???:ミレニアム自治区/特異現象捜査部の部室
「────……」
目が覚めた私は、薄暗い部屋でベッドに縛り付けられていた。
(どうしたものか……)
今が何時かは判らないが、体感的に数時間は経過しているはずだ。
どうにかして拘束を解けないかと体を動かしていると、部屋の角に設置された監視カメラが"ギュイ"と音を立てた。
「……気付いていたのか、意地が悪いぞ」
私がカメラに向かってそう言うと、部屋の電気が通常時に戻ったのか、急に明るくなった。
暗闇に慣れた動向を光が焼き、反射で目を細める。
「意地が悪い、ですか……貴方には言われたくありませんね?」
そう言いながら、ヒマリが入室してきた。
それに続いて、エイミも入室してくる。
「……私をそのままトリニティや矯正局に突き出さなかった辺り、まだ交渉の余地はあると思っていいか?」
「はあ、諦めの悪い方ですね……」
単刀直入に私が問うと、ヒマリはため息を一つ吐いた。
彼女はエイミの手を借りて、ゆっくりと私の縛られているベッドサイドに腰かけた。
「さて……ルイさん、貴方には選択肢があります」
「……聞かせてくれ」
仰向けに縛られた私と目が合うように、ヒマリは体勢を変える。
「ひとつ。トリニティへ戻り、罪を償う」
「ふたつ。無謀な計画を諦め、矯正局で裁きを受ける」
「みっつ……ここに残り、私達と共に特異現象捜査部として活動する」
ヒマリは三つの選択肢を提示した。
……ひとつだけ、私に都合の良すぎる選択肢がある。
ヒマリとしては、それを選ばせたいのだろう。
「さあ、お好きな道を選んでくださいね?」
ヒマリは意地悪な笑みを浮かべながら、じっと私の目を見つめ、ベッドに広がった私の翼をなぞるようにして優しく撫でた。
翼から伝わる刺激に私がびくりと体を震わせると、ヒマリは更に口角を上げる。
「……選ばせる気がないように思えるが」
「ええ、ありませんね」
「……全て断ると言ったら?」
それを聞いたヒマリはにこりと微笑んで、私の頬に触れた。
「それができる状況ではない事はわかっているでしょう?」
「……無謀な計画は諦めて、私と共に────」
「────計画を諦める気はない。開放してくれ」
ヒマリの言葉を遮り、拒絶を告げる。
すると、ヒマリは呆れたように深いため息を吐いた。
「はあ、強情ですね……」
(このままではヒマリのペースに吞まれてしまう……どうにかして、交渉に戻らなくては)
「……ヒマリ、君がなぜ私を止めるのか私には理解できない。何が問題なんだ、教えてくれ……」
ヒマリの助け無しでは計画に大きな支障が出る。
ならば……多少の譲歩は仕方ない。
「……本当に、わからないんですか?」
「……わからないんだ、今回の交渉を君が断る理由は無かったはずだ……私の目的も、代価も……私の知るヒマリなら、断らないだろうと思っていた」
「…………」
ヒマリは無言で私に覆い被さる。
「……ヒマリ?」
「……私の知るルイさんなら、こんな無謀な事はしません」
そう小さく呟いて、ヒマリは両手を私の顔の両隣に置いた。
彼女の絹のような髪が私の視界を覆い、否が応でも視線が重なる。
「……」
「ルイさん、貴方の目的と理想は理解しましたし、共感もします……」
「私が気に食わないのは……貴方が自分を犠牲にしている事です」
ヒマリは怒りを隠そうともせず、至近距離で私を睨みつける。
「……それは仕方のな────」
「ふざけないでください!!」
"バチンッ!!"
ヒマリは私の頬を全力ではたき、バランスを崩して私の体に崩れ落ちる。
彼女の全力は、私に殆ど痛みを与える事はなく……逆に、彼女の手のひらが赤くなっていた。
「…………」
「……仕方ない……?貴方を信じ、慕っていた人が今どんな気分なのか考えたことはありますか!?」
狼狽し、押し黙った私に、ヒマリは激情をぶつける。
「ルイさん……貴方は自分が傷付く事で悲しむ人の事を考えていません」
「少なくとも、今の貴方を見るだけで……私は胸が張り裂けそうです……!」
ヒマリはそっと私の左肩を撫で、今にも泣きだしそうな表情を浮かべた。
「……悪かった」
謝罪し、ヒマリの返答を待つ。
「悪いと思っているのなら、自分を犠牲にするような計画は諦めてください……!」
「……すまない、だが私には現状を黙って見ている事など出来ない」
「ヒマリ、私には君が、君たちが必要だ……だから頼む、君の信用を……協力を得るために、私は何をすればいい?」
私の再三の拒否に、ヒマリは脱力し、私の胸に顔を埋める。
「……ルイ、抱きしめてください」
唐突な要求の意図が理解できず、答えに窮する。
「……腕が縛られている」
「……エイミ」
ヒマリに従い、エイミは無言で私の拘束を解いた。
自由になった右腕を、ヒマリの背に回す。
「……これでいいか」
私が彼女を抱きしめると、ヒマリは小さく体を震わせる。
「……貴方が何も言わずに出て行ったあの時、私がどんな気持ちだったか……!」
恐らく、私が外交官を辞めた時のことを言っているのだろう。
「あの時は、すまなかった……私も、気が動転していた」
「……あの時の貴方を見るに、貴方が友人の事を強く思っている事はわかっています」
「その友人を護るため、恐ろしい未来を回避するためにこんなことをしているのも。」
「それでも、そのために貴方を失うのは……私には耐えられません、ルイさん、最後のお願いです……自分を犠牲にするのはやめてください……!」
ヒマリは私に縋りついて、子供が駄々を捏ねるように言った。
……ヒマリがここまで必死になっているのは、初めて見た。
彼女は常に飄々としていて、冷静に物事を俯瞰し……時には茶目っ気を見せる、可憐で優しい人だと、そう思っていた。
そんな彼女なら、私の目的を理解し、協力してくれると……そんな安易な考えで、私はヒマリを深く傷付けてしまったようだ。
……セイアの件も含め、私は空回ってばかりだ、情けない。
「…………私が自分を犠牲にしなければ、君は協力してくれるのか?」
出来るだけ優しくそう尋ねると、ヒマリは私の胸に顔を埋めたまま、ぼそりと答えた。
「……ええ、いいでしょう」
「……わかった」
私がそう返答すると、ヒマリは私の上から退いて……ゆっくりと車椅子へと戻った。
私も身を起こし、ベッドに座るような姿勢になる。
……少し頭を下げて、今度は対等な目線で……再び視線を交わす。
「すまなかった。君を安心させるに足る条件があるのなら……言って欲しい」
尋ねると、ヒマリは視線を重ねたまま、私の手を取った。
「……何があっても常に私と連絡が取れるようにしてください」
「……私のデバイスにヒマリ直通の回線を用意する、好きな時に連絡してくれて構わない」
「怪我をしたら……いえ、何かあったら必ず私に相談してください」
「……約束しよう」
「……最後に貴方が討たれる時、傷を負う前に降伏すると誓ってください」
「……誓おう」
「……何があっても、命を賭けるような事はしないでください」
「……ああ、わかった」
ヒマリはつらつらと要求を述べ、私もその条件を呑んでいく。
要求の中にヒマリを利する内容は一つも無く、その全ては私を心配してのものだった。
「……これで、私を信じてくれるか?」
「────わかりました、もう一度、貴方を信じます」
ヒマリは私の手を強く握る。
握られた手に力を込め、お互いの熱を混ぜる。
「……ありがとう、ヒマリ……心配をかけて、すまなかった」
「……わかればいいんです」
ヒマリは"ふぅ"と息を吐いた。
「義手の件は、任せてください」
「……頼んだ」
「ええ、数日中に設備を用意します……それまで、ここで休んでいてください」
そう言って、ヒマリは部屋を出て行った。
先程から黙って話を聞いていたエイミと、二人部屋に残される。
「……ルイさん、私も一回叩いていい?」
エイミは"ぼすっ"とベッドサイドに座り、話しかけてくる。
「……勘弁してくれ」
「……部長がすごく怒ってくれたからもういいけど、私もルイさんが腕を無くしたって知った時……私も頭に来てたよ」
「それなのに何ともなさげに話を続けるから……もう後ろから撃って気絶させちゃおうかと思った」
口調は冗談めかして言っているが、表情は本気だ。
「すまない……」
「……はあ、本当に悪いと思ってるなら、これ以上部長を悲しませないでね」
「……部長、ルイさんの事結構気に入ってるみたいだから」
「ああ、約束しよう」
「……何か不便な事があったら言ってね、私も部長もいるから」
「……ありがとう」
そう言って、エイミも部屋を後にした。
(………………)
休め、と言われた以上は、休むべきだろう。
これ以上、ヒマリに心配をかけるべきではない。
そう考えて、私は再度横になった。