朝:特異現象捜査部/ヒマリの部屋
「────…………」
ヒマリへ"今から伺う"とだけ連絡して、彼女の部屋の前へと来た。
セイアは"君一人で行くべきだ"と言って着いてこず……私は一人、扉の前でぽつんと立っている。
……"合わせる顔が無い"という表現は些か行き過ぎているかもしれない。
しかし、"私を心配して"協力してくれたヒマリに対して、"私に向けてミサイルを撃て"と言ってしまった。
あのミサイルを調整したのはヒマリと私だ。
あの状況で直撃を受ける事になれば……文字通り、致命的な事態に繋がる事を彼女は理解していたはず。
それなのに、私は……"撃て"と。
……彼女に、なんと謝り、償うべきだろうか。
黙し、そんな事を考えていると……小さな音を立てて勝手に目の前の扉が開いた。
むっとした表情のヒマリが、目の前でこちらをじっと見つめている。
……前にもこんな事があった。
黙って扉の前に立つ私を見かねたのだろう。
────余計な言葉は不要だと、そう受け取った。
「……すまなかった」
頭を下げ、謝罪する。
「…………」
ヒマリは黙って、私を見つめている。
「……何故君が私に協力したか理解した上で、あの判断を君にさせてしまった」
「……言い訳はしない、それでも一つだけ言わせて欲しい」
「あの時、私を信じてくれて……ありがとう」
「……おかげで、私はまだここに居る」
私の言葉を聞き終わったヒマリは、"はあ"と息を吐いた。
「頭を上げてください……別に、怒っている訳ではありません」
「……貴方は"無事で帰ってくる"という約束を守ってくれた事ですし、事実あの時点ではあの選択以外に突破口はなかったですから……」
「とりあえず、立ってお話しするのもなんですし……中に入って話しましょう」
そう言って、ヒマリは部屋の中に入るよう手招きをした。
「……失礼する」
招かれるまま部屋に入り、用意されていた椅子に座る。
すると、ヒマリは車椅子からベッドサイドに座り直して、手招きをした。
「……ルイ、こちらへ来てください」
「わかった」
椅子を移動させ、ヒマリの目の前に座る。
すると……ヒマリは手を伸ばし、私の頬へと手を添えた。
ひやりと冷たい彼女の手が、ゆっくりと私の体温と混ざっていく。
「……まずは、おかえりなさい」
「……ああ。」
そう言って微笑んだヒマリに、私も笑みを返す。
「……無事、と言うには少し怪我が多いですが……まあ、大目に見て差し上げましょう」
「ただ今は、無事の再会を喜んで……抱擁の一つでも、いかがでしょう?」
そう言って、ヒマリはゆっくりと腕を広げた。
(……抱擁、か。)
横目で見た自らの腕は偽り。
生身の右腕は折れていて、動かす事が出来ない。
(……それでも、ヒマリが求めるのならば……)
「難しいが……やってみよう」
そっとかがんでヒマリの首の後ろに義手を回し、優しく抱き寄せる。
「……こんな感じか」
「……ええ」
右腕に障らないよう、擦り合わせるような抱擁を交わす。
「……ただいま、ヒマリ」
「……おかえりなさい」
たったそれだけの言葉を交わし、長い沈黙が流れる。
「「…………」」
「……自分から提案しておいてなんですが……少し、照れくさいですね」
「……はは、そうだな」
そっと離れると、ヒマリの頬は紅潮し、彼女の白磁のような肌を朱に染めていた。
「……おほん、それは一旦置いておいて……」
「本題に入りましょう、貴方の今後についてです」
照れ隠しなのか、一つ咳払いをしたヒマリは真剣な顔つきへと戻り、私と目を合わせた。
「正午にトリニティからの声明発表があると公示されました」
「……その内容次第にはなりますが……概ねは把握できています」
"すう"、と一呼吸おいて、ヒマリは口を開く。
「……貴方は、トリニティを退学になります。これは間違いないでしょう」
重苦しい声色で、彼女はそう告げた。
……思う所が無い訳ではない、しかし……覚悟は決めている。
「……そうか」
「これで、一旦は落ち着ける」
「……しばらくは双方の動向を注視し、準備に徹するとしよう」
私の言葉に、ヒマリは頷く。
「ええ、これ以降は無理に表に立たなくてもいいのですから……」
「しばらくは、ここでゆっくりしていってください」
「……ここなら一切の情報は漏れませんし、私が貴方を守れますから」
ヒマリは私の目をじっと見つめながら、自らの胸を"ぽん"と叩いた。
「ああ、頼りにしている。」
……本当は、ここに戻るつもりは無かった。
私が眠っている間に迎えを送り、連れ戻したという事は……私が断るであろう事に、ヒマリも気付いていたのだろう。
セイアにはああ言ったが、もし私があの時ヒマリから"ここに戻れ"と言われたとしても……私は断っただろう。
……私はヒマリに、セイアに頼りすぎている。
彼女達を危険な計画に巻き込み、同じ道を歩ませた……その自覚はある。
だからと言って……彼女たちを突き放し、置いていくのは彼女達自身が望まないだろう。
そう自分に言い聞かせるように罪悪感を呑み込み、ヒマリの目を見ると……彼女は真剣な面持ちで口を開いた。
「……さて、声明のある正午までは時間があります。それまで休んでいてください」
「正午前に、セイアさんも含めて居住スペースの大部屋で中継を観ましょう」
「全員でトリニティ側の声明を聞いて……それから今後の事を計画するとしましょうか」
「ああ、そうだな……」
首肯すると、ヒマリは頷き、ふと訪ねてきた。
「そういえば、傷の具合はどうでしょう?設備が不足しているのなら……」
「いや、十二分に揃っている……お陰で経過は良好だ」
ヒマリの言葉を遮る。
彼女が用意してくれた設備は最新かつ高機能な物が揃っており、これ以上は望むまい。
「……お腹の傷は、随分深かったと聞きましたが……」
私の腹部に目を遣りながら、とても心配そうに、ヒマリは尋ねる。
「大丈夫だ。傷は残るだろうが……きちんと処置して貰った。大人しくしていればじきに治癒するだろう」
シャツをめくり、丁寧に巻かれた包帯を見せる。
薄く血が滲み、淡い赤が僅かに透けるが……それは傷が回復傾向にある事を示している。
「……そうですか、安心しました」
ヒマリは胸を撫でおろした。
「……何度も心配をかけてしまって、すまない」
「ふふ、今更ですね」
ヒマリは優しく笑う。
「本当に……君には感謝してもし足りない」
「……ええ、ええ……もっと感謝し、この明星ヒマリを頼ってくださいね?」
ヒマリは照れくさそうにそう返事をして、ベッドボードから操作盤を取り出し、膝の上に置いた。
「……さて、今から私はトリニティの件で情報収集をしようと思います」
「ルイ、貴方は正午まで休んでいてください。セイアさんもまだお疲れでしょうし……」
「ああ、そうさせて貰う……何から何まで、ありがとう」
「……いいんですよ、これは貴方の為であり……私の為でもありますから」
「────ルイ、最後に少しだけ……」
ヒマリはそう言って、私の左袖をくい、と引っ張る。
その求めに応じて彼女に体を寄せると、ヒマリは私の首に腕を回し……抱き寄せた。
「……ヒマリ……」
"ふぅ"、と彼女の息が耳にかかる。
ぞくりと私の体が震えたのと同時に、ヒマリは口を開いた。
「貴方の望みは私の望みです……ですから私に対しては、負い目を感じなくていいんです……」
「ルイ、貴方になら……最後まで、どこまでも付き合いましょう」
「ですから、安心して私を頼ってください……ね?」
ヒマリはゆっくりと、噛んで含めるように……耳元で優しく囁く。
「っ……ああ、ありがとう……」
甘い、甘い声色で伝えてきたヒマリにそう返事をすると、彼女はそっと腕を離した。
「……ふふ、湿っぽくなってしまいましたね」
「……自分で言うのもなんですが、少し恥ずかしくなってしまったので……ここで失礼します。」
そう言って、赤らめた頬を隠さずにヒマリはにこりと笑った。
「……ああ、私も、今後について考えなければならない。一旦、失礼する……」
……私の頬も、紅潮している事だろう。
────揺れる心を隠すように、私はヒマリの部屋を後にする。
(……今後を考えつつ、トリニティの声明が発表される正午まで休むとしよう)
そうして、私は自分の部屋へと戻った。