午後:トリニティ本校/正義実現委員会の会議室
"コン、コン"
扉をノックし、ゆっくりと押し開ける。
「……失礼する」
会議室に入ると、ハスミはすでに席に着いていて……机には、紅茶まで用意されていた。
「待たせてしまってすまない。……紅茶まで用意してくれたようで、恐れ入る」
謝意を伝えて、私も席に着く。
「構いませんよ。ほぼ時間通りですし……私もつい先ほど来たところですから」
「それより、紅茶はちょうど今淹れたものですので。冷めないうちにどうぞ」
にこりと微笑んでカップを差し出したハスミに小さく頭を下げ、カップを低く掲ぐ。
「では、ありがたくいただこう」
「……それで、議題は今日の演習の件でいいか?」
尋ねると、ハスミはこくりと頷きを返した。
「わかった。昨日確認した内容としては、"複数人のテロリストを相手取る" ことを想定した実践形式の訓練だったな」
「……それで、私は具体的には何をすればいい?」
その問いに答えるように、ハスミは"はい"と机から資料を取り出した。
「今回の訓練で、ルイさんは教官や監督ではなく……テロリストチームの指揮を執って頂きます」
「内容としては、"建物を占拠され、人質を取られた"。という状況を想定した中規模訓練ですね」
ハスミは軽く説明しつつ、資料を私に手渡した。
「ふむ……」
紅茶を楽しみつつ、受け取った資料に軽く目を通す。
アッサムのコク深い甘みと共に、大体の内容は飲み込めた。
「なるほど、寮での訓練か」
「はい。今回の目的は室内戦闘及び侵入、制圧の訓練ですので……実際の寮を使用します」
「……では、我々のチームは要人警護、あるいは室内での防衛訓練ということか」
私の言葉を首肯し、ハスミは続けた。
「はい。少人数で多数を相手取るのは厳しいでしょうが……ルイさんが参加するなら、ちょうどいい訓練になるかと」
「はは、確かにな……」
ハスミが今言ったように、私は"ちょうどいい"相手として訓練に参加することがある。
私個人に、ツルギやハスミのような突出した戦闘能力はない。
それどころか、一面的にはごく一般的な生徒にすら劣る可能性がある。
私の身体は……単純に、脆い。
ひとたび撃ち合いになれば数発の被弾で気絶するし……頭に当たろうものなら、当然卒倒する。
それを補うため、私はミネに教えを乞うて彼女の戦闘スタイルを受け継ぎ、SRTや百鬼夜行で使われている体術や格闘術を学び……各校で運用されている戦術を分析して、頭に叩き込んだ。
そういうわけで、私は "撃てば倒せるがそこそこ強く、作戦立案能力もある" 人間として、今回のように "倒されたら負け" の指揮官役や、実技教官として訓練にお呼ばれすることがそれなりに多いのだ。
「……よし。訓練内容は承知した」
読み終わった書類をぱたりと閉じて、ハスミの方に向き直る。
ここからは、内容を詰めていく時間だ。
「それで、こちらのチームの人数は何人ほどだ?」
「そちらの数は……実戦形式なら伏せておくべきか。聞かないでおこう」
メモを片手に尋ねると、ハスミは携帯を取り出して名簿を見せる。
そこには5名の生徒が記載されていた。
「そちらのチームは貴方を含めて6名に、人質役の人形が1体を予定しています」
「もちろん、作戦会議の時間もありますのでご安心を」
「わかった。それで……使用する装備の制約は?」
「建物内という性質上、グレネード以上の被害規模を持つ爆発物は使用禁止。銃火器の規模は分隊支援火器までです」
「使用する弾薬は合法の物なら基本問題ありませんが、あくまで訓練のため、ホローポイント*1やスラグ弾*2のように、傷が残る恐れのある弾薬は控えてください」
伝えられた内容を手帳にメモして、ぱたりと閉じた。
「ふむ……確認した。訓練の開始時間に変更はないな?」
「はい。予定通り、15:40分から開始の予定です。ブリーフィングはそれまでにお願いします」
「訓練の開始後は、どちらかのチームが全滅、あるいは一定時間の経過で終了とする予定ですが……質問や、提案はありますか?」
ハスミの問いに小さく首を振り、大丈夫だと示す。
「いや、問題ない」
「こちらも準備を進めておこう。……では、1時間後に現地で」
そう伝えて、椅子を立つ。
すると、ハスミはこくりと頷いて、小さく手を振った。
「では、また現地でお会いしましょう。」
「ああ、それと……紅茶、ご馳走様。美味しかったよ」
ハスミに小さく会釈をして、会議室を出る。
時計を確認すると、会議がスムーズに進んだおかげで思ったより時間が余っていた。
今から手紙を出してきたとしても、30分は時間がある。
……暇つぶしがてら、銃の整備をしておくとしよう。
それからしばらく。
使用する銃の整備を終えて、身体をほぐすついでとばかりに校舎をぶらりと歩いていると……窓の外で草むしりに励んでいるミカの姿が目に入った。
(…………ふむ)
腕時計を確認する限り、だいたい15分は余裕がある。
(……彼女達と友でいられる時間も、長くはないだろう)
未練がましいだろうが、残された時間は大切にしたい。
気付けば、私の脚はミカの元へと向けて歩き出していた。
「────こんにちは、ミカ。精が出るな」
後ろから声をかけると、ミカは"ばっ"と振り返って屈託のない笑顔を浮かべた。
「あっルイちゃん!……ふふん。見ての通り、ちゃんとボランティアやってるよ☆」
ミカは抜いたばかりの草を見せつけるようにして掲げて見せる。
彼女の腕力で根こそぎ引き抜かれたのであろう雑草たちは、まるで蜘蛛の巣のような根を哀れに垂らしていた。
ミカを園芸部に紹介すれば、彼女は一躍ヒーローとして称えられるだろうな。
とそんなことを考えながら、誇らしげな笑みを浮かべるミカへ笑みを返す。
「はは……先日のあれは、要らぬ心配だったようだ」
ミカの隣にしゃがみ込んで、予備であろう軍手を拾いあげる。
「次の予定まで、時間を持て余していてな」
「準備運動がてら手伝わせてくれ。軍手を借りても?」
「え~?別にいいけど……時間で決まってるから、手伝ってくれてもあんまり意味ないよ?」
満更でもなさそうな表情で返事をするミカに、"はは"と笑って、私は軍手を嵌めた。
「それでもいいさ。こういった作業は一人でやると飽きるだろう? 話し相手くらいにはならせてくれ」
「しょうがないなぁ……いいよ☆」
「ふふ……では、ありがたくご一緒しよう」
そうして、目に付いた雑草を引き抜きながら……話しかける。
「……ミカ、最近どうだ?」
「あはは、話し相手になる、って言いながら話すことがそれ?」
「お母さんじゃないんだから……ルイちゃんこそ、最近どうなの?」
問いを返され、苦笑を返す。
「ははは、それこそ昨日も話したからな……最近忙しくてね」
「守秘もあって特に話せることも少ないんだが……」
私の言葉に少し不満そうにむくれながら、ミカは更に尋ねた。
「じゃあさ、なにか面白い話でもない?」
「ふむ、面白い話か……」
ミカのリクエストに応えるため、何かないかと手元を見ると……ちょうど今引き抜いた雑草、猫じゃらしがあった。
「では……いま私達が引き抜いているこの雑草、もっぱら猫じゃらしと呼ばれる草だが……」
「正式な名前を"エノコログサ"と言ってな。その名前の由来は、犬の尻尾に見えるから"いぬころ草"、転じて"エノコログサ"なんだ」
「そして、別の言語では、"子狐の尾"とも呼ばれる」
「つまり、このエノコログサは猫に犬、そして狐……どこに行っても動物と関連付けられる」
「どこの人間も、皆考えることは同じ。ということだな。……どうだ、面白い話だろう?」
私が語り終えると、ミカは少し困ったような様子で"あはは"と苦笑した。
「たしかに面白いけど……ちょっと期待してた方向と違うかも☆」
……しまった、困らせてしまったようだ。
「ははは、確かに、面白い話というよりは、ただの雑学だったな」
「正直、今の私に面白い話をしろと言われても、短く済むのはこんなものだな……」
「そうだ、ミカは何かないか?」
逆に尋ねると、ミカは待ってましたとばかりに"ふふん"と笑った。
「え~? じゃあ……ナギちゃんが小さい頃の話したげよっか」
「……それは面白そうだ、是非聞かせてくれ」
「いいよ☆じゃあね──────」
私と違って、ミカは話が上手い。
楽しくミカの話を聞いている間に、すっかり時間は経っていた。
「────ね!ナギちゃんたら昔は結構おてんばで……」
「ふふ、今のナギサからは想像出来ないな……」
談笑していると、"ピピピ"と端末からアラームが鳴る。
……名残惜しいが、時間が来てしまった。
「おや……残念ながら時間のようだ」
「私はここで失礼しよう……楽しかったよ」
「え~?もう行っちゃうの?ま、用事ならしょうがないか……またね~☆」
「……ああ、また!」
大きく手を振るミカに、私も手を振り返す。
楽しく、穏やかな時間だった。
願わくば、もっと長く話していたかったが……。
(……この穏やかな時間を過ごせるのも、もう少しの間だけか)
「……はあ」
表出した後ろ暗い気持ちを振り切るように、私は小走りで訓練会場へと向かった。