深夜:トリニティ自治区/ルイのセーフハウス
「……ここに来るのも久しぶりだ」
あの場を去った私たちは、トリニティ内にある私のセーフハウスへとやってきた。
埃を被った操作盤に指を滑らせ、地下への入り口を開く。
振り返り、セイアの様子を見てみると、"うぅ"と小さくうめきながら、壁に手をついていた。
……相変わらずジップラインでの飛行には慣れないようで、ふらついているセイアの背を撫でる。
「……大丈夫か?」
「……"大丈夫"という言葉で表現するには些か苦しいが……じきに治まるはずだ……うう……」
「……無理をさせてしまってすまない。今は少し休んでいてくれ。私は通信を中継するための準備があるからな」
セイアを椅子に座らせて休ませ、隣の部屋に設置されたいくつかの通信設備のコードを繋げ、電源を入れる。
"……ザザ"
すると、スピーカーからザラついたノイズが鳴り始めた。
"ザ──ザザ……聞こ……ザ……"
回線を絞るにつれ、ノイズの中に聞き覚えのあるたおやかな声が混じり始める。
"ザ────……えー……聞こえていますでしょうか"
「聞こえた、こちらの音声はどうだ?」
"ええ、問題なく聞こえていますよ"
聞こえる声はクリアで、無事にヒマリとの回線が繋がった事を示していた。
「……中継はどうだ?」
"今試してみましたが……遅延なくトリニティ側のセキュリティにアクセスできています、秘匿性も含め、特に問題はありません"
「感謝する……それと、報告する事が一つ」
「セイアとの交渉に成功した……彼女は私の味方で居続けてくれるそうだ」
ヒマリはそれを聞いて、呆れたように溜め息を一つ吐いた。
"そうですか……あれだけの仕打ちをしておいて、まだ信頼される貴方の人望には驚かされますね"
ヒマリは嫌味のような、純粋な驚愕のような……そんな声色で言った。
「……全くだ。しかし……君の言った通り、彼女を深く傷付ける事になってしまった」
"……そうでしょうね、それで、今セイアさんはどうされているんでしょう"
「ジップラインでの移動で酔ってしまったようだ、隣の部屋で休ませている」
"ああ、なるほど……病弱美少女仲間としても、セイアさんにはお休みいただきたいのですが……残念ながら作戦の決行まで時間がありません、呼んできていただけますか?"
「ああ、わかった」
……隣の部屋で座っていたセイアを連れて、通信設備のある部屋へ戻る。
「……連れてきたぞ」
セイアと共にスピーカーの前へ座り、ヒマリからの返事を待つ。
横目で見るセイアは、少し緊張したような表情をしている。
無理もない。私の計画に協力するような人間をまともな人物だとは思えないだろう。
……考えてみれば、確かにヒマリを"まとも"と呼称するには些か語弊があるか。
内心で失礼な事を考えていると、"プツ"とスピーカーが接続音を発した。
"……始めまして、セイアさん。ミレニアムの"特異現象捜査部"部長にして、"全知"の名を冠する超天才清楚系美少女ハッカーの、明星ヒマリです……"
ヒマリはいつも通りの前口上で、セイアに挨拶をした。
"深夜に申し訳ありません。襲撃は本日のお昼休みを狙って実行されますので……時間があまりないのです"
「構わないよ。初めまして、ヒマリさん……ティーパーティの、百合園セイアだ」
セイアはヒマリの前口上に苦笑しつつ、挨拶を返した。
"ヒマリ、で構いませんよ。さて……ルイさんからは作戦について聞きましたか?"
「……"スクエアの噴水を吹き飛ばし、全生徒の前で私は魔王だと宣言する"……という事は聞いた」
"……随分、簡潔な説明で済ませたんですね?"
声色から表情が察せられるほどに、じっとりとした声でヒマリは言った。
「……あの場に長く留まる訳にもいかなかったからな、簡潔に済ませた」
"はあ……まあいいでしょう、では私から説明しますね?"
ヒマリがそう言うと、横にあったモニターの電源が勝手に点き、作戦概要を乗せたデータを映し出した。
"お聞きの通り、作戦の目的は"天城ルイの退学"……それを達成するために、トリニティ内で"取り返しの付かないほどの問題を起こす"……それが、トリニティスクエア、中央噴水の破壊です"
作戦概要や、被害想定などの乗せたいくつかのデータを確認して、セイアは呟く。
「……とんでもない事を思い付くものだね」
"全くです、この作戦を立案した人の顔が今見る事ができないのが残念でなりません"
通信越しでも分かるほど、ヒマリは言葉に含み笑いを滲ませる。
「……意地が悪いぞ」
"ふふ……では、本筋に戻りましょうか"
私の抗議を受けて、ヒマリは話を戻した。
"……作戦は大まかに3つのフェーズに分かれます"
"第一フェーズ。トリニティ校内へ侵入、その際に一定の被害を出し、注目を引く"
"道中、生徒との戦闘は避け、あくまで建造物等へ被害を出すことを前提とします"
"第二フェーズ、魔王の名を宣言し、中央噴水を吹き飛ばす……簡単そうに見えて、ルイに注目が向ききるまでの時間を耐えなければいけません……ここが最大の障壁になると私達は判断しています"
"……ここは作戦の立てようがありません、現地の状況に応じて、臨機応変に対応します"
"第三フェーズ、あとは撤退するだけですが……追撃を振り切る必要があります"
ヒマリはそう纏めて、詳細な内容を話し始める。
"……現地で行動するルイが実行するのはこの3つですが、私達はそのサポートを行います……"
モニターの画面が切り替わり、いくつかの兵器の写真が映る。
"トリニティ内の通信機器や電子制御兵器には既にバックドアが仕込んであります、ルイの持つ端末から放たれる信号を照準に捉えると、照準が乱れて正確な照準が行えなくなるようにシステムを改竄しました"
"私はその維持と管制、通信の傍受を行います"
"そして、セイアさんにはルイと直接通信、オペレーターとして作戦のサポートをお願いします"
"聖園ミカ、剣先ツルギ、羽川ハスミ、静山マシロ、仲正イチカ、蒼森ミネ、歌住サクラコ。"
"……列挙した彼女たちの持つスマホは常に私へと現在位置を送信しています"
"作戦中はそれらを共有いたしますので……彼女たちの動きから作戦や行動を推察し、ルイに伝えて下さい"
"彼女たちの事は、私よりもお二人が良くご存じでしょう?"
「……わかった」
「……頼んだ、セイア」
私の言葉にセイアはこくりと頷いた。
「さて……先のゲヘナ戦と違って、今回の作戦は敵の本拠地内に乗り込み、そこで行動する事になる。勝手知ったる校内と言えど、戦闘を回避し続ける事は難しい」
「特に、ミカとハスミ、マシロ、ツルギの位置は警戒して欲しい」
「ハスミはゲヘナでの作戦中、私の高速機動に遠距離から対応した狙撃を見せた。ミカは隕石を使って常に私を攻撃できる可能性があり、マシロの狙撃は……当たれば致命傷になりかねない。ツルギは、言わずもがなだろう」
「ああ、わかった。特にその四人には気を配ろう。」
「それらとは別に、歌住サクラコ……いくらシスターフッドといえど、本校の襲撃となっては流石に重い腰を上げざるを得ないだろう」
「彼女を筆頭に、シスターフッドの面々には不明な点が多いが……みな実力者であることは間違いない。彼女の動きにも注視しておいてくれ」
「ああ、了解したよ。」
「さて……私からは以上だ。これから作戦に使う砲やドローンを各地に配置してくる」
「会ったばかりで二人きりにしてすまないが、質問や詳細についてはヒマリから聞いてくれ。それに、何かあればヒマリを通じて私に連絡を取れるようになっている」
そう説明しつつ、一旦外していた装備を背負いなおす。
「わかった、行ってらっしゃい……気を付けてね」
"お気を付けて"
「ありがとう、では行ってくる……何かあったら連絡してくれ」
二人の見送りに感謝述べ、私は兵器を配置しに向かった。
────ルイが出て行った後。
残された二人は、案外早く打ち解けて、会話を弾ませていた。
「……ルイに協力者が居ると聞いたときは驚いたが……まさか君とはね」
"ふふ、ルイさんとはミレニアムでとても仲良くさせて頂きましたし……何より、放っておけない状況でしたので……"
「そうか……たまにルイが君の話をしていたよ。」
「"賢く、可憐な友が居る"とね。」
"ふふふっ……嬉しいですね"
"この私に対してそのような感情を抱くのは当然ですが……彼女をも魅了してしまうとは、やはり罪深いですね……"
そう言ったヒマリに対し、セイアは"はは"と笑った。
「これは嫌味などではないが……君は、面白いね。」
「ミレニアムに居た時の話をするルイは本当に楽しそうに話していた。それも頷けるよ。」
そう言って、セイアは少し声のトーンを落とした。
「……たまに、ルイはトリニティよりミレニアムに居た方が幸せだったんじゃないか……と思う事がある」
「余計な心配かもしれないが……ルイは"友達"と呼べる人間が極端に少ない。」
「……彼女を慕う者や、怪しむ者は数多く居れど……トリニティでルイが親し気に話せるのは私を含め、片手で数えるくらいだ。」
「……私達より、君達の方がルイと上手くやれている。」
「彼女から君達の話を聞いている時は、特にそう思うよ。」
"……そんな事はありませんよ"
自嘲気味に語ったセイアを、ヒマリが宥める。
"時々、ルイが貴方達の話をしてくれました"
"紅茶に造詣が深いナギサさんや、天真爛漫で優しいミカさん、師匠と慕うミネさん。勿論、セイアさんの事も……誇らしげに、愛おしげに話していました"
"彼女の真意までは理解できませんが……ルイは確かに、貴方達という友人を愛していますよ。そのために、ルイはこのような事をしているのですから。"
「……そうだ、その通りだ。私達を破滅から救うために……ルイはこうして、無謀な真似をしている」
「…………」
セイアは少し思案し、口を開く。
「……急に変な事を聞くが……ヒマリ、君はなぜルイに協力している?」
「ルイに協力する、という事の意味は理解できるはずだ……それでも何故協力しているのか、気になってね」
セイアはヒマリにそう尋ねる。
探りを入れる、といった打算的なものではなく、純粋な疑問のようだった。
"なぜ、ですか……難しい質問ですね"
"……ルイさんの目的である、ゲヘナとトリニティの講和……それが達成されれば、私の恐れる事態を防ぐ大きな一手になるでしょう、そういった打算もあります……"
"しかし、一番大きいのは……私が彼女を想って、信じているからです。それはセイアさんも同じでしょう?"
そうヒマリが問うと、セイアは"ああ"と相槌を打った。
"それに……ルイさんが腕を失って私の前に現れ、助けを求めてきた時、"この人には私が居ないと駄目だ"、と……そう思ってしまったのです"
"あの時のルイさんは"自分の命すら賭けるつもりだ"……などと、当然のように言っていて……直視に堪えませんでした。"
"……彼女のやる事ですし、何か大きな打算があるのだろう……と高を括っていた事は認めざるを得ません。"
"ルイがミレニアムを去った後、静観するのではなく、もう少し何かしてあげられることがあったのではないか……そう思わずにはいられませんでした"
ヒマリの声色からは強い悲しみが伝わってくる。
……腕を失った直後。ゲヘナでの作戦でルイは酷い重傷を負ったと聞く。
そんな姿のルイを直視する事が……どれだけヒマリを傷付けたか。
"……私は二度と過ちを繰り返さないために、ルイを一度気絶させ……しっかりと話し合いをして、もう命を懸けるような真似はしないと誓って頂きました"
"しかし何度説得しても、彼女は絶対に 「計画を諦める」、とは口にしませんでした"
"……彼女が折れるまで閉じ込めておくつもりでしたが……結局、私が折れてしまったのです。"
"……かつてミレニアムで彼女と過ごした日々は、本当に楽しい物でした、それを思い出させるような、しばしの共同生活……それを、手放したくなかったのです"
"……その日々を取り戻し、続けていくためには、彼女に協力し……彼女が恐れる全てを共に打ち払うべきだと、そう考えたのです。……それが、私がルイさんに協力する理由です"
謝罪のような、弁明のような細い声で、ヒマリはつらつらと語った。
セイアにはその気持ちが良く判る。
いいや……彼女を深く知る者なら、誰もがその気持ちを理解できるだろう。
「……良くわかったよ、その……私が言うべきではないだろうが、ルイを助けてくれて、ありがとう」
セイアの言葉に、ヒマリは一瞬の沈黙の後、小さく答えた。
"……彼女は、助けたくなる方ですからね"
「……全くだ」
セイアは同意し、瞑目する。
"……セイアさんは、どうして協力すると決めたんです……?"
ヒマリの問いに、セイアはゆっくりと言葉を返す。
「……君ほどの人なら知っているはずだ。私は……"百合園セイアは予知夢を見る事が出来る"、と。」
"……ええ、知っていますよ"
「……予知夢は皆が思う程便利なものではない。望まぬものは勿論、起こりえた未来、見るべきではないモノ、その他にも、恐ろしい物を見るんだ。」
「"エデン条約"。あの事件の時は……"もう無理だ"と、諦観に沈み、何もできなくなっていた」
「……結局、"未来は変えられる"という事を"先生"が、皆が示してくれたけどね……」
そう呟いたセイアは何かを思い出しているようで、深い感傷が声に乗っていた。
「……話を戻そう。知っているだろうが、ルイは"黙示録"……来たる終末の未来を回避せんと、超克せんとこんな無謀な事を始めた。」
「私には彼女の気持ちが良く理解できるんだ。来たる破滅の恐怖や、無力感がね……」
「……それでも彼女は諦めずに、現状を少しでもいい方向へ変えるために動いている」
「……助けてやりたくもなるものさ、私には、彼女が眩しく見えるよ」
自嘲気味にそう語ったセイアに、ヒマリは納得したように返事をした。
"なるほど、よくわかりました……"
「……感傷的になってしまった。すまないね。」
そう言って、セイアは"ふぅ"と小さく息を吐き出す。
「……それにしても、彼女は人を惹き付けるね……君のような人すら、味方に引き込んでいたとは」
「"ルイに協力する"。私もその意味はよく理解しているが……絆されてしまった」
"……貴方の気持ちはよくわかりますよ、セイアさん……私も、あの人にまんまと絆された一人ですから"
"ふふふっ" "はは……"と小さな笑いが重なり、二人は呟くようにして言葉を交わす。
「────いつか、彼女が赦される日が来ると良いけどね」
"……そうですね"
今この場に居ない一人の友人を想い、願いが重なった。
二人の間に芽生えた新たな絆は、ゆっくりと、確かなものとなっていく。
お互いに共通するものが何か、心の奥深くで気付き、無意識に共感したからこそ……出会ったばかりの二人は往年の友のようにお互いを慰め、笑い、悲しむ事が出来る。
全ては友人を……想い人を、苦悩から救い出すため。
二人は覚悟を決め────夜は更けていった。