夕方:アビドス近郊/ルイのセーフハウス
治療を終え、時間つぶしに使用した装備の整備をしていると……
「ルイちゃーーーーーん!!!」
と、私を呼ぶ快活な声が聞こえた。
ミカが目を覚ましたようだ。
いったん整備を切り上げて、監禁部屋へと向かう。
(……さて、どう接したものか……)
彼女を怒らせれば、この拠点が砂に沈む可能性がある。よって、彼女の不評を買うのは避けたい。
あまり甘く接したくはないが……かといって厳しくしすぎるのもまずい。
どうしたものか、と考えながら扉のロックを解除すると──ミカはベッドで寝転がっていた。
「あっルイちゃん!おはよ!」
視線が合うと、ミカは朗らかな笑顔で私に挨拶をした。
「……おはよう、よく眠れたようだな」
挨拶を返し、私が椅子へと腰掛けると、
ミカはぴょんと跳ね起きてベッドの端に座った。
「話がある、いいか?」
「……うん、いいよ。」
ミカは私の問いにそっと頷いて、真剣な視線を重ねた。
「ではまず……先ほど説明したようにお前には2日から4日、ここに居てもらう」
「そのあいだ、私はここを空けるが……」
「万が一、私が戻ってこなくても5日後には自動で扉が開くように設定しておく」
「……だから暴れないで欲しいって言いたいの?」
「……ああ、そうだ」
「……じゃあさ、その空けてる間に何するか教えてよ」
ミカはそう言って、じっとりとした視線を向けた。
僅かな思案。そして、口を開く。
「はあ……答えてもいいが、暴れるなよ」
話したくないのが正直なところだが、
しかし、今この拠点を破壊されるのは困る。
……"信頼関係"は重く見るべきだ。
特に、すぐに感情で動くタイプを相手取るのなら。
(……ある程度、嘘を混ぜれば問題ないだろう)
「……うん、約束する」
渋々としたミカの返事に頷いて、私は口を開いた。
「……なら、話そう」
「私はこれから、ゲヘナに向かう」
「……ゲヘナに?なんの用事で?」
ゲヘナの名を出した途端、目に見えてミカの機嫌が悪くなった。
……ミカとゲヘナは水と油、火に油とも言ってもいい。
言葉には慎重になるべきだろう。
「……話は最後まで聞いてくれ」
「私がゲヘナに居ると聞いたら、お前はゲヘナに行くだろう?」
「……まあ、うん」
「そういうことだ。戦争の引き金を引く気はない」
「……用事が何なのか、はっきり言ってよ」
あわよくば誤魔化せるかと思ったが、流石に上手くいかなかったようだ。
「……私の身の安全に関する取引を持ち掛ける予定だ」
「知っての通り、想定外のことが起きたものでね」
そう言って、肩をすくめて見せる。
すると、ミカは怪訝そうに眉を下げた。
「……へえ、逃げるんだ」
「よりにもよってゲヘナに……あいつらと話が通じると思ってるの?」
「……そもそも、トリニティが許すと思う?」
ミカの機嫌はどんどん悪くなっていく。
「許そうと許すまいと、一人ではな……」
ふぅ、と息を吐いて、水を一口飲む。
すると、ミカは俯きながら、小さく呟いた。
「……ルイちゃん、トリニティで今なんて呼ばれてるか知ってる?」
「知らないな。興味がない」
「……"魔王"だって……ひどいよね」
……ああ、なるほど……そういう話か。
「……ふむ、"魔女"ではなく"魔王"、か……トリニティらしいじゃないか」
「……ねえ、なに笑ってるの?」
思案する私を、ミカは冷たい目で睨んだ。
……しまった。"魔女"の名前を出したのはまずかったか。
……ここは謝っておこう。
「……ああいや、どんな蔑称で呼ばれているのかと思ったが……」
「よりにもよって、"魔王"と来たか。とね。君を不快にさせる意図はなかった」
「……機嫌を直してくれ、私は君を"魔女"だとは思っていない。これはあくまで──」
「────ねえ、今なら引き返せるよ」
私が失言を取り繕う中。
ミカが、小さくなにか呟いた。
「……なにか言ったか?」
聞き返すと、彼女は前のめりになって、
「私が庇ってあげる。セイアちゃんにしたことは許せないけど……」
「でもっ!ちゃんと謝ったら、ナギちゃんもセイアちゃんも……許してくれると思う」
「……このままだったら除籍になっちゃうよ!?ルイちゃんは本当にそれでいいの!?」
捲し立てるように言うミカに、私は首を振る。
「……構わん。私はもうトリニティの人間では──」
「──構わなくない!!!」
突き放そうと言葉を紡いだが、それはミカの大声で遮られた。
きいん、と鼓膜が揺れる。
「わっ、私が……みんなにしたこと、知ってるでしょ……!?」
「それでも、私は、わたしは……っ!!」
感情が溢れだしたのか、ミカは涙を流し始める。
様子がおかしい。どうやら、パニックに陥っているようだ。
聞く限り、自分が過去に起こした事件のことを言いたいのだろう。
……彼女からすれば、私が自分と同じに見えるのかもしれない。
「……落ち着け、言いたいことはわかる」
「辛いのなら、みなまで言おうとしなくていい」
宥めるように、ミカの背をさする。
「ううぅ……ルイちゃぁん……なんでぇ……」
すると、ミカは私の服に縋りついて、泣き始めた。
……あまり甘やかしたくはないが、仕方ない。
「……ミカ。私は今、自分の意思で状況をコントロールしている」
「引っ込みがつかないとか、後悔しているとか、そういった状況ではない」
「"トリニティに愛想が尽きた"。ただそれだけの話だ」
「あれは一度潰さなければ、どうにもならん」
「……だとしても、やめてよ……っ!」
「悪いが、私の意思は変わらん」
「しかし、止めたいのならば好きにしろ。トリニティに帰った後でな」
そう言い聞かせると、ぐすぐすと音を立てながらミカは泣き止んだ。
「……その代わり、今は大人しくしていろ。いいな?」
「ぐすっ……うん……」
ぐすぐすと鼻を啜りながら、ミカは弱々しく頷いた。
なんとか落ち着いたようだ。
……そろそろ、こちらの質問をしてもいいだろう。
弱っている方が、情報を聞き出しやすい。
「……ミカ、私からも少し聞きたいことがある。いいか?」
「……うん。答えられることなら、いいよ」
ミカの返事を聞いて、なるべく柔和に尋ねる。
「ナギサはどうしている?」
その問いに、ミカは少し困惑した様子を浮かべながらも、"うん"と頷いた。
「……ナギちゃんは……最初とっても思い詰めて、苦しそうだったけど……」
「セイアちゃんが帰ってきてからは、元気になったよ」
「……ふむ、そうか……」
やはり、セイアを解放したのは正解だった。
これなら、ゲヘナでの作戦時に血迷った選択をすることもないだろう。
「なら、セイアはどうだ、体調を崩したりはしていないか?」
セイアの話を振ると、ミカは"ぴくり"、と肩を震わせる。
「───あんなことしといて、どうしてセイアちゃんのことを心配するの?」
重なった視線の先、その瞳は、危険な怒りに満ちていた。
……どうやら、逆鱗に触れたようだ。
あえて黙ってみせると、ミカはぽつりぽつりと呟く。
「……セイアちゃん、あなたに暴行を受けたのがトラウマになっちゃって」
「学校を歩く時も、私かナギちゃんが一緒じゃないと安心できないって」
「……ねえ、なんでそんなことしたの!?」
「あんなにセイアちゃんのこと心配してたのに。どうして!?」
怒鳴りつけるミカの言葉を聞き流す。
(ふむ、そういうことか。"私に暴行を受けたのがトラウマになった"と……)
確かに、そう言われたら監禁中のことを追求しづらいだろうし、
ナギサかミカが傍に居るのなら、セイア一人に探りを入れるのも難しい。
流石と言うべきか、セイアはうまくやってくれたようだ。
「……そうか。情報を得る必要があったとはいえ、流石に悪いことをした」
再び上辺の謝罪を述べると、ミカは"ぎり"と歯を食い縛る。
「……ほんとにセイアちゃんのこと、いじめたんだ」
「……必要に差し迫られて、とは言わせてくれ」
「……ッ!!」
それを聞いたミカは勢いよく立ち上がり、私に掴みかかる──ことは出来なかった。
"ガチン"という音と共に、ミカの手足の拘束具が作動。収縮し、一瞬で自由を奪う。
勢い余ったミカは、床へと転がった。
「必要ってなに!?必要だったらセイアちゃんをいじめてもいいの!?」
ガチガチと拘束具を擦る音と共に、ミカは怒り狂う。
(……まずい。隕石を落とされたら終わりだ)
これ以上厳しく接するのは無理だ。今はとにかく落ち着かせなければ。
「……どうしても、"必要"だったんだ」
「セイアの"予知夢"が……"直感"があった以上。そうするしかなかった……」
「君に言うべきことではないだろうが、謝罪しよう」
「ッわかってるならっ……!セイアちゃんに直接謝ってよ……っ!」
嗚咽交じりにミカは悲痛な叫びを上げる。
「……わかった。時が来たら。いや、次会う機会があれば、謝ろう」
「急に締め上げてすまなかった。拘束を緩めるから、動くなよ」
そう言って、固く収縮した拘束具を緩める。
ミカは床に転がったまま、悔しげな息を漏らしている。
「……絶対、セイアちゃんに謝らせるから」
「約束しよう。私も、その件は心から悪いと思っている」
拘束具を緩め終わる頃には、ミカはすっかり大人しくなった。
「……ルイちゃん」
ベッドに戻ったミカは枕を抱きしめ、恨めしそうに私の名を呼んだ。
「どうした」
「ナギちゃん……心配してたよ」
「……そうか」
「頭の傷、ナギちゃんに見られたら泣いちゃうかもね」
……どうやら、ミカは傷の心配をしてくれているらしい。
「ああ、この傷の心配はしなくていい。処置は終わっている」
「……その破片、取れないの?」
「今は取れない。いや、取れなくもないが……」
「この場で取るとなると、多少のリスクがあってな」
そう伝えると、ミカはとても悲しそうに目尻を下げた。
「……………ごめんね」
ミカはか細い声で呟く。
何度も気にするなと言ったはずなのに、困った奴だ。
わざとらしく溜め息を吐き出して、ミカへ視線を向ける。
「……いいか。何度も言った通り、この傷は私の自業自得だ。君が気に病む必要はない」
「……うん」
消え入りそうな声と共にミカは頷き、目を伏せた。
……聞きたいことは聞けた。ここまでにしよう。
そう判断して、私はそっと席を立つ。
「……では、私は今からゲヘナに行く準備をする」
「その間、設備や家具、食事は好きにしていい。それと、そこにゲームもある」
そう言って、レトルト食品の入った段ボールと、セイアに渡すはずだったゲーム機を指さす。
ミカはそれらを一瞥して、心配げに頷いた。
「……絶対に、止めるから」
強い覚悟の籠った言葉が、私の背に投げかけられる。
「…………好きにしろ」
振り返らず、私は部屋を後にした。