昼:ミレニアム外縁部/自然保護区
「……ここか」
時刻は午前11時過ぎ。
早朝に拠点を出立した私は、先方より指定された合流ポイントへ到着していた。
(想定より早く着いてしまった。……予定まではしばらく時間があるな)
少し休もう、と人目に付かないような場所に腰を下ろし、一息つく。
────拠点を出たのは午前4時前。
出発時点では、まだミカは眠っていた。
枕元に地図と、預かっていた携帯。それと置き手紙を置いておいたので、ミカもそろそろ拠点を出てトリニティと連絡を取っている頃だろう。
(……無事に合流できていればいいが……)
思考するうち、びゅうと一陣の風が吹いた。
ふと周囲を見回しても、人の気配はない。
「……あまり待ちたくはないな」
私はミレニアムからの指名手配を受けている訳ではないが、シャーレ名義での指名手配は受けている。
……当然、ミレニアムでも油断はできない。
ここで見つかれば、当然ながら交渉は流れ、関係を疑われたミレニアムは私の指名手配に乗り出すだろう。
それは、致命的な事態という他ない。
"────ザッ"
「……!!」
草が踏まれるような音が聞こえ、気配のした方向に振り向いてハンドガンを向ける。
「……撃たないで。貴方が部長と待ち合わせてる人?私は味方だよ」
片手を上げながら現れたのは……特異現象捜査部のメンバー、和泉元エイミだった。
「ああ、エイミか。……相変わらず目立つ格好だな」
「その声……えっ、部長が言ってたのって……ルイさん?」
意外そうな声を上げ、エイミは上げた手を下ろした。
「……そうだ。久しぶりだな」
「予定より早く到着してしまった、すまない」
「いや、それはいいんだけど……髪の色変えたんだ。他にも色々変わってるし……」
驚いた様子で私の全身を眺めるエイミに、理由を説明する。
「これでも指名手配中だからな。少しでも人目は躱せるほうがいいだろう?」
「なるほど……それもそうだね。ああそうだ、部長がこれ渡しておいてって」
そう言って、エイミは一枚のカードを差し出した。
それは、私にとって少し懐かしい代物だった。
「……外交官用のセキュリティカードか、権限は残っているのか?」
「うん、部長が使えるようにしてくれたみたい」
「そうか。ヒマリに会ったら、礼を言うとしよう」
カードを受け取り、首から掛ける。
外交官用のセキュリティカードは、他のカードと違って赤く目立つ色をしている。
これを首から掛けておけば、見慣れない服装や見た目の生徒がいても一目で外交官だと思われる……というわけだ。
「じゃ、行こっか。ちょっと予定より早いけど……問題ないよ」
「ああ」
彼女の背を追って歩き出せば……そう遠くないところで、エイミは立ち止まった。
「この下、足元に気を付けてね」
エイミは足元のマンホールを持ち上げて、梯子を降りていく。
私も続いて降りると、地下にはトンネル状の大きな空間が広がっていた。
「……こういった空間があるとは知っていたが……ここまでとはな」
"ミレニアム領内は、ケーブル敷設のための地下道が張り巡らされている"
話には聞いていたが、実際は私の想像をはるかに超える規模のようだ。
暗がりを寒色のLEDライトが寂しげに照らし、それらが規則的に並んでいる様子は……地平線を感じさせるほどに、長く続いている。
「多分、ルイさんが今考えてるよりも倍以上大きいよ」
「下水道とか、ドローン用の輸送路とかも合体してごちゃまぜになってるからね」
「なるほど……合理的と言えば、合理的だな」
周囲を観察しながら地下道を進んでいると、ふと思い出したようにエイミが口を開いた。
「……あ、間違ってもはぐれないでね」
「定期的に敷設用の機械が道を増やすから、ここの実態を完璧に把握できてる人はリオ会長ぐらいだし、会長は連絡取れないからね」
「……つまり、新設された道に迷い込んだら助けられない、と」
「うん。そもそもここ通る人なんかいないしね。電波も悪いし、遭難したら誰も来ないよ」
「……恐ろしい話だ。」
どうやら、ミレニアムの地下は中々に恐ろしい場所のようだ。
……まあ、バシリカが存在するトリニティの生徒が言えたことではないが。
「そういえば……カメラがあるが、大丈夫なのか?」
道中、複数のカメラやドローンを見かけたが……エイミはそれを気にする様子がない。
「ああ、安心していいよ、警備と監視カメラは部長が無効化してるから」
あっけらかんとしたその言葉には、特異現象捜査部の部長、明星ヒマリへの厚い信頼を伺わせる。
「なるほどな……流石は、"ミレニアムの誇る天才病弱美少女ハッカー"と言ったところか」
「ふふ……惜しい。最近は"全知の名を戴く"を頭に付けるのが流行りみたいだよ」
「はは、ヒマリは変わらないな。」
そんな雑談を交わしながら、私たちは長い長い地下道を進んでいった。