昼:アビドス近郊/ルイのセーフハウス
「────……?」
目が覚めた。
「……痛っ……ぅあ?」
私は……いや、帰って来たはずだ。
それで────そう、倒れた。
痛む身体に鞭打って、上体を起こす。
……診療台の上……なぜ服が脱がされて────。
ブランケットを捲ろうとすると、火傷を負った左手に処置が行われていることに気付いた。
(きちんと処置されている……)
壊死部位の除去から、保温保湿に抗生剤の塗布まで。
医学的見地に基づいた処置が、きちんと行われているようだった。
(いったい誰が……いや、この場に居るのは私とセイアだけだ)
周囲を見回す。
……隣のソファで眠っているセイアが目に入る。
そして、ベッドの机に乗せられたサンドイッチと、小さな手紙も。
「……」
ベッドサイドに腰掛け、サンドイッチを一つ手に取り、食べながら手紙を読む。
"倒れている君を見つけたので、教本頼りで拙いだろうが、処置をした"
"机の上に置いてあるサンドイッチは君のために作ったものだ、体力を消耗しているだろう、とりあえず食べてくれ"
"君が目覚めた時、私は眠っているかもしれないから、遠慮なく起こしてほしい"
手紙を読み終え……固く、目を閉じた。
胸中に渦巻く不甲斐なさに、胸が震える。
……セイアが居なければ、私は今ごろどうなっていたか。
教本と設備があるからといって、怪我人に処置を行う。
それも、重度火傷の処置や傷口の縫合とは。
……決して、容易なことではない。
どれだけ勇気を出したのだろう。
経験のない彼女が、人の身を切り、繋ぐなどと。
私の油断と驕りが招いた結果を、彼女が救ってくれた。
……この恩は、簡単に返せるようなものではない。
礼をしなければ、と手紙を伏せようとすると……裏にもなにか書いてあることに気が付いた。
"私が倒れている君を見つけた時、どのような気持ちだったか、少しは考えて欲しい"
"君はなにもかも一人でやろうとする悪癖がある。何度も言うように、個人の力には限界があるんだ"
"もっと私を、そうでなくても誰かを頼ってほしい"
"言いたいことはいくらでもある、だから、起きたら話をしよう、ルイ"
「…………セイア」
……私は、彼女を深く傷付けてしまったようだ。
情けない。
セイアの言った通り、私は思い上がっただけのクズだ。
無意識に握った拳は行き場を失い、空を切った。
「──ん……」
……私の呟きが聞こえたのか、セイアが目覚めた。
「……おはよう、セイア」
私がそう声をかけると、セイアはがばりと勢いよく起き上がって、私の隣にやってきた。
「傷の具合はどうだい?痛むだろう?……大人しくしていてくれ」
セイアは寝ぐせの付いた髪を気にも留めず、焦りを滲ませながら心配そうに問いかけてくる。
「────ありがとう、セイア」
セイアを抱き寄せる。
「君のおかげで、私は無事だった」
「君が居なければ、今頃どうなっていたか……」
そう伝えると、セイアは私をゆっくりと、優しく抱き返してきた。
傷に障らないように気を使ってくれているのだろう、その優しさが痛いほど伝わってくる。
「……わたしが……どれだけ心配したと思っているんだい……?」
彼女の声は震えている。
「…………すまない」
そっと背中を撫でる。
「……君が友人を失いたくないと思うように……私も、君を失いたくないんだ」
「どうか、理解してほしいものだね……!!」
「……心配してくれて、ありがとう」
"ぐす" と鼻をすすって、セイアは一度深呼吸をした。
「一度だけ、一度だけでいい、聞かせてくれ」
震えた声で縋るように、セイアは呟く。
「……ああ」
出来るだけ、優しい声色で返答する。
「……こんなことはもうやめにして、私とトリニティに戻らないか……?」
「……」
「君の考えも、目的も理解している、その上で協力すると、味方すると言った……!」
「だが……君が倒れている姿を見て、"私が止められなかった"からこうなったんだと感じてしまった」
「だから、お願いだ……」
「ナギサも、ミカも、ミネだって、話せばわかってくれる」
「なにも、君一人が背負わなくていいんだ」
「皆で、背負えばいい……もし"トリニティ"が、他の誰もが君を許さなかったとしても、私は君を許そう。だから……」
"帰ろう"とそう言いかけたセイアを、再び強く抱きしめる。
「……セイア、前にも言った通り……私には勝算があり、そのためにあらゆる準備をしてきた」
噛んで含めるように、優しく伝える。
「…………ッ」
賢いセイアのことだ、枕詞だけで全てを察したのだろう。
彼女の大きな耳がぴくりと跳ね、垂れていくのが目の前で見えた。
それでも、続ける。
「……ブラックマーケットでの装備調達、他校自治区内の違法調査に、作戦に使うデータ収集……」
「私は既に、皆の知る"天城ルイ"とは似ても似つかないほど醜い犯罪者なんだ、セイア」
「……私は止まるつもりもなければ、止まることもできない」
「唯一出来るのは、終わりへと向かい……進むことだけだ」
「……だとしてもだ、ルイ……っ!」
遮るようにセイアは縋る。
────それでも、私は止まれない。
「……必ず成功させるなんて言ってやれない、だが最後の最後、結末がどうなろうと────終わりの時が来たら、罪を償い、私はトリニティに……皆の元に帰ると誓おう」
「……セイア。私を信じてくれ」
そう言い終えると、セイアはゆっくりと私から離れ、目元を薄っすらと赤く腫らして言った。
「わかった、わかったよ……ならせめて、最後まで私を傍に居させてくれ」
「君を1人にするのは、不安すぎるよ……」
「……ッ」
そう伝えてきたセイアに対し、私は沈黙を返すことしかできなかった。
今、一番伝えたくないことを……伝えなければいけないのか。
「……なぜ、なにも言ってくれないんだい……?」
「今回のようなことがまた起きたら、私は……!」
嘘は吐けない。こんな私にここまでしてくれたセイアに対して、一切の不誠実を働く気はない。
……だから、伝えなければ。
「すまない、セイア……状況が、変わったんだ」
「……明日か明後日にでも、君をトリニティに帰すつもりだ」
それを聞いたセイアはびくりと身体を震わせて……脱力し、俯いた。
「……理由は────ナギサかい……?」
彼女は、全てを察した様子でそう尋ねた。
「……そうだ、これ以上の負担はナギサを潰してしまう、そう判断した」
あの時。奪ったスマホで見たナギサの顔は、私の知るどのナギサよりも虚ろな顔をしていた。
……私のせいだ、私の独善的な行いが、ナギサを壊れる寸前まで追い詰めている。
こんなことで償えるとは思っていない。
だがせめて心配事の一つくらいは取り除かないと、ナギサは今にも壊れてしまうだろう。
「元々、"百合園セイアを拉致する"と決めたのは…… "トリニティからの敵視を稼ぐ" 、という以上に、"予知夢により作戦が破綻する"、という懸念が大きかった……そして、その懸念は消えた」
いいや、それだけではない。
「……いや、素直に言おう」
「セイア、君が傍にいると私は、依存し……甘えてしまう」
「────それも、全て投げ出してしまいそうなほどに」
自覚はある、私はセイアに、その優しさに依存してしまっている。
今こうして彼女に縋っている事こそ……その証明。
「……私は、構わないよ」
セイアはどこか、請うような声色で言った。
「……駄目なんだ。私は、皆を守ると決めた。」
「だから……君に甘える訳にはいかない」
「…………」
セイアはただ、無言を返した。
彼女が纏う悲哀は、なによりも痛々しく私を刺す。
「……すまない、セイア」
私にできるのは、謝罪。ただ、それだけだった。
しかし……セイアはただ、優しく答える。
「……わかった」
「だが、忘れないで欲しい。……たとえ離れても、私はずっと……君の味方だよ」
「……ありがとう、セイア」
「……ナギサを、頼む」
そっと、右手を差し出す。
「ああ、頼まれたよ」
セイアがその手を握り……私たちは、固く握手を交わした。
「……ところで、私をトリニティまで送るとは言うが、その傷でミカを呼び出す気なのかい?」
「もしそうなら、絶対にやめるべきだと進言するよ」
私の傷を消毒しながら、セイアはふと尋ねてきた。
「……いや、ミカを呼び出すのとは別だ……傷が治るまで、一週間ほどは大人しくしている」
「……それだと、"私を利用して呼び出す" という予定が……」
「それどころか、色々な前提が崩れるんじゃないか?」
「仕方ないさ、ナギサの身には代えられない」
「……まあ、そうだな。私に"酷い仕打ちを受けた"とでも言って、ミカ達の私に対する敵視を高めておいてくれ。それを利用して、なんとかする」
そう伝えると、セイアはこくりと頷いた。
「明日の朝、トリニティ郊外エリアまで送っていく」
「到着したら、モモトークを使ってミカを呼ぶといい」
そう言って、床に投げ捨てられた外套から覗くスマホを指し示した。
「……君にはもう少し大人しくしていて欲しいんだが……」
「まあ、正直なところ、私もナギサのことが心配だ。わかったよ」
「ありがとう。それと……トリニティ全体の敵視を煽っておいてくれ」
「"天城ルイは悪逆非道の悪魔だ"……くらいに言ってくれて構わない」
茶化しながら言うと、セイアは少しむくれて言った。
「……君が望むならそうするが、虚偽に友人をそのように言うのは……良い気分ではないよ」
「……はは、悪かった。まあ心配せずとも、私はかなりの敵視を買っているはずだ……」
「君はナギサのサポートに徹して、なにか聞かれたら"酷い暴行を受けた"とでも言ってくれ」
「はあ、わかったよ……」
私の頼みに、セイアは呆れた様子で答えた。
「それと……私に対する作戦をなにか立案、実行することになったとしてだが……」
「あくまで、私に肩入れせず"客観的視点"を保って欲しい。君を内通者にするつもりはないし、万が一そう思われるとお互いに得がない」
一応、釘を刺す。
彼女は優しい、それゆえに私に肩入れした選択を下すかもしれない。
「……わかった、帰ってからは君を捕まえて、ナギサの前に引きずり出すのを楽しみにしておくとしよう」
セイアは悪戯っぽく言ったが、おそらくこれは本音だろう。
……まあ、どこまで行っても、最後にはどこかで倒れると踏んでいる────それがセイアの手によるものなら、本望だ。
「ハハハ……捕まる前に、君たちに直接会いに行くのも悪くないかもな」
彼女の言葉に冗談で返す。
そこからは話が逸れ、冗談と皮肉の応酬になり、傷の処置が終わるまで、少しの時間が過ぎた。
「────よし、お互いまだ疲れているだろうし……私はもう一度寝るよ、今日の深夜には出発だ、セイアも今のうちに眠っておいてくれ」
セイアによる傷の処置が終わり、私がそう提案するとセイアはくすりと笑って、"ああ"と答えた。
「……よいしょ」
「……セイア、なにも私の隣で寝る必要はないと思うが」
セイアは私が寝ているベッドの隣までソファを引きずってきて、そこに横になった。
「いいだろう?……しばらく会えなくなるのだから、少しでも長く話したくてね」
悪戯っぽく微笑んだセイアが眩しくて、照れくさい。
「……そうか、私も……話したいことは色々あるんだ」
────それから、思い出話やナギサとミカの話。色々な話をした。
どちらかが眠ってしまうまで、語り合った────幸せな時間だった。