朝:ミレニアム/特異現象捜査部
「────ん……」
目を開ける。
それと同時に、"ピピピ!!"とアラームが耳元で鳴った。
時刻は7時、健康的な時間だ。
もはや私の部屋と化している仮眠室のベッドから起き上がり、シャワー室で顔を洗う。
反射で左腕を使う事もなく、痛みなくスムーズに洗い終わった。
鏡を見ると、目元の隈は消え……血色も戻っている。絶好調だ。
部屋に戻り、軽く柔軟をしてからヒマリにチャットを送る。
"ええ。おはようございます"
"当然、起きていますよ。"
"ミレニアムが誇る清楚系病弱美少女ハッカー"
こと私、明星ヒマリは規則正しく、早起きなのです、ふふっ"
まだ眠っているかもしれないと思ったが、起きていたようだ。
たった数文字の短い返信を送る数秒の間に返ってきた異常な速さのチャットに内心驚きながら、私はヒマリの居るサーバールームへと向かった。
渡されたカードをスキャナに読ませ、入室する。
「失礼する……おはよう、ヒマリ」
私が入室した事に気付いたヒマリは車椅子をくるりと旋回させて、微笑んだ。
「おはようございます……顔色を見るに、お元気そうで何よりです」
「ああ、二人のおかげだ……ありがとう」
そう素直に感謝を述べると、ヒマリは嬉しそうに目を細めた。
本題に入ろう。
「要件なんだが……朝早くから悪いが、少し聞きたいことがある」
「ええ、何でも仰ってください、"全知"の名が示す通り、私は何でも知っていますので」
ヒマリは"ふふ"と笑い、誇らしげな笑みを浮かべる。
「私がトリニティを退学になる、といった話は出ているか?」
それを聞いたヒマリは一瞬顔をこわばらせ、"おほん"と一つ咳ばらいをした。
「……ええ、トリニティの校内チャットや通信を中心に、貴方の退学に関する……"議論"が巻き起こっています」
「ティーパーティの方針としては、"天城ルイはトリニティが裁くべき"だとして、現状は退学にしないつもりのようですが……」
「……ふむ、そうか……」
ヒマリの話を聞いて、思考する。
トリニティを退学になる事で、私が体を晒して正面から戦う必要が薄くなる。
私の攻撃が"トリニティによる攻撃"だと認識されるのを避けるため、ゲヘナでの作戦では正面から戦ったが……おかげで、かなり痛い目を見た。
退学処分を受けて、トリニティの名から解き放たれれば……そのリスクは薄くなり、ドローンや遠隔から兵器を使った行動をメインに据え、私本人が傷を負うリスクを低減できるようになる。
……正直、ゲヘナでの作戦が終了した時点で退学処分を受けると想定していたが、そう上手くはいかなかったようだ。
「……チャットワークや通信に介入し、退学の論調を煽り立てる事はできないか?」
私の質問に、ヒマリは困ったように目を一瞬だけ瞑って、答える。
「……すみません、先程は"議論"と表現しましたが……実際は、もう少し過激なものです」
「それでも、貴方を退学にしない……とティーパーティは決断しました。」
「……例えこの私の力で煽り立てたとして、彼女たちは揺らがないでしょう。」
「そうか……皆は……」
……三人は私を退学にしないと決断したようだ。
それは心の底から嬉しいが……作戦の障害になる。
三人には悪いが────。
「……仕方ない」
「……仕方ない、とは?」
ヒマリは首を傾げる。
「……次の目標はトリニティだ、義手が完成して操作に慣れたら……攻撃を仕掛ける」
「止めてください」
ヒマリはぴしゃりと言った。
「私が協力する条件を忘れてしまったのでしょうか……ええ、ええ。酷い傷でしたからね、物覚えも多少は悪くなるというものでしょうとも。しかし……約束を破る、というのなら看過できません。貴方を傷つけない、失わないために私はここまでしているのです。それなのに貴方は再び無謀な戦いに赴き、自らを犠牲に何かを得ようと────」
「……待ってくれ」
まくし立てるヒマリを制止する。
「……はい、待ちますとも……"やっぱりやめる"というのなら……聞きましょう」
ヒマリは興奮した様子で、私をじっとりと見つめる。
「……言い訳がましいが、ゲヘナでの作戦のように正面からやりあいに行くわけじゃない、目的は、退学の決定打となる事件を起こす事だ」
「……どうするつもりでしょう、ちなみに、私は貴方が退学になる事も良くは思っていませんよ」
「退学は今後のためにどうしても必要な事だ……すまない、理解してくれ」
「……友人を想っての行動で、貴方を想って耐えている友人を傷付けると?」
ヒマリは確かな怒りを滲ませ、言った。
「……承知の上だ」
私の返事を聞いて、ヒマリは呆れたように天井を見上げ、大きなため息を吐いた。
「……はあ、わかりました……それで、どうするつもりですか?」
「……これはただの思い付きだが、中央広場の噴水を吹き飛ばす……というのはどうだ」
「犯人は私だと宣言するついでに校内放送を乗っ取り、爆破すると宣言すれば、余計な怪我人は出ない」
「中央広場の噴水は一種の権威を象徴するシンボルのようなものだ、それを吹き飛ばしたとなれば……ティーパーティが何と言おうと、私は退学を免れないだろう」
咄嗟の思い付きにしては、マシな作戦だろう。
しかし、ヒマリには歓迎されない条件が一つある。
「……隠し事はしない約束だ、言っておこう」
「"天城ルイを騙った者による謀略だ"、という逃げ道を塞ぐため、私はトリニティに姿を見せる必要がある……それは、許してほしい」
それを聞いたヒマリは、数秒思考し、答える。
「……戦闘は行わない、と誓ってくださるのなら、構いませんよ」
「悪いが確約はできない。しかし……私から仕掛ける事はないと約束しよう」
私がそう言うと、ヒマリはしばらく考え、私の目をじっと見つめる。
「……それでは、作戦時に私が監視、支援することを許してくれるのなら……いいでしょう」
……ヒマリはトリニティでの作戦に協力する気のようだ。
「……ヒマリ、気持ちは嬉しいが……万が一、私との協力関係が露見したら……」
この件にヒマリが関与している事が公に露見すれば、いったい何が起こるのか……想像に難くない。
ヒマリの協力は断らざるを────
「おや、私を誰だと思っているんですか?ミレニアムが誇る────いえ、貴方の親愛なる友人、明星ヒマリの力を、信じられないと仰るのですか?」
堂々と言い切って、ヒマリは私に向かって微笑んで見せた。
…………確かに、ヒマリならその"万が一"も無いだろう。
「…………そうだな、悪かった。手伝って欲しい、頼めるか?」
「それでいいのです、頼りにしてくださいね?」
「ああ、頼りにしている」
私の言葉にふふ、と笑って、ヒマリは手を差し出す。
「……それでは、約束しましょう」
「……?」
「おや、ご存じないのですか?……でしたら、教えて差し上げましょう」
ヒマリは私の手を取って、小指を絡めた。
「約束事をするときのおまじないです……見ていてくださいね?」
「ゆーびきーりげーんまん……」
そう歌いながら、絡ませた手を上下に動かす。
「……ゆび、きった!」
拳だ針だと物騒な歌を終えて、ヒマリは指を離す。
「……嘘を吐いたら、許しませんから」
ヒマリは小さく呟いて、こちらを見た。
「……ああ」
「ふう……とりあえずこの話はここで終わりにしましょうか」
ヒマリは先程までの雰囲気を霧散させ、いつもの表情に戻った。
「まずは義手を完成させてください、詳しい話はそれからにしましょう」
「……そうだな、朝から時間を取らせてすまなかった」
「構いませんよ、これからも遠慮なく私を頼ってくださいね」
「……ありがとう、それでは、私は失礼する」
「ええ、それではまた」
ヒマリに礼を言って、私はサーバールームを後にする。
(……ウタハ達の到着まで時間がある。義手の構想を練るついでに、設備を再度確認しておこう)
エレベーターに乗り込み、4階へと向かった。