夕方:トリニティ本校/救護騎士団医務室
「────私は悲しいです!!」
そう叫んだミネは、私に怒りと呆れの混ざった視線を向ける。
あのあと医務室で目を覚ました私は、ミネに懇々と説教を受けていた。
「……悪かったよ、ミネ……」
「いいですか?いくら実戦形式の訓練だからといって、ここまでの怪我をしていいということにはなりません。ツルギとまともにやり合うなど、論外です」
「貴方はただでさえ脆いのですから、無謀な真似は二度としないでください。いいですね!?」
「……すまない、以後気を付ける」
怒気に満ちたミネに凄まじい剣幕で詰め寄られ、私はしゅんと謝罪を呟く。
それを聞いたミネは "はあ" と大きく息を吐いた。
「私との予定もあったというのに……。それで、具合はどうですか?」
「…………少し待ってくれ」
ミネから聞いたところによると……鎖骨と肋骨が折れているらしい。
目覚めた時には、肩と首全体を覆う固定具が嵌められていた。
瞑目しつつ、ズキズキと疼く痛みを探る。
(骨折、打撲……それ以外の症状はないな……)
そう結論付けて、深く脱力する。
「……何ともない。君の診察通り、ただの骨折だな」
「この分だと……2、3日大人しくしていれば元通りになるだろう」
「それと、予定の件は申し訳ないと思っている。こんど埋め合わせるよ」
予定をキャンセルするどころか、面倒をかけてしまったミネに謝罪すると……彼女は"はあ"と大きくため息を吐いた。
「……そういう問題ではありません。貴方は自分の力を過信しすぎて────」
と、ミネが怒気を滲ませた所で……ベッドの隣で渋い顔をしていたハスミが割って入った。
「……ミネ団長、今回の訓練ではいくらかの行き違いがありました」
「原因は我々にありますので、ルイさんを責めるのは……」
そう。……実は、先の訓練でツルギが"乱入"してきたのは、私の勘違いだったのだ。
「……いや、あの時は私も冷静でなかった……」
「そもそも、ツルギの到着が"演習終了の合図" だと察せなかった私が悪い」
「"長く戦っていれば主戦力級が到着するのは当然" と思い込んで戦闘継続の指示を出した私が責められるべきだ」
「……そもそも、"実戦に即すために、情報を伏せて"……と言ったのは私だしな」
──言われてみれば確かに、あの時ツルギは"終わりだ"と言いながら突入してきた。
それを"参戦の宣言"だと勘違いしたのは、明らかに私に非がある。
……冷静になってみれば、なんとも恥ずかしい勘違いだ。
そんな私の言葉を否定するように、ハスミは小さく首を振った。
「いえ……攻撃側にも終了の合図が"ツルギの到着"だと知らせていなかった我々の落ち度です」
「言い訳がましいですが、"ツルギが来るまで耐える"と作戦目標を履き違えられても困りますので……」
「そもそも、誤解を解かずに戦闘を始めたツルギが一番悪いのです。重ねて、申し訳ありませんでした」
そう言ってハスミは頭を下げ、真摯に謝罪する。
……謝罪の応酬になってしまった。となれば、ここはお互い様だろう。
「とはいえ、先に仕掛けたのは私だからな……では、"お互いに非があった" ということで落着としよう」
「……ところで、私のチーム員達は無事か?」
話を変えるため、ハスミに問うと……横で聞いていたミネが呆れたように息を吐いて、ハスミの代わりに答える。
「彼女達なら、現地で待機していた救護騎士団の生徒が処置を済ませました」
「貴方と違って大人しく話を聞いてくださいましたので、殆ど怪我もなく……当然、無事ですよ」
ミネはじっとりとした目線を私に向けつつ、言葉を終える。
ちくちくと突くような言葉を受けながら、私はハスミの方へと目線を向けた。
「なら、いいんだ……私の勘違いで余計なことに巻き込んでしまったからな」
「ハスミ、悪いが彼女達に"謝っていた"と伝えてくれ。それと……相手チームのメンバーにも」
「もちろんです……貴方の無事も加えて、伝えておきます」
「……ありがとう」
それから少しして。
演習のレポートについての話が終わると、ハスミは退室し……ミネと私だけが部屋に残された。
ハスミの背を見送り、ミネはふうと小さく息を吐く。
「さて……少なくとも、今日中は大人しくしていてください」
「もっとも、動けるような状態ではないでしょうが……」
ミネの言う通り、流石に今日は動けない。
悪いが、今日は予定をキャンセルせざるを得ないだろう。
「そうだな……すまないが、上着のポケットに携帯がある。取ってもらえるか? 予定を調整する」
そう頼むと、ミネは椅子の上に畳まれた私の上着を漁って……"どうぞ"と携帯を差し出した。
「ありがとう」
携帯を受け取り、この後に会う予定だった者たちへ送るメッセージを考え始めた。
「────……はあ」
方々への連絡を終えた私は、コップに注がれた水をごくりと飲んで……ひとつ息を吐き出した。
「終わりましたか?」
私が電話を終えたことに気付いたのか、ミネはクリップボードを机に置いて尋ねる。
「ああ……もう今日は休みだ。と言っても、既に夜だが」
現在時刻は19時過ぎ。ミネとの訓練の予定を含め、予定をみっつ抜かしてしまった。
謝罪の連絡を入れたら事情を理解してくれたが……事故とはいえ、流石に申し訳ない。
しかし仕事が無くなったわけではないし、せめてできる仕事を片付けよう。
まだまだ痛みはあるが……まあ、使わなくても仕事はできる部位だ。問題ないだろう。
痛む体を動かし、身を起こす。
「相談室に戻りたいんだが……そろそろ戻っていいか?」
そう尋ねると、ミネは眉間にしわを寄せて……鋭い視線を私に向けた。
「ダメです。許可は下りていますし、私も今日は予定がありませんので……今日はここに泊まってください」
「……片付けないといけない仕事がある」
「なおさら許可できません。少なくとも今日はここから一歩たりとも出しませんし、仕事もさせません」
取りつく島もなく、きっぱりと断られた。
……こうなると、ミネはテコでも動かない。大人しく従うしかなさそうだ。
「わかった、今日はゆっくり休むよ……」
起こした体を再び倒し、身体の力を抜く。
すると、ミネはゆっくりと私の傍へと歩み寄ってきた。
「そうしてください、万が一貴方の身になにかあってはいけません。処置のついでに身は清めておきましたので……今日はもう大人しくしていなさい」
そう言ってミネは私に優しく毛布を掛け、言外に"寝ろ"と圧を掛けてくる。
「……わかった……そうさせてもらうよ……──」
諦めたからか、疲れが溜まっていたのか……目を閉じると、私はすぐに眠りに落ちていった。
深夜:トリニティ本校/救護騎士団医務室
side:ミネ
「……すぅ……」
カーテンの隙間から差し込む月明りに照らされ、安らかな寝息を立てる彼女を見下ろす。
「……ルイ……」
優しく髪を撫でると、彼女は"んぅ……"と小さく声を漏らした。
(………………)
────彼女はよく"天才"などと揶揄されるが、その実は、異常ともいえる努力家だ。
私は彼女が一年生の頃から、救護騎士団で医学を学ぶ姿を見ていた。
彼女はあらゆる知識を貪欲に食らい、枝葉の先まで余すことなく飲み込み、血肉と変えてきた。
それは医学のみならず、戦闘においても例外ではない。
……ある日。医療品の買い出しの帰り。
ルイは私に深く頭を下げて、こう言った。
"ミネ。貴方の戦い方は個人戦闘における最適解だと私は考えている"
"私にはその力が必要だ。だからどうか、貴方の戦いを学ばせて欲しい"
唐突な頼みに面食らいながらも、何故、と問うと……彼女は答えた。
"貴方の戦い方は、たとえ一人でも戦場を駆け……他者を護り、悪徒を払うためのものだ"
"その戦術を理解し、我が物とできれば……私はもっと、多くの人の力になれる"
真摯に、熱意たっぷりに頼み込んだ彼女に根負けし……私はその頼みを承諾した。
それから、私は彼女の師として……自他を守り、救護するための術を教えた。
盾を使った防御方法。ショットガンの利点を最大限生かす立ち回り。戦場を安全に移動する方法。
ほぼ無意識にやっていたそれらを言語化するのは難しかったが……私が感覚を伝えるだけで、彼女はそれを理論に変換し、自分のものにしていった。
……そうして、彼女はすぐに戦い方を身に着け、自分なりに昇華して……今のように、前線で戦える程にまで成長した。
……彼女と共に琢磨した日々も、その結果も。誇らしく、大切に思っている。
……だが、こうして臥せているルイを見ると、罪悪感が湧き出てくる。
彼女の身体が脆いのは知っていた。こうなることも想像できた。
「…………」
罪悪感から目を背けるように、そっと眠る彼女の頬を撫でると……ルイは僅かに瞼を開き、私と目が合うと、またゆっくりと瞼を下ろした。
……微睡の中で見た私は、彼女の目にどう映っているのだろうか。
「…………ごめんなさい」
ぽつりと呟く。
……教えなければよかった。なんて、そんなことを言っても仕方がないというのに。
早朝:トリニティ本校/救護騎士団医務室
side:ルイ
「────んぅ……」
きらりと輝いた朝日と共に、目が覚める。
(久しぶりにベッドで寝たからか、すっきりした……)
伸びをしようと体を動かすと、"ずき"と鈍い痛みが走る。
(……ああ、そうだった)
周囲を見回し、時計を見ると午前5時半ごろ。
……流石に、起こしても問題ない時刻だろう。
「……ミネ、起きてくれ」
声を掛けて、隣のベッドで眠っているミネを起こす。
「────んぅ……」
すると、ミネは目を擦りながらゆっくりと起き上がり……私に気付くと、勢いよく目を開いた。
「……おはようございます、どうかしましたか?」
ミネは一瞬でいつもの調子に戻って、私の具合を聞いてくる。
「……いや、一度部屋に戻りたいんだ……その許可が欲しくてな……」
「………………」
そう伝えると、ミネは"はあ"とため息を吐き、固く目を閉じて……考えるような仕草を見せる。
「……わかりました、許可します。……ですが、最後に状態の確認をさせてください」
逡巡の末、ミネは呆れたようにそう告げ……ベッドの隣に立った。
「ああ、頼む」
────ミネは私の患者衣を脱がして、骨折した部位の状態を診察した。
「……問題なさそうです。ですが……くれぐれも無理はしないように」
「わかっている。昨日今日と迷惑をかけてすまなかった……」
ミネに服を着せてもらいながら、身支度を整える。
「もし何かあったら、私に連絡してください……そうでなくとも、周囲に助けを求めるように」
再三の忠告に、私は"わかった"と首肯し、ベッドから立ち上がった。
「それでは、私はこれで」
「ええ……お大事になさってください」
「ああ、ありがとう」
ミネに感謝を伝え、私は医務室を出た。
朝:トリニティ本校/相談室
椅子に座り、ラップトップを開く。
外付けのキーボードを膝に置き、痛まない方の手で先日行った訓練の報告書の作成を始める。
"攻勢を掛ける際のプロセスには改善の余地があり────"
"防衛に際して、装備の運用方法を見直し────"
"室内戦闘における基礎教練の再度実施を────"
作戦中に起こった事象と対応、それに対する所感と改善案を纏める。
私の指揮も含め、改善点はいくつかある。
1時間程すればおおむね書き終わり、あとは校正チェックのみ……というところで、すこし休憩することにした。
「ふぅ……」
ティーバックで淹れた紅茶を一口飲んで、椅子にもたれかかる。
片手しか使えないというのは、なかなか不便なものだ。
そっとカップをソーサーに戻したところで、"ブブ"と机に置いた携帯が小さく震え、通知が来たと知らせる。
メールを開くと、内容は"業者"からの連絡。
内容はいつもと変りなく、"頼まれていた物資が調達できた"の一文のみ。
"明日の夜取りに行く"と返信して、端末の画面を消す。
────計画の準備も大詰めだ。決行の時も近い。
武器は揃っており、テストも完了している。
物資も十分集めた。……あとはこの怪我さえ治れば、すぐにでも始められる。
これ以上を目指すこともできる。だが……セイアの"予知夢"や、"ブラックマーケットの生徒"の件もある。
これ以上時間をかけるのは、リスクに釣り合わないだろう。
……ふと、ミネの顔が思い浮かぶ。
あれだけ私の心配をしてくれているミネが……このことを知ったら────。
(…………やめだ)
裏切りの代償を支払う覚悟は、とうに決めている。
「……私が、やらなければならない」
空虚な部屋にぽつりと呟き、空になったカップを置いた。