夕方:トリニティ本校/ティーパーティのテラス
「退学、かあ……」
ナギサから伝えられたその議題は、私の胸に重くのしかかった、
……正直、ルイちゃんはそれに相当するだけの事はやっている。
学籍抹消処分を受けたとしても、仕方のない程に。
「はい……現状でも、ルイさんはトリニティ校則における最大級の罪をいくつも犯しています」
ナギちゃんは目を伏せ、ゆっくりと語った。
「……"ティーパーティー首脳への誘拐及びテロ行為" "不特定多数の生徒に対する傷害" "トリニティ内政の転覆準備" "他校自治区内へのテロ行為"……表に出ているだけでもこれだけの罪状がある」
「これらは全て一つだけでも退学が可能になる程の罪だ」
「……つまり、"本人不在でも裁判を開き、トリニティ学籍抹消、退学にするべきだ"……といのが今の議会の主な論調でね」
「……君も見ただろう?」
「…………」
……校内を少し歩いただけで目に入ってきた"魔王"に対する抗議や、除名嘆願書の署名を促すポスター、他にもデモを呼びかけるものや、侮辱的な内容のチラシが沢山目に入った。
私がいない間に、"魔王"の名は噂や陰口ではなく、大々的な仇名として、天城ルイを糾弾する格好の道具として使われていた。
────私が"魔女"と呼ばれたように。
セイアちゃんは声のトーンを少し落として、言った。
「しかし、私個人としては、これは避けるべきだと思っている……彼女を裁くのは、捕縛して、事情を聴いてからでも出来るはずだ」
「……私も同じ意見です……ですが、退学処分を下す事で、大きなメリットも得られます」
「……トリニティは関与してない、って示せるもんね」
私が小さく呟くと、ナギちゃんは頷く。
「それもありますが……最も大きいのは、彼女がトリニティ生でなくなる事で、学籍無し。無所属の生徒として扱われるようになります」
「無所属の方は連邦生徒会及び、シャーレ及び連邦生徒会、ヴァルキューレによる管轄になりますので……その権力使ってあらゆる学校を跨いだ手配犯として扱われます」
「そうする事で、トリニティやゲヘナなどでは使用が禁止されている弾薬や、対人使用の禁止されている兵器などの制約を無視してルイに対しての攻撃、制圧が可能になります」
「……"先生"の力を借りて、あらゆる生徒がルイに対しての強力な攻撃が可能になるんだ。それに……ルイがトリニティ生でなくなれば、他校への協力要請もしがらみなく、スムーズになる。そうなれば彼女に逃げ場はない、潜み続ける事は難しいだろう」
セイアちゃんは淡々と語る。
「……その後、捕まったルイちゃんはどうなるの?」
「……連邦生徒会による裁判の後、矯正局に送られるだろうね」
その言葉に、ナギちゃんが補足するように続けた。
「一応、矯正局での刑期を終えた後ならば、退学処分の取り消しを行う事もできます。……しかし、罪の重さから鑑みるに……連邦生徒会矯正局の裁判なら、最低でも1.2年は留年して懲役に服する事になるでしょう」
「────そして、連邦生徒会による裁判は、各校による干渉を受けない……つまり、減刑も期待できないだろう」
セイアちゃんは目を伏せたまま、そう言った。
「それって……」
「はい、事実上退学の取り消しは行えない、という事です」
当然だ。
1.2年もすればここにいる全員、居なくなっている。
ルイちゃんが釈放される頃には、彼女の善性を知る者は居らず、ただそこに罪状が並べられているだけ。
その罪状を前にして、退学の取り消しを行ってくれる生徒は居ない。
「故に、迷っているのです……どのような選択をすべきか」
「私は、曲がりなりにも友人であった彼女の事を護ってあげたい……それでも、ゲヘナでの件を経てから、内部からの突き上げが酷くてね」
二人はこの件で相当参っているようで、疲れた表情を浮かべていた。
「……ごめんね……私が、あの時ルイちゃんを捕まえてれば……」
ルイちゃんが一番悪いが……二番目に悪いのは私なのかもしれない。
だって、セイアちゃんの襲撃の時に私が負けていなければ……二度目の決闘に負けていなければ、こんな事にはなっていなかったから。
「……ミカが気に病む必要はない、これは、ルイの選択なのだから」
「その通りです……ミカさん、彼女と何があったにせよ、貴方に責任はありません」
「ナギちゃん、セイアちゃん……」
二人は慰めてくれたが、落ち込んだ気分は戻らない。
「……先生に聞いてみたいな」
私は小さく呟く。
「……それもいいかもしれませんね、今から連絡してみましょうか」
それを聞いたナギちゃんは早速スマホを取り出して、先生にモモトークを送り始めた。
「────通話ならすぐに出来るそうです、繋いで大丈夫ですか?」
先生はすぐに返信を送ってきたようで、ナギちゃんはスマホをテーブルに置いて私たちに確認を取る。
私とセイアちゃんが良いと言うと、ナギちゃんは通話をかけた。
数度のコールを経て、先生の声が聞こえてくる。
"……もしもし?"
「先生、急な連絡に応じてくださり感謝いたします」
"かしこまらなくてもいいよ、頼ってくれてありがとう"
先生はいつもと変わらない様子で、優しい声色で伝えてきた。
「早速ですが……」
ナギちゃんは今回相談した内容を説明した。
"……退学かぁ"
先生は困った様子で返事をした。
「……トリニティの内部は退学にするべきだ、という論調が強い……私達も、どうするべきか迷っているんだ」
セイアちゃんがそう先生に伝えると、彼はしばらく悩むように声を震わせた。
"先生としてはやっぱり避けるべきって言いたいけど……"天城ルイ"、彼女がやってきた事は、どうしても擁護できない"
"……せめて、本当の目的がわかればいいんだけど……トリニティの規則では、退学処分の要項は満たしているんだよね?"
先生はしばらく考えた後……口を開いた。
"……ごめんね、先生としては止めるべきだと思うけど……正規の退学要件を満たしている以上、シャーレの権限でトリニティの内政に干渉して無理やり止めるのは難しいかな……"
先生は心底申し訳なさそうに言った。
「そっか……」
私はそう呟いて、思考する。
私が捕まっている間はあんまり話せなかったけど、ルイちゃんはいつもとあんまり変わっていなかったように思える。
(……本当に、ルイちゃんは私たちを裏切ったのかな)
そんな事ばかり考えてしまう。
堂々巡りの思考に呑まれかけた時……先生が沈黙を破った。
「────やっぱりもう少しだけ、待ってあげられないかな」
"……ルイの行動は不可解な所が多いよね、特に……ゲヘナで戦闘を起こした事と、セイアをみすみす逃がした事に……ミカをあっさり解放した事"
"私の考えを結論から言うと、多分彼女は退学になる事を狙ってやってるんだと思う"
"ルイがこっそりマコト……議長に会いに行かずに、わざわざ目立つように戦闘を起こした理由と、ミカが手に入れた情報を聞くに多分……ルイはセイアを襲撃した理由をトリニティに知らせたかったんだと思う"
"それに、"魔王"の仇名はミカが教えたんだよね?……それなのに、ルイは自分から"魔王"を名乗り始めた……ここから推察するに、ルイは退学になりたいんじゃないかな"
「…………」
セイアちゃんは少し驚いたように眉を動かし、テーブルに置かれたスマホを見つめている。
「……確かに、ゲヘナでの戦闘と、私への襲撃理由をミカを通じて明かした事……それで、"他校へのテロ行為"と、"トリニティ転覆"の罪を背負う……退学には十分すぎる理由だね」
「つまり、退学処分は、ルイさんの狙い通り……という事ですか?」
"うん……ルイが退学になって得られるメリットはわからないけど……そうじゃないと、わざとトリニティの内部を煽るような事をする理由がないからね"
先生の考えを聞いたナギちゃんは、少し救われたような表情をした。
「……それならば、退学処分は見送るべきでしょう」
「ああ、私もそう思う」
そう言って、二人は納得したように結論付けた。
「……うん、ルイちゃんを退学にするには、まだ早いと思う」
私の言葉を聞いて、ナギちゃんは頷く。
「退学処分は一旦延期します……相談に乗っていただき、ありがとうございました」
"ううん、力になれたなら良かったよ……もう少しで資料を連邦生徒会に届けなきゃいけないから、私はここで……また何かあったら、連絡してね"
「はい、ありがとうございました」
そうして、先生との通話は終了した。
……皆、ルイちゃんを退学にしないための理由が欲しかったんだろう。
二人とも、安心した顔をしている。
「……何としてもルイさんを捕まえましょう、彼女を裁くのは……私達です」
「ああ……事情も、真相も知らずにルイを退学にするのは……私は納得できない」。
……これ以上、ルイちゃんに罪を重ねさせるべきじゃない。
捕まえて、ルイちゃんの罪を……赦してあげたい。
私が赦されたように……ルイちゃんだって、事情が、理由があるはずだ。
セイアちゃんが言ったように、理由も知らないまま、なんて納得出来ない。
(……すぐに捕まえてあげるから……待っててね)
拳を固く握り、決意を確かなものとした。