用のベッドまで運び込む。
「う……酷いな……」
服を脱がせると、顕になった肌には二十はあろうかという打撲痕と、外套を貫通した複数の弾頭が胸部や腹部に突き刺さっていた。
───幸い、皮膚を貫通した程度で体内までは侵入していない、腹膜や臓器の損傷はなさそうだ。
……たしか、部屋の本棚に外科処置の本があったはずだ。
素人の役に立つかは分からないが、道具はある……無いよりはマシなはずだ。
────急いで部屋に戻り、本棚を漁る。
「……はぁ……はぁ……!!」
動揺のせいか、運動のせいかか……息が切れる、落ち着け────落ち着くんだ。
深呼吸をしながら、外科処置の教本を探し出し、取り出す。
「あった……!!」
目次を流し見る。
銃弾の摘出及び予後処置────これだ。
ルイの眠る処置室へと戻り、必要な道具を引っ張り出す。
「……道具は揃った……やるんだ……!!」
言い聞かせるように呟き、覚悟を決めた。
……本の教示に従い、メスとピンセットで突き刺さった弾丸を取り除く。
からん、と音を立ててバットに弾頭が転がった。
それが一つ、二つと増えていくたびに、胸の奥が締め付けられる。
体内に貫通していなかったとはいえ……いくつかはかなり大きな傷だ。
この後は縫合キットを使い、簡易的にだが傷を塞ぐ必要がある。
頼りになるのはこの教本だけ。それでも、やるしかない。
(傷痕は残るだろうが……すまない……)
ルイの肌に細い針と糸を通し、傷を縫って塞ぐ。
流れ出す血の雫を拭き取りながら、何度も同じ作業を繰り返し……ついに、縫合が終わった。
丁寧に傷口を消毒して……いったんは、これで良いだろう。
脱がした外套の状態を見るに、背中には弾が貫通していないはずだ。
なら、次は───。
教本の"Ⅲ度火傷の処置"のページを開く。
「う……」
参考例として示されている写真を見るだけで、気分が悪くなる。
……いや、目を背けるな、やらなくてはならないんだ。
一度、目をギュウと瞑り……目を開ける。
(こんなことなら、私も救護騎士団の講習を受けておくべきだったね……)
滲む後悔を噛み潰し、だらりと伸ばされたままのルイの左手を処置用の台へと乗せる。
巻き付けられたバンテージを剥がそうとすると、凝固した体液と血液が、ペリペリと小さな音を立てて剥がれていく。
その度に体をぴくりと震わせるルイに心を痛めながら、バンテージを外し終わった。
(……これは、酷いな……)
焼け爛れた手のひらからはいまだ血液が滲出しており、痛々しい。
「……痛むだろうが、我慢しておくれよ」
そう呟いて、深呼吸する。
鼻腔を抜け、胸に広がる血の臭いはもはや不快にも思えない。
私が、彼女を救う。
その覚悟が、私を突き動かしていた。
ピンセットとメスを使い、丁寧に焼け、壊死した部位を切除していく。
処置台が彼女の血肉まみれになっていく。
ライトで強く照らしながら、表皮や焦げついた肉を全て除去し……抗生剤配合の軟膏を塗布して再度、包帯を巻き直す。
包帯を巻いた手を袋で包み、手首で緩く縛って……処置は全て完了した。
「……これで、全部か……」
────額の汗を拭う。
ずいぶん、時間が経った。
いまだ眠り続けるルイの表情は、心なしか和らいだ気がする。
最後に、ルイの体に付いた汗や血を清潔なタオルやガーゼで拭き取り……傷跡を包帯で覆って消毒を済ませた。
……処置は、一旦これで良いはずだ。
(私にできる事はこれですべて。最善は尽くした……)
ぷつりと集中の糸が切れ、床にへたり込む。
「……はぁ……」
……そうだ、ルイが目覚めたら食べられる物を用意しておこう。
そう思って、キッチンに立つが……自分があまり料理のできるタイプでは無いことを思いだした。
(……いや、それでも用意しなければ……とても、体力を消耗しているだろう)
本来なら点滴を打ってあげるべきなんだろうが……教本には緊急時の外科処置についてしか書かれていない。
あの作業を手探りで行うことは、とても出来ない。
だとしても……やれることは、やってあげたい。
焦る気持ちを抑えながら、冷蔵庫を漁って材料を見繕う。
(……この材料で私に作れるものは……サンドイッチくらいか……)
メニューが決まれば、話が早い。
冷蔵庫から卵を取り出し、軽くかき混ぜて火にかける。
強火で焼いたら少し焦げたが、すぐに火を弱くしたので大丈夫なはずだ。
出来上がった卵焼きにケチャップをかけてパンで挟み、十字に切って四つに分ける。
……これなら、片手でも食べやすいはずだ。
出来上がったサンドイッチにラップをかけて、彼女の眠るベッドの横に置く。
「…………」
眠るルイの寝顔を観察する。
彼女は小さく寝息を立てていて、安らかなそれは私にも安心を齎した。
(……よかった。)
はあ、と安堵を吐き出して……すぐ近くのソファに、私も身を横たえた。
「ルイ。あまり、無茶はしないでおくれよ……」
祈るように呟いた言葉は、お互いの間に消えていった。