早朝:トリニティ/パテル分派寮
side:ミカ
"~♪"
軽快なメロディが、微睡からミカを呼び起こす。
「……んぅ……?」
(寝ちゃってたんだ……)
"~♪"
(モモトーク……?)
ミカはむくりと身を起こして、ベッドボードからスマホを取った。
(……だれ……?)
寝起きの眼にスマホの光は眩しすぎる。
目を擦って、画面をよく見る。
差し出し人は────百合園セイア。
「……セイアちゃん!?」
眠気は消え去り、がばりと跳ね起きたミカは、モモトークを開いた。
[ミカ、起きているかい?]
[今トリニティ自治区内にいる]
[近くに連れ出されたところを、なんとか逃げ出してきたんだ。迎えに来て欲しい]
[騒ぎ立てて見つかるとまずい、一人で来てくれ]
[ああ、私だよミカ、心配をかけたね]
[ああ、本当に私だよ]
[座標を送る、すぐに来て欲しい]
"(34°41'20.3"N 135°50'23.4"E)"
[ありがとう、待っている]
部屋の中にあったパンとお水と救急箱を掴んで、乱雑に鞄に放り込む。
そのまま扉にかけておいたサブマシンガンを片手に、私は部屋の窓から飛び出した。
(セイアちゃんが待ってるんだから…素直に階段なんか降りてるヒマ無いよね☆)
"ダン!"と着地し、全速力で駆け出す。
いつもなら鬱陶しいと感じる今日の朝日は──希望の光に満ちているように感じた。
早朝:トリニティ自治区外縁
side:セイア
「……すこしは疑われるものだと思ったが……」
陽の差し始めた荒野で、百合園セイアは一人呟く。
「随分、心配をかけてしまっていたようだ」
路傍の岩に腰掛け、空を見上げる。
「思えば……太陽を見るのも、久しぶりだね」
暖かな日差しが、セイアを照らし、包み込んだ。
side:ミカ
あれから20分ほど経っただろうか。
壁を蹴り、屋根を伝い、時には高所から飛び降りて。
とにかく一直線に、セイアちゃんの元に走った。
「……この辺り……だよね」
セイアちゃんから送られてきた座標を地図アプリに読ませて、現在地と照合する。
きょろきょろと周囲を見回すと、丁度いい大きさの石にちょこんと座っているセイアちゃんが居た。
「セイアちゃん……!!」
思わず駆け寄り、セイアちゃんを抱きしめる。
「やあミヵ……ぅぐっ……」
「怪我してない?お腹は!?喉乾いたでしょ!!?」
「っ……みか……くるしいよ……っ」
「あっ……ごめん」
勢いあまってセイアちゃんを強く抱きしめすぎちゃったみたい。
腕をぱっと離してカバンからお水とパンを取り出して、セイアちゃんに渡す。
「はぁ……はぁ……ありがとう、ミカ……だけどひとまず、ここを離れるのを優先しよう」
セイアちゃんは息を切らしながらも、以前と変わらない微笑みで私の手を握ってくれた。
「っ……ぐす……そうだね……!」
涙が溢れる。
あの時守れなかった親友が、無事に帰ってきて、以前と同じように笑ってくれる。
ただそれが、嬉しかった。
「一緒にかえろ、セイアちゃん!!」
「……ナギちゃんも……先生も……もちろん私も、ずっと心配してたから」
優しくセイアちゃんを抱きあげて、駆け出す。
「ああ……随分、心配させてしまったようだね」
「ちょっと急ぐね☆……ナギちゃん、ずっと辛そうだったから」
「わかった……急いでナギサに会いに行くとしよう、ミカ」
「……うんっ☆」
朝:ヴァルキューレ管轄エリア/ルイの装甲車
side:ルイ
ミカとセイアが合流した頃、私は装甲車を運転していた。
「……そろそろ、合流した頃か」
ボードに表示されたデジタル時計を見て、一人呟く。
「……寂しくなるな」
"ふふ"、と自嘲しながらドリンクホルダーから缶コーヒーを取り、一口飲んで戻す。
日差しで温められたコーヒーは生温くて、あまり美味しくなかった。
朝:トリニティ寮区画/ナギサの部屋
side:ナギサ
「……ギちゃん!──て!」
ゆさゆさと体を揺すられ、微睡みから引き上げられる。
(……朝、ですか……もう、目を開けたくない……)
桐藤ナギサは目覚めた。
食道にこみ上げてくる胃酸を飲み下し、無理やり身体を起こす。
「……ナギサ、酷い顔だね」
目を開けた私の眼前に飛び込んできたのは────。
「……セイア……さん……?」
「ああ…私だよ、ナギサ」
幻覚──?
でも、握られた手の感触は現実のもの。
反射的にその手を引き寄せ、彼女の小さな体を抱きしめる。
「……っ……!セイアさん……っ!!」
「……ただいま、ナギサ。……心配をかけたね」
「いいんです!!……また会えて、良かった……!!」
堰を切ったように泣く私の頭を、セイアさんは優しく撫でる。
「ずいぶん、苦労をかけてしまったようだね」
その小さな手の平が私の髪を撫でるたびに、押し出されたように涙が溢れる。
「っ……心配、したんですよ……っ!」
私がセイアさんに抱き縋っていると、ミカさんも抱き着いてきた。
「セイアちゃぁん……!!」
ミカさんも泣いている。
「二人とも……あまり泣かないでくれたまえよ」
セイアさんは困ったような声を上げながら、私たちを両腕で抱きしめた。
「大丈夫、私はここにいるよ」
「……それよりも、私の無事を伝えるべき人たちがたくさん居るだろう?」
セイアさんは諭すように言う。
……そうだ。私とミカさん以外にも、セイアさんの事を心配している人たちが居る。
どうして帰ってこられたのか、拉致されている間になにがあったのか……聞きたい事も、山ほどある。
「そう……ですね、まずは……無事を知らせましょうか」
一度セイアさんから離れると、セイアさんの着ていた服には私の涙の跡がくっきりと残っており、彼女はそれを見て"ふふ"、と笑った。
「いちど、着替えてくるよ」
セイアさんはそう言って、部屋から出ようと私たちに背を向けた。
「待っ」 「だめ!!」
私が静止するまでもなく、ミカさんがセイアさんに飛び付いて彼女を拘束した。
「……ミカ?」
狼狽した様子で問いかけるセイアさん。
「だって、外は危ないから……ねっ?」
「ここでナギちゃんの服借りるとか……どうしても部屋に行くなら私が付いていくから、ひとりにならないで?」
ミカさんは少し泣きそうになりながら、セイアさんの手を掴んでいる。
相当、まいっていたようだ。
「……そうですよ、セイアさん。……少なくとも、しばらくは私たちと一緒に行動しましょう」
私も────もう少しで壊れてしまう所だった。
やっとまた会えたセイアさんを、三度失うなんて……私には耐えられない。
しばらくは、セイアさんと一緒に行動しよう。
「……そうだね、私も迂闊だった」
「二人とも、すまないね」
セイアさんがそう言うと、ミカさんがそっと離れた。
「……なら、一緒にきてくれるかい?」
その言葉に、二人で返事をして、私たちは部屋を後にした。
side:ナギサ
────彼女の部屋に到着して、セイアさんが着替えている間。
私とは部下を集め、関係各所へ対する連絡を進めていた。
そんな中ふと、周囲を見渡す。
あの日破壊された壁は塞がれ、何事も無かったように元通りになっている。
しかし、消えない傷が、胸に残っている。
それでも……前に進むために、私たちは動かなければならない。
……セイアさんが着替え終わった後は、トリニティ全体に向けた演説。
その後は、キヴォトス全体に対しての公示演説。
さらには、事情聴取もある。
今日はとても忙しくなるだろう。
それでもセイアさんが帰ってきたのなら、どんなに辛くても乗り越えられる。
部下に持って来てもらった正装を纏い、ひどい顔色や隈も化粧で誤魔化した。
セイアさんの着替えが終わったら、すぐ演説に入れるように準備は整っている。
(……出てくるのがすこし遅いような……)
「セイアさん?大丈夫ですか?」
すこし心配になって声を掛ける。
その声は、僅かに震えていた。
「……ああ、もうすぐ着替え終わるよ」
悪い予想が膨らむ前に返事が返ってきて、胸に安心が広がる。
……正直、セイアさんが帰ってきた、という実感はまだ湧いていない。
それでもセイアさんの声が聞こえるだけで、とても安心する。
そんな事を考えているうちに、クローゼットからいつもの服装を着たセイアさんが出てきた。
「……やあ、待たせたね……この服を着るのもしばらくぶりだ、どこかおかしい所はないかい?」
セイアさんはその場でくるりと回って、そう尋ねる。
その姿は、かつてのものと相違なく……じわりと胸が温まった。
「いえ、相変わらずお似合いですよ」
「うんうん……よし、じゃあ行こっか☆」
私の言葉にミカさんが同調し、セイアさんの手を引く。
向かうは、トリニティの誇る大ホール。
「既にクロノススクールの記者を呼んで、キヴォトス中に生配信の用意をしてあります」
「セイアさんの無事を、皆さんに知らせに行きましょう」
「……手が早いね、ありがとう」
────これで、この事件は一旦の決着を見せる。
あとはセイアさんから情報を聞いて、ルイさんを捕まえて、事情を話させて……罪を償わせて……。
そして、彼女が帰ってくれば、それで本当に終わり。
それで、私たちの日常は帰ってくる。
そう考えていた。
一週間後────ミカさんが姿を消すまでは。