"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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事前準備と日常回②

 

深夜:トリニティ自治区/14号道路

 

 

(なんとか間に合った……)

 

私は無事に受け渡しを終え、現在は"業者"より受け取った物資を拠点へ輸送していた。

 

(準備は整いつつある。尻尾を掴まれた以上、気は長く持てないか……)

 

そんなことを考えながら夜道を運転しているうちに、目的地である私のセーフハウスに到着した。

 

目に付かないようにヘッドライトを消してガレージに車を停め、車を降りる。

音が出ないようにシャッターを閉めてから、バックドアを開いた。

 

積載された大量のケースや部品を抱えて一つ一つ下ろしていく。

 

迫撃砲にドローン。通信機材から医薬品まで。

物資が詰め込まれた装甲車から荷物を全て下ろすまで、十数分の時を要した。

 

 

「……はあ」

 

汗を拭い、ひとつ息を吐く。

荷下ろしが終わったからといって、作業全てが片付いた訳ではない。

むしろ、作業はここからだ。

 

「さて……」

 

キャニスターの裏に隠されたタッチパッドを操作すると、床に偽装されたハッチが開き……地下への階段が現れた。

 

荷物の置き場所を整理しつつ、ちらりと時計を見遣る。

時刻は2時。進捗は予定よりも少し遅れている。

 

(……朝には戻らなければ。きちんと整理するのは今度にするとしよう)

 

「……よし、やるか」

 

休息のことも考えるのなら急いだ方がいいだろう。

小走りで階段を上がりつつ、作業を急いだ。

 

 


 

 

「…………よし」

 

収納スペースに迫撃砲を立て掛け、置いてあった弾薬ケースに腰掛ける。

 

(……これで終わりか。思ったより時間がかかったな……)

 

からからとペットボトルのキャップを回して、喉に水を流し込み……"ふう"と息を吐いた。

 

……力仕事は得意ではあるが、続けてとなるとやはり疲れる。

早く帰って、ゆっくり休むとしよう。

 

階段を上がって、地下への入り口を閉じる。

元の姿へと戻ったガレージの中で、私は軽く伸びをした。

 

これで用は済んだ。

 

「さて、帰るか……」

 

私は再び車に乗り込んで、トリニティ本校へと車を走らせる。

 

(急いだとしても、校舎に着くのは4時前か)

 

(……書類仕事を後に回せば午前の都合は付く。いっそ、昼まで眠った方がいいな)

 

睡眠不足による能力の低下は、意図しない事態を招きかねない。

多少予定を押してでも、睡眠は取るべきだろう。

 

そう判断して、私はアクセルを踏み込んだ。

 

 


 

早朝:トリニティ本校/相談室

 

 

なにごともなく帰ってきた私は軽くシャワーを浴びて、寝る準備を進めていた。

髪を乾かしている間に、時刻は5時を回った。

 

窓から差し込んだ光がシーリングライトの薄明りを押しのけ、部屋を暖かく照らし始める。

 

(…………眩しい)

 

朝日をカーテンで遮って、ソファへと身を倒す。

ブランケットを被り、目を閉じると……意識はすぐに、睡魔へと呑まれていった。

 

 


 

 

午前:トリニティ本校/相談室

 

 

「──イ……ルイ、起きてくれ」

 

身体をゆさゆさと揺すられる感覚に、目が覚める。

 

「ん……?」

 

重い瞼を開くと、金髪に大きな狐耳を生やした少女……セイアが私の顔を覗き込んでいた。

 

「……せい、あ……?」

 

霞む目を擦り、ぱちぱちと瞬きをする。

 

「やあ、おはよう。休んでいる所に悪いね」

 

そう言って、セイアは対面のソファへと腰掛けた。

 

「……いや、大丈夫だ……昼前か。丁度起きる時間だった」

 

むくりと起き上がり、軽く体を伸ばす。

まだ少し眠いが……だいぶ、すっきりした。

 

いい朝、というには少し遅いが……良い一日になりそうだ。

そんなことを考えながら、ソファへと腰を下ろす。

 

……そうして思考が明瞭になってきた所で、頭にはひとつの疑問が浮かんだ。

 

「……ところで、どうしてここに?」

 

尋ねると、セイアは"ああ"と頷いた。

 

「……用事があってお邪魔したんだが、ノックをしても返事が無かったものでね」

「鍵が掛かっていなかったから、不躾ながら入らせてもらったよ」

 

「……鍵を閉め忘れていたか……すまなかった。以後は気を付ける」

 

……やはり、疲労と睡眠不足は恐ろしい。

 

防犯システムはしっかりしているとはいえ、不用心は不用心だ。反省しなければ。

認識を新たに、私は小さくため息を吐いた。

 

「なに、謝ることはないさ……誰にだってミスはあるものだ」

「私にとってみれば……そのおかげで君の寝顔を見られたのだから、僥倖と言ってもいいだろう」

 

冗談交じりに私を慰めたセイアは、上機嫌そうに微笑んでいる。

 

「はは……君がそう言ってくれたなら、自責も少しは薄れるよ」

 

笑みを返したところで、セイアが "用事がある" と言っていたことを思い出した。

 

「……そういえば、用事があると言っていたが……急ぎの要件か?」

「そうでないなら、先に顔を洗ってきたいんだが……」

 

そう伝えると、セイアは"もちろん"とばかりに頷いた。

 

「ああ、大した用事じゃないからゆっくりで構わないよ……私はここで待っているさ」

 

セイアはそう言って、くつろいだ様子でふりふりと袖を振った。

 

「……では、お言葉に甘えさせてもらおう。少し待っていてくれ」

 

 

────洗面所に移動して顔を洗い、洗顔料を洗い落とす。

鏡に映った私の目元には、うっすらと隈ができていた。

 

最近は忙しくしていたこともあり、積み重なった疲労は取りきれていない。

 

(……決行の前に、まとまった休息を取る必要があるな)

 

そんなことを考えながら、歯磨きを終えて部屋に戻ると……セイアは机に軽食を広げて、もぐもぐとサンドイッチを頬張っていた。

 

セイアは戻ってきた私に気付いたのか、"おかえり"とばかりに小さく手を振る。

 

「ただいま。……食事中なら、私もご相伴に預からせてもらおう」

 

冷凍庫から冷凍の弁当を取り出し、電子レンジへと放り込む。

温め上がるまでは5分ほど。その時間で淹れた紅茶と共に頂くのが、私の日課だ。

 

「紅茶を淹れるが……君も飲むか?」

 

嬉しいことに、今日はセイアがいる。高級な茶葉を出すいい機会だ。

期待と共に尋ねると、セイアは嬉しそうに微笑んだ。

 

「ふふ……ぜひ頂くよ」

 

「わかった、すぐに淹れよう」

 

その言葉を待っていたとばかりに、キッチンの棚からハイブランドの缶を取り出す。

ナギサから貰ったはいいが、自分一人で飲むにはあまりに勿体なく感じて出せなかったそれを、ついに使う時がきたというわけだ。

 

私は高揚感に胸を躍らせながら、コンロに火をかけた。

 

 


 

 

それから数分ほどして、淹れ上がったティーポットを手にカップへと紅茶を注ぐ。

琥珀を思わせる美しい色がカップを満たし、湯気と共に芳しい香りが立ち昇る。

 

「……さあ、冷めないうちに飲んでくれ」

 

そう言ってソーサーを差し出すと、セイアはそっとカップを手に取り……"すん"、と小さく鼻を鳴らした。

 

「……うん、いい香りだ」

 

そう呟いて口端を緩めたセイアに、私も微笑みを返す。

 

「はは、そうだろう? ナギサに貰った茶葉なんだが、こういう時でもないと出せなくてね」

 

「ふむ……すると私は、うまく口実に使われてしまったようだね?」

 

セイアはいじらしく笑って、くいとカップを持ち上げて見せた。

 

「ふふ、そういうことになるな」

「とはいえ、君もこうして楽しめるのだから……いいだろう?」

 

「もちろん。こうしてゆったりとした時を過ごせるのなら、文句などあろうはずもないさ」

 

言葉を交わして、私達は笑い合う。

 

そして……十数分ほどの時間が過ぎた。

 

お互いに食事を終え、机にはティーセットだけが残る。

そろそろいいだろう、とばかりに、セイアは懐から一枚の便箋を取り出した。

 

「忘れていたよ。要件なんだが……君に、ミレニアムから手紙が来ていてね」

 

「ふむ……ミレニアムからか。それをわざわざ君が渡しにきてくれたのか?」

 

手紙を渡すだけなら、トリニティの重役であるセイアがわざわざ来る必要はないはずだ。

言外に"他に何かあるのか"と問うと……セイアは紅茶を一口飲んで、"ふぅ"と息をひとつ吐きだした。

 

「本当に用事はこれだけだよ。わざわざ私が来たのは……そうだね、午睡代わりの休息、ということにしてくれたまえよ」

 

「今日は午前から動き回って些か疲れた……ここは人の目が無いし、居心地がよくて助かるよ」

 

「はは、なるほど……なら、存分にくつろいでいくといい」

 

そう返して、便箋の封を切って手紙をひらく。

差出人の名はないが……電子メールを使用せずにわざわざ手紙で送ってくるあたり、送ってきた人物の想像は付く。

 

"拝啓、天城ルイ様"

 

"お元気でしょうか。ミレニアムに咲く清廉なる美しき一凛の花であり、"全知"の名を冠する貴方の親愛なる友人、明星ヒマリです。"

 

案の定が過ぎる書き出しに苦笑しつつ、読み進める。

 

"夏の熱気も落ち着き、涼しげな風が吹き抜けるこの頃、ルイさんはいかがお過ごしでしょうか────"

 

(……格式ばった上でさらに長い文章、相変わらずのようだ)

 

やたらと修飾子の多い手紙を要約すると、

 

"貴方が外交官の任を外れてからしばらく経ちましたが、こちらは変わりありません"

"いつでも歓迎しますので是非お暇な時にでもいらしてください"

 

といった内容で、エンジニア部など、ミレニアムに居る他の友人たちの近況にも軽く触れていた。

 

 

……私が以前ミレニアムに外交官として駐在していた頃からしばらく経った今も、彼女達とは交流がある。

 

エデン条約事件に際してほぼ一方的にその任を辞し、事後に退任の書類を送り付けた私を彼女たちは責めず……それどころか私をまだ"友人だ"と言ってくれた。

 

……それの、なんと嬉しいことか。

 

……しかし、計画に使用する武装はそのほぼ全てが私とエンジニア部が共同で開発したもの。

捉えようによっては、それを作った彼女たちも裏切ることになるだろう。

 

間接的とはいえ、計画に巻き込む形になってしまった彼女たちのことを思い出すと……少しだけ、寂しい気分になった。

 

(終わりの時が来たら、誠心誠意、何をしてでも償わなければならないな……)

 

罪悪感を噛み潰しつつ手紙を封筒に戻し、さて返信をと思案していると……セイアが声を掛けてきた。

 

「……どんな内容だったんだい?」

 

「……気になるのか?」

 

「ああ。君はよくミレニアムの話をしてくれるし……私もそれは興味深く聞かせてもらっている」

「私にとって、トリニティの外はいまだ縁遠い場所だからね」

 

どこか寂しげにそう語って、セイアはゆっくりと私に視線を向けた。

 

「さて……そんな私の為に、君は私の知識欲を満たす手伝いをするべきじゃないかい?」

 

好奇心を隠さず、セイアは悪戯っぽく尋ねた。

 

「はははっ、そう言われると弱いが……」

 

……まあ、これは私の業務には関係のないことだし……多少は話しても問題はないだろう。

 

「まあ、そう大仰な話じゃない。簡単に説明すると、友人からの近況報告だ。……"時間があるときにでもいらしてください"、とね」

 

そう伝えると、セイアは"ふむ"と小さく呟いた。

 

「……どうやら、良い友人を持ったようだね」

 

「……ふふ、確かにな。君も含め、私は本当に友人に恵まれている」

「まあ……あれから暫く経つし、久しぶりに彼女達に会いに行くのも良いだろうな」

 

そう答えると、セイアはこくりと頷いた。

 

「そうだね……君が戻ってきてから、暫く経った」

「こちらもようやく落ち着いてきたことだし……君もたまには業務を忘れて、遊びに行ってくるといい」

 

そう言いながら、セイアはころりとソファで横になり、だらりと体を伸ばす。

先ほど語った "午睡代わり" というのは本気のようで、相当に気を抜いているようだ。

 

「そうだな……今立て込んでいる案件を片付けたら、数日休みを取って会いに行くとしよう」

 

そう言って手紙を引き出しにしまうと、セイアはころんと寝返りを打ってこちらを向いた。

 

「……もし君が良ければ、ミレニアムに私も連れて行ってくれないかい?」

 

そう語った彼女が向けた眼差しは、本気のもの。

 

「……意外だな。君が外出を……それも、トリニティ外へと出たがるとは」

 

「ふふ。最近調子がいいものだから、どこか旅行してみるのもいいんじゃないかと思ってね」

「私だって、できることなら自分の脚で色々な所に行ってみたいんだ。君がよく話してくれるヒマリやウタハにも会ってみたい」

 

「なにより……ミネやセリナを振り回すのは気が引けるが、君なら気を遣わずに済むからね?」

 

"ふふ"、と可憐に笑ったセイアに、庇護欲が"ぞくり"と刺激される。

……いつか必ず、彼女をミレニアムへ連れて行こう。そう心に決めつつ、私は彼女に苦笑を返した。

 

「……それは褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「ああ、そのつもりで言っているからね」

 

「はははっ、光栄だ……まあ、わかった。いつとは言えないが……余裕ができたら、紹介しよう」

「ミレニアムは知識を求める者にとっては天国のようなものだからな。君もきっと、気に入るだろう」

 

「そうかい……ふふ、楽しみだね────」

 


 

それからも軽い雑談を交わしていると……"ゴオン"と昼休みの終了を告げる鐘が鳴り響いた。

その音を聞いたセイアは、ソファからむくりと上体を起こす。

 

「……もうこんな時間か。名残惜しいが……私はそろそろお暇しよう」

 

そう言って体を伸ばし、セイアは"ふあぁ"と小さくあくびをした。

 

「……ああ、またいつでも来てくれ」

 

「言われずとも、また来るよ……では、またね」

 

「ああ、また」

 

ふりふりと袖を振ったセイアに小さく手を振り返し……私は一人部屋に残された。

 

私は "ふう" とひとつ息を吐いて、執務用の椅子に腰かける。

 

(……14時からはミーティングか。手紙の返信を書いたら、すぐに行かねばならないな)

 

私は机に向かって、万年筆を握った。

 


 

────30分後。

 

(……よし、これでいいだろう)

 

書き上がった手紙を便箋に入れて、封蝋を押す。

 

(手紙は後で出すとして……先にミーティングに行くとしよう)

 

扉にかかったパネルを"不在"に変えて、私は部屋を後にした。

 

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