深夜:トリニティ/寮区画郊外
「────久しぶりだな、セイア」
「……っ!」
その声を聴いて勢いよく、顔を上げる。
……そこには、再会を待ち望んだ彼女がいた。
月明りに額の黒い石が反射し、逆光が彼女を恐ろしい風貌に見せる。
……それでも、私を心配そうに見つめるその目は、変わっていなかった。
「……ルイ、今までどこに居たんだい?私たちがどれだけ心配したか……!!」
捲し立てるように尋ねると、ルイは短い沈黙の後、ゆっくりと話し始めた。
「……ゲヘナでの作戦の後、色々あったんだ……怪我の治療に、失った装備の調達……」
話しながら、彼女はそっと私の隣に座る。
「……いや、先に謝罪するべきだな」
「すまない、君たちの立場は……私のせいで非常に危ういものとなっているだろう」
ルイは私たちの現状を知っているかのように語る。
……否。知っているのだろう。
知っているからこそ、彼女は私に会いに来たのだ。
彼女にとって、"協力者"である私に。
「……こんなはずではなかったんだ」
「想定外だった、という言葉で済ませるのはあまりに不誠実だろう……それは当然、理解している。」
「ゲヘナでの作戦が終了し、私が姿を消した時点で、私はトリニティを退学になるはずだった。……君達をこんな苦境に陥れるつもりはなかったんだ」
ルイは悔恨を滲ませ、ゆっくりと語る。
「いや……これでは一種の責任転嫁に聞こえるか。違うんだ、すまない……ティーパーティの皆は……私を信じてくれたのだろう?」
悲哀に満ちた声色で、彼女は私に尋ねた。
「……そうだ、皆、君を信じた。"何か理由があるはずだ、それを知らないまま退学になんてさせない"……とね」
「私だってそうだ。その理由を知っている以上、君を退学になどさせるつもりはない」
「……ルイ、君は私に嘘を吐いたのか?全てが終わったら、君はトリニティへ戻って罪を償うんじゃなかったのか!?」
無意識に声を荒げる。
溢れだした言葉は止まらず、積もりに積もった想いを、彼女に叩きつける。
「……退学になれば、最後には矯正局送りだ。私たちは二度と会う事は叶わないだろう」
「そんな結末のために!私は!協力したんじゃない……!」
ルイの腕を掴み、揺する。
「……君が何のためにこんな事をしているのかは理解しているさ……それでも、私は君を失いたくない……」
「もうやめにしてくれ、ルイ……お願いだ……!」
最後には縋りつき、みっともなく彼女の腕にしがみついて懇願する。
そんな私を、ルイは悲しげに見つめるだけだった。
「……なにか、言ってくれ……!」
「…………すまない、セイア」
ルイはそっと私の頭に手を乗せ、あやすように優しく撫でる。
"ぽん"、と私の頭に置かれた手。
────その手からは小さな、小さな機械音が聞こえた。
私の大きな耳は、その微かな音を聞き逃すことなく……ひとつの事実を突きつけた。
「……ルイ」
「その、手は」
「…………」
問うた私から彼女は僅かに顔を逸らし、瞑目したまま……何も言ってはくれない。
ゆっくりと、ルイの左手に触れる。
腕はコートに隠れ、露わになった手は肌そっくりだが、触れてみるとわかる。
────これは人の物ではない。
「せつめい、してくれ……」
震える声をなんとか抑え、尋ねる。
「……ゲヘナでの作戦中に負った傷だ、手遅れだった」
「壊死が拡大する前に……切り落とさざるを得なかった」
ルイは淡々と、言い含めるように語った。
「ぁあ……っ」
力が抜け、彼女にもたれ掛かる。
言いたいことは沢山ある。
それなのに、涙が言葉を詰まらせる。
「るい……っ」
ルイはぐすぐすと名前を呼ぶことしかできなくなった私をそっと抱き寄せ、膝に寝かせた。
「……今、気付かれるような事はしないつもりだった。……油断してしまったな」
悲し気にそう言って、ルイは手袋を外し……右手で優しく私の額を撫でる。
伝わる体温と感触は、確かに人の肌だった。
「君がこれを知れば、ショックを受ける事は理解していた。……すまない」
ルイは膝に頭を乗せた私を、見下ろすように目を合わせる。
「……セイア、私は……こうなった事を後悔していない」
ルイは優しく呟いて、私の頬に手を添えた。
「全ては私の自業自得だ、この件に連なるあらゆる事象の責任は私にある」
「君に責任はない……だから、泣かないでくれ」
そう言って、ルイは私の涙を拭う。
────違う。
彼女は何もわかっていない。
「……違うんだ……私は、君が無謀な事をすると知っていて、"失敗して、人を頼る事を覚えろ"だなんて、無責任な事を言って……あまつさえ、君に協力してしまった……!」
「私は愚かだ、大馬鹿者だ……!!」
「なぜ、君を止められなかったんだ、私は、君を裏切ってでも君を止めるべきだった……!!」
「ナギサやミカ、先生に全てを話して、君がゲヘナに行く前に全てを終わらせるべきだった!!」
「"失いたくない"、なんて言いながら、結局は君の体よりも自分の恐怖を優先した……!!」
「……これは予知夢じゃない、現実なんだ、現実に、君は腕を失ったんだ、他でもない、私のせいで!!」
喉が裂けるような叫びを上げる。
────私は選択を誤った。
あの時点で、ルイを唯一、確実に止められたのは私だった。
それでも、私は止めず、協力し……共に未来の恐怖を打ち払う事を選択した。
────その結果がこれだ。
彼女は腕を失い、今やトリニティと言う居場所すら失おうとしている。
「……セイア、君のせいではない、これは私の────」
「わたしのせい、でなければ……っ!なんなんだ……っ!」
呼吸が乱れ、涙が視界を覆う。
溢れだした感情は喉に詰まり、脆弱な私の体を苦しめる。
「……セイア、少し落ち着いて欲しい」
「……っ」
ルイは泣きじゃくる私の体をそっと起こし、抱きしめる。
「……私は大丈夫だ、大丈夫」
私の背を撫で、とんとんと優しく叩く。
赤子をあやすような、優しい動きで。
「義手は素晴らしい物を作ってもらった、以前のように君たちとお茶会だってできる」
「そして……先ほども言ったように、私は腕を失ったことを後悔していない」
「君を酷く傷付けたことは謝罪する、すまなかった」
そう言って、彼女は"ぎゅう"、と抱く力を強めた。
「明日、私はトリニティを襲撃する」
耳元で、彼女は恐ろしい話を始める。
「……トリニティ・スクエアの中央噴水を吹き飛ばし、全ての生徒の前で宣言する」
「"私は魔王だ"と」
「……それによって、私が退学になれば……動乱は鎮静化する。」
「私を信じてくれたティーパーティの皆には心から申し訳なく思っている、矛先は私にだけ向けられるべきだった」
「だが……君たちはこれを望まないだろう」
ルイは優しくも悲しげに、そう呟く。
「ぐすっ……当たり前だ、そんな事はやめてくれ……!」
「……すまない、計画を止める事はできない」
泣き縋る私にそう言って、ルイは優しく私の背を撫でる。
「……ひとつ、頼みがある」
「……私と共に行こう、セイア」
「君の力が必要だ」
ゆっくりと、噛んで含めるような声色で、彼女は続ける。
「私を信じ続ける者達の心を折らなければならない」
「今回の作戦を経てもなお、私を信じ続けてくれる者も居るだろう」
「心から嬉しく思う……だが、この動乱を鎮静化するには────」
……限界だ、これ以上は聞いていられない。
「……ふざけるな!」
力強く彼女の胸を押し、埋めた顔を引き離して目を合わせる。
言葉を怒声で遮ると、彼女は悲し気に眉を下げ、沈黙を以って傾聴を示した。
「……私たちがどんな思いで君を信じ続けてきたのか、君は知らない!」
「皆、苦悩と恐怖の中、それでもと君を信じてきたんだ!!」
「……それを、"折る"だなんて簡単に言うな!!ナギサは、ミカは!私は……!!」
「……君を、失わないために……!!」
飲み込んだはずの涙が再び溢れる。
「ぐすっ……結局、君は自分から退学になるために来た……!」
「何のために、私たちは堪えていたんだ……?私たちの行動は無駄だったのか……?」
「……答えてくれ、"天城ルイ"……!」
滲む視界に映ったルイは、ゆっくりと目を伏せる。
「……軽率な発言だった、すまない」
彼女は呟くように謝罪をし、向き直った。
「だが、理解して欲しい……私が退学になる事でより安全に……リスクを冒さずに済むようになる」
「何より、私がトリニティの生徒であり続けるうちは……私の攻撃がトリニティからの攻撃だと見做されかねない」
「……私も、これ以上傷を負いたくないんだ」
そう言って、私を見つめる。
「……それなら、そもそもこんな計画はやめにするべきだ、君は何かを失い続け、周りを傷付けるばかり……!」
「……改めて言おう、こんなことは君には無理だ!」
……彼女に、"魔王"などと言う仇名は相応しくない。
撃たれれば血を流し、傷を負えば動けなくなる。
ミカやツルギのように、弾雨の中を立ち続け、力を以って苦難を打ち払えるような人間ではない。
……そんな彼女が、"魔王"なんて大層な存在のはずがないだろう。
「……無理だからと言って諦める程、私の決意は弱くはない」
「だが……セイア、今のティーパーティを、トリニティを苦境から救うには君の力が必要だ。もう一度……私に協力してはくれないか」
「……無理な願いなのは分かっている、だが現在起きている動乱を鎮めるには、これ以外に選択肢はない……君なら理解しているはずだ」
「現状を鑑みるなら……既に、私はトリニティに戻る事などできないだろう」
………………その通りだ。
そんな事はわかっている。わかっていて……"それでも"としがみついてきた。
今、ルイの帰還を許せば、それこそが最後の火種となり、事態は最悪……トリニティの崩壊をもたらしかねない。
「……私では力不足だと、一人では無理だと、君は言った」
「今なら分かる、その通りだ。だが……私は今、ひとりではない」
「あれから……協力者ができた、私の義手を作り、私を助けてくれた者達だ」
「……"貴方は自分が傷付く事で悲しむ人の事を考えていない"、と、そう叱られた」
「……君に会いに行く、と言ったら止められたよ。"傷付けるだけだからやめておけ"と」
「それでも、私はここへ君を呼んだ。……本心を言うのなら……セイア、君に会いたかった」
「……彼女に言われた通り、君を深く傷付けてしまった、すまない」
「それでも……セイア、もう一度、願わせてくれ」
黙し、次の言葉を待つ私に、彼女はゆっくりと願う。
「私と共に行こう……私たちの友人と、キヴォトスの、未来のために」
…………ルイはしっかりと目を合わせ、手を差し出して……そう、願った。
「────ずるいじゃないか、そんなの」
思ったことがそのまま口から出る。
本心に迷いはなかった、いや……迷いたくなかった。
……最初から、ルイに協力すると決めたあの瞬間から。
"彼女が孤独に歩むのなら、せめて私は傍に居よう"と、決めていた。
疑心に揺らいだ決意はもはや揺らがず、元の硬い意思を取り戻した。
「……はぁ」
大きく、大きく息を吐く。
……吐き出したのは、未練か、後悔か。
「……わかった、君と共に行こう、ルイ」
はっきりと、そう返事をして……彼女の手を握り返す。
「ありがとう、セイア……ここからは、共に」
「ああ、共にゆこう────"魔王"」
手を引かれ、立ち上がった私を、彼女は優しく抱き上げる。
「……では、行こうか」
私たちは、夜闇へと消え去った。