"黙示録"を回避しよう!   作:rezi

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最後の一日

早朝:トリニティ本校/相談室

 

 

時刻は午前5時。

太陽が少しずつ顔を出した頃。

 

昨夜セーフハウスから輸送した数々の武装は、相談室の備品倉庫に運び込んだ。

かすかな金属臭を消臭スプレーで消したところで、私はソファに腰かける。

 

(……さて、今日は一日空けてある)

 

作戦の実行は今日の夜。

門限を過ぎ、消灯時間となる22時。

 

(……今日がトリニティで過ごす最後の日になる。せめて、悔いのないようにしたいが……)

 

作戦の実行は深夜……取り除けるリスクは全て取り除くべきだ。

名残惜しいが、12時まで睡眠を取るべきだろう。

 

ソファに横になり、ブランケットを被って目を閉じる────。

 

 

(────────………眠れない)

 

横になって十数分が経っただろうか。

膨大な思慮が脳を休ませることを許さず、睡魔は遠ざかっていくばかり。

 

軽く身を捩り、もう一度横になるが……眠気が私の元へ訪れることはなかった。

 

(……初等部の生徒じゃあるまいに。……いや、仕方ないか)

 

むくりと起き上がり、机から睡眠薬を取り出す。

薬を割って舌の上に乗せ、水で胃に押し込んで、重い息を吐く。

 

「……はぁ」

 

窓から差し込む朝日が、何とも腹立たしい。

 

カーテンを閉じて、再びソファに体を横たえる。

薬が効いたのか、暫く目を閉じているうちに……私の意識は闇へ消えていった。

 


 

正午:トリニティ本校/相談室

 

 

"ピピピピピピピ!!!!!"

 

甲高いアラーム音が鳴り響き、私を目覚めさせた。

 

「…………んぅ……ああ」

 

時計を見遣ると、時刻は12時。

重い体を起こし、軽く柔軟をして全身を伸ばす。

 

体もほぐれた所で、顔を洗い……歯を磨いて部屋に戻る。

椅子に座って、用意していた少しぬるいコーヒーの苦みで目を覚ます。

 

……このルーティーンも、今日で終わりか。

きっと、今日は何をしてもそう思うのだろう。

 

憂鬱な気分を振り払うように、予定へと思考を巡らせる。

 

(……念のため武装の最終チェックをするとしても、かなり時間が余るな……準備運動がてらにでも、その辺りを歩こうか)

 

そう思い立って、コーヒーを呷り椅子を立つ。

さて行こうか、と扉を開けると────。

 

「きゃっ!……あっルイ先輩!こんにちは……!」

 

先日、武器選びの相談に乗った正義実現委員会の生徒がそこに居た。

 

「君は、この間の……こんにちは。何かあったのかな?」

 

私がそう尋ねると、彼女は後ろ手に持った紙袋を差し出してきた。

 

「えっと……この間のお礼に、スイーツをと……!!」

 

「……ああ、ありがとう」

 

「先輩のお陰で、射撃訓練の成績がすごく上がったんです……!!同期の子や先輩たちも、褒めてくれて……!!」

「本当は、すぐにお礼をしたかったんですが……」

「えっと、その、怪我しちゃったって聞いて、お見舞いも兼ねて……」

 

少しだけ興奮した様子から、しどろもどろと続けた彼女に、私は微笑みかける。

 

「ああ、それならもう完治したよ。……お気遣いありがとう」

 

その返事を聞いて、彼女は怪訝そうな顔をした。

 

「あの……先輩、大丈夫ですか……?あまり顔色が……」

 

「……ああ……その、実は寝起きなんだ。みっともない姿を見せてしまったな」

 

動揺を隠すように苦笑を返すと、彼女は気まずそうに顔を逸らした。

 

「……そうだったんですね、間が悪かったようで……すみません」

 

彼女はそう言って、頭を下げた。

……ずき、と心が痛む。

 

「いや、いいんだ。……そうだ、良かったらここで一緒に食べないか?」

 

せっかく持ってきてくれたことだし、と誘ってみるが……彼女は残念そうに首を振った。

 

「その……是非ご一緒したいんですが、この後すぐに訓練があって……」

 

「……そうか、残念だが仕方ない。行ってらっしゃい、応援しているよ」

 

「……はい!じゃあまた機会があれば!!」

 

「ああ、また……」

 

大きく手を振りながら、彼女は去っていった。

私も軽く手を振り返し……彼女を見送った。

 

(……また、機会があれば、か)

 

────もう、その時は訪れない。

寂寥と罪悪の混ざった、複雑な気分に見ないふりをして、冷蔵庫に紙袋をしまった。

 

(……これは今日中に頂こう。せめてもの罪滅ぼしだ)

 

……そうして再び部屋を出て……廊下を散歩する。

 

談笑しながら廊下を歩く生徒に、開いた窓から聞こえてくる正義実現委員会の生徒たちの声……。

透き通った空気には紅茶の香りが混じって、窓から差し込む光が頬を温める。

 

いつも通りの光景だ。……だからこそ、その全てが私の胸を苛む。

 

(……時間つぶしにと思ったが、辛くなるだけだな。いっそ、部屋に戻ってもう少し眠ろうか……)

 

「おや……ごきげんよう。ルイさん」

 

そんなことを考えていると、背後から声を掛けられた。

 

「……ナギサか、ごきげんよう」

 

珍しいこともあるものだ。ただの廊下で彼女と出くわすとは。

 

「丁度いい所でお会いしましたね」

「今日はご予定がないと聞いたので……今日のお茶会にお誘いしようと思っていたんです」

 

ニコニコとそう伝えたナギサは、断られるとも思っていなさそうな表情をしている。

 

(……正直、気が乗らない)

 

数時間後に手ひどく裏切る予定の友と、どの面を下げてお茶会を楽しめというのか。

ボロを出してしまう可能性もあるし、何より、決意が揺らぎそうで……。

 

(……しかし、彼女達と友人で居られるのも今日が最後だ)

(区切りを付ける、いい機会かもしれないな)

 

そう自分を納得させて、こくりと頷いた。

 

「ありがとう……是非、参加させてほしい」

 

「そうですか!良かった……」

 

嬉しそうにしているナギサは、ふと私と目を合わせて……少し心配そうに口を開いた。

 

「その、顔色が優れないようですが……大丈夫ですか?」

 

……先ほどに続き、ナギサにも心配されてしまった。

どうやら、相当にひどい顔をしているらしい。

 

「……いや、徹夜が祟って、つい先ほど起きたんだ。低血圧だろう……心配を掛けてすまない」

 

「そうですか……例の件で依頼をした私が言うのもなんですが……どうか、ご無理はなさらないでくださいね」

 

「……では、15時にいつものテラスでお待ちしております」

 

「ああ、また後で……お誘いありがとう」

 

流麗にお辞儀をしたナギサを見送り、再び廊下を歩く。

 

「……はぁ」

 

無意識に吐いた溜息が、廊下の雑踏に消えていく。

 

「……珍しいね、何かあったのかい?」

 

珍しいことは続くもので、再び声を掛けられた。

この声は────。

 

「……何でもないよ。ごきげんよう、セイア」

 

振り返り、声の主へと視線を向ける。

 

「やあ」

 

セイアはいつも通りの表情で、私に向かってふりふりと袖を振った。

彼女は会議を終えたのか、ちょうど教室から出てきたところのようだ。

 

「どうやら、みっともない所を見せてしまったようだ」

 

「ふふ、君がため息を吐いている所なんてなかなか見られないからね」

「……ところで、本当に何でもないのかな?」

 

そう言って、セイアはじっとりとした目線を私に送る。

彼女は鋭い。雑に取り繕えば、すぐに動揺を見抜かれるだろう。

 

「……機密事項ということにさせてくれ」

 

「ふふっ……そう来られたら、私も追及できないね」

「……まあ、君なら自己管理がしっかりしているし、大丈夫だろう」

 

「はは、ありがとう……」

 

「ああ、そうだ。君は今日のお茶会には出席するのかい?」

 

セイアはこてんと首を傾げ、そう尋ねる。

 

「ああ。先程ナギサと会ってね……お誘い頂いたから、是非にと」

 

「それは良かった。楽しみにしておくよ」

 

私の答えにセイアはにこりと微笑んで、ぱたと尻尾を揺らす。

 

「私も、楽しみにしているよ」

 

そう返すと、セイアは小さく笑った。

 

「ふふ、嬉しいね……さて、私は会議があるからここでお暇するとしよう。……では、またね」

 

「ああ、行ってらっしゃい」

 

小さく手を振って身を来ると、セイアもふりふりと袖を振り返して、会議室に向かっていった。

 

 

────その後、私は逃げるように部屋に戻った。

これ以上知り合いに会ってしまっては、精神的ストレスでどうにかなりそうだったから。

 

「…………」

 

鬱々と湧き上がる罪悪感をかき消すように、状況の考察に気を向かわせる。

 

 

(……襲撃が予知されていると仮定した場合、主犯である私に軽々しく接触するとは思えない)

(少なくとも、"私が襲撃犯である"ということまでは察知できていないようだ)

 

(……つまり、私の目的が露見している可能性はゼロ。)

 

……先ほどのセイアとの邂逅は、罪悪感と共に重要な情報を齎した。

しかし、それ自体がブラフという可能性もある。

 

(……念のため、正義実現委員会が何か知っていないか調べるか?)

(いや、無理に探りを入れるリスクの方が高い。……ここは大人しくしておくべきか)  

 

(少なくとも目的が露見していないことが確定した以上……作戦決行は、今日で間違いない)

 

そう結論付けて……私は思考を打ち切った。

淹れ直したコーヒーが空になったところで、ふうと背もたれに体を預ける。

 

「……もうこんな時間か」

 

ふと見上げた時計の針は、14時過ぎを指している。

 

(……少し早いが……他にやることもないし、テラスへ行こう)

 

椅子を立ち、先ほど頂いた紙袋を持って、ティーパーティーのテラスへと向かった。

 


 

午後:トリニティ本校/ティーパーティーのテラス

 

 

警備の生徒に会釈をして、テラスのドアを開ける。

 

「……ッ」

 

瞬間。差し込む光が私の視界を焼く。

透き通った蒼空からテラスに差し込む光は、今の私には余りに眩しかった。

 

日差しを腕で遮って、目が慣れるのを待っていると……背後から明るい声が響いた。

 

「あっ、ルイちゃん!!はやーい!!」

 

「ああ……ごきげんよう、ミカ。実は私も今来たところでね」

 

私の隣をするりと抜け、ミカは椅子に腰かけた。

それに続くように、私も隣に腰を下ろす。

 

「今日お休みだって聞いたから……来ると思ってたよ☆」

 

「ああ、久しぶりに予定が空いたからな」

「先日参加したばかりだが、今日もご一緒させてくれ」

 

「もっちろん☆」

 

上機嫌に笑っているミカに、そういえばと持ってきた紙袋を見せる。

 

「これは頂き物なんだが……私一人ではどうも食べきれる量でなくてね、皆で食べようと思って持ってきたんだ」

 

「あ、これ結構有名なお店のやつ!」

 

ミカは紙袋に描かれたロゴを見て、嬉しそうに声を上げた。

 

「……そうなのか?」

 

尋ねると、彼女はと大げさに頷いて見せた。

 

「東駅前に最近できたお店だよ、知らない?」

 

「なるほど東駅前か……あそこには最近行くことが無かったからな」

「何にせよ楽しみだ。ナギサとセイアが来たら、一緒に食べよう」

 

「うん☆」

 

そうして一度紙袋をテーブルの上に置き、私とミカが談笑していると、"ギィ"とテラスのドアが押し開かれた。

 

「やあ、君たちが先に来ているとは珍しいね」

 

「やっほ!セイアちゃん!」

 

「ごきげんよう、セイア」

 

私が椅子を引くと、セイアはそこにちょこんと座った。

表情はいつもどおりだが、尻尾は緩やかに揺れており……彼女が上機嫌であることを伺わせる。

 

「今日は随分上機嫌に見えるな。何かあったのか?」

 

その問いに、セイアは"ふふ"と笑う。

 

「今日は調子が良くてね……それにお茶会もあるとなれば、機嫌も良くなるものさ」

 

「そうか……」

 

────そんな他愛のない会話をしていると、再びテラスのドアが開かれた。

 

「おや……もう皆さん集まっていたんですね?」

 

少し驚いたような顔をしつつ、ナギサが入室してきた。

 

「やあ、ナギサ」

 

「ごきげんよう、ナギサ」

 

「ナギちゃんが一番最後だよー!」

 

口々にナギサに挨拶をすると、ナギサは微笑みを浮かべながら、いつもの椅子に座った。

 

「どうやらお待たせしてしまったようですね。それでは……始めましょうか」

 

ナギサが手元のベルを鳴らすと、ティーパーティー所属の生徒がティースタンドを持って入ってくる。

テーブルの上にそれが置かれたところを見計らって、ティーセットに手を掛けた。

 

「では……今日は私が紅茶を淹れよう」

 

ティーポットからカップに紅茶を注いで、皿やソーサーと共に皆に配る。

 

皆に紅茶が行き渡った後、私は自分の椅子に戻って、ふと尋ねた。

 

「……皆、変わりないか?」

 

何か話せることはないか、と絞り出した質問。

流石に不自然だったようで、訝しげな表情が皆に浮かんだ。

 

「?……何もないけど……」

 

「妙なことを聞くね。……先日、お茶会で話したばかりだろう?」

 

「特には……どうかしたんですか?」

 

不用意な発言が祟り、茶会の席には妙な雰囲気が漂い始めた。

 

「ああ、いや……何でもない。変なことを聞いてすまなかった」

 

「……ルイちゃん、大丈夫?」

 

そんな私を、ミカは心配そうに気遣う。

セイアとナギサも私に視線を注ぎ、心配そうな目を向けている。

 

「大丈夫だ。……先日の怪我のせいで内務ばかりだったから、変わりないか、とね」

 

咄嗟の言い訳で取り繕うと、皆はとりあえず納得したようだった。

 

「確かに、怪我をしたとは聞いていたが……もう完治したんだろう?」

 

「ああ、骨が何本か折れたぐらいで、今はもうこの通りだ」

 

腕を動かして見せると、セイアは小さくため息を吐いた。

 

「……無事治ったようで何よりだ」

「君が怪我をするのは初めてではないが、そのたびに肝が冷える。気を付けるんだよ」

 

「はは……ありがとう。気を付けるよ」

 

セイアの忠告にそう返事をすると、ミカが続けて口を開いた。

 

「セイアちゃんさー、そんなにねちねち言わなくてもいいじゃん!」

「それで……訓練で事故っちゃったんだっけ?大変だね」

 

「まあ、色々あってな……とはいえ、もう大丈夫だ」

「ああそうだ……妙な雰囲気にしてしまったお詫びと言ってはなんだが」

 

そう言って、後ろのテーブルに置いてあった紙袋を取る。

 

「頂き物だが、私一人では食べきれないのでな。是非、皆で食べようと持ってきた」

 

丁寧に包装された紙箱を取り出し、ぱかりと開いて見せる。

中に入っていた大ぶりなシュークリームの上には粉雪のような砂糖が乗り、辺りにはカスタードの甘く香ばしい香りが漂い始めた。

 

「シュークリームですか……ふふ、楽しみですね」

 

ニコニコと言ったナギサに笑みを返して、手早く皿に取り分ける。

全員に行き渡ったのを確認して、私も一つ皿に取った。

 

「じゃ、頂きまーす☆……うわ、これ美味しい!」

 

ミカが一足早く食べて、嬉しそうに感想を言う。

 

「では、私も頂こうか……」

 

それに続くように、私もフォークで半分に割って口に運ぶ。

 

クッキー生地のカリカリとした表面と、ミルクとバターの優しい甘みを感じるカスタードが完璧に調和しているそれは、想像の数段上を行く美味だった。

 

「……美味いな」

 

「ええ、とても美味しいです」

 

口々に"美味しい"と感想を言いながら、シュークリームをぱくぱくと食べ進める。

 

「……これをくれた生徒には、お礼を言っておくよ」

 

「ああ、私達からも"美味しかった"と伝えてくれ」

 

「わかった。伝えておく」

 

そうしてシュークリームを食べ終わり……話題は再び、雑然としたものに戻る。

 

 

 

「────もう、こんな時間か」

 

時計の短針は5を超え、6に近付くころ。

空は赤く染まりはじめ、辺りも暗くなってきた。

 

「確かに……もういい時間だね、そろそろお開きにしようか」

 

「そうですね、かなり長くお話してしまいましたし……」

 

「そろそろ、部屋に戻らないと寮長さんに怒られちゃうしね」

 

「……そうだな、今日は……ここまでにしよう」

 

そう言って、彼女達は次々に去っていき……私はただ一人、テラスに残された。

沈みゆく夕日が、かけがえのない日常の終わりを告げている。

 

陽が沈み、夜が訪れれば……私はたった一人だ。

 

────ふと、紅茶の残り香が鼻腔を抜けた。

 

それがどうにも、私を引き留めているかのように感じてしまって……"ふっ"と自嘲する。

結局、未練は残ってしまうか。……それでもいい、構わない。

 

 

沈み切った陽に背を向け、私はテラスを後にした。

 

 


 

夜:トリニティ本校/相談室

 

 

「……全て、問題ないか」

 

部屋に戻った私は、残った時間を使って装備の最終チェックを終わらせた。

 

ショットガンにハンドガン、ロケットランチャーに突撃剣と……数多の武装を背負って、ジップラインランチャーと脚部装甲を装着する。

 

現在時刻は、21時30分。

 

ゆっくりと窓を開け、夜空を見上げると……夜風が私の頬を撫で、前髪をはらりと揺らす。

その時、雲の隙間を抜けた星々と月明りが私を照らした。

 

 

……夜は満ちた。

 

 

「よし────始めるとしよう」

 

この日、消えた相談室の明りが灯ることは、もうなかった。

 




前座が長くなりましたが、次回から本編開始です
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