夕方:特異現象捜査部/屋上
──────あれから3日が経った。
私は朝から晩まで、義手を使いこなすための訓練に明け暮れていた。
朝夕は戦闘訓練、夜には料理をし……洗い物から入浴までをこなす。
……そして、現在時刻は夕刻。
訓練を終えた私は、汗をタオルで拭きながら椅子に座って休憩していた。
「……ふう」
動きはかなり様になってきた……もう少し仕上げれば、戦闘や日常生活も十分に行えるだろう。
……そろそろ、訓練の段階を引き上げるべきかもしれない。
(エイミにでも頼んで、訓練に付き合ってもらうのも悪くないな……)
そう思考しながら、制汗シートをゴミ箱に投げ入れ、エレベーターに乗り込んだ。
「ただいま……」
キッチンの扉を開けて中に入ると、そこでは既にエイミが夕食を作ってくれていた。
キッチンに充満した良い香りから、今日はカレーだろうと察する。
「あ、おかえり……今日も訓練してたの?」
「ああ。訓練の経過は良好だ、あと少しで完璧に扱えるようになるだろう」
「そっか、良かった……頑張ってね」
私が義手を動かしてみせると、エイミは安心したように返事をして、再びコンロへと向き直った。
「……ところでエイミ、料理中にすまないが、少し話が……頼みがある」
皿の用意をしながら尋ねると、エイミはくるりと振り返ってこちらに視線を向ける。
「ん、どうしたの?私にできる事ならいいけど……」
「時間がある時でいい、私と戦闘訓練をしてくれないか?……実戦形式で慣らさなくては、どうも不安でな」
「いいよ。じゃあ、時間がある時にでも行くよ、明日からでいい?」
私の急な頼みを、エイミは二つ返事で快諾してくれた。
「ああ、ありがとう……私はいつでもいい、待っている」
「おっけー、じゃあ明日ね」
エイミは私の言葉に頷きを返す。
そうして、エイミが私の訓練に付き合ってくれる事になった。
「────はい、どうぞ」
調理を終えたエイミは用意していたカレーを器に盛り付けて、私の前に置いた。
「ありがとう……料理を任せてしまった分、訓練も兼ねて洗い物は私にやらせてくれ」
「わかった、じゃあお願いするね」
「ああ、任せてくれ」
話しながら、エイミが先に着いたことを確認して……手を合わせる。
「では……いただきます」
感謝を込めてそう呟き、私たちは夕食を食べ始めた。
「……ご馳走様、今日の味付けはとても私好みだった、美味しかったよ。ありがとう」
「うん、お粗末様」
「……よし、後片付けは任せてくれ」
皿を食洗器に入れ、義手に防水カバーを取り付けて鍋とフライパンを洗いはじめる。
油が残らぬよう、隅々までスポンジを沿わせ、丁寧に洗っていく。
「……昨日料理してる時にも思ったけど、結構上手くなったね……普通の手とあんまり変わらない動きしてる」
私が鍋を洗う所を横でじっと見ていたエイミは、感心した様子でそう言った。
「ははは、そうだろう?練習の成果……というよりは、エンジニア部の調整が完璧だったおかげだ」
これは謙遜ではなく、実際にその通りなのだ。
この義手は、私の望み通りに動いてくれている。
「このように装甲を外せば防水防塵カバーも付けられるし、本物の皮膚そっくりに偽装するカバーもある……ここまでくると、本物の腕より多機能かもしれないな」
"ふふ"、と談笑しながら、これ……洗い物を終わらせた。
「よし……」
鍋を拭いて、ラックに戻す。
「ん、ありがと……」
私が洗い物を終えた事に気付いたエイミは、アイスココアを飲みながらお礼を言った。
「このような作業はいい訓練になるから、是非私に任せて欲しい……他に何かあったら言ってくれ。」
「……とはいえ、明日があるから私はここで部屋に戻らせてもらうかな」
「もう寝ちゃうの?早いね……」
「睡眠は脳を調整する時間でもある。失った事を体に自覚させるためにも、睡眠時間は長く取りたいんだ」
私が苦笑しつつそう伝えるとエイミは"へぇ"と呟いて、ぐいとアイスココアを飲み干した。
「部長も寝ちゃったし、私も早く寝ようかな……」
エイミはそう言って、小さく伸びをした。
「はは、そうすると良い。たまには長く眠るのも重要だ。」
「そうだね……じゃ、おやすみ、ルイさん」
「ああ、また明日……おやすみ、エイミ」
エイミに小さな手を振って、私は部屋に向かい……入浴を済ませてベッドに入った。
昼:特異現象捜査部/屋上
────翌日。
義手を使った簡単な反射訓練をしていると、ポケットの携帯がぶるりと震え、通知を知らせる。
差出人はエイミ。"時間が空いたから、今から行くね"と記されたそれに、"待っている"とだけ返信する。
(……少し、休憩するか……)
……いったん訓練を中止し、エイミの到着まで休憩を……と思っているうちに、エレベーターの扉が開き、エイミが降りてきた。
「やっほ」
「ああ、来てくれてありがとう」
いつもの服装でショットガンを担いできたエイミに、軽く手を挙げて挨拶する。
エイミは"ふう"と息を吐いて、隣のベンチに腰を下ろした。
「一応ゴム弾使うつもりだけど、それでいいよね?」
「ああ、それでいい」
「……じゃ、どんな感じでやる?やっぱり近距離の殴り合い?」
「いや、今回私は突撃剣を使わずに、中距離から私が仕掛ける。エイミにはそれを迎撃して欲しい」
「えっ、でもルイさん盾なしじゃ戦うの難しいって前言ってなかったっけ……しかもゴム弾使うし……大丈夫?」
エイミは心配そうにそう尋ねたが、大丈夫だと首を振る。
「いや、この義手の性能を考えるのなら、盾を捨てる事も選択肢としてあるかと思ってな……それに、ゴム弾ならボディアーマーとフェイスシールドを付けていれば大丈夫だろう。それと、こちらは空砲を使用するからエイミは安心してくれ」
「うーん、確かに防護措置ちゃんとしてれば大丈夫だと思うけど……多分右手とか足に当たったら痛いよ?」
「大丈夫だ、多少の痛み程度なら慣れている」
自分の腕をぱちんと叩き、大丈夫だと示す。
「……あんまり慣れない方がいいと思うけどね」
エイミは小さく呟いて、続ける。
「まあいいや、じゃあ始めよっか……、合図はどっちがする?」
「……想定状況は私が強襲する側だ……つまり、私からでいいか?」
「うん、いいよ……少しの間目を瞑っておくから、"目を開ける"、って私が言った後はどこからでも来ていいよ」
"よいしょ、と立ち上がり、エイミはベンチを離れ目を瞑って、少し離れた場所で立ち止まった。
────その間に、大型の換気扇裏に私は隠れ、エイミの様子を伺う。
「目、開けるね!」
エイミは大声でそう宣言してショットガンを構え、周囲を警戒し始めた。
(……さて)
ちらりと遠目に様子を確認する。
ゆったりとした動きに見えて、全く隙がない。
さすが、特異現象捜査部の実地調査を一人で任されるだけの事はある。
その隙だらけに見せかけた隙のない振る舞いに感心しながら、攻勢を練る。
(エイミの銃はセミオートとポンプアクションの切り替え式……ならば、どこから行っても同じだ、奇襲も反射で対応されるだろう。下手に回り込もうとすれば逆に不利を背負う、それなら……)
────正面突破。
"ダッ!!"
周囲を警戒するエイミが一瞬視線を外した瞬間を狙い、義手を盾に駆け出す。
一瞬だけ反応が遅れるが、エイミは飛び出した私に即座にショットガンを向け、構えた。
エイミが向けたショットガンの銃口を読み、踏み込み。サイドステップ────の、フェイントを仕掛ける。
"タンッ!……ダンッ!!"
"────バァン!!"
エイミが牽制に放った散弾は、彼女の優れた動体視力が仇となって、見当違いな方向へ着弾し……大きな着弾音を立てた。
焦りを全く感じさせない表情で、エイミは疾駆する私に再度ショットガンを向ける。
(……あと一発!!)
私の速度とエイミの距離を考えるに、エイミがまともに狙って撃てる弾丸は恐らくあと一発。
いくら反射に優れる彼女とは言え、完全な不意打ちで行われる変則機動には追い付けないはずだ。
"────ガチン。"
(────今だ!)
エイミが引き金を引く。
その瞬間、私は義手を前に出して上半身を守りながら滑り込む。
"ズザアアッ!!"
"ガガインッ!!"
狙い通り、放たれた散弾の殆どは義手に当たって防がれ、私自身へダメージを与える事はなかった。
(……狙い通り!)
"ダンッ!"
スライディングの姿勢のまま、フリーハンドだった右の掌底を地面に叩きつけ、反動で縦に回転しながら跳躍する。
「……はあッ!!」 「ッ……!!」
エイミは対応しようと咄嗟にショットガンを跳躍する私に向けようとしたが、その時点で既に私とエイミの距離は肉薄していた。
"ガンッ!!────バアンッ!!"
その隙を逃さず跳躍の回転を乗せたかかと落としをエイミに見舞う。────が、エイミは咄嗟にそれを左腕で防ぎ、弾き飛ばすように打ち払った。
(防がれた……!だが……!)
着地までの数瞬、思考する。
(エイミとの距離の目算およそ2.5メートル、十分に届く距離だ……!)
"ギュイイン!!"
義手の掌を開いて腰を深く落とし、着地する右足に全ての重量を預ける。
"ダアンッ!!"
着地の姿勢のまま、強く踏み込み、全体重、全脚力を持って、私は左腕を銃口を掴み、覆うように突きだした。
「行くぞ……ッッ!!」 「なっ……!?」
一見無謀ともとれる踏み込みに、エイミは驚き……反射で引き金を引いた。
"ダダダダァンッ!!"
"ガガガガアンッ!!"
装甲の厚い掌底に散弾が何度も直撃する。……が、肩に伝わる衝撃は、この突進を止められるほどではない。
(……届いた!!)
"ガキインッ!!────ブオンッ!!"
握撃の射程内に入った事を確認して肩に力を籠めると、瞬間的に最高出力まで上がった把持力でエイミのショットガンを力強く掴み、奪い取った。
奪ったショットガンをくるりと回し、エイミに向ける。
「……私の勝ち、という事でいいか?」
そう言うと、ゆっくりと両手を挙げたエイミはぷくりと頬を膨らませた。
「私の負けではあるけど……あのフェイントずるくない?私みたいな人にしか通じないでしょあれ……」
冗談めかした可愛げのある負け惜しみに、私は微笑む。
「ははは……相手の実力を読むことも含めて戦闘なんだ、ずるいとは言わせないぞ」
「ふふ、そうだね……」
それを聞いたエイミも少し笑って、感想戦を始めた。
「────義手を盾にして突っ込んできたのと、銃口を掌底で塞いで奪ってきたのは驚いたし……面白かったよ、やっぱり咄嗟の判断って大事だね……」
「一対一で相手がルイさんの義手のこと知らなかったら、大体勝てちゃいそう」
「ははは、鋭いな……私の装備の設計思想は全てそれが根底にある、私の本当の戦いは殴り合いではなく、いかに1対1、あるいはそれに近い状況に持ち込むか、という過程にある。」
「1対1で自分と同等以上の相手と戦う時は、下手に気絶を狙うより銃を奪ってしまうのが一番確実だからな……あの状況での咄嗟の判断にしては、上出来だったと私も思う。
傷付けないなら、それに越した事はないしな……往々にして、そう上手くはいかないが」
「ルイさんらしい考え方だね────うん?それって私はまんまとルイさんの独壇場で戦わされたって事?」
「……まあ、そういうことになるな……」
「ふぅん……じゃあとりあえず中距離は私の負けって事で」
じっとりと生暖かい笑みを浮かべながら、エイミはそう言ってきた。
────いいだろう。
「……次はエイミから仕掛けてくるといい、距離も好きにしていいぞ」
「へえ?いい度胸だね……」
エイミはカシャカシャとマガジンチューブにバックショットを詰め、"カシャン!"と装弾を済ませた。
「次は勝つよ。じゃあルイさん……目を瞑って、20秒経ったら"目を開けた"って言ってね……」
「よし、わかった」
私とエイミは座っていたベンチから立ち上がり、軽く伸びをして、次の訓練の準備を始めた。