深夜:アビドス近郊/ルイのセーフハウス
次の日。
早朝というには些か早い深夜。
私とセイアは拠点の外で、出立の準備をしていた。
「……傷は大丈夫かい?」
荷物を運ぶ私に、セイアは心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫。君が処置してくれたおかげだ」
「車は片手で運転できるし、大抵のことは右手が使えれば十分に行える」
サポーターと包帯が巻かれた左手を見せながら、積み込み途中の突撃剣を右手で軽く振るって見せると、セイアはどこか安心したように息を吐きだした。
「……くれぐれも無理はしないでくれよ」
「ああ、心配してくれてありがとう」
セイアの頭を軽く撫でると、ぴこぴこと耳が跳ねた。
「ああ、それと……」
装甲車の後部座席に入っていたヘルメットを手渡す。
「息苦しくなるだろうが、これを被っておいてくれ」
「万が一、途中で捕捉された時に君だとバレたらまずいからな」
そう言ってセイアにヘルメットを着用させ、装甲車の後部座席に乗せる。
「かなり揺れるだろうが、我慢してくれよ」
「……ふむ。少なくとも、ここに来た時の空中ブランコよりはマシだろう」
「せいぜい我慢するとしようか」
セイアはそう言って、座席のシートベルトを締めた。
「一応、なにかあったら呼んでくれよ……では」
"バタン"、とバックドアを閉めて運転席に乗り込み、エンジンを掛ける。
───さて、ここからトリニティまでは暫くかかる。
本当は、セイアを助手席に乗せたかったが……先日の反省もあり、装備一式を載せる事にした。
寂しいドライブにはなるが……仕方ない。
────トリニティへ向けて車を走らせる。
道端の標識だけが繰り返される何もない荒野を走っている間、色々な事を思い出す。
これまで皆と過ごした日々。
いずれ来たる"黙示録"。
セイアを攫った日、ミカと相対したあの瞬間。
怯えた正義実現委員会の生徒が私を見る目。
後悔がないわけではない。
もしあの日、サンクトゥスの寮に踏み込まなければ──私は今も、皆の隣にいたのだろう。
皆のためと自分を納得させてきたが、その実は自分が恐怖から逃れたいだけ。
……そんなことは理解している。
それでも、私はやると決めた。
終末に打ち克つため、キヴォトスのため、友人のため。
私に出来るのならば……やるだけだ。
浮かぶ罪悪感と後悔を、未だ疼痛の残る左手で握り潰す。
私が向くべきは────未来だ。
早朝:トリニティ自治区/近郊
それから2時間ほど走ると、トリニティ自治区内まであと数キロという所まで来た。
ここから2.3km進んだ辺りから、警備ドローンや治安部隊の巡回ルート内だ。
当然ながら、今のトリニティは厳戒態勢。車両での移動は確実に捕捉される。
ここからは他の手段で移動するしかない。
適当な路傍に車を停めて、助手席から装備を降ろして身に纏う。
そっとバックドアを開けると、セイアはベルトで体を留めて眠っていた。
(……後部座席はかなり揺れたはずだが……案外、図太いのかもしれないな)
「セイア、起きてくれ」
「……んぅ……」
優しく揺すり起こすと、セイアは寝ぼけ眼を擦ろうと手を伸ばし……"こつん"と ヘルメットに遮られた。
「はは……おはよう、セイア」
「……恥ずかしいところを見られてしまったようだね……ふあぁ」
気持ち柔らかい声色で言ったセイアは、僅かに声を上擦らせる。
ヘルメット越しで見えないが、きっと少し頬を染めているのだろう。
「悪いが、ここからは徒歩だ。……まあ、徒歩というには齟齬があるかもしれないが」
セイアに向けて "ほら" と腕を広げると、察したかのようにセイアはため息を吐いた。
「はあ、結局こうなるのかい……? まあ、丁重に頼むよ」
そう言って、セイアは私の首に腕を回し、しがみついた。
「安心してくれ、すぐに着く」
その言葉と同時に、ジップラインランチャーを作動させる。
"バシュッ"という音と共にジップラインが発射され──私とセイアは空に飛び出した。
ジップラインの発射音と、緩衝装置の作動音が、夜明け前の薄暗い空に溶けていく。
早朝:トリニティ自治区/郊外
太陽がその顔を半分ほど覗かせた頃、私たちは目的地に到着した。
「……着いたぞ、セイア」
ゆっくりと膝を着いてセイアを降ろし、手を握って立ち上がらせる。
ふらふらと立ち上がったセイアは、小さく唸りながらヘルメットを脱いだ。
「うう……この運ばれ方は二度とごめんだね……」
「ははは……残念ながら、これが一番捕捉されるリスクが低いものでな」
「……まあ、理解はするけどね……」
そう言って、セイアは何度か深呼吸をする。
「ふう……なんとか落ち着いて来たよ。それで、これから私はどうすればいいんだい?」
ヘルメットを投げ渡してきたセイアは両手を軽く上げ、よくわからないというポーズを取った。
「ああ。今から私は君を置いて帰るが……」
「そうだな。今から30分ほどしたら、ミカかナギサに連絡を取って迎えに来てもらうといい」
スマホの通信状態を確認し、セイアに渡す。
「モモトークはオンライン通知を付けられているだろうから、30分後までログインしないようにしてくれ」
「ああ、わかったよ」
セイアは首肯し、スマホをポケットにしまった。
それから数秒、無言が流れる。
セイアと視線が重なると、私は"ふう"と小さく息を吐き出し、口を開いた。
「……では、これでお別れだ。セイア、また会おう」
彼女の手を取り、握手を交わす。
「ああ、君も達者で……ルイ、君には私という味方がいることを……」
「どうか、忘れないでくれたまえよ」
どこか言い聞かせるようにそう言って、セイアは私の手を強く握り返した。
「ああ、覚えておこう。……それではな、病気するなよ」
「ふふ、君こそ怪我のないようにね」
それを別れの言葉として、私は彼女に背を向けた。
(……これでもう、迷いはない)
セイアから受け取った決意を胸に、私はその場を去った。