"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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解放

 

朝:アビドス近郊/ルイのセーフハウス

 

「……………………」

 

目が覚める。

 

……時計を見ると、朝というには少し時間が過ぎた頃だった。

 

(……あまり寝てばかりでも良くない、少しは体を動かさなければ)

 

起き上がり、洗面台で顔を洗う。

頭では理解しているつもりだが、どうしても左手を使おうと肩が動く。

 

その度に走る痛みのせいで、精神的にも苦しいものがあった。

 

「……慣れるまでは、時間がかかりそうだ」

 

洗顔料を洗い落とし、独り言を漏らす。

 

こうなっては受け入れるしかないのだから、一刻も早く適応するしかないだろう。

溜め息と共に諦観を吐き出し、肩に経皮薬を塗ってからキッチンへ向かう。

 

「片手での行動に慣れるには、とにかく修練と反復が肝要だ……」

 

軽く左肩を動かしてみる。

当然痛むが、我慢できない程ではない。

 

「……料理をしよう、複合的なリハビリになる」

 

そう思い立つが、冷蔵庫の中にまともな物は入っていない。

 

「しばらく買い出しにも行けていないし、当然か……」

 

しぶしぶ鍋に水を溜め、コンロに火を点ける。

棚の引き出しから市販の袋麺を取り出して、野菜室に入っていた薬味を切る。

 

「……固定するものがないと難しいな。長ネギはともかく、他の野菜は厳しそうだ……」

 

おぼつかない手つきで野菜を切っているうちに、湯が沸いた。

乾麺と厚さが見事にばらばらになった薬味を投入し…………麺がほぐれるまで待つ。

 

1分ほどして、麺がほぐれたのを菜箸で確認し、スープの素を投入して……無事、ラーメンが完成した。

 

「皿に盛るのは……難しいか」

 

そう考え、仕方なく鍋のままテーブルに置く。

 

「いただきます」

 

食前に合わせる手もないので口だけで礼を済ませ、箸を手に取る。

 

「……ふむ」

 

箸を持って気付いたのは、器を持ったり支えたりできないぶん、

かなり器に顔を近付けないと食べられないということ。

 

「……これなら片手でも、と思ったが……そうでもないな」

 

犬食いに近い姿勢で麺を啜って、食べ終わる頃には胸元がスープの飛沫でかなり汚れていた。

シャツに着いた染みに眉を顰めて、"はあ"と息を吐き出す。

 

「次からはフォークを使うか……」

 

溢れる諦観を飲み下しながら、鍋をシンクに持って行く。

 

「皿を洗うのは……やめておこう。確実に失敗する」

 

やるにしても、諸々必要そうな道具を用意してからになりそうだ。

口で使えるマジックハンドのような物があればいいが……。

 

無かったとして、最悪トングでも使えばいいだろう。

そんなことを考えながら、食後の薬を飲み終え……椅子に座って一息つく。

 

「……そろそろ、ミカと話さなければならないか」

 

……ミカを開放し、トリニティに帰す。

それを以ってようやく、私は自由に動けるようになる。

 

ヒマリを頼るにせよ、他の手段を考えるにせよ……ミカの解放は前提条件だ。

あまり誰かと話したい気分ではないが、仕方ない。

 

(私が腕を失ったことを悟られるわけにはいかない、まずはうまく偽装しなければ)

 

 


 

 

羽織った上着の中から棒を通し、

ギプスと包帯を首から掛けて……あたかも骨折のように見せかけた。

 

これなら、一見ではわからないだろう。

指摘されたら上手く誤魔化せばいい。

 

「さて……」

 

ミカを閉じ込めている部屋の前に立つ。

ひとつ深呼吸をして、精神を落ち着け……ドアのロックを外した。

 

「……ミカ、入るぞ」

 

軽くノックをすると、中から「はーい!」と元気な返事が返ってくる。

 

静かに扉をくぐる。

ミカはベッド端に座り、足をぶらぶらと揺らしながらこちらを見ていた。

 

「おはよう、ミカ」

 

「うん、おはよ☆────その腕、どうしたの?」

 

(……早速だな)

 

ミカは吊り下げられた偽のギプスを見るや否や、目の色を変えて問いかけてきた。

 

「ああ。あの後ゲヘナに行ったんだが……交渉が決裂した」

「あげく戦闘になってね、腕をやられてしまった。……しばらくこのままだろう」

 

「……だから言ったのに、あの角付きどもと話が通じるわけないじゃん、ねえ?」

 

ミカは軽く嘲るように言った。

 

「いろいろと不運が重なったんだ」

「そもそも、私は手配犯だからな。ゲヘナの連中は悪くないさ」

 

そう伝えると、ミカは"ふぅん……"と不満そうに返してきた

 

「それで……用は済んだからトリニティにお前を帰したいんだが……」

「あいにく片手ではバイクの運転が、というよりも、片手のままお前を後ろに載せて運転するのは不可能だ」

 

後ろにしがみつかせるにせよ、縛って後ろに乗せるにせよ……

バイクでは腕のことが露見するリスクが高すぎる。

 

「……バイク?あの車は?壊されちゃった?」

 

「あれは撤退の際に置いてきてしまった。今頃はゲヘナの押収品倉庫にあるだろうな」

 

「……そっか、ふぅーん……?」

 

悩まし気な声を出すミカに、言葉を被せる。

 

「しかしミカ、お前をこれ以上ここに置いておくわけにはいかない……つまりだ」

 

「つまり、何?」

 

「悪いが、歩きで帰ってくれ」

 

「は?」

 

素っ頓狂な声を上げたミカに、小さく頭を下げる。

 

「すまない、お前を背負うことすら今はできない……」

「必要なら当然地図は渡すし、解放時には携帯も返す。その後に迎えを呼ぶのも良いだろう」

 

「…………まあ、私はいいけどさ……いいの?ここの場所、バラしちゃうよ?」

 

ミカは頬杖をつきながら、含みのある声色で言う。

当然だろう、ミカが情報を秘匿する理由はない。

 

「────構わない。こうなった以上、私はここを放棄する予定だ」

 

あえて"放棄"を見せることで目的を探る。

 

「……黙っといてあげよっか、ここのこと」

 

「お前が黙っておく理由がないだろう。それを信じることはできん」

 

「もちろん、理由……というか、条件はあるよ☆」

  

「……聞かせてくれ」

 

望みを問うと、ミカはすこし視線を彷徨わせたあと、私と目を合わせた。

 

「……私にだけで良いからさ、ルイちゃんの目的……教えてよ」

「この間"匿われに行く"……って言ってたの、噓でしょ?」

 

「あっ、もちろん誰にも言わないよ☆……"裏切り者"のよしみ……ってやつでさ」

 

ミカは露骨に取り繕いながら、私の目を見つめる。

 

「………………」

 

────そう来るか……。

 

「ね、教えて?」

 

ミカは"ずい"と私に顔を寄せ、問いを重ねる。

 

「……今、私の口から伝えることはできない」

「だが先日、その目的をゲヘナに伝えた。そしてそれは、ナギサとセイアに伝わっているだろう」

 

「で、なに?☆」

 

(たった今、"私からは言えない"と言ったはずだが……押しの強い奴だ)

 

「私の口から言いたくないから帰って直接ふたりに聞いてくれと言っているんだ」

「これは譲らん。ここのことを教えるのも、好きにするといい」

 

「…………ふーん……わかったよ」

 

ミカは大きくため息を吐いて、渋々で頷いた。

 

「……では、明日にでも帰ってくれて構わない」

「私はこの腕を治療に行くから、荷物は机の上にまとめておく。いいな?」

 

「うん、わかった☆」

 

ミカはいつも通りの声色で答え、にっこりと笑う。

そして……ゆっくりと、私の腕へと視線を向けた。

 

「……その腕、ほんとに大丈夫?」

「なんていうか……ルイちゃん、変じゃない?」

 

再び心配そうな表情を浮かべたミカは、私の全身を眺める。

 

「……気のせいだ。過去の私と今の私を同じに考えるのはよせ」

 

「腕に関しては……自分で治療しようにも、片手だとなかなか無理があってな」

「他の医者にでも手伝ってもらえば、なんとでもなる」

 

「……そっか、お大事にね」

 

咄嗟に誤魔化したが、ミカはそれを信じたようだ。

 

「……話は以上だ。今日はよく休んでおけ」

 

「……うん」

 

「では、気を付けて帰れよ」

 

最後にそれだけ告げて、私は部屋を出た。

扉が閉まったのを確認し、椅子に座って一息つく。

 

 

「……………………」

 

ミカを帰す、これは絶対だった。

しかし、ミカを抑えた上でトリニティ近郊まで送り届けるのは難しい。

道中で捕捉されないことが前提ならば、なおさらだ。

 

この拠点を放棄するのは惜しいが……しかしなによりも、新しい腕が必要だ。

そのためにはミレニアムの、ヒマリの協力が不可欠。

 

……そして、協力を取り付けるためにはまずやるべきことがいくつかある。

 

(……ヒマリとの交渉を失敗するわけにはいかない、急ぎ準備を整えなければ)

 

外交官としてミレニアムから戻った後、個人的に集めたヒマリ達との交渉材料は数多くある。

その中でも、とっておきのカードを切る時だろう。

 

そっと立ち上がり、集めてきた資料を纏めている部屋へと移動した。

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